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    空夢 詩杏

    @anarchy_irony

    柿&ちらし寿司 たまにいるパンダの名前はテーテー!合言葉は“IFはこの後ロケ弁もらって家に帰った”です

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    空夢 詩杏

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    眠れない青年と居候のヒューマノイドが夜を明かす話

    週末とユートピア ヒューマノイドは、夜を持て余す。

     西暦████年、人間とヒューマノイドが暮らすことが当たり前となった近くて遠い未来。科学が発展したユートピアに最も近いと謳われる街、キャパシティ。
     
     日付を跨いだ深夜。空には星々が瞬き、月明かりが土曜日の街を照らす。
     仕事を終え、喧騒を求める者はネオン管の指し示す建物に吸い込まれ、静寂を求める者は眠りに就く。
     踊り明かして日の出を待つ手段を知らず、眠りに落ちる機能を持たない者──それが人間を模した機械、もといヒューマノイド。

     キャパシティの中心の小さな一軒家。そこで暮らしているヒューマノイドの彼女も例外ではない。
     10代半ばの女性の人間の姿を模したそれは、読書という形で夜の世界を旅していた。
     更けていく夜。閉じ込められるような暗闇。都会の星の光は弱い。
     彼女は最後のページの最後の文字を見送り、本を閉じる。
     夜明けまで持て余した長い時間。それをどう潰そうか物思いに耽る。

     その時だ。聴覚センサーが足音を捉える。彼女は更けた夜の世界の予期せぬ来訪者に驚く。
    「モビー、まだ朝ではない。起床時間にしては早すぎる」
     モビーと呼ばれた寝巻き姿の青年。彼のオレンジ色に染めた髪が揺れる。
     その温かくて瑞々しい生身の体、そして、睡眠が三大欲求の一つであること。それが彼は人間であり、彼女と異なる種族であることを証明している。金属製の右腕が判断基準を鈍らせるが、それは誤差の範囲でいいだろう。
    「こんな時間なのに、目が覚めちゃった。二度寝しようとしても、なんだかできなくて…。昼にコーヒーを飲み過ぎたせいかなぁ……。今日は土曜日だから、このまま朝までアズとおしゃべりしてもいいかな?」
     小さな一軒家を留守の両親の代わりに預かる存在が苦笑した。
     ヒューマノイドの彼女──アズは彼の要望を肯定と応答する。

    「世界が終わる夢を見たんだ」
     モビーは彼女のミルクティーのような茶色の瞳を覗く。
     ソファに腰掛けるモビーの話に耳を傾けながら、アズは本を棚に戻す。
     壁掛け時計の短針は、3と4の狭間で止まっていた。
    「それは予知夢──、正夢だろうか?」
    「No way!キャパシティはユートピアに最も近い街って言われているんだよ。世界が終わるなんて未来の話だ」
     アズの疑問をモビーの赤みが強い茶色の瞳は、非科学的な空想と捉える。
     彼は機械でできた右腕でオレンジの髪を弄る。
     本を仕舞ったアズは、ソファに向かう。そして、彼の隣に座る。
    「それで、思ったんだ。もし、世界が明日滅ぶとしたら、最後の日はどうする?What do you want?」
     モビーの唐突な質問に、アズは思考を分析する。
     製造から数日しか経過していない彼女には、終わりの概念は知識としての存在でしかなかった。彼女にとって、終わりとは書物や画面の中でしか見たことがない。
     アズはデータベースを巡らせ、一つの回答を導く。
    「犬を飼う、だろうか……」
    「犬?」
    「動物を飼ってみたい」
    「I see!もし生き残ったら、その犬と自由気ままに旅したら楽しいかも!!」
     モビーが回答に賛同してくれたことにアズは安堵する。
    「犬の下見として、昼になったらペットショップか動物園に行くのはどう?」
    「行きたい。ねこも見たい」
    「ねこ?OK。それなら街で一番大きいところに行こう!あっ、でも、今日って土曜か…。混むかもしれないけど、まぁ、いいか──」
     モビーは寝巻きのポケットから通信端末を取り出し、最寄りの施設を検索する。
     アズはアイセンサーを細める。モビーの茶色の瞳より暗い色のそれを。そして、隣に座ったモビーの通信端末の画面を覗く。
     金属製の右腕で器用にタッチパネルを操作する彼の所作は、どこかぎこちなさを感じる。
    「ねぇ、もし世界が終わって、僕も生き残ったら、一緒に旅に連れて行ってくれない?アズと犬と僕とでさ、3人で世界を巡ろうよ。食料を集めたり、僕が君を整備したりして、風の向くままに旅するんだ。電気も電波もない世界は、家電とインターネットが使えないから不便だろうけど……」
    「承知した。しかし、三人とは──?一人と一体と一匹だと思う」
    「Oops!」
     通信端末に向けていた視線が、お互いの目線を捉える。そして、表情が綻ぶ。
    「もし、世界が終わったら、生活物資の調達が困難になる可能性がある──」
    「それなら、世界が終わるってわかったときに買い溜めておくのはどう?持って帰るのは大変だから、通信販売にしよう。有料プランに入っているから、1日で届くよ。あっ、でも、送料無料にしたいから、ちょっとだけ多くほしいものを考えておいてね」
    「承知した。私はモビーとずっと一緒にいたい」
    「うん。僕たち、ずっといっしょにいようね」
     隣に座ったお互いのことを特別に感じるこの感情に、まだ名前はない。

     賑やかな存在のいる屋内。壁に掛かった時計の短針は、4と5の狭間を指す。
     誰かと立てる未来の計画──きっとそれは、夜が明けたら夢想となり、泡沫のように消えて頓挫するだろう。
     終末世界で生き残れるであろうと考えるのは、慢心かもしれない。そして、所詮は机上の空論だ。
     しかし、無計画な計画は、持て余した夜の静寂を埋めるには充分だ。
     窓辺から柔らかい光が零れる。夜が終わりを告げる合図だ。もう数十分もすれば、空には太陽が昇るだろう。
     ユートピアに最も近いと謳われる街は、朝の空気に包まれていった。
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