Your favorite things 名だたる名画をおさめる額縁のようなみごとな鏡の中に
亜双義一真とバロック・バンジークスが映っている。
ここはバンジークスの居室のドレッサーの前。
二人とも礼装に身を包み、これから行われる式典と
その後の交流会に出席するための支度中だ。
式典の参加が決まった際、亜双義はその場にふさわしいドレスコードを
バンジークスに尋ねた。
この国の服装のルールは複雑だ。
昼と夜で着ていい服の色が違うだの、パーティに合わせた格式だの、
平民の亜双義には縁遠くて覚えきれない。
学生の頃は学生服という万能なものがあったが、今は使えない。
検事としての執務服でやり過ごすにも限度がある。
この際、きちんとそろえるべきだろう。懐はいささか痛むが仕方ない。
相談を受けたバンジークスからは、馴染みのテーラーを紹介された。
専門家に聞けということか、と理解し訪ねてみるとなぜか採寸が始まり
いろんな布が当てがわれる。職人たちの話を聞くに、どうやら
バンジークスからは亜双義の礼装を仕立てるよう依頼されているらしい。
勝手なことをするな、とも思うがおおいに助かるのも事実。
「ひとりで身をたてられるようになるまでは、
バンジークス家の名前も財も好きに使うといい」
そんなことを言われたのはいつだったか。まだ使わせてもらう立場のままなのが歯がゆい。
バンジークスから、当日は自分の屋敷で支度するよう提案された亜双義は
てっきり、使用人から着方を教えてもらうのだと思っていた。
しかし通されたのは主人、つまりバンジークスの居室。
すでに身支度を終えたバンジークスが、できあがったばかりの服を手に
亜双義を迎え、自ら着付けを始める。
服について詳しくなくても分かる上質なシャツとジャケットは
着心地も見た目も妥協がない。採寸のおかげで身体にぴたりと寄り添うようで
かっちりした雰囲気ながらも動きやすい。
着替えを終え、感嘆する亜双義を今度はドレッサーの前に座らせ、髪を整える。
上等なブラシのおかげで、もとから綺麗な黒髪はさらに艶を増した。
バンジークスは卓上の香水瓶を手に取り、亜双義の腰のあたりにさっと吹きかける。
そして、自分にも一吹き。
二人、同じ香りに包まれる。
「君だけの香りでなくてすまないな」
「この香りは嫌いじゃない。すっかり慣れてしまったし」
仕事でいつも近くにいるせいで、バンジークスの香水は亜双義にとって
なじみ深く、落ち着く心地すらする香りとなっている。
バンジークスは後ろから亜双義のタイや襟元に手をかけ、細かく調整していく。
その丁寧で慎重な手つきに、亜双義は彼がお気に入りのボトルを扱う様子を
思い出した。
「貴族に飼われているとか囲われているなんて言われるのは癪に障るが、
“貴方のお気に入り”と紹介されるなら、悪い気はしないな」
突然の言葉に驚くバンジークスに、亜双義は鏡越しにウィンクを投げた。