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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    従者の恋の顛末、続き。バンジークス視点のおはなし。あと1エピソードでケリがつくはず。

    残炎終業の時刻も過ぎて静かになった検事局の一角、バンジークスの執務室では主がまだ熱心に書類を読んでいた。
    先日担当した裁判の報告書である。

    被告人 30代男性
    被害者 20代女性

    当初、想定された状況は以下であった。
    「女性が、以前付き合っていた男性に復縁を迫ったが断られたため興奮して暴れ出し、もみ合ううちに突き飛ばしてしまい
     当たり所が悪く意識不明の重体となった」

    現場の状況は証言の通りに見え、また友人たちからもかつて付き合っていたという証言があった。
    しかし、女性が裁判直前に昏睡から目覚め事態は一変。
    語るところによれば、男性が結婚詐欺師であると気が付いたため分かれを告げ、それまで彼に貢いだ分を訴える準備をしていたという。
    あらたな調査を経て、男性が口封じのために事故に見せかけて殺害するつもりだったと判明した。
    両親の突然の死により巨額の遺産を受け継ぐことになった若い女性を狙った卑劣な行為。
    裁判ではすべてがつまびらかにされ、行いにふさわしい判決が下された。

    「彼のことは決して許せません。でも、あの時、私があの人を愛していたのは本当なんです。あの人は私を愛していなかったでしょうけど。
     両親を失って憔悴していた最中にかけられた優しい言葉……今は甘言だと分かっています…それでもあの時の私には欲しい言葉だった。
     それがあったから生きられた。愚かだと思うでしょう?でもこの愛があったことは誰にも否定できないわ」

    病室での聞き取りで彼女は気丈に振る舞い、声を荒げることなく冷静に話してくれた。
    最後に語られたこの言葉は裁判にて陪審員の心証を固める大きな一手となった。
    だがバンジークスがこれを強く覚えていたのは裁判に使えるという理由だけではない。
    傍にいた亜双義が、ずいぶん神妙に聞き入っている様子だった。まるで共感するものがあるかのように。

    「読み終えたのか?出来はどうだ」

    報告書から顔を上げた瞬間声をかけられ、バンジークスの肩が小さく跳ねた。

    「何を驚いている。俺がいることを忘れていたのか?」

    執務机を挟んで、亜双義が立っていた。驚かれたことに不服なのか、眉間にしわが寄っている。

    「もう帰ったものかと」

    「黙って帰りはしない」

    たしかに挨拶は聞いていなかったが、気配がなかったため誰もいないと思い込んでしまったのだ。

    「貴君が黙って待っているとは思わなかったもので」

    「俺だって黙って待っていることくらいできる。アレのように、な」

    亜双義がうんざりしたように言う「アレ」とは記憶を失い、従者として仕えていた頃の自分を指している。
    それは亜双義にとって自分であって自分でない存在だという。
    目的を忘れ意志もなく、命令されるがままだった当時をあまり語りたがらない。
    しかしバンジークスとしては、従者は悪い存在ではなかった。

    「アレ、などと呼ぶのはいかがなものか」

    「お優しいことだ。その胸の内も知らなかったくせに」

    亜双義はくるりと後ろを向き、仰ぐように上を見た。視線の先に何があるわけでもない。
    従者だった頃を思いやっているかのようだ。
    仇としていた男にそれと知らずに仕え、検察について学び、襲撃された際にはともに撃退する、そんな日々。
    いつしか主に対して信頼や尊敬に留まらず、恋心さえ抱いていた…と告白されたのは、今回の裁判の担当が決まった頃だった。
    既に過去のことだと笑い飛ばしてはいたが、一時とはいえ仇に惚れていたなどというのは厭わしいことだろう。
    亜双義が従者の頃の話になるとイラつくのはきっとそのせいだ、とバンジークスは結論づけた。

    「亜双義の言う通りだ。何も言わぬのをいいことに何も聞かなかったし、こちらも何も言わなかった。
     ともに過ごすものとして、もっとお互いを知ろうとすべきだった」

    バンジークスは立ち上がり、傍らの棚から神聖なるボトルを一つ、聖杯を二つ取ると
    執務室の端、休憩用のソファの前にあるローテーブルに置いた。
    そのままソファに腰かけ、ボトルを掲げて亜双義へ話しかける。

    「我々も語り足りていないのだろう。一本、付き合ってもらえるか?」

    呼びかけられてこちらを向いた亜双義は腕組みをし、その顔は不満をあらわにしている。

    「アレのかわりに、俺と話そうと?」

    「そうではない。ただ後悔したくないだけだ」

    決して命令ではない。こちらの意思を問う声音に、亜双義は観念したと言わんばかりにため息をついた。

    「一本だけだぞ。まだ報告書の出来についても聞いていなかったしな」

    向かい合ったソファに亜双義が座り、バンジークスはほっとした顔でボトルを開ける。
    注がれる赤い液体は滑らかにグラスの肌をつたい、踊るように跳ねる。
    亜双義の瞳の中に映るそれがまるでゆらめく炎のように見え、バンジークスは
    己の瞳にも今この炎が揺れているのだろうかと思いながら、二つの聖杯を満たしていった。

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