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    skyniguruma

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    skyniguruma

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    本編からかなり経った後輩たち。
    ※オリジナル要素が強い
    ※落書きなので推敲してない

    ##青に三星

    忘却者たちひゅーい、口笛のような声を上げて星の子が走っていく。
    緩いウェーブを描く伸びた髪の先が彼女の肩のあたりで揺れて、水気を帯びたケープと一緒になって光っていた。

    「待って!こら!」
    その彼女を追いかける声がある。
    「待って!返してったら、もう!」
    その声に星の子は振り返り、ぱぽぱぽと無邪気に笑い声をあげた。声の主が追い付くより先に小柄な少女は走りだす。背後の声に焦りが混じった。
    「ねえ!ほんとそれ大事なんだってば!」

    だいじなものなのは少女だって知っている。だってこれは彼女にとっても大事なものだ。
    ぷぅあ!と高く鳴いた星の子に、ポニーテールの星の子が声を張り上げる。

    「待ってったら!マリー!」
    「ぷーわっ!」
    かけっこはマリーの方が得意だ。息を切らすレナを振り返って、マリーは手にした面を高く振った。


    きゃらきゃら笑いながら木の向こうへ走っていくマリーの背を見送って、レナは大きく肩で息を吐いた。いくらケープがあるとはいえ、木立の乱立する場所では足が速い方に軍配が上がる。なにせ小回りが全然違うのだから。
    レナの知る限りひとり、こんな狭い場所でも彼女に追い付けるだろう星の子がいるが、一時期と比べて小さな大先輩がレナの前に現れることは少なくなっていた。

    と、いうことは服の汚れも気にせず走るマリーに自力で追いつかなければいけないということだ。
    今日はどれくらいどろんこになるかなあ。前回の彼女の悪戯を思い出してレナはため息をついた。

    彼女が走るのに飽きていることを願って、濡れた草の中に足を踏み入れる。
    「マリー?」
    緑青の色のケープを探し、マリーが走り去った方へ呼びかける。幸い彼女が草を蹴散らしていってくれたおかげで後を追うこと自体は容易い。
    それだけ見つけた時は汚れているだろう彼女の服とケープのことを思い浮かべるとすこしだけ頭が痛かった。
    泥はこびりつくとお洗濯が大変なのである。

    「マーーリーー?・・・・・・わああ!またやってる!」
    そうしてしばらく追いかけて、ようやく見つけた友人は泥の中に寝ころんでいた。仰向けに転がる彼女のお腹の上には先ほどのお面があって、そこにどこから来たのか小さな蝶がとまっている。

    「マリー、背中冷たいよ?」
    もう追いかけっこは終わりらしい。レナが呼びかけると泥の上のマリーはこちらを見上げ、パポと返事をした。
    その声が発する波に反応して蝶が面の上から飛び立つ。小さな光がひらひらするのに誘われて、マリーの視線がレナから離れていった。

    「ぱ、ぽわ!ぱ!」
    無邪気に伸ばされた泥だらけの手の先を蝶がからかうようにかいくぐる。
    彼女が起き上がった拍子に泥の上に転げ落ちそうになった鳥の面と目が合って、レナはそっと肩を竦めた。

    その彼女らの上に一人分の影が落ちる。ふわんと音の波を起こして現れた彼の手には見慣れた花の輪が握られていた。

    「また取られたの?油断しすぎじゃない」
    少しだけ見下してくるような口調にレナが口を尖らせた。
    「仕方ないじゃん。たまにはお手入れしないとくすんじゃうんだから」
    言いながら少女は紺のケープの横にある花かんむりに目を向ける。小ばかにした口調のわりにきちんと花の無い場所を選んで持ってくれていた。飛ばずにワープしてきたのもこれを草木にひっかけないためだろう。

    「じゃなくてさあ。俺とかウィルさんにマリー預ければいいだろ。毎回いたずらされてない?」
    紺のケープが揺れる。小さな蝶がマリーの手を離れて彼の方へ飛んでいった。
    それにつられて面を向けた彼女と目を合わせ、背の固い星の子は腰を折る。
    そのまま彼は手をのばして、マリーの頭に手にしていた花かんむりを載せてやった。

    ぺあー、間延びした声を上げてマリーが目を細める。
    面の奥の彼女の目を見おろして、トトが吐息を笑みに揺らした。
    「ほら、忘れ物。そのお面と交換しよ」


    「はい、返す」
    「・・・・・・ありがと、トト」
    「どういたしまして」

    花かんむりの代わりに受け取った面がレナの手に渡る。彼女が着けるには大きなその面を、レナはそっと抱きかかえた。雨に濡れた鳥の面に彼女の温度が染みこんで、本来の白さを取り戻していく。
    誰のものとも知れぬ面を抱えるレナの頭上に傘を差しかけて、トトが目を細めた。

    「それ、ずっと大事にしてるよね」
    それ、とは言わずもがな鳥の面のことだ。遠く過ぎた季節の精霊の面を見つめ、彼は問う。
    「いつからあるっけ、それ」
    口調こそ問いのかたちではあったが、互いにそれを忘れるはずがない。
    だから、これは互いにだけ通じる一種のならわしのようなものだった。

    分かりきった答えをレナは口にする。
    「マリーが、喋れなくなった時から」


    天上で目を覚ました時、異常に真っ先に気付いたのはレナだった。迎えるものがいない、無人の天上。それはレナが誰にも羽を分けずに、使命を果たさずに天上に上がったことを意味していた。

    がらんとした青い空間。さやめく浅瀬の音だけが鳴るそこに、何の前触れもなくレナはその時立っていた。
    暴風域に行った記憶もない、原罪に到った記憶もない。
    それなのに彼女は天上にいて、傍らには同じように困惑するトトの姿があった。

    曰く、彼も前後の記憶がないという。どうして天上にいるのかわからないと。

    なぜこんな場所に来てしまったのか。顔を見合わせて首を傾げた時、二人の背後に水柱が立った。背後からぬるい海水を浴びせかけられて思わず首をすくめる。
    天上で水をひっかけられるなんてこれまでに一度もない。
    何事かとおそるおそる音のしたほうを振り返って、何が起きたか理解した途端レナは悲鳴を上げた。


    「声だけじゃないでしょ。全部なくなったじゃん」
    トトが眉を潜める。彼の視線の先では遊ぶものがなくなったマリーが草の葉をむしり始めていた。草の葉で頭上のものと同じものを作ろうとしているのか、長い葉を編んで輪を作り始めている。

    「マリー、あんな性格じゃなかったよ」
    自分の名前を呼ばれたことに気付いて幼子は振り返る。ぴゃあと高くあがる声がトトたちと同じ音を結ぶことはない。

    天上で目を覚ました時、彼女は言葉も人格も失ってしまっていた。
    他の星の子と二人の区別はついているから記憶までは失っていないのかもしれないが、天上で目覚めた彼女は今までの彼女とはまるで別人だった。

    泥だらけの手が草の葉を編む。細い雨の中で遊ぶ彼女は無垢で、無邪気で、まっさらだ。


    「・・・・・・それでも、マリーはマリーだよ」
    何が楽しいのかぷえぷえと音を発して訴えるマリーに手を振って、レナが静かに口にする。
    振る手とは逆、おおきな鳥の面を抱える腕が少しだけ震えていた。

    「わたしの親友だもん。マリーは。面倒なんて見てないし、お世話だってしないもん。・・・・・・一緒に、いたいからいるだけだもん」
    震える腕を見おろしてトトは目を細める。
    彼女の答えはあの時から変わらない。もしかしたら、この問答は彼女がそれを確かめるためのものなのかもしれない。

    話すことも、意思の疎通さえろくにできなくなったマリーを前にレナが迷ったのは一瞬だけだった。
    もとのおどおどした様子が無くなって、生まれたばかりの雀・・・・・・それもとびきり幼いこどものようになったマリーの手をレナは果ての海で握り、一緒にいると口にした。

    トトの覚えが確かであれば、その時からレナの頭の上に鳥の面があったはずだ。
    誰のものかもわからない、ただ“だいじなもの”。

    どうやらそれはマリーにとっても同じらしく、レナが手入れのために面を持ち出すたび隙をついて持って行ってしまうらしい。
    その度に追いかけっこが始まるわけだ。

    「毎回回収する側の身にもなってほしいんだけど?」
    回を重ねるごとに逃げ方がうまくなっていく彼女を回収するのはもっぱらトトの役目だ。
    わざとらしい呆れ声を寄越すトトをレナは軽く睨む。
    大樹の季節を越え、トトはそれまでと髪型を変えていた。長い前髪のせいで影がかかって見える金の目がレナを見おろしている。

    「じゃあ来なきゃいいんじゃん」
    少し膨れた彼女の声にトトが肩を揺らした。そうだねとレナの友人は笑う。
    「そしたら一生マリー捕まえらんないでしょ」
    だから来るよと小声を揺らして、トトは膨れるレナに微笑んだ。


    「ところでさ」
    ぴしゃぴしゃ泥をはね上げながら寄ってきたマリーをトトが引き寄せる。傘と一緒に濡れた彼女を押し付けられてレナは瞬きをした。
    傘の下に二人を押し込んでトトが首を傾げる。

    「レティさんがこっち来るって言ってたんだけど見てない?」
    「見てないよ?レティさんだけ?」
    「や、ウィルさんも来るって」
    「ウィルにいも?」

    二人と最後にあったのは季節半分くらい前だ。
    元々どうして出来た縁かわからなかったから気にはしていなかったが、珍しく来訪の予定があるらしい。

    レティの名前を聞いてマリーが身をよじった。人格を失っても彼女のことは苦手らしい。
    逃げようとするマリーの手を強く掴まえてレナは首を傾げる。
    「めずらしいね。なんだろ」
    「さあ……なんか誰か連れてくるって話だったような……」

    マリーが手を振り払おうとする。それを繋ぎとめる二人の耳に、聞き慣れたケープの音が届いた。マリーを掴まえたまま二人は目を合わせる。
    「もしかして、ちょうど来た?」

    羽ばたく音の方へレナが大鳴きを放った。それに応じて大鳴きが返ってくる。返る声は三つだ。
    「ほんとだ。誰だろ?」
    逃げようとしていたマリーも声がした方へ顔を向けている。
    抵抗を止めて声の方を見つめる彼女の面の下から、不意に一滴の雫が零れた。
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