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    ワンドロライ(2019年8月)再掲。大学生設定の付き合ってる新快の、夏のある日のお話

    アイスクリームよりあまい アイスが、無い。
     冷凍庫の引き出しを開けた瞬間、黒羽快斗は絶望した。
     買い置きしてあるアイスの在庫が、知らぬうちに底をついていたのである。
     アイスクリームが大好きなのは子供の頃から変わらず、大学生となった今でもそれが好物であることにかわりない。故に、スーパーで買い物をするたび、次に買い物する日まで尽きないように計算して購入している、のだが……。
    「そうだ。あれだ、あいつにやっちまったんだ」
     一昨日のことだ。新一が遊びに来て、やることやったあとにアイスを食べていたら珍しくあいつも食べたがって、慈悲の心で一本恵んでやったのだった。そのことをすっかり失念していて、まだあると思ったまま最後の一本を昨日食べてしまったということだ。
    「マジかよお……」
     今日も今日とて、うだるような暑さ。温度計が記録する外気は約三十七度。ここのところ地球はおかしくなってしまったようで、連日三十五度を越える猛暑日が続いている。
     太陽のきつい日差しを浴びながらようやく帰ってきて汗を流すためにシャワーを浴びて、風呂上がりのアイスを堪能しようと思ったのにこれだ。
     今は下着一枚しか身につけておらず、身支度をして外に出たらまた汗をかいてしまうことになる。諦めるべきだろうか。
    「でも、アイスたべたい……」
     しょんぼりとつぶやきながら、代わりになるようなものはないかと冷蔵庫を漁る。
     なるべく自炊するようにはしているので調味料などはあるが、アイスの代わりになるようなものは無かった。つめたいものは、氷くらいだ。
    「かき氷、作る奴があればなあ」
     快斗はアイスだけでなくかき氷も好きだった。夏といえばかき氷、ブルーハワイとか、メロンとか、いちごとか、レモンとか、まあ平たく言うと縁日で食べられるようなものはたいてい好きだ。あまくてつめたいもの全般が好きなのだ。
    「あーアイスぅううう」
     愛しのアイスを求めて切なげな声をあげた、そのときだった。居間のテーブルの上で、スマホが着信音を鳴らし始めたのは。
    「へいへい、今出ますよっと」
     取り上げて、画面に表示された名前を確認しながら受話器のマークをスライドさせる。
    『快斗、今いいか?』
    「ああ。どした? なんかあったのか?」
     発信元の名は、工藤新一。黒羽快斗の恋人であり、警察に頼られることも珍しくないほどの名探偵である。メッセージではなく電話で連絡してきたので、何らかの急用だろうか。
    『なんかねーと、連絡しちゃいけねえのかよ』
     電話の向こうから、まるで彼氏に邪険にされた女みたいな、ふてくされた声が聞こえた。そうからかえばきっとオレが彼氏だろ、とか面倒なことを言い始める可能性があるので、黙って受け流す。
    「悪い。別にいーぜ? 声が聞きたいとかだけでも。まじで忙しい時は電話出ねーし」
    『そうかよ。ま、じゃあ遠慮なく声聞かせてもらうかな』
    「……まじでそれだけ?」
    『そうだけど。文句ねえんだろ?』
     いや、文句はない。ないのだが、声が聞きたいだけで電話してくるなんて、用件があるよりもずっと心配になってしまう。よほどセンチメンタルな気分になってしまうようなことがあったのではないかと……。
    「声だけで、いいのかよ」
    『は? 何だよそれ』
    「っだ、だからあ。どうせだったら、顔見に来れば? と思ったっていうかさ」
    『会いてーのか?』
    「……んーまあ、会いたいかそうじゃないかって言やぁ、前者だぜ?」
     今日は、大学ですれ違わなかった。
     とっている講義が違うせいももちろんあるが、単に時間が合わなかったというのもある。会えれば、昼食くらいは一緒に食べるようにしているのだけれど。
    『……なら行く。ちょうど目の前にスーパーあるけど、何か買っていくか?』
    「えっ、いいのか? じゃあアイス買ってきてくれよオレが好きな奴!」
    『……ああ、あれな。了解』
     棚からぼた餅とはまさにこのこと。まさか、愛しのアイスが向こうからやってきてくれるだなんて。
    「やったぁ、待ってるからな!」
    『なんだよ、ずいぶんうれしそうだな……あ。おめーあれだろ、アイスが欲しくてオレを呼ん——』
    「んなわけあるかよ! は、早く新一に会いたぁい」
     新一の邪推に割り込むように、わざとらしく猫なで声を上げる。いや、本当に違うのだ。別に新一よりアイスがうれしいなんてことはない。ないったらない。
    『わっかりやすい奴だな。じゃあ、十分くらいで行くから』
     覚悟して待っておけよ、というような台詞が、聞こえてくるかのようだった。
    「……って待てよ」
     ここから新一の家までは、片道三十分はくだらない。
     それが買い物こみで十分で来るってことは、ほぼうちの近所にいるということに他ならないわけで。
    「あいつ最初っからうち来る気満々なんじゃねーか?」
     しかも、狙ったようにスーパーの近くから連絡してくるだなんて。
     もしかしたら新一は、自分が一昨日食べたせいでアイスの在庫が尽きたことを、見通しているのではないだろうか。

     名探偵、恐るべし。

    「……もうちょっとちゃんと洗っておこっかな」
     今さっき、汗を流したばかりだけど。
     これから起こるであろうことにほんのり期待しつつ、快斗はバスルームへと向かうのだった。
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