Reunionガルマーレ帝国史を紐解けば確実に行き当たる肖像画と全く同じ顔立ちの男は、初代ガルマーレ帝国皇帝の名とアシエンとしての名を芝居掛かった口調で名乗った。
征服王ともいうべき男は投げ掛けられる敵視と警戒心を受け流しながら、目の前の闇の戦士御一行の中心人物にして闇の戦士その人、そしてアシエンに壊滅的な打撃を与えた冒険者を「視た」。
2体の大罪喰いのエーテルを内に抱えたその身体は軋み始めているように見えた。だがその内にある魂の色を視て確信する。
これまでに視た愛しき隣人の欠片を抱いた魂の中でも、かなりの大物の欠片が冒険者の魂に熔けて混ざり形を成している。アゼムの魂の欠片と、冒険者そのものの魂の色は非常によく似ているが、混ざり合って1つになる事のない絶妙な状態にあった。
そのまま冒険者本人を見れば、ラピスラズリ色の目にありありと警戒と不信を浮かべてエメトセルクから眼差しを動かさないまま、腰に下げている使い込まれたナックルに指先を掛けていた。
目の色も、髪の色も違うが、その面立ちも立ち方も、多くの部分が分かたれる前のアゼムと似過ぎている。それこそ、厭になるほどに。
いっそ清々しいほどに何もかも似ていなければ良かったのに。
これまで彼が邂逅を果たした懐かしき「彼」の魂の欠片の持ち主は、霊災の合間或いは間際に7度見た。目の前の彼が8度目となる。
目の前の冒険者には、「彼」の艷やかな黒髪も暖かな陽光をそのまま閉じ込めたかのような色の目もない。
だというのにそれ以外が背丈も含めて嫌がらせのようにそっくりで。
きっと、また「今回」も報われないか、碌な最期を迎えないところまで似ているのだろうと、彼らに一時休戦と協力関係を持つという要件を伝えながら早々に彼の末路に救いがあることを諦める。
それは最早癖、あるいは染み付いた諦観であった。
アゼムの欠片を持った「なりそこない」達は、皆呪われているように報われないか、碌な最期を迎えなかった。エメトセルクが邂逅したその瞬間には既に手遅れで看取ることしか出来なかったということも当たり前だった。
1人は何の罪もない子供だったが、風邪を拗らせて酷い肺炎となり貧困を理由に放置されていた。
1人は優秀な軍人だったが、散々良いように使い倒された挙げ句1人の役人の下らない濡衣を被せられて毒を盛られていた。
1人は先天的な障害を理由に親に売られ、奴隷商に病を理由に打ち捨てられ事切れる寸前だった。
1人は優秀な芸術家だったが、巻き込まれた事故によって命である腕を失い自殺していた。
1人は非道な人体実験の「素材」として使われ、薬物の過剰投与で呼吸すらままならない状態で、エメトセルクが手に掛けた。
1人は上司に不満を抱いた兵士達の暴動に巻き込まれて無残な姿になっていた。
1人は飢えのあまり盗人の片棒を担がされて、使い捨てられていた。
現に目の前の冒険者も、光の加護という呪いで押し込められた莫大な光で身体を知らず知らずに軋ませている。
今回も、ただ「邂逅が間に合った」。それだけをエメトセルクの救いとして、終末に崩れ行くアーモロートで誰かを助けに行くと聞かず、「またただいまって言うために帰ってくるから」と一方的に抱き締めて駆け出したあの日のように、この終わりゆく世界のどこかで散華してしまうのだろう。
或いはきっと、第八霊災が発生するタイミングで原初世界に彼が居た場合は、エオルゼアと東方の英雄たる彼の事、最前線に駆り出されるのだろう。
それも恐らくは、「黒薔薇」の爆心地となる予定のギムリトダーク戦線の最前線で知る由もない因果と因縁に振り回され、第八霊災の発生と共に毒に塗れて死ぬのだろう。
ずきり、ずきりと魂の片隅が疼いて痛む。同時に微弱な頭痛が記憶の片隅を揺らす。
遠い昔、強烈なエーテル放射で魂そのものに負った火傷の痕が痛みを伴って何かを訴え、音のない記憶をフラッシュバックさせている。
満点の星空の下、懐かしき黒いローブを身に纏った誰かと言葉を交わしている自分がいる。相手はまるで破れた絵画のように欠け落ちて全容は分からないものの、ほんの僅かにその唇を動かして言葉を投げ掛け、疲れ切った微笑を投げ掛けているが鼻から上は黒く焼け焦げていて思い出せない。
あれは、誰だ。光景は恐らく分かたれる前の世界の天空に在ったエルピスだろう。
だが、エルピスには数える程度しか訪れた事がない。第三の座の職務上、エルピスには縁遠かった。
記憶を巡らせ、擦り切れ疲れ果てている心が記憶を知らず知らずのうちに捻じ曲げていることにも気づかずに、恐らくは愛しき隣人が寄越していたという使い魔だろうと答えを出した。
当時のエルピスの所長だったヘルメスを訪ね、エルピスに滞在した最初の数日の記憶は、事故によって焼き切れている。強烈なエーテル放射を伴う記憶改竄装置「カイロス」の暴走事故による後遺症で、魂に焼き付く記憶となっていると推測されたそれを未だに思い出していない。そうなるに足りない記憶だからだろう、とエメトセルクは考えていた。
その焼き切れた数日の中には、アゼムの使い魔が長い時間連れ添っていたと職員が語っていた。不思議な微笑を浮かべる使い魔が、アゼムの事を職員やヘルメス、そしてエメトセルクと彼に付き添っていたヒュトロダエウスに聞いていた、と。
何故、今になって。表情には出さず、針で弱く刺されるかのような頭痛を振り払い、長い長い時間をかけて擦り切れて枯れた感情が一方的に結論付けた。
今回もきっと「そう」なのだろう。
惨めに使い潰され、誰にも鑑みられる事もなく、この指の間をすり抜けていくのだろう。
或いはこの手に掛けることになるのだろう。
ああ、本当に厭になる。
そうだと薄々わかっていても、
「今度こそはきっと」
「その魂をこの手にすくい上げて見せる」
と拳を握り締めてしまう自分自身に一番嫌気が差した。
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複雑な表情を浮かべたエメトセルクを見据えたままの冒険者は、不審な動きを見せればすぐに動けるように牽制の意味合いも含めてナックルに指を掛けていたが、同時に微かな頭痛を覚えていた。
つきん、つきんと、鉄のインゴットを指先で軽く弾いた時のようなほんの僅かな痛みの中に感じ取れたのは、目の前の「敵」に対する確かな既視感。
初対面の筈なのに漂っている闇のエーテルが懐かしいと思ってしまう。
彼の言が正しければ、原初世界を度々襲っている戦火の大元凶であり、憎むことが当然のはずだというのに、喉の奥から言葉が湧いて彼に投げかけそうになっている。
何故エメトセルクが懐かしく愛おしいものを見る眼差しを向けるのか、何故そんなに寂しそうな表情を浮かべているのかという理由は分からなかったが、何故か彼に向けた感情は憎しみよりも郷愁だった。
寂しそうだと思ってしまうこと自体がおかしいはずなのに、かといって突き放す事自体を避けるべきだという考えが過ぎってしまう。相手が一時休戦と協力関係を申し出たからだけではない特別な何かに由来する感情に困惑する。
おまけに何故、頭痛の最中に「やっと会えた」などというこの場に最も相応しくない言葉が浮かんでいるのか。
疑問はぐるぐると駆け回り続け、エメトセルクがその場を去った事に気付くと頭痛はふっと元々無かったように消え失せ、後には頭痛の残滓と思われる頭の重さが残っている。
「大丈夫?顔色悪いけど……」
傍らのアリゼーが心配そうに眉根を寄せて自分の顔を覗き込んでいる。
「ん、大丈夫。強行軍だったから少し疲れてるのかもしれないな」
目の前の妹分のような少女の銀髪をくしゃくしゃと乱暴に掻き回すように撫でてやりその場のやり過ごす。「わああ」と困惑する声が聞こえたが聞こえないふりをした。
そうだ。イル・メグの光を払い、そのまま遊ぼうとひっきりなしにせがんで来るピクシーの包囲網と、何か取引出来る事はないかと追い縋るン・モゥ族の追撃からやっとの思いで抜け出してクリスタリウムへ帰還したのだ。疲れていないはずがない。
一段落したら休むよ、とウリエンジェとサンクレッドに告げた彼はまだ知らない。先程の初代皇帝がまさかペンダント居住館に割り当てられた自室のベッドに上がりこんでいることなど、知る由もなかった。