「……っぐぬ〜!ずるいぞ!いたずらしてやろうと思ったのにお菓子を持ってるなんて!」
「はは、備えあれば憂いなしってね。看護師長に感謝しないとな」
「シグウィンの入れ知恵かよ!」
「馴染みのカフェの焼き菓子だから味は保証するよ。美味かったら今度ぜひ足を運んでみてくれ」
「……悔しいけど美味そうだ……、ありがとなリオセスリ!旅人、あっち行って食べようぜ!」
常と異なる装い、所謂仮装を身に纏って慌ただしく踵を返した二人を見送り、リオセスリは肩を竦めて息をついた。
「ようやく店仕舞いだ」
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。一年に一回、子供から大人まで、今日この日のみ罪に問われることのない脅迫が和気藹々と飛び交い、フォンテーヌ廷全体が浮き足立っている。
『公爵、明日はヌヴィレットさんのところに行くのよね?』
『あぁ。大した話じゃないんだが、それこそ書面を何往復もさせるようなことでもないんでね。直接相談した方が早い』
『ねえねえそれなら、たくさんお菓子を持って行ってね?きっと上は大賑わいなのよ。公爵にも楽しんできてほしいわ』
『うん?……あぁ、もうそんな時期か』
『ふふ、ウチもお土産楽しみにしてるからね!』
シグウィンのアドバイスは実に的確で、パレ・メルモニアの執務室に辿り着くまでの間に順調に減り続けたポケットの中身は、先程ちょうど仕事の話を終える頃に訪ねてきた旅人とパイモンにクッキーを振る舞ったことでとうとう底をついた。
「ふむ。では今貴殿は丸腰ということで相違ないか」
一部始終を隣で見ていたヌヴィレットの言葉にリオセスリは目を丸くする。
「おいおい!随分物騒なこと言うじゃないか、あんたらしくもない」
「ふ。このような遊び心を持つことが肝要な日と聞いた」
「そりゃ違いないが……なんか楽しそうだな?ヌヴィレットさん」
「街の空気にあてられたのかもしれない。して、リオセスリ殿。答えは?」
「……あー……、」
涼やかな目元で弧さえ描いて、国の最高審判官に菓子の所持の有無を詰問されるという状況は、荒唐無稽ではあるがいっそ贅沢とも言える。
「リオセスリ殿」
「……仰るとおり丸腰だよ。けどそういうあんたはどうなんだ?」
言いながら、質問返しにきょとりと瞳を瞬かせた男の細腰を抱いて引き寄せた。
「油断すると食われるぜ、ヌヴィレットさ、」
ん。顎を掬い上げて口付けようとした矢先、唇と唇の間に差し込まれた【何か】によってそれは阻まれる。
怪訝げに一歩引いたリオセスリの目に飛び込んできたのは、リボンで飾られた鮮やかなロリポップだ。
くつくつと喉を鳴らして笑うヌヴィレットはいよいよ堪らないといった様子で、そんな姿を狂おしく想う反面恨めしさが止まらない。
「……あんたはずるい……」
「っふ、ふふ。光栄だ」
差し出されたロリポップを受け取りながら、いよいよ立つ瀬のないリオセスリはどうにも居心地悪そうに頬を掻く。
「お菓子で懐柔されなきゃならない日も考えものだな」
「ではいたずらもつけよう」
「は?、っん」
「……油断すると食われると、言ったのは君だな」