「なんだ、あれは」
真夏の晴天の下、コスタ・デル・ソルに突如として現れた巨大な建造物を前にエレンヴィルは思わず声を出した。昨日見かけた時点では確かにそこには穏やかに凪ぐ海しかなかったはずだと首を捻っていると、近くにいたエレゼンの男性に声を掛けられた。
「お客さんもやっていくか? 常夏の魔城に!」
「魔城? ……いや、俺は」
男性の視線の先にそびえ立つそれには、多くの人々が狭い足場を器用に飛びながら登っていく様子が見受けられた。なるほど、アスレチックなのかと納得すると同時によくこれだけのものを一夜にして作ったなと感心する。
今日は調査の合間の休日ではあるが、流石にあそこに混じるつもりはない。何より折角の休みだというのに体力を消費したくはなかった。
「あれ、エレンヴィル?」
聞き覚えのある声に振り返ると、この星を救った英雄が水着に身を包んで、物珍しそうにこちらを見ていた。
「バカンス?」
「いや、明日には仕事に戻る」
「そっかぁ、お疲れ様!」
良かったら飲む? と差し出された瓶を受け取ると、中は炭酸なのか小さな泡粒が浮いていた。
「暑かったから助かる。おたくこそ休暇か?」
「今はちょっと待ちがあってね。紅蓮祭に参加してたんだ。良かったらあっちで話さない? あ、そうだエレンヴィルも水着着ようよ」
夏の陽気に当てられたのか、やけに上機嫌な彼女に押されて袖を通した水着はなかなかの着心地で悪くはないなと口角を緩めた。
「やっぱり、似合うね」
「それはどーも。さて、嬢ちゃんがエスコートしてくれるんだろ?」
そう言って手を差し出すと慌てたようにきょろきょろし始めるものだから、おかしくなってつい吹き出しそうになる。
「ここで周りを気にするようなやつはいないだろう。むしろこっちの方が自然じゃないか?」
「仕方ないなぁ」
差し出した手に彼女の手が重なる。そのままするりと絡んだ指は夏の日差しとは違う熱を持っていた。
「っていう状況でね」
「異界ヴォイドの半妖、か。興味深いな。で? おたくはどうなんだ。見たところ外傷はなさそうだけどな」
羽織っている丈の長いシャツに隠れている以外の場所には細かい傷跡はあるものの、目新しい傷は見受けられないし、エーテルの変化も感じられない。そうは言ってもそっちの専門家ではないからあくまで見た目だけの判断だったが。
「うん、大丈夫だよ。戦闘はあったけど、護魂の霊鱗がエーテルの変異を防いでくれてたし、みんなもいてくれたから。その、ありがとう」
「嬢ちゃんはすぐ無茶するからな。おたくにはまだまだ聞かなきゃならないことも多くあるもんでね」
「聞くことがなくなったら?」
どこか楽しそうに目を細めながら聞いてくる彼女に、さてなんと返そうか。
「そうなったら……そうだな。腰を据えてもいいかもしれないな」
艶やかな唇を親指でなぞりそう呟く。一瞬何のことか分からずきょとんとしている彼女も次第に理解したのか、みるみる間に赤く染まっていく。やっぱり何度見ても飽きない。
「ま、おたくは次から次へと厄介事に巻き込まれるからな。できれば、おたくの目が黒いうちにしてほしいもんだがね」
案外小さな手を取って小指にそっと嚙みつきながら言うと、照れたのか本格的に狼狽え始めた彼女に、今度こそ声を上げて笑った。