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    takami180

    @takami180
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    曦澄ワンドロワンライ
    第十七回お題「酒」
    +20min

    曦が閉関を解いて数年後、ただの宗主同士。

     杯になみなみと酒をそそぐ。
     初め、唇を少し濡らして、そこから一気に口の中に流し込む。
     むせた。
     江澄は周囲を見回したが、夕刻の酒楼はにぎわっていて誰も気に掛ける者はいない。
     菜をつまむ。ろくに噛まず酒で流し込む。壺の中身がなくなるまで同じことをくり返した。
    「お客さん、おかわりいるかい」
     江澄が立ち上がろうとすると、すかさず主人が酒壺を持って寄ってきた。卓上に出した貨幣に少し足して、一壺だけ受け取り宿へと戻る。
     その道すがら、江澄はふと空を仰いだ。
     月はない。
     雲の切れ間、星がちらついている。
    「こちらにいらっしゃいましたか」
     思いがけない声に、江澄は飛び上がるほど驚いた。振り返ってみれば白い装束の、藍宗主が立っていた。
     日中、姑蘇の外れにある小さな世家で会合があった。宗主からは宿泊を勧められたが、江澄は断って別の町に宿を取った。だというのに、なぜ藍宗主と出くわすのか。
     藍曦臣は静かな足取りで近寄ってくると、唖然としている江澄の手から壺をさらった。
    「なんでこんなところに」
    「あなたを探していたのですよ。宿は見つけましたが……、戻っていらっしゃらないので」
    「なんの用だ」
    「それは宿でお話ししましょう」
     白い指先が、江澄の手を引いた。軽く振り払えるほどの力だが、逆らえなかった。
     江澄はふらふらと藍曦臣について歩く。闇に浮かぶ白い後姿が次第ににじんでいく。

     会合のあった世家で、藍曦臣はそこの宗主と話していた。
    「では、このまま縁談を進めてよろしいので」
    「お願いします。良き縁になりますようにお取り計らいください」
    「ええ、ええ、もちろんです。いや、これは嬉しいですな。うちの娘も喜びます」
     その瞬間、ぐらりと世界が傾いた。
     いつからか、藍宗主は自分と同じで、妻を迎えないと安心していた。勝手な思い込みが破られて、倒れそうになるくらいの衝撃を受けた。
     藍宗主とは少しばかり親しくしているが、友といえるほどの間柄ではない。
     それなのに手の震えがおさまらないほどに動揺するとは。

    「結婚するのか」
     宿の手前でついに言葉がこぼれ出た。
     黒髪と抹額が翻り、藍曦臣がこちらを見た。驚きに見開かれた瞳には、ひどく醜い顔が映っただろう。
     江澄は笑いながら酒壺を奪い返して、栓を抜いた。
     自分の愚かさが、おかしくてしかたない。
     直接、壺から酒を流し込むとまたむせた。
    「江宗主、大丈夫ですか」
    「やめろ」
     背中をさすろうとする藍曦臣から逃げようとして、江澄はたたらを踏んだ。
     力強い腕が肩を抱く。
     心臓が跳ねた。
    「危ないですよ」
     耳元で声がして、手から力が抜けた。
     壺が地面に落ちる。
     酒が、流れ出ていく。
    「江宗主、ともかく宿へ」
     顔が近い。
     それこそ息のかかるほどの近さに、藍曦臣の美しい顔がある。
     江澄は藍曦臣の襟首をつかむと、思い切り引き寄せた。
     唇がぶつかる。
    「俺に構うな」
     それだけ言い捨てて、江澄は藍曦臣を突き飛ばそうとした。しかし彼はびくともしない。それどころか、江澄のほうが抱きしめられてしまった。
    「な、なにを」
    「結婚しません」
     聞き返す間もなく、唇が押し付けられた。
     江澄のかかとが壺にぶつかって、まだ残っていた酒が足にかかった。
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    takami180

    PROGRESS続長編曦澄2
    あなたと手を繋いでいたい
     初冬の蓮花湖にはなにもない。花は言うに及ばず、葉もとっくに枯れている。
     見えるのは、桟橋に向かう舟の影だけ。
     だというのに。
     江澄は隣に立つ男を見た。
     藍曦臣は「どこに行きたい」と尋ねた江澄に、ここを希望したのである。
     冬になる前には、と言っていたもののそれは叶わず、藍曦臣の訪問は結局、冬の訪れを待ってからになった。
     猾猿が及ぼした影響は深く、姑蘇の地は冬支度がなかなか終わらなかった。
     それでも季節は移る。冬になってしまえばできることは少ない。宗主としての仕事が一段落すれば、正月までは特別な行事もない。
     そうして、今回、藍曦臣は三日の間、蓮花塢に逗留することになった。
    「あちらに見えるのが涼亭ですね」
    「そうだが」
    「あなたに蓮の実をいただいたのを思い出します」
     江澄に視線を移して、藍曦臣は笑う。
     なにがそんなに楽しいのだろう。江澄はまじまじと見返した。
    「どうしました?」
    「こんな、なにもない湖を見て、そんなに楽しそうにできるのはあなたぐらいだ」
    「そうでしょうか」
     風が吹く。北からの冷たい風が二人の背中をなでる。
    「きっと、あなたと一緒だからですね」
     江澄 1152