猫の日いそがなきゃ。もっと早く走らなきゃ。
庭園の花々は、今日も鮮やかに咲き誇っている。だが、私はそれらを堪能することもできず、ただひらすらに花々の間を走っていた。裾に向かって大きく広がったドレスは重く、走りやすいとはとても言えない。
前に前にという意識だけが先走って、脚が思うように動いてくれない。どんどん息も上がっていく。
苦しさで頭がいっぱいになりそうになったとき、前方、斜め下の方向から声が掛けられた。
「プライド、こちらです!」
黒猫の姿になっているステイルは、振り向きながらも前に駆ける脚を止めない。
そういえば、どうして彼は猫なのだろう。人間ではなかったかしら。
けれど、そんな違和感は「早くしないと!」と急かしてくるステイルの鳴き声に掻き消されてしまう。
言われるがままに追いかけていたが、唐突にふっと体が浮いて思わず息をのむ。大きな穴に落ちているのだと気づけば、内臓がぎゅっと縮こまって喉元に全部集まってくるような錯覚を覚えた。
暗さに慣れない目では何も見えないが、肩のあたりからニャーとかすかな鳴き声が聞こえて、私は慌てて手をのばす。
いつまでも底の見えてこない闇のなかで、ステイルだけでも助けなければと彼を太ももに乗せて、守るように上半身で覆った。腕の中からはひっきりなしに鳴き声が聞こえる。
「大丈夫よ、怪我はさせないから」
そう言って撫でてやればステイルは大人しくなり、もぞもぞと丸まったのが手のひらの感触から察せられた。
風圧でドレスの裾は大きく膨らんでいるが、彼が文鎮のように押さえてくれている。そのおかげで、中が見えてしまうというみっともない状況を避けられているのは、唯一の救いだった。