断章ーFall Out災厄の次の日。
栄光など影も形もないアーモロートの墓標の如き建物の隙間で、ラハブレアがエメトセルクではなく「ハーデス」へとあるものを手渡した。
「これ、は」
焦げて、割れて、僅かな血痕と「彼」のエーテルの残滓を残した仮面の欠片。
大きな彼らの手には、あまりも小さな一欠片。
それが「彼」の末路を物語っていた。
「議事堂の近くで見つけた物だ。……体は、見つからなかった」
臨時避難所と定められ多くの住人が殺到した議事堂は、多くの住人が亡くなり無残に倒壊していた。
否。今赤く暗く罅割れ炎の雨が降り注ぐこの星に於いて、無事だったものなどあるものか。
その近くでこうして残滓が見つけられた以上、その最期は無残な物だったのだろう。
「………ただいまと言う為に帰るからと、言ったじゃないか。馬鹿者が……」
いつもそうだった。
愛しき隣人は自由奔放で何者にも縛られず、自分の感情を最優先としていた。未だ見ぬきれいな物を探したい、未だ見ぬ物を探し出してイデアを創り、多くの人に共有したいと日々語っていた。
あの太陽のような色の魂が羨ましかった。
何者にも愛される色の魂が、自分とは真逆の自由に満ちた魂の暖かさが、何よりも愛おしかった。
だからこそ、手を伸ばせば直ぐに指先だけでも触れられる場所に置いておきたかった。
そうしなければ、ふとした瞬間に二度と戻ってこれないような遠くへ行ってしまうという微かな危機感があった。
強靭な魂と莫大なエーテルを持つ我らのこと、そんな事は起こらないだろうと心のどこかで思ってしまっていた。
それが、今はどうだ。
大切な魂は、看取る事すら叶わないまま指の隙間からするりと砂のように零れ落ちた。
探そうとしてももう遅い。救おうとしても致命的に手遅れ。
最早この終わりゆく星のどこにも「彼」はいない。
「彼」の事だ。置いていかれてしまう側の事などお構いなしに全てを投げ出して。
議事堂にいる人々を守り、その事に満足気に笑いながら散華したのだろう。
その末に議事堂にいた人々は、「彼」も含めて全滅したことなど知る由もなく。
「………ッ!!」
あの無邪気な声も、黒髪も、愛しき隣人と呼び合う友を見つける度に駆け寄っていた足も、事ある毎に抱き締めていた腕も、暖かい眼差しも。
束縛と嘘を誰よりも苦手と公言していた「彼」の全てはどこにもいないと、ハーデスは己の全てで理解する。
傷だらけの街路を力無く折れた両膝が叩いた。
震える手で彼の最期の残滓を握り締め、初めて声を張り上げて涙を流した。
慟哭は崩壊と終焉の音で掻き消され、慟哭と涙を目にした唯1人はやがてその事を忘れた。
「エ…ルク……エメトセルク!」
「ッ!」
あの日守ることが出来なかった声に呼ばれて意識が覚醒する。
目を見開き見上げた先には天井。そして雪のように真っ白な髪が揺れて、右目を大きな眼帯で覆っている整った顔とラピスラズリ色の瞳があった。
2人きりの時間で幾度となく目にしたあの顔が、守りたかった彼の顔が、髪が重なる。その顔が焦燥と安堵で満ちている事など気にも留めなかった。
「良かった、起きたみた……!?」
反射的に伸びた両腕が目の前の矮小な「なりそこない」の身体を抱き寄せる。思いも寄らない力強さで抱き寄せられた細くも戦乱で鍛え抜かれた僧兵もどきの身体は、為す術もなくペンダント居住館の彼の自室のベッドの上に横たわる足園の身体の上にベショリと無様に重なる。
冒険者の身に纏う赤いアネモスのシャツとサスペンダーが視界の隅をモゾモゾと動いた事で漸く意識が現実に引き戻され、自分自身があの災厄を目の当たりにした時のように混乱極まる呼吸をしていることに気がついた。
「私…は……?」
「寝てるから放置しとこうかと思ったんだけど、途中から凄い魘され出したんだよ。起きてくれてよかった」
エメトセルクの胸板に解放される事を諦めた様子で顔を横たえている冒険者の声の後、彼はエメトセルクを自分と向き合うような形になるように回復位に横たえさせると、ベッドの外に投げ出されていた金の刺繍の入った黒いトラウザーと黒いゲイターもベッドに載せる。
そのまま分厚いコートに包まれた背中を一定のリズムに乗せて掌で優しく叩き、時折擦り始める。まるで夜泣きの酷い子供に対するような動作に本来ならば文句の1つや2つが飛び出るところだが、心地よいリズムに呼吸が少しずつ少しずつ治まっていく。
「治まるまではこうしててやるよ。誰にも言わないから安心しろ」
「……そうか。私は、何か言っていたか」
「…いいや。俺は何も聞いてない」
目を閉じて怨敵であるはずの男の胸板に耳を寄せている冒険者は首を横に振った。
そしてエメトセルクの呼吸が収まるのとは反対に冒険者の掌の動きが緩慢になっていき、程なくして完全に動きが止まっただけでなく安らかな寝息が聞こえた。
思考回路が正常に戻ったエメトセルクは大仰な溜息を吐きながら、彼の身体の下敷きになっていない腕を外して器用にコートから腕を抜くと、分厚いコートで彼の身体を包んでその上から抱きしめ直す。
程よい影と温もりに包まれたからか、冒険者が僅かに寝返りを打って身体を寄せたのを感じ取りながら再び瞼を下ろした。
あの日、こうして災厄から「彼」を守れたのならば。
そんな後悔に満ちた行為であり、ここにいる彼は「彼」の大きな断片であり「彼」そのものではないとわかっていながらも、瞼の裏に焼き付いた炎の雨と獄炎を垣間見て、お人好しを抱き締める力を無意識に再び強めた。