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    鶴田樹

    @ayanenonoca

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    鶴田樹

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    突発SS企画4本目、夕凪さんのリクエストで【お互いのために料理するくわぶぜ】です。

    ピーンポーンと、できたてのカレーのにおいが満ちた部屋に脳天気な音が響き渡る。

    「ほーい!」

    スウェット姿でスマホをいじっていた豊前は、身体のバネを使ってソファから飛び起きると、何も着ていなかった上半身に黒のトレーナーをずぼっと被る。

    安アパートにインターホンなどという高尚なものはなく、ボタンを押すと音が鳴るだけのチャイムに応じるには直接玄関に出るしかない。だが所詮ひとり暮らしの狭い部屋だ。ほんの数歩のうちにドアまで辿り着く。
    廊下の壁に掛けた赤と黒のグラデーションが鮮やかなロードバイクの横を通り、玄関のサンダルの片方を踏みながらドアを開ければ、そこにはいつものにこにこ笑顔を湛えた恋人の桑名の姿が。そしてその手には豊前の部屋と同じく芳しいカレーのにおいをさせる黄色の可愛い鍋がある。
    「お邪魔するよぉ」と律儀な挨拶をして靴を脱いだ桑名は、部屋中に充満するカレーのにおいを吸い込んで「いいにおいだねぇ」と満足そうに笑顔を綻ばせた。

    「今日はねぇ、手作りのらっきょう漬けも持ってきたよぉ」
    「まじか!すげー嬉しい!っつーか桑名ってカレーの付け合せらっきょう派なんだな」
    「そういう豊前は福神漬派?」
    「福神漬もだけど俺は高菜だな」
    「へぇ〜!福岡ってラーメン以外にも高菜入れるんだぁ!」

    桑名が来ると寂しく感じていたひとり暮らしの1Kがぱっと明るくなる。

    桑名は勝手知ったる様子でリビングのローテーブルに鍋敷きを置き、自分が持ってきた鍋をその上に据える。その間に豊前はほかほかと湯気をたてるご飯を広い深皿の真ん中に土手を作るように盛っていく。その左側を自分が作ったカレーで満たし、桑名に未完成の皿を手渡せば、桑名も桑名で黄色の鍋からカレーのルーをもう片側に流し入れる。
    もう一皿同じものを作り、付け合せ用の取り箸とスプーンを豊前がテーブルに置くと、「麦茶もらうねぇ」と桑名が冷蔵庫から麦茶を取り出し、ついでにグラスも2つ水切りかごから出してきた。

    夕飯の支度が整うとローテーブルの上はあっという間にぎゅうぎゅうになる。豊前一人の食事ではなかなか見れない光景だ。そしてその光景を見て感じることは楽しいの一言に尽きる。

    「「いただきます!」」

    スプーンを持ったまま手と手を合わせる。一人で食べる時もいただきますとごちそうさまは必ず声に出して言うようにしているけれど、こうして桑名と声を合わせて言ういただきますは魔法のスパイスのように食事を美味しくする。

    「すげー!桑名のカレー、野菜がごろごろだな!」
    「そうそう、食感と栄養価を考えて皮付きだよ。豊前のカレーはニンジンも玉ねぎもルーに溶けて馴染んでるんだねえ」

    スプーンでご飯の土手を崩しながら互いのカレーを口に運んでいく。カレーは飲み物、とはよく言ったものでいつもより食事のペースは格段に早く、皿の中身はあっという間にすっからかんになり、どちらからともなくおかわりに立つ。

    この二種のカレーの食べ比べは、大学の食堂での一件から始まった。
    「あっれ…これ、なんの肉だ?」
    初めて学食のカレーを食べた豊前は大きな一口を咀嚼して目をぱちくりさせた。

    「なんの肉って豚肉じゃないの?」

    同じく大きな一口でささみチーズカツを嚥下した桑名は至極当然のように答える。

    「そっか、ポークカレーか…」

    ポークカレーという言葉に引っかかった桑名は豊前に問い返す。

    「もしかして、豊前はビーフカレーの方が好きだった?」

    豊前は予想とは違ったけれどこれはこれでと気持ちを切り替えたのか、軽快なペースでカレーを口に運び始める。

    「ビーフカレーっつーか、俺んちはカレーと言ったら肉は牛だったんだよ。学校の給食も確かそう」
    「へぇ、そうなんだぁ。僕のうちはいつも豚肉だったから疑問に思ったことなかったな」

    東京の大学に通う彼らはもともとは他県出身である。豊前は福岡から、桑名は三重からそれぞれ上京してきた。

    クラスメイトとして仲良くなった二人は時間が合うと一緒にご飯を食べるようになり、どんどん仲が深まる中で、仕送りで送られてきたご当地の味覚をあげあったり(なにしろ親が送ってくる仕送りというのは親心故にひとり暮らしのキャパを毎回大きく越えてくるため、一人ではどう考えても消化しきれない)作りすぎたおかずをお裾分けし合ったりするのが習慣となった。

    そんなある日、豊前が唐突に「桑名んちのカレーとうちのカレーを食べ比べしてみたい」と言い出したのだ。それでWカレーパーティが開催される運びとなった。まぁパーティというほどのものではないけれど、楽しいからパーティと呼んでもなんら遜色はない。

    「ねぇ、今度はさ、僕あれ食べたいな。豊前が前に言ってたお餅入りの茶碗蒸し」

    桑名が三杯目のご飯をよそいながら豊前にねだる。その手元では五合炊いたはずのご飯がもう空になりかけている。これだからカレーと男子大学生の胃袋とは恐ろしい。

    「あー、茶碗蒸し…実はこの前失敗しちまったんだよな。なんか穴がボコボコになって。ボソボソなとこと水っぽいとこに分かれちまったし。」

    そういえば前回茶碗蒸しをリクエストした時、「失敗しちまった」って別の料理が出てきたことがあったっけ。あの時の糠味噌炊きも美味しかったなぁ。

    「それなら今度は僕と一緒に作らない?」

    「いーのか?じゃあかーさんにもっかい作り方聞いておくよ」

    ぱぁっと豊前の顔が明るくなったから、豊前もお母さんお手製の茶碗蒸しの味が恋しかったのかもしれない。

    そして後日、茶碗蒸しを作る過程でわからないことがあって、豊前がお母さんに電話してくれた時に、普段僕の前では『かーさん』と言う豊前が『お母さん』と呼んでいることにきゅんとしたことは僕の胸だけに仕舞っておきたいと思った。
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