NOT GUILTY「もー!散々でしたよ!!質問に次ぐ質問で……何にも説明してくれないし……なんか猫たちの目怖いし!!」
「おつかれ……」
回顧祭で落とし物を拾っただけなのに、まさかこんなことになるなんてと瀬田が目をぐるぐるさせながら佐藤に訴えている。瀬田の胸元に抱えられたすあまと頭に乗ったそらまめが、よしよしと言わんばかりにむにむにと体を寄せている。
「塩野も大変だったな」
「んー俺はコンサルの証言に付き合っただけだからなあ」
コンサルと警備人に急かされながら大至急で猫のところに連れていかれる理由がまるでわからず、当初は塩野も瀬田同様ひたすら困惑していた。
しかし拾った何かについて猫に囲まれてひたすら質問責めにされた瀬田に対し、塩野は自分が連れていた物理ボディのコンサルがその場の会話の証言をするため一緒に連れていかれただけだったので、特に何かしたという訳ではない。回顧祭で瀬田のいるブースに寄った時の話や、佐藤達と菓子を食べる会をしていた時のことを一応確認されたぐらいだ。
「食事に出たかつ丼ってのが美味かったし!」
佐藤がなにそれって顔をしたので身振り手振りで説明するが、まるでイメージ出来ないらしい。状況が状況だったので映像を撮りそびれたのが悔しい。
「俺全然味覚えてないです……」
「え、瀬田くんあんなに食べてたのに?」
「食べはしたんですけど、何を食べていたか曖昧で……美味しかったとかそういう記憶残んなかったです」
「そりゃそうかあ」
一緒に並んで食べた時はそれなりに味わって食べているように見えたけれど、瀬田の中ではそれどころではなかったらしい。
悲しそうな顔の瀬田、励まそうとしてるすあま、よくわからんって顔をしている佐藤、食べ物の話に興味津々で近寄ってくるそらまめ。全員の顔を見て、塩野は何かを決意したように頷いた。
「そんな訳で、猫からかつ丼のレシピを教わってきた!」
「は?」
「猫が教えてくれたんですか?なんか意外……そういうの教えてくれるんだ……」
「お願いしまくったら根負けしたって言ってた」
佐藤の家で一緒に食べるようになってから、食事量が増えたと佐藤のコンサルが喜んでいたので、皆で食事する時には新しいレシピを持ち寄るようになっていた。
佐藤にかつ丼の映像を見せると「真ん中の茶色いのはなんか浮島みたいだな。外側の黄色いのがややドロドロしていて沼地っぽい」とか言う。前に食べたカレーライスをうまい泥と呼んで気に入っているみたいだから、案外褒め言葉なのかもしれない。
「下に白米があって……その上にかつ?の卵とじ?なんか重そう」
「かつは肉に衣をつけて揚げたやつなんだって。美味いよ!外の卵と玉ねぎを煮たのも白米に合うし」
「白米は腹持ちがいいんですよね」
無意識に胃のあたりを押さえる佐藤の向かいで瀬田がにこにこと笑う。
「じゃあさ、佐藤はかつサンドにしてみる?かつをパンで挟むんだって。パンなら薄いし食べやすいんじゃない?」
「それなら食べられるかな」
「食べきれなかったら俺と瀬田くんがもらうから大丈夫」
「佐藤さんが良ければいくらでも手伝いますよ!」
二人で笑っていると、佐藤の肩の上でそらまめがぶんぶんと手を振っているのが見えた。あれは自分も参加するという強い意思表示だ。
「そらまめも手伝うってよ」
「いやそらまめは……最近食べすぎな気がするんだよな」
「確かにそらまめの食欲は旺盛ですが、その分運動量もかなり多いので大丈夫でしょう」
コンサルの後押しをもらえたそらまめに塩野がハイタッチしていると、佐藤の膝の上ですあまが震えながら手を上げた。眉間にきゅっと皺を寄せながらも、そらまめと同じようにぶんぶんと手を振る。
「すあまさん……」
「佐藤の役に立ちたいからって無理するなよ?」
「すあま、一緒に食べてくれるだけでいいから!な?」
適材適所ってあるから!みんなわかってるから!
佐藤がどうにかすあまを説得出来た頃、調理器から出来上がりを知らせる軽快な音が鳴った。
「塩野、かつ丼が三杯でかつサンドが二皿ありますが、数はこれで合っていますか?先程の話し合いで決めた数より多いのではありませんか?」
出来上がった料理をテーブルに運ぼうとしたコンサルの疑問に、皆の視線が塩野に向かう。
「あ、ひとつずつ増やしといた!そらまめもすあまも味見するだろうし、俺達も食べ比べしたいし!」
「食べきれなかったら困るだろ……」
「食べちゃうって。主に瀬田くんとそらまめが。お腹空いてるし俺も食べるよ!」
「どっちも美味しそうですね!かつ丼は今度こそちゃんと味わいたいです」
「かつ丼に罪はないからさ、みんなでしっかり楽しく味わって食べような!」
あーんと開けた口に消えていくかつ、ゆっくりだがかきこまれてなくなっていく卵とじ部分と白米。時々テーブルに置かれた小鉢の漬物に箸が伸ばされて、それを小気味良くポリポリと噛む音が響く。
「瀬田くんの食べっぷり、見ていて本当気持ち良いなあ。あ、もちろんそらまめの食べっぷりもな!」
そらまめはかつサンドの三分の一をもりもりと食べている。牙も爪もないのがプリンタニアなのに、噛みちぎって咀嚼できるのは顎の力が特別強いのだろうか。小さな体にどんどん食べ物が入っていく様子は不思議すぎてつい見入ってしまう。
佐藤とすあまはかつサンドと小皿に分けたかつ丼を食べている。一応すあま用にいつものざらめも用意してあるが、今日は一緒に同じものを食べる気らしい。
すあまに合わせて少しずつ口に入れてゆっくり味わう。栄養食の時は食べられれば良いという感覚だったから、こういう味わう食べ方は最近ようやく慣れてきたばかりだ。慣れれば友人達のように、あれが美味いとかまずいとか自分の好き嫌いがわかるようになるのだろうか。
「どお、佐藤?食べられる?」
「かつサンドは割と食べやすかった。かつ丼はちょっと食べづらい。白米が卵と汁でつまみづらい」
「かきこめばいいんだよ、こうやってガーッて!」
丼椀に口を付け、箸で中の白米を口元にかき寄せるスタイル。そういえば瀬田もしていた。
「随分アグレッシブな食べ方だな……」
「そういう食べ方でいいって猫言ってたし、一気に頬張るの俺は割と好き!」
「俺はパンも口いっぱい頬張っちゃいますね」
「喉つまりそうだな……」
「色々な食べ方があるんですね。佐藤は食べ方より、まず色々と食べることに慣れないといけませんから、それは後々考えましょう」
「じゃあそれはこれからの課題として、二種類しっかり食べられたから今日の佐藤のミッションはばっちりクリアだな!」
だらだらと喋っていたのもあってか、思っていたより食べていたことに気付いた佐藤は無意識に胸元をさする。
「コンサル、一応胃薬用意しといて……」
「承知しました」
「ところで瀬田くん、二回目のカツ丼どうだった?」
「すっごく美味しかったです!」
瀬田の笑顔からは先日の悲しみはもう見えない。
「サクサクの衣を纏った肉にとろっとした卵がまとわりついて、少ししっとりしてるんですよ。噛むと甘味のある肉の味が口いっぱいに広がって、そこに卵と玉ねぎと出汁のしみた白米を追加すると全部混ざり合ってうまみが増し増しになるんですよ。ずっと噛んでいたいというか、飲み込むのが惜しいぐらいです」
「それは良かった……?」
怒涛の食レポに佐藤はやや混乱気味だ。
「良かったよ!これで瀬田くんは俺とも佐藤ともかつ丼美味しかったを言い合えるよ。そらまめとすあまもな!」
瀬田の頭によじよじと登ったそらまめが誇らしげに胸を張る。
「またみんなで食べような!」
ライブラリで見かけた言葉なんだけど、同じ調理器で食事をすると仲良くなれるって言われていたんだってさ。
そんな塩野の言葉にちょっと照れ気味の瀬田。佐藤はあまり変わらない。
「どうせなら次はもう少し軽いのがいい」
「デザートとか?」
「簡単に食べられる軽食?」
「ガッツリ系じゃなければどっちでも」
「佐藤は自分の腹具合と、人に食べてもらいたい量の把握が必要だな」
「俺達も佐藤さんのペース分からないと、食べられないと思ってどんどん食べちゃいますもんね」
「コンサルも言ってたけど、少しずつ色々やっていこう」
だからはい、と塩野から二人に差し出されたのは手のひらぐらいの長細い袋。
「何これ……ビッグかつ?」
「食べ物なんですか?」
「これもかつなんだけど、菓子気分で食べていいやつらしいよ。小腹空いた時にどーぞ!」
二人が帰った後、佐藤は例の袋をずっと眺めている。
『駄菓子?っていうレシピが発掘されたっていうからちょっと見てみたら不思議なのが多くて面白かったんだよね』
そう言う塩野にちょっと呆れはしたけれど、菓子に罪はないし、全く興味がない訳でもない。
すあまとそらまめに見せると、開けろ食べさせろと言わんばかりにそらまめが佐藤の手元で暴れ出し、それを見たすあまがオロオロと佐藤を見上げる。
まあ、これは薄いから俺でも食べきれそうだし。そんな言い訳をしながら袋を開けると、中はかつを薄くぺらりとした感じのものだった。少し裂いてつまむ。かつっぽいけど違うもの。
なんだろう。美味しいような、美味しくないような、何故か面白い変な感じ。
「これは食べたかつとの違いを話したくなるし、聞きたくなるかもなあ」
ちまちま食べるすあまともりもり食べるそらまめから慌てて残りを回収する。残りは明日塩野と跡地に行って、みんなで一緒に食べようと何となくそう思った。
fin.