韋駄天×女主夢2(女夢主視点)「昨晩、アキレウスに意に沿わぬことはされていないか?」
食堂での朝食の席で、隣席のアタランテさんに詰問された。何故昨晩の事をさも知っているかのように、話をすっ飛ばして訊いてきたのかというと、どうもアキレウスさんは私のマイルームに来る前に、私の他のサーヴァント――アタランテさんとケイローンさんに相談したらしい。
「マスターが意中の者に触れられて良かったのならそれで良いのだが、意に沿わぬ事は駄目だ」
え、ちょ、ちょっと待って、アタランテさん、私の恋心、知って……!?
「おはよう、マスター、姐さん」
「っ、おはよう、ごさまいますっ」
「おはようございます。向かい、良いですか?」
混乱していたせいで、アキレウスさんとケイローンさんが近くに来ていたことに気付かなかった私は、びくっと肩を震わせてしまった。
声も裏返ったような調子外れのもので、アキレウスさんに軽く笑われてしまった。むむむ。
というか……ひええ、昨日の今日で何だか物凄く恥ずかしい! いやいや昨日の魔力供給はマスターとしての責務であって……! いやでもその他の諸々が頭に蘇ってきて、とにかく恥ずかしい!
アキレウスさんを直視できない……絶対私今変な顔してる……!
それなのに、アキレウスさんは私の真正面に座るし! 我がサーヴァントはマスターのこころがわからない!
というか、アタランテさんに訊きたかったことも口に出せやしないし。その件についてうっかり言わないように気を付けつつ、我がサーヴァント達との朝食を切り抜けるしかないのだった。
それから。アキレウスさんは何故か私に良く接近して――具体的には、頭をわしゃわしゃと撫で回したり、私を慌てさせて楽しんだりするようになった。
それは、素材集めの戦闘後だったり、廊下ですれ違いざまだったり、食堂でだったり。周囲にアタランテさんやケイローンさんがいようがお構いなしだ。恐らく、アキレウスさんなりに、マスターである私とのコミュニケーションを図ろうとしてくれているのだろう。
ただ、あわあわしている姿を誰かに見られることも、アキレウスさんに構われていること自体を見られるのも何だか恥ずかしく、私は周りの視線も気にしてしまってもう大変なのだ。
魔力供給とパスの強化も、あれから毎日のように行っている。というか、アキレウスさんがお茶菓子片手にマイルームを訪問してくる。
とはいえ、あれだけ恥ずかしかった魔力供給も、慣れればスムーズそのもので。
魔力供給の後のアキレウスさんとのお茶会も、初めは緊張して何を話せば良いか悩んでばかりだったけれど、今では比較的テンポ良く会話できている、と思う。
好きな方との会話が楽しくない訳がない。アキレウスさんの英雄譚を本人の口から聞けるのは、マスターとしても、個人的にも大変興味深い。
逆に、私のカルデアに来る前の生活について訊かれて答えている時は、こんな一般魔術師の短い人生は退屈ではないかと不安なのだけれど。アキレウスさんはいつもちゃんと耳を傾けてくれてくれている。
順調に仲を深めていっている(マスターとサーヴァントとして!)と思っていた、ある日の魔力供給後。
アキレウスさんの背から胸元を離し、後退して立ち上がろうとした瞬間。床に着いた手に、大きな男性の手が重ねられ――
「マスターは、俺のことが好きなのか?」
「!!!!!??」
――え、なにを、言っているのですか、アキレウスさん?
アキレウスさんの言葉の意味を理解するのに、大分時間を要した。
「え、えええええ!!!!!?」
自分の口からはしたない叫び声が上がるのと、アキレウスさんの手を振り払って全力後退するのは、ほとんど同時だった、と思う。
気が付けば私は壁を背にしてアキレウスさんと距離を取っていた。
「はっ、すっすすすすみません……!!」
アキレウスさんの手を振り払ってしまった。無我夢中のことで記憶があやふやだけど、無闇に手を振ってしまったから、アキレウスさんの手を痛めてしまったかもしれない。
「すまん、また突然で。というか、こればっかりはどう言っても突然になるよな」
アキレウスさんは私と違ってごくごく冷静なようだった。
というか何で、こちらに歩いてくるんですか!!?
え、ちょ、私の背中は壁に当たって……、ていうか服! 服着てないですよ私達どちらも!! 上半身ほぼ裸!
私の服は何故か手元にあった。後ずさった時に咄嗟に掴んでいたらしい。グッジョブ……私。
「ひえっ、あのっ、だからっ、なんでっ、追ってくるんですかあ!!?」
服で胸を隠しつつ、壁伝いに逃げ回る私。震える身体のせいで思うように動けない。
対してアキレウスさんは歩みながら距離を詰めてきて、その余裕っぷりが私の焦りをこの上なく煽る。
――とうとう、部屋の角、しかもドアから最も離れた角に追い詰められてしまった。
角にうずくまる私。私の前に仁王立ちして両手を壁に着くアキレウスさん。
「なあマスター、俺のことを男として好きなのか?」
答えられませんってば!と内心で叫びながら、口を噤む。
そんな私に業を煮やしたのか、アキレウスさんはしゃがんで目線を合わせてきた。両手は壁に着いたままなので依然として、というかさっきよりも余程私の逃げ場はなくされてしまっている。
マスター、と呼び掛けられてしまっては、目線を外せなくなる。
「マスターが俺のことを好きなら、俺はマスターと、もっと別の方法で魔力供給をしたいんだが」
ゆっくりと言葉を紡ぐアキレウスさんの口を目で追う。けれど頭が追い付かない。というか全く働いていない。
「って、具体的に言わないと伝わらないよな。俺はマスターとキスやセックスをしたい。マスターが俺のことを好きなら、その方法の方が魔力供給の効率も良くて良いと思うんだが」
「キス……セッ…………!!!?」
具体名が出たところで、ようやく私の頭にも落とし込まれた。
って、はああああ!? 何を言っているんですかアキレウスさんは!!
魔力供給の効率が良いのは、あんな肌を触れ合わせる程度でなくて、キスやセックスであるのは分かる。というか私も魔力供給と聞いてすぐに思い浮かべたのはそちらである。
じゃ、なくて!!
「あきっアキレウスさんは私としたい……?????」
「ああ、俺はマスターとキスやセックスをしてみたい」
は? は、え?? 何でギリシャの大英雄様がこんな小娘と……その、したいと思うんですか????
どういうこと? どんな状況?
「マスターが俺のことを好きなら、シても構わないだろ?」
冗談みたいなことばかり言い迫ってくるアキレウスさんは、だがしかし普段の、いやいつも以上に真剣な表情と声音で。
恐い。意味が分からなさ過ぎて、どうすれば良いのか思い付かないどころか、思考はやはりまともには働いていない。
私がアキレウスさんのことを好きなことを、何で知っているんですか?
というか、カタカナを使ったシたいって言い方はとてもイヤらしいです!
疑問符を飛ばすやら、いっそ他人事みたいな思考に現実逃避したりと、何一つ建設的にならない私の頭である。
が、そんな私を無理矢理にでも現実に引き戻してくるのがギリシャの大英雄の大英雄らしさというか、問答無用の我が儘と言うか。
「マスター?」
伺いを立てるような声で。私の顔を覗き込んでくる琥珀色の瞳と、それに写る強張った自分。
だめ。だめだめ。これ以上近寄らないで下さい……!
その願いも儚く、アキレウスさんの顔が迫ってきて――
「ッッッッ、だめっだめです――――!!!」
我を忘れた渾身の叫びと同時に、アキレウスさんに護身の頭突きをかまし、私の意識は落ちていった。