おいしかったな、おいしかったですね、と言葉を交わして、二人は車に乗り込んだ。
本日のランチは「おっきりこみ」という郷土料理を堪能した。幅広の麺が入ったしょうゆ味の煮込みうどんといえばいいだろうか。白菜やきのこがたっぷり入っていて、食べ応えがあった。
昨晩、お世話になった宿の料理も山菜やきのこがふんだんに使われていた。食べなれない味覚だが、その分、旅行に来たのだと感慨深かったのも事実である。
運転席に座った藍曦臣はエンジンをかけた。
「さて、帰るか」
「そうですね」と藍曦臣はうなずくも、何やら難しげな顔をしてスマホの画面を見つめている。
江澄は首を傾げた。
「どうかしたか?」
「……帰る前に、寄りたいところがありまして」
「なんだ、早く言えよ。どこだ?」
「お茶屋さんです」
そう言って藍曦臣が差し出したスマホの画面には、古めかしい民家を演出した茶屋が映っていた。
店に入ってすぐ、目についたのは囲炉裏だった。そこには誰も座っていない。奥のテーブル席に客が一組着いていた。
「いらっしゃいませ、お持ち帰りですか、お食事ですか」
「こちらで食べたいのですが」
「はい、どうぞ、お好きな席に」と言われて二人もテーブル席に着いた。
藍曦臣が「焼きまんじゅうを」と二人分頼んでくれた。
江澄は店内をしきりに見回している。
黒々とした梁はいかにも年代物である。
入口のすぐわきには持ち帰りの注文窓口がある。新しい客が入ってきて、そこで「焼きまんじゅう」を頼んでいた。
藍曦臣は席を立って店内をうろうろと見て回っている。
「焼きまんじゅうを全然知らなくて、昨晩、旅館の方に教えてもらってから気になってたんです」
「そうなんですね、ご旅行ですか」
「ええ、草津に」
「草津って、まあ、わざわざ」
「寄り道が好きなんです」
藍曦臣が店員をつかまえておしゃべりをしているうちに、「できましたよ」と声がかかった。
朱塗りの盆皿にたっぷりとたれの塗られた焼きまんじゅうが二串。串ひとつに小ぶりのまんじゅうが四つ。
焼きたてなのだろう。ほかほかと湯気を立てている。
「味噌か」
江澄はようやく思い当って、膝を打った。
店は香ばしい匂いで満たされていたが、いまいち、何の匂いかつかみ切れていなかった。
「おいしそうですね」
「そりゃ、絶対うまいだろ」
こんがりと焼き色のついたまんじゅうと、濃い色のみそだれが合わないわけがなかった。
江澄はひとつめにかぶりついた。
まんじゅうの中にあんは入っていないが、みそだれのあまじょっぱさが生地にしみこんでいて、すばらしくおいしい。
藍曦臣も焼きまんじゅうをかじって、それはうれしそうににこにこと笑っている。
チッ、チッ、チッ、と金属質の音が響く。
店先では串に刺したまんじゅうをひっきりなしに焼いている。
串と焼き台とがぶつかる音だろう。
「素朴な味ですね」
「ああ」
「私、こういう味が好きなんです」
「そうか」
昼食の直後にもかかわらず、江澄も藍曦臣も、焼きまんじゅう二串を平らげた。
藍曦臣はお茶を一口飲んだ後、また席を立って、今度は持ち帰り用の焼きまんじゅうを注文した。
よっぽど気に入ったらしい。
江澄はお茶を含み、うーん、とうなった。
さすがに持ち帰り分は腹に入る隙間がなさそうだった。