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    ファルディア

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    ファルディア

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    『触れる権利はまだ持ってて』

    触れる権利はまだ持ってて玩具屋横のベンチに座ってぼんやり景色を眺めていると、俺の視界をよく知る姿が遮った。
    目立つピンク色の髪を揺らしながら立っているのはニコの親分だ。
    少し怒ったような顔をしていて、マズイ何か仕事でも入ってたか!?と俺は慌てる。
    すぐに立ち上がろうとするもニコはそれを制して、俺の隣に座った。

    「ねぇ、ビリー」
    「なんだ?」
    「あんたまだ、昔いたとこに義理立てしてちょいちょい手伝いにいってるじゃない?」

    俺が時々奴らの手伝いをするようになってから結構経つ。
    ツール・ド・インフェルノは既に終わってパールマンの所在もわかっている。
    最初に交わした取引自体はもう終わっていると言っていい。
    都市への出入りに長時間並ばされるというのも徐々に解消されつつあり、俺が手伝いに行く必要はもうない。
    だが俺はまだ、臨時の運転手ってやつをやっていた。

    理由として大きいのはツール・ド・インフェルノの結末だ。
    店長が手伝ったからには勝つだろうなとは思っていたが、まさかポンペイが死ぬとは思っちゃいなかった。
    ポンペイは優れた覇者で、長年郊外に名を馳せ続けた力と相応の人望があった。
    その男がレース中に死んだのだ、対戦相手であるカリュドーンの子に疑いの目が向くことは想像するまでもない。
    トライアンフ内での裏切りだとか仕組まれていた陰謀だとかがあったとしても、エーテリアス化した以上仕方なかったとはいえ手を下したのは事実だからだ。
    人間は簡単に気持ちを切り替えることができない。
    カリュドーンの子が覇者の位置にいることを受け入れられない連中は一定いる。
    加えてビッグダディが後ろにいるとはいえシーザーはまだ若く、ポンペイみたいな貫禄が有るかと言えば否。
    少しでも弱みを見せればその座から引きずり降ろそうと考える奴だってきっといる。
    アネゴは強いし、無敗のチャンピオンの肩書を持つあいつもいる。
    そう簡単にどうにかされるとは思っちゃいないが……どうにも俺は奴らを心配してしまっているのだ。
    臨時の運転手という名目を使って様子を見に行っている、というのが手伝いを続けている理由だった。

    ……が、ニコにとっちゃそんなことは関係ない。
    邪兎屋にとって何か大きな利益を生んでいるわけでもなく、カリュドーンの子に対してだってずっと見ていてやれるわけでもない。
    断ち切れず中途半端に関係を続けてしまっているのが面白くないんじゃないのか、ニコは。

    「悪い!次で最後にするから!」

    ここが潮時だ。
    次に頼まれたときを最後にして、奴らと関わるのはやめる。
    俺はそう決めるとパン!と手を合わせてニコに頭を下げる。
    ニコは驚いたように目を丸くすると、はぁ、と息を吐いてから少し呆れたように言ってきた。

    「いや、あたしは別に駄目って言ってるんじゃないのよ」
    「へ?」
    「あんたが自分の時間どう使おうがあんたの自由でしょ。こっちの仕事蔑ろにしてるわけでもないし」
    「そりゃぁ、まぁ……」
    「いい?あたしが言いたいのは」

    華奢な手が俺の頭上に伸びて、髪を乱さない程度の力で頭を撫でてきた。
    そんな触れ方を初めてされたもんだから俺は固まってしまって、何を言っていいのかわからなくなる。

    「あんまり目を背けるのも駄目だと思うわよ」
    「それってどういう……」
    「大事なものが手の届く場所にあるのって、すごく恵まれたことなの。本当に全部なくしてから後悔しても遅いんだから」
    「……でも、俺は」
    「あんたは、スターライトナイトではしゃいでるくらい単純なのが似合ってるわよ。変な事ごちゃごちゃ考えるより」




    『触れる権利はまだ持ってて』




    次で最後、と決めた数日後に連絡が来て、俺はまたトラックに乗っていた。
    仕入れた荷物をぎっしり詰め込んで郊外でトラックを走らせる。
    ブレイズウッドにやってくると待機していたアネゴが手を振って迎えてくれて、一緒にトラックから荷物を降ろしていく。

    「アネゴ〜、これはあっちに運んどきゃいいのかぁ?」
    「ああ!ありがとなぁ!助かるぜ!!」

    ダンボールを抱えながらアネゴの姿を見ると、ちゃんと元気そうだった。
    覇者としての重圧で寝不足気味だったらしく前に来たときは少し顔色が悪かったが、もう大丈夫らしい。
    チートピア再建中多少ちょっかいを掛けてくる連中がいたらしいが今じゃ落ち着いていて、残ったトライアンフの奴らとも割と良好な関係を築いている。
    これならもう問題ないだろうな。
    今日の手伝いを終えたらちゃんと言おう。
    これで最後にすると。
    アネゴの姿を見るもの今日で最後になるかもしれない、なんて考えてしまうと目が離せなかった。

    手早く荷物を運んでいって最後のダンボールを抱える。
    これを置いたら言う、これを置いたら言う。
    自分に言い聞かせながら足を進めていく。

    「っ、ビリの字!危ない!!」
    「え?」

    アネゴの声がしてなんだと思った瞬間、後頭部に勢いよく何かがぶつかった。
    その衝撃で態勢が崩れて前に転びそうになる。
    荷物を守らねぇと!と自分が下になるように倒れたが、地面に身体が着いた瞬間全身を不快感が包んでいた。

    「げぇ……最悪だ……」

    多分洗車か何かやった後だったんだろう、俺が倒れた場所には運悪く水が溜まっていた。
    ここが都市だったら濡れる程度で済んだだろうが郊外の地面なんてほぼ土と砂と砂利だ。
    水が含んで泥になった土が俺の全身を汚したし、装甲の隙間にも入り込んでしまった。

    「ビリの字!大丈夫か!?こらー!!だめだろ!こんなところでボール蹴っ飛ばしたら!」

    俺にぶつかったのはボールだったらしい。
    俺を心配しつつアネゴはボールを俺にぶつけた子供を怒りながら追っかけて行く。
    その光景が穏やかで、俺は怒る気にはなれなかった。
    俺はとりあえず体を起こして死守した荷物を言われた場所に置くと、自分の有様を見る。

    完全防水だから水も汚れも俺に損傷を与えるには至らないが、泥塗れは不快だ。
    どうしたもんかと思っていると、アネゴが捕まえた子供の首根っこを掴んで慌ただしく戻ってくる。
    ごめんなさいは?とアネゴが促すと、子供は素直に頭を下げてきた。
    懐かしいな、昔アネゴも似たようなことをやって俺が一緒に謝りに行ったっけ。

    「いいっていいって!俺はこの通り頑丈だからな」
    「悪いなビリの字……」
    「気にすんなって」

    とりあえず拭けるところは拭いて早く帰るか……でも乾くと落ちにくくなるんだよなぁ。
    そんなことを考えているとアネゴが俺の手を掴んだ。

    「シャワー使ってけよ!今日の分の仕事も終わりだし、さっぱりしてから帰ったらいいんじゃねぇか?」
    「え?」

    とてもありがたい申し出だったが、俺は借りると即答はできなかった。
    郊外で水は貴重だ、人間に無害なものなら尚更。
    それを今の俺が緊急事態でもないのに使っていいのか?
    昔は貢献しているからと割り切って使わせてもらっていたが、今は立場が違う。
    見たい番組があるから早く帰りたいとか、邪兎屋で仕事があるとか、適当な事を言って断ろうとしたが、アネゴは俺を掴んだまま引っ張ってシャワールームに連行。
    カリュドーンの子の拠点にあるそこそこ広い共用のシャワールームに俺は引きずり込まれてしまっていた。

    「アネゴ!いいって!借りるにしても外の洗車用のとかで全然」
    「何言ってんだ!オマエ相手にそんなんできるわけないだろ!ほら!脱げ!!」

    グイッ!と俺の服を乱暴に引っ張っては、追い剥ぎか!?と疑いたくなる勢いで脱がされた。
    俺は機械人で別に身体を見られたところで問題はないはずが、アネゴはもうちょいそういうの気にしたほうがいいんじゃねぇかな!?

    「これは洗って乾かしておいてやる!」
    「ちょっ、アネゴ!」
    「シャンプーとか好きに使っていいからな!!」
    「おい!」

    アネゴはニッと笑って、俺の服を持って出て行ってしまった。




    ひとりで使うには広いシャワールームの中に俺はポツンと残されて、今の出来事をどうにか処理しつつ溜息を吐いた。
    服を持っていかれたなら諦めるしかない。

    「とりあえず泥落とすか……」

    俺は水栓のバルブに手を掛ける。
    余計な燃料を使わない用に水のバルブだけを回すと、天井からザアアアアアアと水が降ってきて俺の全身を濡らしていく。
    サッと落としてすぐ出ていきたいところだが、少しでも汚れが残っていたらアネゴに怒られそうだ。
    諦めてしっかり洗わせてもらおう、俺はそう決めて壁に付けられた棚を見る。
    そこには各々の使うシャンプーやらが昔と変わらず並んでいる。
    義手のことを考えてか機械人も使える大容量なやつがアネゴ。
    その日の気分で混ぜて使っているから同じ用途の違うメーカーでいろいろ置いているのがバーニス。
    髪から体まで一気に洗えるとにかく楽なやつがパイパー。
    シャンプーやらコンディショナーやらに加えてクレイジングオイルだ洗顔料だとか種類が多く全体的に高そうなのがルーシー。
    並んでいく中で唯一のメンズ用で洗い上がりがスーっとするやつがライト。
    ルーシーのは1番マズイとして、この中ならアネゴのやつを借りるのがいいか……と思ったんだが、棚の端の方に見覚えのあるものがあった。

    「……これは」

    機械人用のボディソープが入ったディスペンサー。
    手にとって良く見てみると、俺がここにいたときに使っていたものだ。
    置いてきたものがそのままになっているだけかと思ったがディスペンサーの中身はいっぱいで、中身が補充されているのは明らかだった。

    「誰のだよ……」

    そんな言葉が口から出たが、俺の以外にはありえない。
    機械人という人種はそもそも郊外にはほぼいない。
    このタイミングでこれが用意されているなら、間違いなく俺の為のものだろう。
    あの赤いバイクといい、これといい、俺の居場所がまだここに保たれているような気がした。
    俺は、戻るつもりなんて一切ないのに。

    これを使っていいのか俺にはわからない。
    使ってしまったらアネゴに何か言わなきゃならなくなるが、その何かがわからないから。
    気付かなかったことにした方がいいんじゃないか……そんな選択を悩んでいたからか、俺は背後に近寄る気配に一切気付かなかった。

    「使わないんすか?」
    「ぎょゎーーッッッッ!!」

    耳元でそう囁かれたかと思えば後から伸びてきた手が俺の腰を無遠慮に鷲掴みにしてきて、喉からここ最近で1番の悲鳴が飛び出した!
    慌てて振り向くと服を着ていないライトがそこには居て、面白そうに笑っている。

    「ははっ、うるせぇ」
    「おま、お前……!」
    「パイセン、少し痩せたんじゃないすか?食ってます?」
    「食うもんに困るほど貧乏じゃねぇよ……それに機械に痩せるなんて概念あるわけないだろ!確かにパーツはいくつか軽量のやつに換えたけど見た目に変化はほぼねぇぞ?」
    「そっすか?なんか細くなったような気が」
    「ない!つーか離せ!いつまで掴んでんだ……!」
    「はいはい」

    ライトは俺からパッと手を離す。
    細くなったなんてどういうことだ……?と疑問に思いながらライトを見ると、記憶に残っているものより大きくなっている気がした。
    出会った時から良い体格をしていたが日々の鍛錬の賜物だろう全体的に筋肉量が増えていて、そのせいか?
    いや、それだけじゃない。
    なんというか頼もしさが増した?気がする。
    そりゃここの女連中に振り回されてたら逞しくもなるか。
    そんな数値化できない感性的なやつがわかるようになったんだなぁ、俺。
    機械と人間の差異や俺がいない間の時間の経過を感じながら、お前はデカくなったなぁ、なんて思う。
    口には出してやらなかったが。

    「お前、なんでここに?」
    「さっき要件を終えて戻って来たんすよ。で、パイセンが入ってるっていうからついでにシャワー浴びに。別に変なことじゃなくないすか?」
    「まぁ、それはそうだけどよ……」

    水の節約の為、ここの連中は複数人で纏めてシャワーを浴びるのが多かった。
    女性陣はほぼ毎回一緒に入ってたし、俺もここにいた時はライトと一緒に浴びるのが多かったから変なことではない。
    ただ今は、俺がこの機械人用ボディソープと向き合っているのを見られてしまったわけで。
    触れないのも不自然すぎるし、俺は控えめに聞いてみる。

    「……なぁ、ライト。これってさぁ」
    「ところでパイセン、なんでずっと水出してるんすか。冷たいんすけど」

    俺の言葉を遮って、ライトは温度を調節するバルブを触っている。
    降り注ぐ水に温度が加わって、熱いお湯へと変わっていった。
    視界が軽く曇るくらいには湯気が昇ってくる。

    「熱くねぇ?」
    「熱くないと浴びた気しなくないっすか?」
    「まぁわかるけどよ……後で温度設定戻しとけよ。昔ルーシーが気付かないで使って火傷したらどうするんですの!ってブチギレたことあったろ」
    「あ〜、あったあった。わかってますって」

    つい昔の話が口から出たが、それを聞いたライトはどこかで嬉しそうにお湯を浴びて汗や土埃を流していた。
    ライトは俺に手を伸ばして言ってくる。

    「パイセン、それ取って」
    「ん?ああ」

    俺はライトのシャンプーを取ってやろうとしたが、棚に手を伸ばす前にライトの手が伸びてきて俺の中から機械人用のボディソープを取る。
    え?と驚いているとカショカショ中身を押し出して、軽く泡立てると俺の身体に押し付けてきた。

    「わッ」
    「結構泥詰まってますよ」
    「いや自分でやる!」
    「はいはい大人しくしてて下さい」

    棚からボディスポンジを取ってそれに泡を含ませて、俺の身体を洗っていく。
    細い箇所に入り込んだ汚れが落とされていくのは気持ちが良かった。
    後輩に良いように洗われているのはなんとも言えない心境になるが、悪くはなかった。

    ライトがカリュドーンの子に加入したばかりの頃、完全に仕事の付き合いですと言わんばかりに壁を張られていた。
    まぁ、それまでライトがいた闘技場の環境を考えればそう。
    隙を見せればいつ殺られるかわからないような場所にずっといたんだ、警戒するのは当然だ。
    わかっちゃいたが俺はこいつにチャンピオンを継いで貰わないとならなかったから、どうしたもんかと悩んでいた。
    そんなある日、配送中に盛大に汚れることがあった。
    それまで俺はひとりで使わせてやったほうがいいのかと思って一緒にシャワーを浴びたりはしなかったんだが、その時ばかりは一緒に使わざるをえなくて、遠慮するこいつの服を剥ぎ取って無理矢理、それこそ今回俺がアネゴにされたのと同じような方法でシャワールームにつれていった。
    服を脱がすとまぁ少なくない傷跡が大量にあって過去の壮絶さを物語っていたんだが、それに加えて新しい傷があちこちにあったもんだから、ああこいつ、怪我とか全部隠す奴なんだなって気付いて……そこから多少強引にでも一緒に入るようにしたんだった。
    最初は結構鬱陶しがられたのに、今やここまで距離を詰めてくるようになるとは。

    感慨深くなっていると、不意に首の裏あたりの神経にゾワッとした感覚が走って肩が跳ねた。

    「ひょわ!?」

    なんだなんだ!?
    俺に触れるライトの手元を見ると、脇腹あたりに泡を纏った手を押し付けている。
    スポンジどこいった?

    「どうしたんすか」
    「どうしたは俺のセリフだ……変なとこ触ったろ今……」
    「いや普通にしか触ってないっす」
    「そうか……?なんか今変な感じしたんだよな……」
    「前々から気になってたんすけど、パイセンってどこまで感度あるんです?」
    「あ〜……いろいろ弄ったからなぁ……五感は一通りここにいた時より上がってるはずだぞ?」
    「へぇ……」

    なんだなんだその含みのある顔は……!
    絶対何かろくでもないこと考えたろこいつ。
    じゅわ、と泡が腰から腹に掛けて塗り広げられて、うまく表現できない感覚がある。

    「ん……ッ、」
    「……変な声出すのやめてもらえます?」
    「ひッ、お前が!変な触り方するからだろ……!!俺は繊細なんだぞ!」
    「そーですか、じゃあ丁寧にしとかないと」
    「ちょッ……!!」

    近い!
    ハグでもする気か!?というほどライトの顔が近かったから、俺は咄嗟に後ろに下がろうとしたんだが、下に落ちた泡で滑ってしまって身体が一瞬浮く。

    「あっ」
    「危ね、」

    ライトはすぐ俺を支えようとしたんだろうが、俺は細身だが中身はびっちり金属の機械人。
    簡単に支え切れるわけはなく、俺はライトを巻き込んだ状態で床に盛大にすっ転んだ!
    体格の良い男とそいつの倍近く重量のある機械人が一緒に転んだわけだから結構な音がした。

    先に床に着いたのは俺で、仰向けに転がった俺の上にライトが覆いかぶさっているような格好になっていた。
    ああよかった、俺が上じゃなくて。
    俺がこの勢いで落ちたら絶対怪我をさせていただろうから。

    「いてて……ライト大丈夫か?怪我ないか」
    「……」
    「ライト?」

    このままだと起き上がれないからライトが退けるのを待つが、なんでかこいつには動く気配がない。
    どこか痛めたんじゃないかと焦るが、ライトは何かを考えているような、悩んでいるような顔で俺を見下ろしたまま。

    「…………パイセン」

    邪魔だったのか水を含んだ髪を掻き上げると、普段は重い前髪とサングラスで隠されている機械人やシリオンから見てもイケメンと呼ぶに相応しい整った顔がはっきり見える。
    ぽたり、と滴った水が俺の身体の上に落ちて跳ねる。
    ああ、水も滴るなんとやらってのはこういう事をいうのか。
    モニカ様のシャワーシーンより色気があるなんて、バグでも起きてんのか?と思うようなことを考えてしまう。

    「ライト?」

    ザアアアアアアという音を聞きながら待っていると、ライトはようやく口を開く。

    「……別に、戻って来いって言ってるわけじゃない」
    「ぁ……」
    「あんたが今の生活を気に入ってんのは見りゃわかる。でも俺は、俺達は、あんたみたいに簡単に割り切ることはできない」
    「……いや、俺は、」

    簡単に割り切れてるように見えるのか、俺が。
    どうにか丁度いい理由ばかりを探している俺が。

    「まぁ、そこは別にいい。せっかくこうしてまた会えたんだ、もう大人しく見送るなんてことはしない」

    ぺた、と手を這わされたのは俺の胸の上で。
    この硬い肌の内側には心臓なんてもんは入っちゃいないのに、ドクドクと鳴っているような気がする。

    「こうしてあんたに触れる権利くらいは、まだ持っていちゃ駄目か」
    「ライト」
    「この際だから言っておきますけど」

    熱い。
    その瞳の奥に炎のような揺らぎを見て、目が離せない。

    「俺は、ずっと前からあんたの事が」

    これマズいやつか?
    そのマズいが何を意味するのかわからないくせに危機感だけはあって、なのに身体は動かなくて、目の前の男を遮らなければならないってことはわかるのに、だって、その言葉を言われたら俺は、




    「おい!何かすごい音し……きゃぁあああああああ!!!!」




    ジャッ!!と勢いよくシャワーカーテンが開いたかと思えば、今までに聞いたことがない乙女みたいなアネゴの悲鳴が響き渡った。
    よかった、助かった……!




    「信じられませんわ……」

    アネゴの悲鳴を聞きつけた他の奴らが駆け込んできて、カリュドーンの子メンバーが全員集合。
    俺達は腰にバスタオルだけ巻いた状態で仁王立ちのルーシーの前に正座させられていた。
    新旧チャンピオンが揃って酷い有様だ。
    ルーシーはキッと整った眉を上げてギャンギャン俺達に……いや主にライトにキレている。

    「あなた方は!共用スペースでなんてことをしているんですの!!」
    「いやお嬢様、まだ未遂だぜ」
    「俺の聞き間違いか?まだって言わなかったか?何がまだなんだ?」
    「えっパイセンマジで言ってます?」
    「ええい!だまらっしゃい!」

    パンパン!と手を叩いてから、ルーシーはバーニスの胸に顔を埋めて抱きついているアネゴを指して言う。

    「見てみなさい、うちのシーザーを!あんな生娘みたいな悲鳴初めて聞きましたわよ。彼女の色恋沙汰への耐性の無さをご存知!?壁ドンですら真っ赤になるのにセック……あんな如何わしいことなんてまだ早いですわ!!」

    そこ?というか俺にそんな機能はない。
    なんて言ったもんかと言葉を悩んでいると、ルーシーの発言に何の対抗意識を炊きつけられたのかアネゴはバーニスから離れて、顔を赤くしながらも応戦を始めだす。

    「ルーシー待てって!誰が耐性がないだって!?ちょっとびっくりしただけで全然大丈夫だぜオレ様は!ライトの✕✕✕くらい何回か見てるし!」
    「今は別にライトの✕✕✕の話をしているわけでは」
    「ちょっと〜!だめでしょ!女の子がそんな大声で✕✕✕とか言わないの!」
    「そうだぜぃ〜、言うならせめて✕✕✕✕とか✕✕とかにしとかないとなぁ」
    「ですから✕✕✕の話はしておりませんでしょ!!」
    「なぁお嬢さん方、俺の尊厳だとかそういうのは」
    「お黙りなさい猥褻罪で捕まえますわよ」
    「なぁライト、お前アネゴ達に見せてんのか?」
    「俺がシャワー浴びてるときに忘れ物したとかシャンプーの残量どうだったとか予定の連絡とかで容赦なく入ってくるんすよ。訴えたら俺が勝ちます」
    「はぁ!?✕✕✕見られたくらいで訴えるくらい小さい男とは思いませんでしたわ!」
    「逆だったら俺の命はないだろうにとんでもないな。あと俺の✕✕✕は小さくないはずだが」

    これが地獄絵図ってやつか?
    間違いなくここが郊外で1番治安悪い場所と化してる。
    俺が居なくなった後どうなってるかと思えば、想像よりこいつらは随分仲が良いようだった。
    その光景が面白くて、腹の奥がくすぐったいような、神経コードが変な絡み方をしたような感覚がある。

    「ぶはっ!!」

    たまらず吹き出すと、やいのやいの言っていた5人が口を止めて一斉に俺を見てきた。
    その目は不思議なものを見るようだったが、堪えきれない。

    「あっはははは!!ははは!!はははははは!!!!」

    駄目だ、あまりに面白すぎる……!!
    俺はおかしいのを我慢できずに笑っていた。
    腹が痛くなるほど笑うってのは、きっとこういうのを言うんだろう。

    「ひ……ッ、しぬ、こんな酷い会話してんのかお前ら、ははは!!」
    「パイセン、おい」
    「はーっ、笑う、酷すぎる……うちの連中には聞かせられねぇなぁ!」

    ニコはあれで結構純情だし、アンビーも映画みたいなロマンスを好んでいるし、猫又はフツーにドン引きだろうな。
    こんな放送禁止用語が飛び交うような場面、見せられたもんじゃない。
    だが、この楽しい空間に全員居たらもっと面白そうだなぁ、なんて思ってしまっている。
    ずっとどこかに後ろめたさがあったのに。

    「なぁ、今度こっち寄るとき連絡くれねぇか。お前らにうちの連中のこと紹介しときたいから。うちの連中にも紹介しておきたいしな。うちのボス、郊外の覇者と知り合えたら喜ぶんだよなぁ多分」
    「どうしたんすか、いきなり……」
    「いや、やっぱここの連中のこと好きだなって思ってよ」
    「……!!」

    ライトの頭をぐしゃぐしゃに撫でてから立ち上がった。
    そろそろ服も乾いてるんじゃねぇかな。

    「アネゴ、俺の服は?」
    「外に干してる!風があるから乾いたと思うぞ」
    「乾いてなかったら私が乾かしてあげるね〜!」
    「それは勘弁してくれバーニス!燃える!」

    俺の服を取りにアネゴと、それについていったバーニスがシャワールームから先に出て行った。
    俺もそれを追うようにしてシャワールームから出ようとしたが、出る前に振り向いてまだ笑いが収まらないまま言った。

    「今回みたいに臨時の運転手やってくれっていうならいつでも手伝うし、呼んでくりゃ時間が合えば顔は出すし、六分街に会いに来てくれてもいい」
    「じゃあ俺との決闘は?」
    「それはパス。弾代で何ヶ月か分の給料なくなっちまうからなぁ、お前相手だと」

    ニコの親分に確実にボコされるのでそれは勘弁。
    決闘は良いが、もっと穏便な感じのがいい……例えばゲームとか。
    ライトが次に六分街に来たらうまいこと言ってゲーセンにでも連れてくか〜なんて考えている。

    「じゃあ服着たら帰るぜ!またな!」

    シャワールームを出ると、バーニスが俺の服に火炎放射器を向けている最中で、俺はライトに触られたときとは別の意味で盛大な悲鳴を上げることになった。
    俺ももう少しだけ、ここの連中に触れる権利を持っていたいらしかった。






    「……」
    「良かったですわね、ライト」


     
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