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    726Nemota

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    うちの子ヒカセン二人の初対面のお話
    ルドがメインでユークがサブ

    その衝撃を何と呼ぶ「お前がルド・ホーカーか!」
     男が叫ぶ。広場に集う人々が一人残らず振り返るほどの声量で。
    「…………ハイ?」
     もう一人の男が応える。怯えた子猫の鳴き声のような声量で。

     ユーク・ガルニエ。その名と容姿を砂都の民に言えば、ある者は「知らない」と忙しい日常に戻るべく素っ気なく応え、また別の誰かは「ちっ、あいつか……」と忌々しそうに顔を歪める。
     毛先がカスタード色に染まる白金の髪に褐色の肌。いきり立った眉の下には青い鉱石を思わせるような煌めきを放つ柔く垂れた瞳。雑踏の中でも一際目立つ長身のエレゼン。容姿だけを見ればどこぞの物語の貴族かと思うような人物だが、その中身は凶暴という二文字で埋め尽くされている。

     ユークは孤児だった。記憶は定かではないが、十歳の頃にはウルダハの裏路地で生を繋いでいた。身の上を証明するものはなく、持っていたのが少しの金銭と、少し深みの強い蒼い宝石がついたピアスのみ。親は、家族はどうしたと人が聞くと、
    「知らない」
    「覚えてない」
    「姓? そんなの俺にはない」
    と短く答えるのみ。ただ、時折ユークがピアスを眺めては「カイヤにぃ……」と呟くことがあった。人々がユークについて知ることが出来たのはそれだけであった。
     ユークは大人からの保護を嫌った。己一人で生きるのだと伸ばされた手を跳ね除けた。ウルダハの裏路地を縄張りとし、生きるために店から果実を盗んだ。生きるために人を殴った。生きるために身体を売る真似事もし、近づいてきた不埒者をまた殴り金品を奪い取った。生きるために人に言えないようなことをなんだってした。その積み重ねで少年の宝石のような煌めきをしていた瞳は、少しずつ歪なギラつきを放つようになった。
     そんな生活を続け、ユークが青年へと成長したころには裏路地の世界でユークの名を知らない者はいなくなった。狂犬、凶悪、触れるべからず。長い手足から繰り出す暴力を振るう際には愉しそうに嗤い、相手が武器を持っていようが集団で襲いかかろうが、拳ひとつで全て返り討ちにした。ユークに歯向かう者が地に伏せたあと、必ず彼はつまらなそうな顔をした。

     二十の歳を少し過ぎた頃、ユークはウルダハの裏路地から離れた。理由などない。ただ、あの煉瓦の街に飽きたのだ。野営をしながら町を転々と渡り歩く。
     町の人々はふらりとやって来たユークがどんな人物かを知らない。一見は普通の冒険者のようである。ただ彼が放つ威圧を本能的に感じ取ったのか自ら近付こうとする好き者は現れず、ユークが話しかけようものなら肩をビクつかせ、口の端をひくりと歪ませた笑顔で対話し、逃げるようにその場を去っていった。
    「……あぁ、俺が怖いのか」
     いくつかの町を渡ってようやく気がついた。悲しくはなかった。むしろその扱いは昔から慣れたものだったから。
     しかし、これでは町を渡るのに少々都合が悪い。警戒されないことに越したことはないのである。流れの余所者を遠巻きに見ていた町の人間と交渉して泊まった宿の一室にてユークは考える。といっても裏路地での生活が人生の半分を占めているのだ。ユークは所謂〈普通〉の人、というのがわからない。
     ふと、窓を見る。目線はガラスの向こうの星が瞬く夜空、ではなく、ガラスに反射した自分自身の顔。顰めっ面の、寄る者を突っ撥ねるような目つきの男の顔。見た者を射貫くような冷たい青の瞳がギラギラと光っている。なるほど、これがいけないか。
    「……あ、あー、ん、ぁあ〜〜」
     チューニングする。思い浮かべるは、砂都で見てきた人々。愛想よく客引きをする商人、優美に微笑む踊り子、楽しげに平穏な日常を甘受する民。仄暗い裏路地から眺めていた、眩しい表世界の光景。きっと、あれを〈普通〉と言うのだろう。
     ……あぁ、そういや薄らと覚えている兄も、よく笑う人だった気がする。
     ユークは頭の中で今まで見てきた人達の笑顔を思い浮かべ、ニッ、と口の端を持ち上げる。自分の身体の中で一等使うことがない筋肉だ。慣れない動きに引き攣る。顰めっぱなしだった眉間をぐりぐりと解し、ため息を一度ついてまた口の弧を作り直す。
    「……下手くそ」
     ガラスに映るぎこちない笑顔を作った男がボソリと呟いた。
     ユークはまた旅を続けた。最初こそぎこちなかった笑顔は回数をこなす内に筋肉が形を覚え、自然に笑えるようになった。元よりタレ目の整った顔立ちだ。少し笑えば人はユークに集まった。人々の態度の変化に驚きつつも〈普通の人〉を演じ続け、ユークは人との交流に向き合うようになった。ただ、それでも心はあの煉瓦の壁の裏路地にいた頃と変わりなく冷えたままだった。
    (なにか、面白いなにかがあれば)
     そう考えながら夜を過ごすことが増えた。

     ある噂を聞くようになった。なんでも、蛮族達が自身らの力を示そうと、または力無き自分達に変わって他の種族に対抗しようとして蛮神たる強大な存在を召喚していると。
     またある噂も聞いた。とある冒険者が出現した蛮神を何体も倒していると。
     噂なんていつもなら聞き流す他愛もないものだったのだが、なぜだか無性に気になった。誰だ、どんなやつだそいつは。腕っ節にはそれなりに自信があるほうだが、俺よりも強いのか。街ゆく人々の噂話に耳を傾け、情報をかき集める。
     曰く、ミコッテ族の男だと。
    曰く、黒い髪と金の瞳、顔に傷があり、長い尾を持っていると。
    曰く、ウルダハで最近その姿を見たと。
     情報の欠片を拾い集める。なるほど、その者は今ウルダハを仮の拠点にしているようだ。
     会ってみたい。
     神殺しの冒険者がどんな顔なのか気になる。傷があると言うのなら、死地を潜り抜けてきた猛者らしい顔つきなのだろうか。ならば、一度手合わせをしてみたい。蛮神を屠るほどの者であれば、自分のこの渇いた感情にも何か変化が起こるかもしれない。
     ユークは少し考え、止めていた足を動かし始めた。向かうは、数年ぶりの砂都。

     レンガとタイルで舗装されたウルダハの表通りをコツコツと歩く。変わらない町並み。行き交う人々は今日も忙しそうに右へ左へと流れゆく。
    「……ん? なぁ、お前ユークじゃないか?」
     声をかけられる。ユークが振り向くとミッドランダーの男がいた。身なりは普通のそれだが、目付きや漂う雰囲気からして盗賊に類する者のようだ。
    「……誰」
    「冷てえなぁ、俺だよ。裏路地で一緒に稼いだことあったろ〜?」
     覚えていない。確かにユークは何度か数人で盗みや暴力沙汰を起こしたことはあるが、仲間だとは思っていなかったので興味すらなかった。
    「覚えてない。じゃ……」
     さっさと去ろうとしたところで歩きだそうとした足を止める。話しかけられたついでだ。
    「なぁ。人を探しているんだ、知らないか」
     ちぇっ、とつまらなそうにした男にそう尋ねる。噂で聞いた例の冒険者の特徴を挙げると「あぁ!」と思いつく顔があったのか手を叩く男。
    「最近有名な奴だな、クイックサンドでさっきモモディと話してたの見たぜ。その辺りにいるんじゃないか?」
     どうやら幸運なことに探し人はまだこの街に滞在しているらしい。口の端が持ち上がる。
    「サンキュ。じゃ」
     ユークは男に短くそう言い、今度こそ立ち去ろうとする。
    「待った!! おい、情報教えたんだ。礼が足りねぇよな?」
     男がそう呼び止める。
    「……礼なら言ったろ」
    「元々この街にいたお前なら分かるだろ? もっと形のある礼のことだよ」
     男がニヤニヤとした下衆な顔で催促する。あぁ、知っているとも。そうやって自分も他人から金を巻き上げてきた側だったのだから。ユークはため息をつく。
    「金のことなら生憎手持ちがない。急ぐから今度な」
     そう言って適当にあしらう。こいつに構っていると冒険者である例の人物はどこかの地へ向かってしまうかもしれない。だが、男はしつこく付き纏う。
    「なんだ? さっきからお前俺のこと舐めやがって。その態度前から気に入らねぇんだよ!」
     ユークの態度が彼の神経に触れたらしい。ヘラヘラとした態度から一転して目を怒らせた男が腕を上げ殴りかかってくる。周囲から悲鳴が上がる。
     短気なヤツだな。
     ユークはもう一度ため息をついて、ゆらりと構えをとる。振りかぶってきた男の右腕を躱し、その勢いのまま軽く鳩尾に拳を叩き込む。
    「がっ!」
     腹を抱え男が咳き込む。様子を見てもう一発叩くか、とユークが手を握り込み直す。

    「ま、待った!!」

     上擦った声が間に入ってくる。ピタリ、とユークは男に沈み込む直前の拳を止めた。誰だ? と声を主を探すと、影がユークの目の前に飛び込んできた。
    「なに街中で暴れてんだ! 危ないだろ!」
     黒の髪に獣と似た耳。
    「おい大丈夫か? 呼吸出来そうか?」
     長い尻尾が忙しなく揺らめいている。
    「そっちのエレゼン族のお兄さん、なにがあって喧嘩してたんだ。駄目だぞ、あんた手足長いから他の人巻き込みかねないだろ」
     こちらを向いた顔には褐色の頬に傷が一つと、二つの煌めく大きな黄金の瞳。興奮しているからか元からなのか、ユークよりも柔く垂れた目尻の端は少し赤い。野次馬の誰かが「あいつ、蛮神殺しの冒険者だ」と言ったのが聞こえた。

     彼だ。見つけた。

     こちらを見上げる金の瞳と目があった瞬間、ユークの内から何かがブワリと込み上げてきた。噂を聞き、そんな実力者であればどんなに厳つい人物なのだろうかと思えば、体躯こそは青年のそれではあるが顔は幼く、この世の黒い部分を知らなさそうな無垢で正義感溢れる顔つきをしている。だが、その背後には今まで何体もの蛮神を屠ってきた実力を感じさせるような雰囲気を漂わせている。
     なんだ、このチグハグな奴は。知りたい、こいつのことを、もっと、もっと。あぁ、確か名前は。
    「お前がルド・ホーカーか!」
     ユークが叫ぶ。まるでキラキラとした宝物を見つけた少年のような笑顔で。
    「…………ハイ?」
     ルドと呼ばれた青年が応える。まるで躾のなっていない大型犬を見るような怯えた顔で。

     これは、路地裏の狂犬が英雄の卵と出会う話。
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