Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    it_merino

    TRPGセッションで作成使用した立ち絵や、ネタバレ回避のスクショ、小ネタイラストなどを上げていけたらいいなと思います。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 🐏
    POIPOI 31

    it_merino

    ☆quiet follow

    10年前に書いた短編小説をテストがてら。修正してません。

    ##創作

    異形のサーカスとサカナの僕 郊外に広がる森、そこには窪みを作るように小さな村がありました。人口は百に満たないもので、それぞれが支えあい慎ましく暮らすのどかな村でした。村を包む森の深いところに、僕の家はありました。それは家というよりも小屋という方がふさわしいものでした。
    僕は強く大きく、乾いた木を伐る木こりというものでした。木こりという職は、人一倍力の強い僕には生業にするにぴったりでした。子どもだけでなく大人にも勝る怪力が、僕にはあったのです。
     僕が伐った木を村に持って行くと、鳥のさえずりと子どもたちの笑い声、大人たちのおしゃべりが止まってしまうのはいつものことでした。
     何故なら、僕の半身は黒く光る鱗に被われているのですから。

     その日も僕は村に木を運び入れに行きました。僕の肌をみんなは穢らわしいものをみる目で見ますので、いくぶん慣れたと言っても肩身が狭い思いをせずにはいられませんでした。春の暖かい気候でも長袖を着込み、手袋をし、マフラーを巻き、目深に帽子を被ってやっと僕の心は落ち着いたものでした。
     取り引きをしてくれるのはいつも村長さんでした。木こりは村に僕一人でしたので、少し高値に買い取ってくれました。この村の風習として、満月と月食の晩に集会が行われ、そこで火を囲むので大切な物資でした。もしかすると、僕をあまり村に入れたくなかったので、その回数を減らすための対処の一つだったのかもしれません。
     「ありがとう、村長さん」と僕が言っても、いつも「さっさと森に帰るんだな」と村長さんは冷たく言いました。
    当然のことでした。村長さんも村のみんなも、僕のことが疎ましかったのです。
    受け取ったお金で必要なものを買い、帰ろうとしたときでした。
     「先日、街にサーカスが来たらしい」と数人で話していたうちのあるおじさんが言いました。聞き覚えのないことばに、少し足が止まります。「サーカスか。一体どんな見世物をするんだろうな。聞いたことはあるが、見たことがない」「なんでも話によると想像し得ない代物らしいぞ」「なんでも、バケモノもいるらしいとか」「美しい歌姫もいるらしい」「いっそのこと、あの小僧を――」
     僕はとたんに背筋が寒くなり、足早に村を出ました。
     僕はそのサーカスというものに売られてしまうのだろうか? そう思うと、その場にいることはとても耐えられませんでした。知らないものに、知らない場所に、知らないうちに引き渡されてしまったら。僕はこの小さな村と森しか知りませんでしたから、とても恐ろしかったのです。
     僕は家に戻ると、暑く重い服を脱ぐのも忘れて布団の中にこもりました。ぶるぶるとその身を震わせ、この肌が、この誰よりも強い力が災いを呼ぶのだと思いました。
     生まれたときから僕はひとりで、父も母もいませんでした。自分から生まれた子どもがおぞましい黒い鱗に被われている。生まれたばかりの小さな手が、自分の指をへし折りそうな力を持っている。だからこそ、僕は生まれてこの方ヒトの肌を感じたことはほとんどなく、森の動物たちが僕を癒してくれるのでした。
     恐怖に身を震わせる僕に、そのときに限って動物たちはやってきてはくれなかったことをとても悲しく思いました。しかし、自然と涙は出ませんでした。

     夢うつつというのでしょうか。朦朧とした意識の中できれいな声を聴きました。いえ、声というよりも歌でした。僕は村の子どもたちが僕をはやすときに歌うものしか知りませんでしたので、一瞬それが何かを理解することができませんでした。
     しんとした森に響く澄んだ歌声に、傷つき怯える僕は安らぎを覚えたのです。朝の光に頭が冴えて、ようやくあの歌声は誰のものだったのかを考えましたが、結局答えは出ませんでした。
     ところが、次の日もその次の日も歌声は聴こえてきました。いつか来てしまうかもしれない恐ろしい未来に心を削られる僕を、毎晩癒してくれました。声の主を知りたい、そう思った僕は、初めて夜を明かそうと努力しました。
     真ん丸なお月様が空のてっぺんに行き着いたころ、あの美しい歌声が響いてくるのを聴きました。
     家を飛び出し、音の源を探しました。この歌声はどこから響いてくるのかと。よく耳を澄まし、森の道を辿るとどうやら湖の方から聴こえてくるようでした。
     そのとき僕は初めて全速力というものをした気がします。今まで走ることなどそうなかったので、苦しくて体が重くて、なんだか悔しさを覚えました。悔しいという感情も、もしかするとこの瞬間に芽生えたのかもしれません。
     息を切らし、汗をたらしながら湖に着きました。空に浮かんでいるはずの月が、湖の真ん中にも浮かんでいました。空の輝きを湖が反射して、初めて夜が美しいものだと気付いたのです。それまで夜は、長くて寂しくて、少し怖いものだと思っていたので少しだけ心が軽くなりました。
    「――だあれ?」
     辺りの美しさに見惚れていた僕に、誰かが声をかけました。歌声の主だと直感的に判断できるほど澄んだ声でした。
    きらきらの風景の中に、彼女はいました。
    ブロンドの髪は波紋のように緩やかに長く、白いワンピースの少女でした。――いいえ、そんな特徴よりももっと大きな特徴を、彼女は持っていました。
    青い、蒼い、碧い、……鱗。
    そう、彼女にも僕のように肌を被う鱗が存在したのです。僕は大変驚いて、声も出せなくなりました。何か言おうと口をぱくぱくさせても、そこからは空気しか漏れないのです。彼女も驚いているようでした。なにせ、僕も黒い鱗の肌を晒していたのですから。
    まって、いかないで、はなしをきいて。そう僕は言いたかったのですが、少女は踵を返して去ってしまいました。それ以降、彼女の歌声は森に響くことはなかったのです。

    それから寝ても覚めても木を伐っていても頭の中は彼女のことばかりを考えていました。
    もう一度彼女に会いたい。その思いは高まり続けました。彼女が現れてからのことを、よく思い出そうと思考を巡らせるとあることを思いました。
    彼女が現れたのはいつからだった? あれはサーカスが近辺に現れてからのことでした。僕は森から出たことはありませんが、全体の大きさぐらいは知っていました。森から見える街の姿も。
    僕は仕事を早めに切り上げ、今まで貯めていたお金を数えました。サーカスの見物料というものがどれほどかは見当がつきませんでした。それでも僕は、街に行く算段を必死に立てたのです。

     次の日、僕は村長さんに木を売り渡してから計画に移りました。一度村から離れて森を通って公道に出る。そうすれば村人に見つかることなく街を目指すことができると思ったのです。その読みは大当たりで無事森を抜けることができました。今晩は満月で、村は集会の準備が始まっていたのでそれもひとつの要因だったのでしょう。
    広い世界が眩しく感じました。とにかく道を進むと何やら看板が立っていました。街までの道はあまりに長く、僕は途方に暮れました。しばらくすると荷馬車がそばを通りました。ゆっくり進んでいましたので、もう今しかないと声をかけます。「――あの、すみません! 行きたい場所があるんだ!」
    荷馬車を進めていたおじさんは僕の肌に気付かなかったのか気さくに話してくれました。それだけではありません、サーカスのやってきた街に乗せて行ってくれるというのですから、僕は少し涙が出そうになりました。

    日が昇らないうちに街に着きました。それもこれもおじさんがよくしてくれたおかげで、お礼にとささやかではありましたがお金を差し出すも「いやいらないよ。それはきみが持っていなさい」と笑って受け取ってはもらえませんでした。僕はまた涙が出そうになり、何度もありがとうを繰り返しました。
    サーカスの公演はどうやら夕方からあるようで、なんとかチケットなるものを買い、テントという建物の中に入ることができました。もっと街を見るべきだったのかもしれませんが、すでに僕にはその余裕がありませんでした。
     テントの中は見たよりも広く薄暗く、中央に開けた場所があり、囲むように客席がありました。全体に高揚感が満ち、村や森の中では見たこともない人の数と姿でした。未知の世界はテントの中でも輝いていました。
     定時を迎えたのか薄明りは真っ暗になり、甲高いファンファーレがつんざくようでした。同時に歓声が沸き、スポットライトが一つの影を浮かび上がらせます。真っ黒な高さのあるシルクハットを被った、玉虫色の燕尾服の男が始まりを告げました。
    「レディースアーンジェントルメン! ようこそお越しくださいました。これより我らサーカスが夢と暗黒のイヴェントをご覧にいれましょう!」
     それからは驚きと恐怖と興奮の空間でした。
     団長たる玉虫色の燕尾服男は包帯ぐるぐる巻きで、現れた者たちはみんな異形というにふさわしいものでした。
    双頭のライオンに毛むくじゃらの狼男、ピエロは滑稽な踊りのあと霧散し、観客を沸きあがらせました。恐ろしくもあり、胸が躍るような気持ちを初めて感じました。
    「それでは皆々様、最後の見世物となりました。我らがディーヴァ、海より出でし人魚姫――マーレ!」
     天井から現れたのは、彼女でした。美しい歌声は観客を黙らせ、青い光の中彼女の鱗の肌はきらめきました。僕の知らない異国の言葉で綴られる歌は、会場の心を溶かしたのでした。

     サーカスの見世物はいつの間にか終わっていました。やっぱり彼女はサーカスにいたんだ、その思いが僕を埋め尽くし、やっぱり彼女と話がしたいと僕は思いました。
    石に躓(つまづ)き、ようやく自分のいる場所に目を向けました。周りを見渡すと、荷物が積み上げられ、入り組んだ場所にいました。帰り道はもうわかりませんでした。
    「あら、あなたは……」
     その声にはっとし、僕は振り向きました。彼女が、そこにいたのです。僕はまた声が出なくなりそうになりました。一度言葉を飲み込み、ようやく声を出します。
    「お願い、逃げないで! きみと話がしたいんだ!」
     触れるには憚(はばか)られ、声を張り上げるのがやっとでした。彼女はあの夜のように驚いたようでしたが、僕に微笑んで見せたのです。
    「きみはこの間僕と森の湖で会ったはずだ。あのとき驚かせちゃってごめんなさい。でも逃げないで。僕は、僕と同じ鱗を持つヒトを初めて見て、今とても、……嬉しいんだ」
     頭の中が混乱し、滑稽なまでに必死な僕がいました。そんな僕の話を彼女は聞いていてくれました。そして、優しく穏やかに言葉を返してくれたのです。
    「あなたの言いたいことはわかるわ。わたしも鱗を持つ人を初めて見たもの」
    二人の会話を切り裂いたのは、僕でも彼女でもありませんでした。
     「マーレ、お前は誰と話しているんだ?」そう言って現れたのは包帯をぐるぐる巻きにしたあの男でした。僕は驚き逃げようとしましたが尻餅をついてしまいました。背後からざわざわと声がし、団員たちに僕がいることがばれてしまったようでした。僕はサーカスの裏の奥へと連れられたのです。

     団長と名乗った包帯男と面向かって話しました。頭ごなしに怒られることはなく僕の話を聞いてくれました。彼女と出会った時のことだけでなく、僕のことや村のことも。彼に促されると全部話してしまおう、そんな気持ちに駆られたのです。
     僕は一気に語りつくし、彼女――マーレが出してくれた紅茶を一口飲みました。真剣に聞いてくれていた団長も紅茶を口にし、何事か呟いたようでしたが僕は聞き取ることはできませんでした。
     もう夜の帳は降りていて、森に帰れるかが不安になりました。そんな不安を感じ取ったのか団長は馬車を出してくれました。
    「最後に少年。きみに約束してほしいことがある。守れるね? ……今夜は、家の外に出てはいけないよ」

     長い一日だったと僕が床に就こうとしたところです。森の雰囲気はざわざわとして何かぴりぴりとした空気が張り詰めていました。外を見るだけなら、と僕は屋根の上に上りました。小さくはありましたが、村ぐらいなら見える高さだったことを僕は知っていました。
     屋根の上に登りきると村の方から爆音が轟きました。一度ばかりではありません。何度も何度も。徐々に悲鳴や建物が破壊される音が上がります。村が赤く燃え、黒々とした煙が立ち込めていました。
    僕は団長に言いつけられたことも忘れ、屋根から飛び降りて裸足のまま村へと向かいました。
    村は凄惨な様子に包まれていました。誰の名前を叫んでいいかもわからないまま、村を焼く炎に、僕は叫びました。「どうして! どうしてこんな……誰がこんなことをするんだよぉ!」
    炎で肌がからからになりそうでした。混乱した頭では何も考えられず、炎に飛び込もうとした瞬間、僕の腕をつかんだのはマーレでした。
    驚きに満ちた僕の顔を見てマーレは微笑みました。マーレは僕の体をふわりと抱きしめ、ぽんぽんと背中をなでました。僕は少し落ち着いて、炎の正体があのサーカスであることに気が付いたのです。
    「どうして……どうしてこんなことをするの! 僕はこんなことお願いしてないじゃないか……ッ!」
     マーレは何か言いたげでしたがすべては団長が説明をしてくれました。「少年、きみは悪い子だ。いや、しかし……きみには教えるべきだったかもしれないな」
     団長は困ったように笑いながら、すべてを話してくれました。
    「きみは私たちに村について情報をくれたね。きみはこの村の正体を知りもしなかったのだろう。きみは知っておくべきだ、この村の秘密を。この村で行われていた魔宴(サバト)を」
    村で定期的に行われる行事が恐ろしいものであることを僕は聞かされたのです。
    黒衣を纏って火を囲んで未知の言語を唱える村人たちの姿を思い出しました。魔宴(サバト)と呼ばれる儀式がこの村で行われている。この世あらぬ者たちと交信し、契約し、人知を超えた力を得ようとしていたのだと。それを伝統的に繰り返すことで、僕のような異形と怪力のニンゲンを生み出してきたのだと。
    でも、を繰り返す僕を見て、団長は言います。
    「きみはこの村に思い入れがあるのだろう。しかし、きみにはこの村を守るほどの恩があると言うのかい。本当にそれはきみの本意かい。……どうだね、私たちとともに来ないかね。しばらくの間は辛いやもしれぬが、寂しい思いはしないさ」
     村は、森は僕のすべてで、世界でした。しかし今は半壊した世界が広がっていました。団長に提示された可能性と今日見た世界は輝かしく、無限大でした。
    そして、僕を包み込むマーレのぬくもりが離れがたいものだと知ってしまったのです。
    「――団長、マーレ、……僕は……――」


     ある春の日、放浪を続ける異形のサーカス。その中に少女と少年の姿はあった。少女は楽しげに歌い、少年は団員全員分の洗濯物を両手いっぱい山積みに抱えている。獣数等分に相当するはずのそれらを軽々と持ち上げた。
     光(クオレ)の名を授かった少年は、黒い鱗の肌を持っていた。青い鱗の肌を持つ少女と笑う未来を選び、見習いとしてサーカスの世界に飛び込んだ。闇の顔を持つ村は炎に包まれ、サーカスと少年少女の未来は続く。
    新たな星が生まれるのを待ちながら。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏👏👏👍👍👍🍼💞💞💞💞㊗💞💞💞💞💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator