ミレニアムの箱入り准将 ーお目覚め編ー「間もなくマルロクマルマル、作戦開始予定時刻だ」
スーパーミネルバ級MS惑星強襲揚陸艦ミレニアム。
その艦内の廊下。
ひと気のないそこに佇む三つの影。
まだ夜間の灯火管制が敷かれたままの薄暗い中、密やかな声で作戦の確認を行うのは、ザフトのエリートであるザフトレッドを周到したコンパスでも赤を纏う三人だ。
「「了解!」」
三人の中でも唯一の大尉であるシン・アスカから作戦の開始予定を告げられると、あとのふたりの隊員も小声で了解の声をあげた。
軍艦の朝は早い。
起床時刻は朝六時。
当直や夜勤も必要なため、シフトで動く者もいるが、ヤマト隊のパイロットたちは24時間スクランブルがあれば対応するものの、艦の夜勤は免除されており、基本的に日勤で勤務をしている。
夜間の出撃があれば、適宜休養とされることもあるが、昨晩は出撃もなく、待機命令もなかったため、本日は日勤のシフトと同様の勤務となる。
本来であれば起床ラッパの放送の前にベッドを抜け出すことは規則違反である。
しかしヤマト隊のメンバーには重要な任務があり、六時を前に動き出すことを黙認されていた。
───パッパラッパ パッパラッパ パッパラッパ パッパパー♪
六時丁度、起床を告げるラッパが艦内に鳴り響く。
「突入する!ギーベンラート中尉、ホーク中尉はドア前で待機」
「「了解」」
その起床ラッパと同時に、シン・アスカ大尉はその部屋に突入する。
「失礼します!シン・アスカ大尉、キラ・ヤマト准将の起床補助に参りました!」
そう元気よく述べる入室要領程度で起きてくれるなら、こんな作戦は必要ない。
「おはようございます、キラさーん、起きてくださーい」
ベッドで丸くなって気持ち良さそうに眠っているその人を起こすのはすこし忍びないが、これも軍務である。
「ん……シン……あとごふん……」
なんてザフトのアカデミーで言おうものなら、教官の雷が落ちるだろう。
しかし軍事教育をなにひとつ受けずに、アークエンジェルで箱入り息子としてそだったこの准将にそういった軍隊の常識は通用しない。
「だめです、おきてくださいーっ!って、隊長、また軍服のままで……アグネスー、ルナ、悪い、来て」
シンは部屋の前で待機していたアグネスとルナマリアを呼ぶ。
キラは女性であるふたりにはシンと一緒でないと自室に入室することは許していない。
ふたりを信頼していないわけではないが、外からみて女性の部下との関係性を怪しまれるのはお互いによくないという判断だ。
そして寝起きはうっかりあられもない格好で寝てしまうこともあるから、一度シンがひとりで突入するというのがキラとの約束である。
「昨日は珍しく自分で部屋に帰って寝てくれたって思ったら、隊長また軍服のまま寝ちゃったみたいで、アイロン頼む」
「了解っ」
キラの纏う白の指揮官用の軍服は切れ込みのある長い裾が特徴的で、それを纏ったまま寝てしまっては窮屈だったのではないかと心配もするが、何より起きたときにはその垂れた翼のような部分は皺になりやすい。
軍服はいかなる時でもアイロンをかけてピシッとさせておくべし、というのもいずれの軍でも共通のものであろう。
シンたちが出たザフトのアカデミーでも、まず覚えるのはアイロンで、軍学校を出ればどこの花嫁学校よりアイロンがけがうまくなるというのはよく言われることだ。
普段格納庫で寝落ちすることの多いキラを回収し部屋に運んで寝かしつけるときはシンが軍服も脱がせてアイロンがけまでしておくのが常なのだが、昨晩は自分で自室に戻り寝てくれたのはいいが、軍服のまま寝てしまったので、アイロンをかけないとよれよれ准将になってしまう。
「隊長、起きて、まず上着脱いでくださいね。それから、とりあえず下もこっちに着替えましょうか」
すぐ再び軍服を纏ってもらうことにはなるのだが、スラックスの折り目も整えなくてはならない。
「えーまた着るんだからこのままでいいじゃん」
ものぐさで面倒くさがりなところを見せてくれるのは心を許してくれてる証拠ではあるのだけれど、その要望は受け付けられない。
「そんなヨレヨレの格好したままの姿で出歩かれたら私たちヤマト隊の恥なんで、はやくその軍服貸してください。朝礼に間に合わせますから」
アイロンを用意してまっていたアグネスが、キラをせかす。
「わかったよ、ごめんね、いつも面倒かけて」
そういって軍服を脱ぎ捨て、女子もいるからちゃんと下もはきかえたキラは、シンに手を引かれて洗面所に消えていった。
「はい、顔洗って、歯磨きして」
洗面所からシンがキラに朝の身支度の指示を出している。
幼児か、というツッコミはもはや不要だ。
とにかく寝起きのキラはぐずる。
なんなら歯磨きをしながら寝そうになっている。
年上の上官なはずなのに、生きることにぽんこつなその人のそういうところをヤマト隊の部下たちは愛しく思っているのだから、こうして手を尽くすのだ。
「隊長、とりあえず血糖値あげてください」
栄養不足になりがち、という意味で不摂生なキラに寝起きのはちみつたっぷりのホットミルクを用意していたのはルナマリアだ。
朝食は朝礼の後になるが、それまでの間、ひとまず人のかたちを保ってもらうために、手っ取り早くカロリーをキラの身体に与える。
「それ飲んでる間に、髪整えますね」
はちみつホットミルクのカップを両手に持ってソファに座ったキラの寝癖でぼさぼさになった髪をルナマリアはブローして整える。
「今日は顔色大丈夫ですね」
その日の予定にもよるが、キラの顔色があまりにも悪く、対外的な予定がある日はルナマリアかアグネスがコンシーラーで隈を隠したり、血色をよくみせるために軽くチークを使ったりして顔色をよくみせることもある。
どうやら今日はその必要はなさそうだ。
ルナマリアの手でブローされると、あっという間にキラの寝癖のついていた髪はさらさらヘアーに整えられてしまう。
「アイロン、終わったわ」
アグネスのザフトアカデミー仕込みの華麗なアイロン技で寝落ちて皺だらけになった軍服もピシッと折り目正しく整っている。
「おれ、隊長着替えさせちゃうから、ふたりはまた外で待機してて」
さすがに下着姿になる着替えはシンにしか手伝えないことだ。
いったん履いたインナー用のTシャツとパンツとは脱がせて、新しいTシャツを差し出す。
それからハンガーにかけられたアグネスにより完璧にアイロンがけされている白い軍服を纏わせる。
ルナマリアによりブローされたさらさらの髪に、ピシッとアイロンのかかった軍服。
どこからみても爽やかでイケメンの准将の姿がそこにはあった。
「ゼロロクイチマル、作戦終了」
ここまで実に十分。
華麗な分業で今日も六時十五分からの朝礼には完璧なキラ・ヤマト准将の姿をクルーに見せられる。
朝のひと仕事を終えたヤマト隊の面々は、充実を感じていた。