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    にっつ

    ぜんねずのSS

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    にっつ

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    23'ハロウィンコラボの仮面舞踏会ぜんねず
    幻覚強めの中世パロっぽい世界
    ねずこちゃんは喋れなくなっちゃうので口枷は外してます
    好きすぎて刺さりすぎて、勢いで書きました

    アリストクラットの戯れ その古城は月に照らされ、幽玄に浮かんでいた。
     
     もともとは白亜の城だったのだろうが、壁面は灰色と混じり複雑な風合いを醸し出している。城の土台のレンガと、川に隣接している部分は風化して、一目見れば随分昔に建てられたものだとわかった。

     禰豆子は招待状を手に、その城へ向かうボートに揺られていた。
     
     森の中を流れる川を悠然と下る。古めかしさがそう思わせるのか、禰豆子は川のほとりに浮かぶ古城を認めると、少し懐かしさを感じた。

     城門の前では同じようなボートが何艘も留まっていた。ボートに乗れる人数は片手で数えるほど。客たちは絢爛たる衣装を身にまとっていたが、一様に暗い色味が目立つ。
     裾や足元を気にしながら次々と降り立ち、光の漏れている城内へ吸い込まれていく。
     今宵のドレスコードは"仮装"と"仮面"。

     収穫祭ハロウィンとは名ばかりの、貴族達の戯れであった。
     

     本来ならば、兄の炭治郎とペアで出席する予定だったが、急な仕事の話が入ってしまい、兄は遅れてやってくることになった。禰豆子は社交界デビューを果たしたばかりの十六歳で、舞踏会は二度目で緊張していた。
     デビューを果たした、と言っても没落貴族の出で、高価なドレスをしつらえる余裕はない。そのため、ドレスコードの仮装に助けられた。
     胸元の黒い大ぶりなリボンに、ベルベットスーツ、後ろから見ればロングドレスのようなデザインだったが、前は大胆に足元が見えるデザインとなっていた。パープルのチュールスカートが幾重にも重なり、黒いタイツとブーツは歩く度に太腿が見え隠れする。

     ボートを降りる際は指先で裾を上げ、城門へ降りた。人の話し声や奥から聞こえてくるクラシックの音は、夜の森の中とはいえぬほどの賑わいだった。
     
     テーブルには豪勢な料理が並べられ、酒を振舞うボーイが忙しなく動き回っている。
     その奥の巨大なホールではクラシックが流れ、曲に合わせて男女が踊っている。見上げればホールの二階部分のギャラリーがあり、そこから階下を眺めている客たちもいた。
     城内にいる者は皆、仮面を付けていて、ある種異様な光景ともいえた。
     仮装に合わせた仮面の者、顔を全て覆うような仮面の者もいれば、モノクルのように片目だけを隠す者もいた。
     
     禰豆子が心細い気持ちで広間を歩き出すと、視線を感じる。
     ——見かけないお顔の方だわ。
     と、禰豆子の傍に立っていた女性の声が耳に入る。
    (身の置き場がないわ……知っている人もいないし)
     思わず小さくなってしまいそうになる。けれど、ここでの振舞い方で粗相をおかすのはよろしくない。禰豆子は背筋を伸ばして会釈をした。

     禰豆子の片目を隠した仮面は美しさまで覆いきれなかった。
     白く透き通るような滑らかな肌に、大きな瞳と長い睫毛。漆黒の髪自体が珍しく、歩くたびに艶やかな髪が跳ねた。目立たないように歩いているつもりでも、人目を引いた。時に禰豆子を振り返り、"あのお方は誰だ"と城の従者に問う者もいた。
     そんな風に騒がれていることとは知らず、禰豆子はホールまで辿りついた。その先の光景に息を飲む。
     目元が隠れ、ドレスではなく闇を纏うような仮装をした人々。仮面でお互いの素性を知っているのか、否か。その姿のまま踊っているのが妖しさを際立たせていた。禰豆子が社交界デビューを果たした煌びやかさと違い、異質な舞踏会だった。
     踊りを踊っている周りでは、酒を楽しみながら眺める人や話に華を咲かせている人もいて、過ごし方は様々だ。そのうちの一人の男が動き、近くにいる女に向き合った。"踊りませんか?"と口元が動き、誘う手に手を乗せて二人が自然と踊りの輪へ入っていく。そんな光景を別の世界のもののように思いながら眺めていた。

    「踊りませんか?」

     近くで発せられた声に禰豆子は我に返った。低く落ち着いた声の主を見ると、黒地に金の装飾をあしらった仮面をつけた男と目が合った。眉の上まで隠れるような仮面は涙を模した雫の飾りが、目元でゆらゆらと揺れている。会場のまばゆいシャンデリアに照らされて、金髪が透け、仮面の奥の瞳は装飾の金色に似ていて、吸い込まれそうになった。
    「は、初めまして」
     スカートの裾を上げて挨拶すると、その男も胸に手を当てて、優雅にお辞儀をした。その一連の動きには一分の隙もなかった。
     フリルのついた白いブラウスにバイオレットのベスト、黒いストライプのズボンに黒いブーツ、髪色と仮装の雰囲気がマッチしていた。たった今知り合った人と踊ることに躊躇って、禰豆子は口を開いた。
    「王子の仮装ですか?よくお似合いです」
    「へへ、そお?金髪だし、ちょうどいいでしょ」
     先程までのスマートな振る舞いと違い、目を細めて笑うと途端に人懐っこくなってドキッとした。社交場の男性は普通かしこまっているのに、昔から知っている友人のような話し方で、この人とは仲良くなれそうな気がした。
    「それで、踊ってくれない?俺と」
    「まだ一度しか舞踏会で踊ったことがなくて……ちゃんと踊れるか不安で」
    「そっか、大丈夫。俺についておいでよ」
     すっと出された手に、自然と引き寄せられるように手を伸ばす。
    「お待ちください」
     と横から別の男の声が聞こえ、弾かれるように顔を上げた。
    「失礼致します。私も彼女と踊りたいのですが」
     片目の仮面をした茶髪の男は、胸に手を当てて軽く頭を下げた。随分と背が高く、長めの髪は後ろに一つに結われている美丈夫だ。その不躾な申し出に金髪の男が眉をひそめる。
    「先にお誘いしていたのは私ですので。礼儀知らずですね」
    「おや、ご存知ないのですか?この仮面舞踏会のことを。おふたりともあまりお見かけしない顔だ」
    「何の話です?」
     二人の間の空気が険悪になっていっても、禰豆子が口を挟む隙がなく狼狽える。
    「踊りにお誘いする上で割って入っても良いのです。女性をめぐり、闘って勝ったほうが、彼女を手にできるのです。こちらの舞踏会は別名……」
     
     ――仮面"武闘"会。
     
     主催者は仮面と仮装をドレスコードにもってくる変わり者だ。余興と称して女性への踊りの申し出が重なった場合、男たちの決闘で決めることとしていた。戯れも、戯れ。仮面をつけているが故に身分に関係なく無礼講が許される。中には自分の強さを披露したいために割り込んでくる男もいるのだという。

    「……私はそんな卑しい目的ではございません。あなた様の美しさに心を奪われました。ただ純粋に踊っていただけないかとお誘いしております」
     武闘会のことをつらつらと述べ、大袈裟に身振り手振りで禰豆子に告げた。しかし、会話に淀みがない分、空々しく聞こえるため、本心は違うのかもしれない。静かに話を聞いていた金髪の男が顔を上げてキッと相手を睨んだ。
     
    「失礼にもほどがある。彼女は賞品じゃない」
     
     その言葉に禰豆子はドキリとした。低い声には怒りが込められていたが、相手は怯まない。
    「まぁ、これは嘘ではなく仮面武闘会の伝統ですので……従わなければ会場を追われるだけです」
    「……決闘方法は?」
    「貴族でしたら嗜まれておりますでしょう」
     いつの間にか茶髪の男のそばへやってきた従者が細く鋭いフェンシングの剣を手渡した。
    「――こちらで」
     剣を受け取ると、照明の明かりを受けた刃が光った。
     
     クラシックの曲がひとつ終わると、従者たちがやってきて舞踏会のホールを武闘場として区切った。そしてホールの中心には頭からつま先まで真っ黒の出で立ちの仮面の男が現れ、真っ赤なビロードの椅子を置いた。すると、茶髪の男は颯爽とそこへ向かっていき、その後も次々と男たちがそこへ群がっていく。禰豆子たちは目まぐるしく変わる状況についていけない。
    「な、何が起きているのでしょうか……?」
    「さぁ……俺もこの舞踏会は初めて来たからわからないけど」
     一人と踊り終えるまで待ち、その後に別の人と踊るのが常識だというのに、ここでそれは通用しないらしい。禰豆子はこれからこのホールで何が起こるのか不安な気持ちでいると、隣にいる男を見上げた。仮面の奥の目が優しげにニコッと笑った。涙の雫が再び揺れて、泣き笑いのように見えた。
    「大丈夫。一緒に行こう」
     と言われると少し緊張感が和らいで、ホール中心へ一歩踏み出した。


     ここで使われるのは、細長いサーブルと呼ばれる剣だった。それを審判と思しき黒服の男が二人に手渡した。
     禰豆子は武闘場に置かれたビロードの椅子に座らされ、さながら賞品のように扱われた。黒服の男が禰豆子の横へやってくると、決闘する二人が前へ出ていく。いつの間にかホールには決闘の余興を楽しもうとする仮面の客が所狭しと周りを囲っている。
     ——あんなに身長差があっては勝負にならないのでは?
     ——毎年これが楽しみなんですの
     ——仮装と仮面でフェンシングなど、相手の動きは見えにくくなくて?
     禰豆子の背から、様々な会話が聞こえてきた。ふと、見上げると二階にあるギャラリーからもこちらが見られている。
     剣を持った二人が相対すると、黒服の男が声を張り上げた。
    「ルールですが、サーブルで相手の仮面を破壊、もしくは顔から落とすことができた方が勝ちでございます。紳士淑女のための余興ですので、相手の体にケガを負わせてしまった場合は、負けでこざいます」
     禰豆子はそれを聞くと少しホッとした。あの優しそうな雰囲気の金髪の男が、体格に恵まれた相手を打ち負かすのが想像できなくて、ケガだけはとそれだけを願う。
     茶髪の男は余裕の笑みを携え、一方の金髪の男はサーブルの剣の先に触れて何かを確かめているようだった。
     二人の様子を見てから、黒服の男は禰豆子に向き合った。
    「禰豆子さま」
    「は、はい」
    「先に声をかけた順に決闘していきますので」
    「……順に?どういう意味でしょうか」
    「善逸さま方の決闘が決まったあとにもお申し出がありまして」
     善逸、と自分の名前を呼ばれた、と金髪の男は二人が話している方へ顔を向けた。
    「全員で七人いらっしゃいます」
    「し、」
    「七人!?」
     声を上げたのは善逸のほうだった。しかし茶髪の男のほうは気にも留めずに首を傾げた。
    「……勝ち残りですかな?」
    「さようでございます」
    「禰豆子ちゃんとはそう簡単に踊れないってわけね」
     ニヤ、と笑うと仮装した茶髪の男がサーブルを伸ばし左手を上げて構えた。それに合わせるように善逸も右手で剣を立てる様に持つと、握られた左手は腰の後ろへ回し、左足を1歩引く。禰豆子もフェンシングは幼い頃から見てきたが、こんな状況で見るのは初めてだった。
     しん、と会場内に静寂が訪れる。そして黒服の男が口を開いた。
     
    エト・ヴ・プレ準備はいいか?
    「「ウィはい」」

     その瞬間、善逸が消え、ガツンと轟音が響いて禰豆子は思わず目を瞑った。次に目を開けたときには構えのままの茶髪の男の背後へ善逸が突きの姿勢で移動していた。
     カラン、と割れた仮面が足元に落ちたのは茶髪の男のほうで、善逸が振り返って初めの構えに戻ると、会場の客が一気に湧いた。目にも留まらぬ速さの剣術は音しか残さず、相手の男も何が起きたのかわからないままに終わってしまった。体格差で勝ちを確信していただけに、真っ赤になっている。
     ——ご覧になりました!?
     ——何人勝ち抜けるのか見ものだ
     禰豆子も何も見えなかったので、何かの魔術のように感じていた。優し気に笑っていた善逸がこんなに剣術に長けているのにも驚いていた。
    「では、次の方へ」
    「もういいですよ」
     善逸が審判の黒服の男へ呆れたように口を開く。勝負自体を放棄するような言葉に、禰豆子は僅かにショックを受け、どうしたのかと少し周りもざわめく。

    「全員まとめて来てください。禰豆子ちゃんと過ごす時間が減る」

     少し挑発するような口調で告げると、輪をかけるように会場がどよめいた。
    「本当によろしいのですか?」
     と黒服の男が言う間に、出番を待ち、サーブルを持った男たちが会場へ次々と入っていく。
    「こんなに煽られて黙っているわけにはいきませんので」
     六人の男が善逸を取り囲むようにして構える。
    「ヒェ……ッッ!やっぱちょっと多すぎだし、強そうな人多くない?」
     若干その数に圧倒された善逸を見て、禰豆子は両手を握った。全員の剣が善逸を突き刺すがごとく構えられると、再び善逸も構えた。

    エト・ヴ・プレ準備はいいか?
    ウィはい

     一斉に男たちが告げると、再び轟音が鳴り響く。この音は一体何なのかわからなかったが、六人もの男の間をすり抜けるようにして動く姿を目を凝らしてようやく捕らえた。踏み込む音と仮面が破壊される音が同時に鳴っている。魔術でもなく、間違いなく善逸が一人ずつその手で倒しているのだ。その速さと剣さばきは舞い踊っているかのようだった。

     ガシャン、と六つめの仮面が床に落ちると、善逸は剣をぴっと払うようにして倒した相手を振り返った。

    サリュエおしまい

     会場が沈黙に包まれたのは一瞬で、一気に歓声が湧く。禰豆子は息を吐いて胸を撫で降ろし、いつの間にか善逸の勝ちを願っていたことに気づいた。
     ここまでの強さを見せておきながら、善逸はその場から禰豆子にはニコッと笑いかけ、傍に近寄ってきた。禰豆子の椅子の前まで来てひざまずいて、剣を置くと手を伸ばす。
    「踊っていただけますか?」
     禰豆子の心臓の音はずっと大きな音を立てていて、王子のような衣装と振舞いに顔が真っ赤に染まる。
    「はい……喜んで」
     と、さきほどは乗せられなかった手をそっと乗せると、善逸は満面の笑みを見せた。

     再びクラシックの音楽がかかり始めると、黒服の男が頭を下げた。
    「お見事でございました。今宵、禰豆子さまは他の男性とは話すことすら許されませんので」
    「そ、そうなんですか?」
    「へ~~それはいい余興でしたね、俺にとって。だって禰豆子ちゃんのこと誰にも渡したくないもん」
     さっきまでの強さを微塵も感じさせないほど、子どものような物言いに禰豆子はふっと笑った。
    「あれ?笑ってる?」
    「ふふ……あんなにかっこよく剣を振っていらっしゃったのに、ふふふ」
     おかしそうに笑っている禰豆子に少しきまりが悪くなると、ぐい、と手を引っ張って禰豆子を引き寄せた。
     背中に手を回すと、急に縮まった距離に禰豆子は再び頬を染める。仮面越しの目が少し大人びて見えた。
    「それじゃあ踊ろうか、禰豆子ちゃん」
     柔らかく甘い声が響くと共に足を踏み出した。

     久しぶりの舞踏会での踊りに緊張していたのに、善逸にリードされるがまま合わせていると不思議と自分も上手く踊れているような気がした。ワルツのリズムを読み間違えることなくステップを踏み、動きやすいように位置どっていく。それは禰豆子が一番美しく見えるようにするための動きでもあった。
     他の男女も踊っていたが、二人の踊りは周りの客の目を奪い、感嘆の声も聞こえてきた。禰豆子も目の前で音を楽しみながら踊る善逸を見ていると、同じように楽しくなってきた。どうしてかはわからないが、この人についていけば大丈夫なのだと思えた。
     
     曲が終わると、善逸は禰豆子の手を取って改めてお辞儀をした。
    「ありがとう、禰豆子ちゃん」
    「こちらこそ、とても楽しかったです」
     と、スカートの裾を持ち挨拶をする。一体どこの誰なのか、名前以外は何も知らない。何かを聞こうと思っていると、手を引かれた。
    「禰豆子ちゃん、こっち」
     どこへ行くのかと思っていると、ホールの端までやってきた。決闘から注目を浴びていた二人はすれ違う人の視線を感じながら、長いカーテンの下がる窓辺際を歩いていく。ふと、善逸が立ち止まり、カーテンの後ろの窓を開けると庭へと続いていた。煌びやかな城内から、闇の世界へ出ると、ひんやりとした空気が心地よかった。城門の前に隣接していた川の音が聞こえる。音のするほうを眺めると水車が回っているのが見えて、どこかで見たような光景だとふと思った。
    「みて」
     善逸が空を指差すと、満点の星空が広がっていた。
    「わぁ……!」
    「ここね、すごくきれいに見えるんだよ」
     空を見上げ眺めているとふと、違和感を感じた。
    (あれ?さっき善逸さんは初めてここへ来たって言ってなかったっけ……)
     ここへ来たことがあるかのような話しぶりだったけれど、あれはなんだったのだろう。手を離した善逸は空を眺めながら草を踏んで歩いていく。禰豆子の後ろで僅かに開いている窓から断片的にホールからの話し声が聞こえた。
     ——さきほど……金髪の剣士の……構えに見覚えが……王族剣術の構えでしたわ
     ——王族?どうして……ご存知なの?
     ——隣国に留学して……隣国の王子は金髪だったはず
     そこまで聞いてハッと顔を上げた。あの、決闘の時の珍しい構えは今まで目にしたことがないと思っていた。それがまさか、

    「……王族の方だったのですか?」
     
     焦りながら禰豆子は善逸に問う。夜の闇に浮かぶ金髪がなびいて、こちらを振り返った姿に息を飲む。あの一分の隙もない優雅な挨拶や、見た事のない構え方、踊りの上手さが裏付けていた。身にまとっているのは仮装ではなく、本物の王子だと、全てが物語っている。振り返った善逸は驚きもせずに口を開いた。
    「そうだけど……それがどうかした?」
    「そ、そんな、数々の非礼を……お許しください」
     膝をついて頭を下げると、禰豆子は冷や汗が出てきた。まるで友人のような口の利き方をしていたことや、決闘にまで巻き込んでしまったこと。身分も知らずに、没落貴族の出の自分が舞踏会で踊ったことがとんでもないことだったと気づき、顔を上げられない。草の音が鳴って善逸が近づいてくるのを感じる。
    「禰豆子ちゃん、顔を上げて」
     それはそれまでとなんら変わらない優しい声だった。ゆっくりと顔を上げると、花の香りがして目を見開いた。視界が一面、薔薇の花で埋め尽くされる。オレンジと紫色のバラの花束だった。差し出している善逸を見上げると、仮面の奥の目と合った。また、仮面の涙の雫が揺れて、禰豆子は急に何かを思い出しそうになった。
    (……また。さっきも何か既視感が)
    「禰豆子ちゃん?お花、嫌いだった?」
     少し悲しそうに尋ねる善逸の声で現実に引き戻された。
    「いいえ、とんでもないです。お花は大好きです」
     照れくさそうに花束を持っている善逸と、紫色の珍しい色のバラ。そして善逸の着ているベストも似ている色だと思うと、ハッと思い出した。
     小さい頃、こんなふうに男の子からスミレの花をもらったことがあった。それを思い出すと自然と笑みが零れた。
    「どうしたの?」
    「小さい頃を思い出して……泣き虫の男の子に一度スミレの花をもらったことがあります」
     下がった眉が可愛いかったのを覚えている。何がきっかけで知り合ったのか、断片的なことしか覚えていないが、顔ははっきり覚えている。
    「少し、善逸さんに似ていたかもしれません。歳の近いご兄弟や親族はおられるのですか?黒髪の子だったのですけれど……あぁ、でも私の家は王族の方とお話する機会はありませんね」
     スミレの花をくれて「お嫁さんになってください」と真っ赤な顔で告げられたのを思い出した。
    「兄弟は兄が一人いるけど、全然泣き虫じゃなかったから違うかな」
    「そうでしたか……」
     真面目なトーンで答える善逸に首を傾げた。沈黙が流れ、水車と川の音が響いた。
    (……やっぱり見覚えが)
     水車を見て振り返り、城を眺める。ここへ来るときに感じた懐かしさは、もしかしてここへ一度来たことがあるのかもしれないという推測に至る。
    (きっと元は白亜の城)
     記憶の断片が少しずつ蘇り、善逸と初めて会った時のことを思い出した。初対面なのに、昔から知っているような気がした。それが事実なのだとしたら。
    (でも、あの子は黒髪だった)
     善逸が仮面を取って素顔を見せてくれれば、何か思い出せるのかもしれない。そう思いながら、目元を全て覆っている仮面を眺めた。どうして今まで思い出してこなかったことを今思い出しているのだろう。
     
    「お嫁さんになって下さい、って言われたんでしょ」
     
     核心ともいえる言葉に目を見開く。見上げる善逸の仮面の涙が揺れる。
     涙。
     そのモチーフをなぜ彼がつけているのか。

     スミレと同じ色を入れ記憶に呼びかけたことも、11本のバラの意味も、この時の禰豆子はまだ知らない。
     善逸の指が仮面にかけられて素顔が現れると、花束を差し出してひざまずいた。
     
     二度目の言葉が鼓膜を揺らす。

     一言一句変わらぬ、愛の言葉が響いた。


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    にっつ

    MOURNING完成できなさそうなぜんねずを置いておきます。
    去年のハロウィンに書いていたけど、今年も間に合わなそうなので供養です。

    ※ダークファンタジー
    ※大正軸でも現パロでもない
    ※なんかちょっと暗い

    途中でいきなり終わります!😂
    (仮)in the dark薄暗い森のその奥に、ひっそりと佇む洋館がある。そこには肌の白い美しい魔女が住んでいて、一度そこに足を踏み入れたら、二度と帰れない。

    それが、この村に昔から伝わる噂話だった。



    善逸は持っていたリンゴを齧りながら森を歩いて帰路につく。じきに収穫祭だ。善逸の育てているリンゴも今が旬で、赤くつやつやとした皮と、蜜がたっぷりと入っている実は甘い。肩に担いでいた籠が重くて切り株に腰掛け、休憩がてら残りを食べる。村で毎年行われている収穫祭は、採れた食べ物を祝うとともに、悪霊を追い払うのが村のしきたりとなっている。

    「月末だったよなぁ、確か」

    善逸が一緒に暮らしている祖父の慈悟郎が、そろそろ準備をしなければならないと言っていた。森で調達できるものがあるので、善逸は草や枯れ木を踏み分けながら森の奥へ向かう。鬱蒼とした森は方向感覚がわからなくなるため、幹のところどころに印をつけている。森から村へ帰れるように、その布の目印を確認しながら歩いていく。
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