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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    癒し癒され今も昔も。

    士の休息 人の手により作り出された死神は、人の手により解体された。
    しかし、栄華を誇るほどに濃くなる倫敦の闇に潜むものはそれ
    だけではなかった。
    あの極秘裁判からしばらく経っても警察・法曹の混乱は収まらず、
    誰が味方で敵なのか、安易に判断ができない。
    昨日の味方が今日の敵、ということもある。
    心より信頼している親友を故郷へと送った今、亜双義にとって
    決して自分を裏切らず、かつ自分も裏切らないと確信できる相手は
    バロック・バンジークスのみであった。

    (ミスワトソンのような、年若い女性はあくまで庇護対象であるし、
     あの名探偵とはまだ個人的な信頼関係を結ぶには至っていない)

    だから、彼といる時に少し気が緩んでしまったとしても仕方ない。
    そう、仕方がないのだ。
    うっかり、彼の肩に頭を預けたままうたた寝をして、しかもよだれを
    垂らしてそのシャツに染みを作ってしまったとしても。

     顔をつたう冷たさに気がつき目を覚ました亜双義は、状況を察すると
    同時に飛びのき、深々と頭を下げて謝罪した。
    バンジークスは、怒りもせず笑いもせず、その上、疲れていたのだろう
    と労いの言葉までかけた。そこには一切の皮肉も揶揄もない。

    亜双義はいたたまれなさをごまかすように、シャツを洗うと申し出た。
    気にするなと言われても聞かず、このまま脱がす勢いだ。
    根負けしたバンジークスは、寝室に移動し着替えると先ほどまでいた
    居間に戻ってきた。
    着ていたシャツを渡され、自分がつけてしまった染みを確認した
    亜双義は改めて己の失態を恥じ、耳が熱くなるのを感じた。
    顔も赤くなっていることだろう。

    「小さい頃に一度だけ、父が母に膝枕をしてもらっているところを
     見たことがあった。俺に気がついた父はずいぶんと慌てて……
     あんなに恥ずかしそうに焦る姿を見たのはあの時限りだ」

    「え?」

    シャツを見つめたまま黙っていた亜双義が突然語りだした思い出は、
    玄真に憧れていたバンジークスにとってとても興味深いものだが
    なぜ今その話をするのかはさっぱり分からない。
    困惑をよそに亜双義は話を続ける。

    「きっと、俺の知らぬところでああして父は母に癒されていたのだろう。
     では母のいないこの地で癒してくれたのは……もしかして、貴公だった
     のではないかと、ふと思ったのだ」

    「わ、私は玄真に膝枕などしていないが」

    「していてたまるか!」

    顔をあげ大笑いする亜双義に、バンジークスは面食らう。

    「母と同じというわけではない。自分を慕ってくれる、可愛い年下の
     青年との交流は心休まるものだったかもしれないという話だ」

    留学生として、刑事として、果たすべき使命は重い。
    つかの間、しがらみから解き放たれることがあったとすれば
    まだ仕事では深いつながりがなかった彼と過ごす時間だろう。
    当時は“おっとりした気のいいやつ”だったとも聞く。

    「年下で仕事を教わっているはずの俺ですら、うっかりその肩で
     寝こけてしまうのだから、父にとってはなおさらだ」

    バンジークスが何か言う前に、亜双義はシャツを洗ってくるからと
    居間を出て行った。
    語りすぎて照れくさくなったのか、遠ざかる足音のテンポが速い。
    屋敷の廊下は走るなと念を押しているから、きっと早歩きでランドリーに
    向かっているのだろう。
    かつての玄真も、あんなふうに取り乱して焦ったりしたのだという。
    バンジークスには想像がつかない。いつも堂々としていて、時に不遜で
    頼れる存在だったのだ。

    自分は、そんな玄真の癒しになっていたのだろうか。

    ずっと、彼にとって何の役にもたてなかったことを悔やんできた身にとって
    それはあまりにも都合がいい話だ。うぬぼれてはいけない、と戒めるが
    もしかしたら……という期待が湧き出てくるのを止めることができない。

    バンジークス自身も、つい今しがた自分を信頼する年下の青年の、
    無防備であどけない寝顔に癒されていたのだから。
     
      
    -完- 
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