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    鶴田樹

    @ayanenonoca

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    鶴田樹

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    くらげさんからリクエストいただきました。お題は【喫煙】です

    3月末。

    それは決算準備と期末の販売額の積み上げで社内のどこもかしこもが修羅場と化す魔のシーズンだ。

    普段はホワイトな弊社だが、連日深夜まで続く残業に社員の顔からは明らかな疲労の色が見て取れ、そんな中で些細な事件が頻発していた。

    「あ、桑名さん!さっきの仕様書…ひぇっ…!」

    背後に桑名の気配を感じて検印済みの仕様書を返そうとした女子社員が悲鳴を上げる。

    本来ならそんなに驚くことはないのだろうが、振り向いた先にいたのが桑名ではなく営業部エースで『社内の初恋泥棒』という不可思議な通り名で持て囃される豊前だったのだから彼女が驚いたのも無理はなかった。

    「あっ…ごめんなさい…桑名さんかと思って…間違いました」

    恐縮しきりの女子社員に、「いーよ、桑名に持っていけばいいんだな」と好感度MAXなキラキラの笑顔で答え、豊前は軽快な足取りで総務部へ向かう。

    ところ変わって社員食堂。

    「豊前さんもコーヒーですか?ふえっ…!」

    豊前の気配を感じ、振り向いた女子社員が素っ頓狂な声を上げる。彼女の後ろに並んでいたのはオリーブ色の髪の下、ごくたまに見える甘いマスクで女子社員から『毎日会える王子様』と密かに呼ばれている品質管理部の桑名だった。

    「あれ…私、なんで間違っちゃったんだろう…、桑名さんすみません…!!」

    「気にしなくていいよお。あとねぇ、今日は家でカモミールティーを淹れてきたんだぁ。リラックス効果もあるし、冷え性にも効くんだよぉ。」

    おっとりとした口調に安心した女子社員は、私も今度試してみますと安堵の表情を見せる。

    勘違いを起こしたのはこの2人だけではない。今週に入って何人かの社員がなぜか豊前と桑名を間違えるというちょっとした失礼を犯していた。





    「はぁー。さすがに期末はきっちーな!」

    ふたり暮らしの部屋に帰り、苦手なネクタイを早々に解いた豊前はソファーにばすんと倒れ込んだ。

    「豊前の数字はとっくに終わってるでしょ
    ?」

    「まぁそうなんだけどよ。今期は業績いいからうちの部所社長賞を狙うんだと。」

    「社長賞取ったらボーナス全然違うもんね。」

    「そ!だから部長がすげー張り切って。ほら、うちの部長、二人目の女の子が産まれたばっかでさ。一人目が男だったから今度はかわいい服いっぱい着せてーんだって。」

    「うわー…デレデレの顔が目に浮かぶね」

    「いやまぁ、数字はどうでもいいんだよ。きっちーのはこっち。」

    ソファーから跳ね起きた豊前は、シャツを脱いで部屋着のパーカーに着替えた桑名の首に組みついた。勢い良く胸に飛び込んできた豊前の身体を桑名ががっしりと抱きしめる。

    ふわりと合わさった唇からは、互いの煙草の香りがする。今日一日交換していた互いのお気に入りの煙草の香りが。

    しばし恋人の口内をうっとりと味わって、息を継ぐために唇が離れる。とろんと溶けた豊前の瞳がリビングの蛍光灯の光を受けてキラキラしている。あまりの愛おしさに桑名はぎゅっと力を込めて豊前を抱きしめた。

    「逆効果だったね。僕、1日中キスしたくて堪らなかった。」

    一緒に暮らしていても、すぐに愛しさがあふれて決壊してしまうから、僕らは社内でもしょっちゅう人目を盗んでキスをしている。

    給湯室で。エレベーターで。廊下で。資料室で。

    だけど繁忙期である期末はどうしてもそれが難しい。豊前は外回りで社内にいることが少なく、桑名も経理部に人手を貸している総務部の応援に駆り出されている。

    それで二人で考えたのだ。

    口寂しくならない方法を。

    そしてお互いの煙草を交換して、キスした気分を味わおうということになった。

    それが社内で頻発する珍事件の真相である。

    「あと一週間も耐えられっかな。」

    「僕もう無理。」

    いつもポジティブな二人が揃って弱音を吐いた。それはとても珍しいことで、普段見れないお互いの弱りきった姿に、笑いが込み上げてくる。

    すべすべの頬を擦り寄せれば、愛しい人の体温と共に混ざりあった2人の煙草が香る。

    「ちーっと充電。」
    「僕もぉ」

    遅くなってしまった晩御飯を食べてお風呂に入って早く寝ないと。わかってはいるけれど、それ以上にくっついていると湧き上がってくるエネルギーを沢山からだに溜めておきたくて、二人はしばらくの間、無言でぎゅうぎゅう抱き合っていた。
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