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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    師による匂わせ(物理)

    見えないお守り捜査の一環で借りた美術品を返すため、亜双義は借用元の貴族の屋敷を訪れていた。
    通された部屋には、絵画に陶芸、ガラス細工…様々な美術品が置かれている。
    趣味がいいのか悪いのか、多少知識はあれど審美眼までは持たない亜双義には
    統一感のなさが気になった。
    今回借りた美術品は中国の古い器だ。飾ってある品々をよく見ると中国、インド、それに日本のものもある。
    東洋美術の収集で有名だと聞いてはいたが、その範囲は思ったよりも広いようだ。

    椅子に座るよう促され、主人を待つ。
    自分の周りに漂う香りに、ここにはいない師を感じていた。


     訪問前、執務室にて。
    亜双義から、借りた品を返しに行く旨を伝えられたバンジークスは、
    何か考え込んでから、少し待つように言った。
    常に着けている両手のグローブを外し、サイドチェストの引き出しから香水瓶を取り出す。
    左の手首に一滴垂らし、両手首をこすり合わせる。
    一連の動作が実に優雅で見惚れていると、手首に伸ばした香水は亜双義の首筋に擦り付けられた。

    「匂いが少し強くて気になるとは思うが、念のためだ」

    バンジークスは普段、首筋に香水をつけない。
    彼の愛する聖なる雫を味わうには、顔の近くに強い香りがあっては邪魔だ。
    なぜ、わざとこんな場所に、しかも手づからつけたのか。
    理由が分からぬまま、亜双義はつけたての強い香りとともに執務室を出た。


     部屋に現れた主人は、東洋人の美しい青年を連れていた。
    挨拶のために立ち上がった亜双義の、その姿を品定めするように眺め出す。
    主人の不躾なまなざしに、後ろに控える青年は動じない。
    その慣れた様子に、彼が集めるのは物に限らないことを察した。
    日本人である自分も、彼の査定の対象なのだ。
    貴族の名前を出した時、バンジークスが何か気がかりそうにしていたことを思い出す。
    こうなることを危惧していたのか。

    亜双義の相貌がお気に召したのか、主人は機嫌よくもてなしてくれた。
    借りていた美術品を渡し、礼を告げれば、頼んでもいないのに解説を始める。
    日本人である君に、ぜひ見てもらいたい…とコレクションルームへ案内され
    部屋に入る際に亜双義に近づき、腰へ手が伸ばされた。
    その瞬間、何かに気づき弾かれたように動きが止まる。

    「……よい香水をつけているようだね」

    「お伺いするにあたり失礼のないよう、バンジークス卿がつけてくださいました」

    この香りの意味を理解し、亜双義はすかさずその名前を出す。
    自分の後ろに誰がいるのか、文字通り“匂わせる”ために。
    本来、人の名前を振りかざして身を護るなど己の主義に反するが
    使える手札を出し惜しむのも効率的でない。プライドは一度しまいこみ、
    にっこりとほほ笑んで牽制をする。
    あっけにとられる主人の後ろ、控えていた青年が顔を背け笑いをかみ殺していることに気が付く。
    ただ従順なだけではないようだ。

     コレクションルームでの美術談義―ほぼ一方的に主人が語っていたが―の後、
    ディナーに誘われたが、執務中であることを理由に断った。
    帰り際、玄関先まで案内してくれた青年に、ここに仕えてどれくらいなのか聞いてみると
    半年ほどだと返される。ここにいるのはせいぜい一年、長くて二年位だという。
    長くいれない理由があるのかと問えば、意味深な笑顔を浮かべる。

    「私の他にも侍る者はおりますし、同好の士のもとへ進呈されることもある身なのですよ」

    亜双義はその言葉に驚いて彼の顔を見つめた。悲壮感はなく、わりきって受け入れている。

    「貴方の旦那様とは違うようですね」

    亜双義の耳元に口を寄せて、愉快そうにささやく。
    一気に体温が上がり、首筋から匂い立つ香りが強くなった。

    「またお話できたら嬉しいです。愚痴でも惚気でもお聞きしますよ」

    自分は囲われている身ではない、と反論をする間もなく青年は屋敷の奥へと去っていった。



     亜双義が執務室へ帰ると、バンジークスは自ら扉を開けて出迎えた。
    返却は無事終えたと聞き、胸をなでおろす。

    「いろいろと噂のある人だから少し心配していたが、杞憂だったか」

    「ああ、何もなかった。腰を抱かれそうにはなったが」

    驚き言葉を失ったバンジークスの前に進み出て、その眼前に首元をさらす。
    薄くなったラストノートが鼻腔をくすぐる。

    「これのおかげで、触れられることはなかったぞ」

    「そうか。役に立ったならよかった」

    バンジークスはほっとした表情に戻った。
    心から亜双義を案じた故の行為であり、結果その身は守られた。
    この国において、自分は庇護を必要とする弱い立場であることを思い知らされる。

    「貴方が傍にいるようで、心強かったが……これに甘んじていたくはない」

    亜双義は眉間に力をこめ、悔しさをあらわにする。

    「そうなるには、結果を出し続けるしかない。貴君ならいずれ成し遂げるだろう。
     それまでは私の名前も香りも、好きなだけ利用すればいい」

    バンジークスは亜双義の首筋に触れ、香水をつけたあたりをそっと撫でた。

    「早く貴君らしい香りがまとえるとよいな」

    指先の感触に、再び亜双義の体温が上がる。もうそこまで香りは強くならない。
    それが無性に、なぜか惜しく感じられた。
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