バッドエンド体質ハッピーエンドを望むほど、僕はバッドエンドへ向かっている。
だから、だからこそ、最悪の結末を迎える前に、自分の手で。
【バッドエンド体質】
ひらりはらりと桃色の花びらが舞っている。
春、桜の季節。
「卒業、してしまったな」
「卒業、してしまったねえ」
オレと類は、いつものように屋上にいた。
お互いの手には丸められた卒業証書。
今日は神山高校の卒業式だった。
オレたちは今日、この学校を卒業する。
オレたちは、初めて向かい合って会話をしたこの屋上で、今までの出来事に思いを馳せている。
オレは最高の仲間を得て────照れくさいが、最高の恋人も得た。
昔は考えもしなかった青春を、それはもう一生の思い出になるんじゃないかというほど経験した。
その楽しい日々も、今日で一区切りか。
「なんだかあっという間だったな。お前と出会ってからは、特に」
「それは僕の台詞だよ。君と出会ってから本当に毎日が楽しかった。こんなに楽しい高校生活を送れるなんて思っていなかったよ」
類は愛おしむような眼差しで卒業証書を見つめていた。
そんなに嬉しいのか、卒業できたことが。
それはまぁ、反省文を書いた回数は数え切れんし、伝説になりそうな事件も起こした。
中庭やプールを爆発させるようなことだってしてしまった。
卒業できるのか余程不安だったんだろうか?
「ああ、本当に、楽しかった」
「類?」
「楽しかったなあ、うん」
類はオレに視線を移す。
目尻を下げて、溢れんばかりの好きを詰め込んだような視線をオレに。
「司くん」
「どうした?」
「別れようか、僕達」
オレは、何を言われたのか理解できなかった。
「……は?」
「解消しよう、恋人関係」
「いや突然言われても。……オレは何か、嫌われるようなことをしてしまったか?」
類がそんなことをいうなんて、余程のことがあったのか。
オレが知らぬうちに何か、良くない部分を踏み抜いたか。
ここ最近の事を一気に回想していると、類は首を横に振った。
「大丈夫、司くんは何もしていないよ」
「では何故だ?」
「……そうだねえ」
類は、オレから視線を外してどこか遠くへ目を向ける。
「僕は、バッドエンドが嫌いなんだ」
突然何を言い出すんだ、こいつは。
バッドエンド、物語の面白さ云々を気にしないのであれば、そんなのオレだって好きじゃない。
なにより、オレたちワンダーランズ✕ショウタイムにバッドエンドなんて似合わない。
「それと別れることの関係が読めんのだが」
「最近、未来のことを考えるんだ」
未来。
近いもので言えばオレと類の進学。
オレたちは別の大学へ進み、各々が必要と感じたものを学びに行く。
お互い実家から通うのには困難で、一人暮らしをすることを決めていた。
オレはいかにカッコよく類に合鍵を渡すかシチュエーションを考えたりしていたんだが。
類が見ているのはそんな近い未来のことではないだろう。
「この先未来へ進んでいくということは、今のままではいられなくなるということだ」
「まあ、そうだな」
「僕達の関係だって変わってしまう」
「そうだな、もっと近い場所に収まるかもしれん」
「……逆だよ、遠い場所になってしまうんだ。きっと」
……何を言っているんだ?
類は少しだけ、オレと距離を取って続ける。
「君は、僕の最も近くにきてくれた。でも、近づきすぎてしまったらあとは離れるだけだと思わないかい?」
「類、どうした?」
「司くん、僕は、バッドエンド体質なんだよ」
バッドエンド体質、そんな体質聞いたことがないぞ。
バッドエンド、悪い結末、そんな体質あってたまるか。
「類、」
「末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし。僕はその言葉が好きだった。幸せを掴んだ主人公は、ずっと幸せでいられるのだと思っていた。だけど、世界は物語のように優しくない。本のようには綴じられないし、読むのを放棄することだってできない。望んだように時間は進んでいかない。……昔からそうなんだ、この時間がずっと続けばいいのにと思うほど、酷い結末を迎えてしまう。欲すれば欲するほど、僕の物語はバッドエンドへ向かっていく」
今まで類が積み上げてきた物語。
オレが浮かべるのは、『ひとりぼっちの錬金術師』の物語。
ひとりぼっちの錬金術師はショーによって町の人々に受け入れられた、そこで終わればハッピーエンド。
ところが物語には続きがあって、錬金術師はまたひとりぼっちになってしまう。
そこで終わればバッドエンドだ。
バッドエンド、だった。
今はオレたちがいるだろう。
オレたちがいて、ひとりぼっちの錬金術師ではなくなっただろう。
なのに、
「お前の物語は、バッドエンド……なのか?今」
不安になってオレは聞いたが、類は首を横に振った。
「いいや、バッドエンドとは真逆だ。今の僕は、幸福しか感じていない」
「じゃあどうしてそんな事を」
「僕はね、この物語だけはバッドエンドにしたくない。最悪な結末を迎える前に、今の幸せな思いのまま、終わらせたい」
「それが、別れるに繋がるのか」
「そう」
類の声は本当に穏やかで、何も思い残すことはないと言っているようだ。
オレの気持ちも知らないで。
「君が好きだよ。どうしようもないほど好きだ。でも望みすぎると全部壊れてしまう。みんな僕から離れていく。君も僕から離れていくかもしれない。この先どうしようもなく傷つくくらいなら、せめて深くならないように守らないといけないんだ」
「本のように綴じて抱え込むつもりか?」
「僕達は変わらずにはいられない。今の僕達を大切にしまっておきたいんだ。いつか決定的な別離が訪れる前に」
────ああこのひとは、本当に、臆病ものだ!
「お前は自分の物語を守ろうとしているみたいだがオレはどうなる。お前がいないならオレの物語はバッドエンドへ一直線だが。今!」
「え?」
「何が、バッドエンドだ。お前が決めるな。オレたちふたりの物語をお前が決めるな!」
「……僕の物語だよ。これは僕の物語。その性質は僕が1番わかってる」
「じゃあお前の物語、オレが全部ハッピーエンドに変えてやる!」
類は目を見開いてオレを凝視し、躊躇うように口を動かしてから物語を零した。
「錬金術師の元から町人はどんどん去っていってしまいました。錬金術師はひとりぼっちになってしまいました」
「旅の一座がやってきて、錬金術師は彼等とショーをすることにしました」
オレは即座に声を重ねる。
そして進む。
前へ、前へ、未来へと!
1歩、
「錬金術師は一座とショーをしました。ですが相容れないと座長を傷つけ、錬金術師はひとりぼっちになってしまいました」
「座長は錬金術師を追いかけ、錬金術師はまた座長とショーをすることにしました」
1歩、
「錬金術師には仲間ができました。ですがその仲間達はそれぞれの道を進むことを決めて、錬金術師はまたひとりぼっちになってしまいました」
「時が流れ、成長した仲間達と共に錬金術師は素晴らしいショーをするのでした」
1歩、足を進めて目の前に。
「錬金術師は宝物を手に入れました。ですがその宝物は────」
「その宝物は!生涯錬金術師の隣で輝き続けました!!」
オレは類の肩を掴んで一気に抱き寄せた。
こん、と手に持っていた卒業証書が足元のコンクリートにぶつかり跳ねる。
「つかさくん」
「錬金術師は、ずっと宝物を手放しませんでした!」
「つかさくん」
「錬金術師は、幸せになりました!!」
「つかさく、」
「神代類は!オレと!幸せになりました!!」
オレの背中に手が回ってきて、オレ以上の力で抱きしめてくる。
顔を埋められた肩口がじわりと濡れた。
泣いているのか。
「……本当に、僕の物語をハッピーエンドにしていいの。してくれるの」
「エンド、なんてつけるな。この先ずっと、オレというスターがお前を笑顔にし続けてやる!!」
「本当に?」
「本当だ!だから!!」
記しておけ。
ふたりは末永く幸せに暮らしていくのです、と。