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    AstRaging

    エメトセルク沼にどっぷりしてます。
    ヒカセン(ヤミセン)とエメトセルクのなんやかんやの投稿が多いと思います。たまにオルシュファンとかが飛び出るかもしれない。

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    AstRaging

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    Notドスケベな4.0のアラミゴ決戦からのIFストーリーです。ヒカセンとエメトセルクとゼノスと。ゼノスの口調が非常にふわふわですご注意下さい!!
    色々好きなもの詰め込んで辻褄が合うようにひねってたら過去最長になってしましました。しかもどこで分割して投稿したら良いかわからん問題児に。
    ゼノスの口調が難しすぎる+下書き置いてたKeepくんが度々PCとスマホで内容同期してくれないなど色々ありました。

    異聞ーCage蒼穹に莫大なエーテルと紅蓮の闘気が幾度も交錯し、ギラバニアに響き渡るような轟音を立てて激突していた。
    アラミゴ王宮陥落の危機の一報を受けて急行した帝国軍、後に続けと叫んでいた連合軍、ギラバニアの空を焼くような戦いに気付いた面々は固唾を呑んでそれを見上げていた。
    やがて空に閃光が1つ爆発するように広がり、2つの小さな影がアラミゴ王宮に墜ちていく。2つの影は柔らかな花畑の上で落下し、ほとんど同時によろめきながら立ち上がる。
    片や冒険者は光の加護で落下を持ちこたえたが、左肩から右脇腹に掛けては軽鎧を引き裂くような袈裟懸けの切り傷が走り、鮮血を垂れ流していた。
    片やゼノスは鎧の数ヶ所が砕け破片が突き刺さった箇所からは流血し、超越者故の異能で持ちこたえたが、立っている事が奇跡という状態だった。
    ゼノスは冒険者の殺意に滾る目と他ならぬ己の返り血に汚れている有様を見て歓喜に打ち震え嗤いながら抜刀する。相対する冒険者は己の殺意に気付かないまま、ただ確実に仕留めるために関節が外れた事を激痛で訴える左肩を無視して、右の拳に練り上げた闘気を滾らせる。
    向き合って、まるで示し合わせたように一瞬で距離を詰め、血塗れの影が交錯し轟音が響き渡り鮮血が舞う。

    「惜しかったな」

    そう告げたのは、振り返りながら刀の血を払ったゼノスだった。
    一方、冒険者は先のアラミゴ王宮で他ならぬゼノスに受けた袈裟懸けの傷口を更に抉るように、今度は斬り上げるように斬り裂かれ花畑に膝をつき崩れ落ちかけたが、背後からその髪を鷲掴み今まさに治療のために駆け寄らんとしたアルフィノに見せつけるように、喉元に刃を添えてほんの僅かに食い込ませた。

    「動くな」

    動けばどうなるかを言われずとも、決着が着いたと判断して駆けつけたアルフィノ達は察した。袈裟懸けの傷は内臓までは達していないようだが、軽鎧の裂け目から覗くその傷は軽傷とはとても見えなかった。
    冒険者は己の置かれている状況に出血で朦朧としながらも歯噛みした。自分と戦いたいという、単純にしてどうしようもなく理解に苦しむ理由で紛い物の蛮神の力を宿した怨敵ゼノスに破れた。心臓を打ち抜こうとした拳が、一手が届かなかった。その上に、死ぬことも出来ないままに脅迫の材料にされている。
    いっそ見せしめにでも殺せと叫びたかったが、指先すら動かせそうにない。寧ろこの絶好の機会に首を落とそうとしないのか理解が出来ない。この場で首を斬り落とし、空中庭園の縁からでも掲げれば両軍の士気に大いに影響し、精神面での戦局が帝国有利に傾くだろうにと考えていると、そのまま引き起こすように身体を引き上げられ器用に刀を片手で納めたと思いきや周囲がエーテルの燐光に包まれていく。
    そして、背中と腹に激痛が襲う。神竜に転じたゼノスが冒険者を咥えて翼を羽ばたかせて空中庭園から離れたからであり、彼は己の行く末を悟りながらも浅い呼吸を続けた。
    ごぼりと口から血が溢れる。眼下の愛らしい色合いの花畑に血が降り注ぎ、聞き慣れた声の悲鳴と、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
    強大な異形の牙が背中と腹に浅く食い込んでいる。牙の持ち主は機嫌を損ねれば容易く胴体を牙で裂いてしまうと分かりやすい威圧を悠然と行っている。その有様を目の当たりにした友軍が絶望の表情で立ち尽くしている。
    遠くからは未だ続く王宮外での乱戦の音。それを聞きながら、流石にこれは不味いなと冒険者は他人事のように考えていた。

    『動くなよ、我が友を喪いたくはないのでな』
    「……!!」

    空気を震わせる声が聞こえると膨大なエーテルを含んだ吐息が掛かって咳き込み、牙が深度を僅かに増す。傷口と内臓が圧迫され、再び口から血の塊が溢れる。更に響く悲鳴、霞む視界の中でアリゼーが手を伸ばしていた。
    その気になればその吐息1つで空中庭園にいる面々諸共冒険者を屠れる絶好の機会だというのにそれをしない様子に、「この馬鹿は自分がどうしようもなく欲しかったのか」と思いを巡らせるが、直ぐに英雄としての思考回路は兎に角これ以上友軍たちに被害を出さない選択肢を提示する。この状況で取れる選択肢は無いに等しいが。

    「ゼ、ノス……俺を、好きにしていい……皆には、手を……出すな……!」

    言葉を発する度に肺と背骨が悲鳴を上げる。身じろぎの度に肉を牙が撫でる。
    それでもこれ以上の蛮行は食い止めなければならない。ありきたりな選択肢しか残っていないが、何も手を打たないよりはずっとマシな選択肢だ。

    『英雄であるお前なら、そう謳うだろうと思っていた。安心しろ、既にこの戦への興味は失せた。
    お前が望むのならばそうしよう……英雄の献身に感謝せよ、蛮族共』

    異形の眼がうっとりと細まり巨大な翼が空を覆う。花びらが暴力的な風で舞い上がる。懐からソウルクリスタルが零れ落ちて、花畑に埋もれた。
    眼下ではラウバーンとヒエンが急ぎ精鋭を掻き集めて追撃部隊を編成しろとリンクパール越しに怒鳴っている。
    雛が待つ巣に獲物を持ち帰る親鳥のように、歪な蛮神が英雄を咥えて空を駆ける様子を全軍が呆然と見上げる。自分から零れ落ちる血の雫を他人の物のように見下ろしつつ、向かう方角は帝国陣地だと風景から把握した。

    『我が友、我が逆鱗。漸く…漸く我が手の内に』

    その言葉に返事をすることも億劫だった。勝手に逆鱗と認識するなという意味を込めて溜息を吐いて済ませる。
    次第にエオルゼア同盟軍や東方連合が見える数が減り、帝国の魔導兵器や黒い甲冑が目立ち、焦げた荒野が広がり始めた。
    体勢のせいで頭に血がにわかに上り始める。蛮神も高度を下げ始めたが、自分を捕虜を始めとした何らかの目的で持ち帰るのなら、そろそろ血止めなりなんなりの容赦が無ければ命が危うい。
    やがて蛮神の巨体が着陸する。着陸地点に兵士がいたのか足元で悲鳴が聞こえたが、気にする余裕もない。周囲が再び燐光に包まれたかと思いきや、次の瞬間には重厚な黒鉄の甲冑を身に纏った両手に抱き上げられていた。顔に降り掛かる長い金糸のような髪が鬱陶しいが最早それを払う体力もない。
    手甲を嵌めた指先が自分が与えた傷を確認するように牙がやわく刺さっていた腹を愛おしげに撫でて、付着した血を舐める。その顔は恍惚としていて、「ああやはりこいつは狂ってる」と再認識せざるを得なかった。
    遠巻きに見守っていた兵士達が駆け寄り、皇太子が抱える大戦果を見て歓声を上げ、それは徐々に熱量を上げながら波及していく。
    それに大した反応も見せず、ゼノスは命を奪い合うに値する唯一無二の友の顔についた血と泥を拭った。

    「安心しろ、友よ。お前が望まずともあの戦は終わる」

    意識が切れる間際、金糸の髪を帳のようにして覗き込み微笑むその顔はこの本性を知らない者であればすぐに堕ちてしまうような貴公子然としていて、本性を知っているからこそ悍ましさと底冷えを感じる微笑みだった。


    ◆◆◆


    ラハブレアの散華を聞かされ、休眠中に強引に叩き起こされたエメトセルクは量産されていた若かりし「ソル帝」の身体に憑依してその調子を確かめながら、ガレマルドに聳える魔導城の隠し部屋の一室―「ソル帝」であった頃に、ラハブレアやエリディブスとの密会に用いていた部屋で憂鬱に過ごしていた。
    どうやら己が休眠している間に情勢は大きく動いたようで、暇潰しがてら肉体を隠し部屋に置いてエーテル体となって抜け出し、地脈に乗って各国を見て回った。
    ドマ、そしてアラミゴが奪還され、戦線は後方のギムリトダークまで押し込まれていた。どうやらアラミゴが奪還されたその最前線に曾孫の現皇太子自らが出撃し、一連の奪還劇で帝国に甚大な被害を与えた英雄である冒険者を捕らえたものの、要衝2つを落とされた痛手が戦線の後退という形で現れたようだった。
    痛手を被ったのは蛮族の「なりそこない」も同様で、旗印であり最大の戦力である冒険者を失ったことが非常に大きく、帝国が立て続けに要衝を2つも奪還され物量と兵力を大きく削がれた事も相俟ってギムリトダークでの睨み合いに陥っていた。

    それだけではなかった。
    ウルダハ、リムサ・ロミンサ、グリダニア、そしてイシュガルドによる軍事同盟、そしてアラミゴ解放戦線の新しいリーダーが暫定的に国主の立ち位置に収まったアラミゴ、更には「暁」は冒険者に頼っていた神降ろしにより召喚された蛮神への対応策が他ならぬ冒険者が囚われた事で失われたに等しい状況に追い込まれ、「暁」とドマが主導する形で間者を彼方此方に送り込み血眼になって捜索している。
    事ある毎に問題解決を冒険者に押し付けていた各国は想定外の事態に混乱しており、ドマは他の5ヶ国と比較して冒険者に依存していた点が少なかった事が内部の混乱は殆ど無かった。
    一方帝国軍では、瀕死の重傷を負っていた冒険者が治療を施されヴァリス帝の前に引き出されてからの行方が大多数の兵には伏せられていた。故に様々な噂がまことしやかに囁かれており、「秘密裏に処刑された」だの「どこぞの収容所に収監されただの」、挙げ句には「記憶を消されて軍に編入された」だの好き放題に言われている有様だった。
    ゼノスは要衝を失った責を冒険者の捕獲で帳消しにしたようだが、彼も暫くの療養を要する重傷で彼を恐れる者は気が気でない様子で彼の気配に怯える一方、彼を良く思わない者は彼が戦果を挙げた事以外にも不服としている事があった。冒険者の処遇についてだ。

    「ソル帝」の肉体を管理している極秘施設の者の話を盗み聞いた限りでは、現在冒険者は他ならぬゼノスの私室に軟禁されており、「超える力」の貴重な研究素体として取り扱われているという事が真相であり、その情報が誰かが故意に洩らしたか、ゼノスの私室と研究施設の間を冒険者が護送されている現場を目撃したか、兎も角極々一部の謂わば反ゼノス派に洩れてしまったらしい。
    冒険者は帝国からはそれはそれは負の感情を買っている。冒険者を恨む派閥の溜飲を下げつつ戦意を高揚させるのであれば冒険者の公開処刑が手っ取り早く効果的だが、研究素体という立場が与えられた事が原因でそれが行われる気配がない事が不服に繋がっている、とエメトセルクは推測していた。

    両者混乱と疲弊を極めている状況を尻目に、シャーレアンの哲学者議会は静観―というよりも、「勝手にやっていろ」と言わんばかりに傍観の構えを取り続けていた。
    鏡像世界の1つである第一世界が統合が完了した事に伴う第八霊災を起こす秒読みの段階に入っている事を知らないとはいえ、第一世界の状況に呼応して発生している世界規模の微細なエーテル異常を観測していながら呑気なものだとエメトセルクは嘲笑った。
    過去7度の霊災を目の当たりにしてきたエメトセルクは、その度に異常を感じていながら、手遅れになってから嘆き、「ああしていればよかった」と後悔する「なりそこない」達を次元の狭間から見つめる度に失望していた。後から後悔して間に合うのなら、災厄の後の古代人たちだってゾディアークに頼らずどうにかしていたと。
    そして、彼もまた、霊災の度に指の間をすり抜けて還っていく愛しき隣人の欠片に「また護れなかった」、「またこの腕に閉じ込める事が出来なかった」と、7度の後悔を重ねた。
    第八霊災を目の前にした今なお、「今回」の愛しき隣人―アゼムの魂の欠片を持つ者は現れていない。霊災を重ね、鏡像世界が1つまた1つと原初世界に統合されていく度に、他の「なりそこない」達と同様に魂もまた統合されていっていることは確かであり、霊災が近付くとその度に何らかの形でエメトセルクの目の前に現れ、その度に無惨な形でその命を喪った。
    まさか、8人目は現れないまま休眠中に命を喪ったのかという微かな焦燥感すら抱えながら、意識をエーテル界に傾ける。遠方から順に有象無象の魂の色の中に「彼」の色を探す。例えば欠片に過ぎずとも、あの色と形は何人目であっても同じであった為、それを手掛かりとする。

    ーーーあった。いた。生きてはいる。
    「崩御」直前にはエオルゼアにあった朧気なそれが、更に色褪せて今にも消え入りそうになりながら、ガレマルドのどこかで漂っている。
    更に意識を研ぎ澄まし、消え入りそうな魂のみを捕捉する。その魂は「超える力」の研究施設と魔導城の中間で、それが宿る身体のエーテルを魂と命の維持のみに回して辛うじて身体に繋がれている。
    まさか今回の魂の欠片の持ち主は件の英雄なのかと、その魂に刻まれたハイデリンの気配で察する。
    いてもたってもいられなくなり、ソル帝の身体に戻ると指を鳴らして姿と気配を完全に隠蔽して立ち上がり、魂の気配を辿りながら勝手知ったる城内の転移を繰り返して目的地へ向かう。

    侵入者対策に入り組んだ城を駆け抜け、やがて地下へ。研究施設と魔導城の中間にあるその場所は、少なくともエメトセルクの「ソル帝」としての記憶の中ではただの連絡通路という認識だったが、いつの間にやら幾つもの小部屋が増築されていた。
    その通路の中に、更にもう1本ミラージュプリズムを使って巧妙に偽装しているが大柄の人間が通れるほどの通路がある事に気付く。その通路の先に見知った色が居るが、近付く程に酷く衰弱していると分かりその場所へと転移する。
    やたらとセキュリティの厳重なドアをやり過ごし、立ち入った先は快晴であれば辛うじて光が入るだろう採光用の天窓のある狭い部屋だった。その片隅には簡素なベッドが置かれ、その脇には点滴台が置かれているだけで、部屋の主と思わしき病衣を着せられた青年は力無くベッドにうつ伏せに転がされていた。
    両手は後ろ手に拘束され、首元にはガレマール帝国の紋章が入った首輪のようなものまで着けられていた。冥界を見通す眼で視ると、首輪が青年のエーテル放射能力を著しく制限しているようで、その弊害で本来空気中から取り込む量や全身にエーテルが行き渡るはずの流れまで制限している上に、やたらと体内の魔力とエーテルが枯渇している。まるで枯れかけた湖のように干上がりかけていて、魂の色も消え入り掛けていた。
    そこでエメトセルクは部屋全体が発する圧迫感とでも言うべき違和感に気付いた。部屋そのものに大掛かりな細工が施されているらしく、部屋を漂う空気中のエーテルそのものが薄い。
    まともな食事どころか、水分も最低限しか与えられていないのだろう。乾ききった唇が微かに震えているため呼吸はしているようだが、細く長いそれは最早末期のそれに近い。

    「アゼム…!アゼム!!」

    我を忘れて青年の在りし日の名前を呼びながら助け起こして抱き締める。痩せたその体の内側を流れるエーテルと、中核にある魂の形の形を見間違えるはずがない。
    薬物で意識を落とされているのか瞼は半分ほど開いているものの反応はなく、至る所に暴行の痕があり、特に利き腕だろう右腕は酷い有様だった。簡易的な治療は施されているがおざなりで、あちこちに巻かれた包帯には血が滲んでいて、とても清潔とは言えない状態で放置されていることが伺えた。
    青年の指先が微かに動き、首筋に掛かる呼吸のリズムが変わる。兎に角一刻も早く治療を施して、エーテルを供給してやらなければと追い求める魂の欠片の窮地に焦り、ほんの一瞬だけエメトセルクの注意が部屋の外へ向けられた。
    完全な死角に入り込んだ冒険者の眼が僅かに焦点を結ぶ。しかしその眼はエーテルに飢えて赤々と血の色に染まっていた。目の前には無防備に晒された筋肉質な首筋と、このエーテルに関する全てが著しく制限された部屋では悪目立ちするほどに芳醇なエーテルの香りが漂っている。
    目の前のエーテルが誰なのか。そんな些末な事を考える理性は空腹感に抑えつけられている。
    文字通り生命が危機的状況にある彼の口が、青年本人の意識が閉ざされたまま生存本能に任せて開かれた。

    「ぐっ!?」

    一瞬、エメトセルクの首筋に鋭い痛みが走る。エーテルが外部に吸い出される感覚から青年が噛み付いたと悟ったが、微かに吸い上げられた後は青年は甘噛のように歯を立てる行為を繰り返すだけで、青年を傷付けないように慎重に離すと口元が僅かに血に汚れて眼差しは虚ろで、血の色の瞳を見て目の前に極上の「餌」である自分が居ることに反応して、生存本能から血からエーテルを奪おうとしたと直感する。エーテルが枯渇した者に現れる事がある症状そのものだ。
    だが、首輪の影響でたとえエーテルを経口摂取しても命を満足に維持させるにはとてもではないが足りない。更に青年が形振り構わず僅かでも摂取したエーテルは、エーテルの総量が文字通り桁違いの古代人だからこそ扱え、更にはエーテル界から直接引き入れているそれである。
    眉を顰め表情を苦しげに歪めた青年が背中を丸めて咳き込み、病衣に微量の血の飛沫が付着した。調整も一切せずに濃度が桁違いのエーテルを取り込んだ事による拒絶反応を起こし、人にとって致死毒とまでは行かずとも、汲み上げたばかりの溶岩を飲むに等しい行為で身体が悲鳴を上げて軋んでいる。
    落ち着かせようとした矢先、外から慌ただしい足音が聞こえる。咄嗟に一旦どこかへ彼を退避させねばと次元の狭間を経由して長距離転移をしようとしたが衰弱した青年を抱えたままでは彼が負荷に耐えられるか怪しいと判断して、抱えた青年ごと気配と姿を改めて完全に消すと天窓の向こう側に転移して様子を伺う。

    天窓の真下、先程まで青年が転がされていたベッドの周りに数人の兵士が群がっている。
    耳を澄ませてみれば青年を探しているようだがどうにも様子がおかしい。まるでなにかに追い立てられているような焦燥感を持って青年の不在に慌てている。
    唇の動きを読むと、皆一様に時間がないだの急いで戻さなければだのと慌てていたが、不意に兵士達の動きが固まり扉の方向を凝視した直後に百人隊長と思わしき1人を除き血飛沫を上げて薄汚れた部屋に転がる。
    そして天窓の向こうに、彼からの遺伝ではない金髪が揺らめいた。2週間前から属州を視察していると聞いていたが、確か3週間ほど掛かると聞いていた。どうやら予定よりも早く戻ってきていたようだ。
    百人隊長の兜ごと頭を鷲掴にする事数秒、興味が失せたように放り投げてまだ微かに温もりが残っているであろうベッドのシーツを優雅に撫でて、天窓を見上げた。
    気取られたかと警戒し、反射的に天窓から距離を取って青年への負荷を考慮して魔法を解除した。腕の中の青年が身動ぎをしたのでそちらを見やれば、厚着のエメトセルクとは正反対に雪深いガレマルド周辺での防寒を一切考慮していない服装であるため唇を青くして震えている。薄汚れた素足の爪先も、無意識に己を抱き締める指先もかじかんで真っ赤だ。

    「これはこれは、我らが国父殿にして曾祖父様」

    背中から繋がる首筋に冷たく鋭い切っ先と声が当てられる。いつの間にとも思うがそれを気取られないようにいつものようなシニカルな笑みを浮かべ、振り向かないままに応じることにした。

    「これは皇太子殿下。犬の躾が行き届いていないようで」
    「あれは俺の犬ではない。大方、元々俺に反目していたが英雄を囲う俺に腹を立てた者の犬だろうよ」

    ガレマール帝国に度々大損害を与えたエオルゼア切っての英雄であり、エオルゼアの守護者。それが皇太子との死闘の末に捕らえられた。そんな大戦果はあっという間に知れ渡って当然である。
    しかしその次に響き渡ったものが皇太子は己の「戦利品」である虜囚に一切手を出そうとしないという噂。それが少なからず広まりつつあるならば、皇位継承について眼中に全く無いどころか、刹那的で世継ぎを設ける気があるのかも分からないこの男に反感を抱く者達が何も思わないはずもない。

    「下にいる者に聞きたいことが出来た。国父殿は急ぎ俺の部屋へ」

    寒さに震える青年を一瞥すれば、曾孫は「そこが友の巣だ」とさも当然のように言い放ち、天窓の方へと歩み出す前に友と呼んだ冒険者の髪を無骨な掌で壊れ物を扱うように撫で、天窓を敢えて踏み破って地下へ消える。その後に聞こえた悲鳴は風雪に消えた。
    一先ずは敵と認識されなかった、と判断してエメトセルクは指を1つ鳴らして再び青年共々姿を消し、もう1つ指を鳴らすと彼の私室へ転移し、その場を後にした。


    ◆◆◆


    ぱちり、ぱちんと暖炉の薪が燃え爆ぜる。
    過ごすには必要最低限の物しか置かれていない豪奢な一室に設えられた柔らかなベッドの上、エメトセルクの太腿に頭を乗せられた「なりそこない」の冒険者は点滴で栄養とエーテルの回復促進効果のある薬剤を投与されながら眠り続けている。
    エーテル促進薬の副作用で暫くは深い眠りの中であり、エメトセルクが救出した彼はやはりというべきか、確かに当代のエオルゼアの英雄であると、遅れて自室に戻ったゼノスは慣れた手付きで冒険者の利き腕に点滴の針を刺しながらエメトセルクに告げた。
    エメトセルクはソル帝であった頃の記憶を頼りにゼノスの私室に転移すると、まず真っ先に冒険者の首元と手首の拘束具を外して少しずつエーテルを分け与えた。一気に与えては彼に負担がかかるが、かといって空気中のエーテルを呼吸から取り込ませていたのでは彼の命が危ういままで、指を鳴らして清潔なカウルを着せて治療を施し、ベッドに横たえさせた後は彼に同調させたエーテルを分け与えながら彼のエーテルの回復を促すしかなかった。
    拘束具を外した事もあって体内のエーテルの巡りが少しずつ戻り始め、発見した時よりはずっと穏やかな表情の寝息に漸く安堵の溜息が出る。魔力も暫く時間を置けば緩やかに戻るだろう。

    ――「今回」は間に合った。霊災の度に間に合わず指の隙間を零れ落ちていく魂の欠片を視るのはもう懲り懲りだった。凍えていた「なりそこない」の身体も、部屋の主のために予め入れられていた暖炉の温もりのおかげで戻りつつあった。
    一方の曾孫は、冒険者の身体を挟んで反対側に座して無表情に痛めつけられていた右腕を労るように撫でている。剣が握れなくなるほどの傷ではなく、エメトセルクが傷痕諸共消し去るように癒やしたものの、暫くは動かしにくいだろうとわかるような傷だった。
    暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはゼノスだった。

    ゼノス曰く。
    普段は研究施設で魔力とエーテルを抜き取られ回復してはまた抜き取られ…という生活だったという。首輪は元々脱走防止とエーテルの放出を抑制する目的で装着させたが、日常生活程度であれば支障ない程度に抑えるもので、この2週間のゼノス不在の間に改造された可能性が極めて高いと彼は語った。
    研究所からゼノスの私室へと戻された彼はいつも衰弱しており、脱走の余力が無い様子でそもそも脱走の意思も無かったため、冒険者自身に見張りを付けていなかったとも語り、判断を誤った己に非があると認める。

    「不在の間、警備が最も手薄になる施設から戻る道中の移送を担当する者を買収し拿捕した……野良犬の言葉だ」

    その野良犬…先の百人隊長が吐くまでに一体なにが起きたのか、エメトセルクは考えないことにした。
    ゼノスが予定を繰り上げて視察から早く戻った事が功を奏する形になったが、ゼノスを快く思わないもの、反感を持つ者、何よりも冒険者に怨みを抱く者、それらの暴行から彼に刻まれるハイデリンの光の加護が命を繋ぎ止めたのだろうかと思ったが、研究所の的外れともいえる行為に拳を握る。
    「超える力」と呼ばれる異能は元々は真なる人であった頃に誰も彼もが持っていて、分かたれた魂に細切れになった状態で刻まれている古の残滓がハイデリンの声と終末の災厄に酷似した流星群によって奇跡的に覚醒を果たしたものだ。
    故にエーテルや魔力を根こそぎ強制的に汲み上げて調べ上げたところで殆ど意味はない。目の前の曾孫が多くの犠牲の上にその身に刻んだのは、それを人為的に模倣した紛い物でしかない。
    拷問という言葉がふさわしい蛮行に、愛しき隣人の色を受け継いだ魂は微かに罅が入っていた。エーテルと魔力の源を繰り返し痛め付けられている事は明らかであり、このままでは魂そのものが形を見失う程に砕けてしまう。

    「その実験、暫くは止めるなり加減したほうがこの男の身のためだぞ」
    「ほう」
    「エーテルと魔力を絞り過ぎて枯れる寸前だ。このままでは魂が崩壊…つまり、死ぬぞ」

    端的にわかりやすいように、その言葉にしただけで怖気がした。
    冥界に誰よりも親しい者であるからこそ、還っていく様子を数え切れないほど見守っているからこそ、そしてこの魂の中に愛しき隣人が宿っているとわかっているからこそ、本当であれば口にしたくは無かった。それほどまでに「死」はエメトセルクにとってある意味隣り合わせのモノだった。
    エメトセルクの目をじっと見つめ、ゼノスは「良いだろう」と頷く。

    「俺から進言しておこう。これを使った実験は俺に権限がある」
    「随分とあっさり信用したものだな」
    「貴方のそのような目は生前終ぞ見なかったものでな」

    ゆるりとゼノスの口元が弧を描いた。
    ゼノスの知る曾祖父といえば、老木ながら周囲に威圧感を与えていたものの、その眼差しはどこか遠くを見ている印象が非常に強く、何かを必死に追い求めているような今現在の眼差しは見たことが無かった。

    「ついでだ、1つ聞かせてもらう。何故アラミゴからあっさりと退いた?
    英雄殿を失った後であれば、お前1人が蛮神もどきとして暴れれば王城の再陥落程度は出来ただろう」

    聞けば、アラミゴ王城の決戦には各国の精鋭と名だたる指揮官達と暁の血盟の主要人員が集結し、彼があの場を飛び去った時点で王城内や空中庭園にもそれなりの人数がいたという。
    だからこそ、あの場で紛い物とはいえ強大な力を持つ蛮神もどきの力を振るえば王城の再陥落は容易だったはずだと指摘した。
    ハ、とその問い掛けにゼノスは鼻で笑った。

    「あの力は友と至高の戦いのために得た物だ。貴方も含めて有象無象に振るうつもりは一切ない。
    退いたことについては我が友と俺との密約だ。この籠にいる間、東方とアラミゴから手を引く……他ならぬ友の頼みだからこそ、聞き届けている」

    だからこそ、誰より自由に羽ばたく事を好む魂の欠片は自ら縛られる事を選んだ。
    縛られながらその刃を磨く事を選んだ彼を、ゼノスは囲っているのだ。
    助けなど来ない敵地の最中、虜囚となった「英雄」は処刑を求める声を始めとした醜い言葉や庇護するゼノス不在の間に行われていた蛮行、命を少しずつ削られる実験にも耐え忍んでいた。今も、今日も、これからも。

    「アラミゴの戦い……あの時、友は蛮神と一体となった俺の爪をへし折ってみせた。俺の血に塗れ、眼を殺意に光らせるこれは、今まで見た何よりも力強く美しかった」

    言いつつ、首輪の圧迫痕が残る首を片手で掴む。気道が圧迫され、息が潜まる音。

    「この男は巡り合う度に牙を研ぎ澄ませ、俺を心底楽しませた。
    だが、まだ足りない。友の牙はまだまだ研ぎ澄ます余地が大いにある」

    曰く。
    限界まで餓えさせたその牙が喉笛に喰らい付く瞬間を、どうしようもなく見たくなってしまった。
    冒険者と皇太子、互いが互いの命を奪う権利があるが、蛮神、蛮族、何者だろうと与えるものか。
    蛮族共に使い潰され、至高の死合を演じることもなく手の届かない場所へ奪われてなるものか。
    蛮族に奪われる前に奪い、彼の目の前からもあらゆる大事なものを奪い尽くし、奪われた憎悪に滾るその牙をその身に受けるためならば。
    この歓喜に震える刃を死合う友の肉に突き立て、その血肉を欠片も飛沫も残さず喰らうためならば。
    武人として唯一分かり会える「友」を自らの手で下し、殺めたその瞬間が彼の記憶に永劫焼き付くのなら。この身でその牙が更により高みへ研ぎ澄まされるのならば。
    世界の全て、己の全てを引き換えにしても構わないと、己の血を引く青年は言い切った。

    「お前の肉はどのような味がするのだろうな」

    首を掴んでいた手が離れると、そのままするすると掌を滑らせて冒険者の胸に行き着く。まるでその奥にある魂そのものを見透かすかのような所作だったが、その表情は狂おしいほどの感情の激流を隠そうともせずに、その全てを凍りつかせてなお余る狂気のままにエメトセルクを凝視した。

    「血迷って俺から奪おうものなら、貴様とて容赦はしない」

    エメトセルクの中で、ふと1つの違和感が生まれた。

    ……ーー今、この男は何と言った?

    「血肉の味」ということは、まるで他の味を知ってしまっているような口ぶりだった。
    考え過ぎ、或いは思い過ごしであってくれと居るはずもないと思っている神にような気持ちで意識をエーテル界に傾ける。現行世界に於いてはエメトセルクが持つ最高峰の「眼」で冒険者と曾孫を視比べる。
    目を見開いた。ゼノスの体内を循環するエーテルの中に、微かにだが冒険者のエーテルが混ざっている。エメトセルクが焦がれたあのエーテルが、だ。

    「お前、まさか」
    「ああ、友に牙を立てた時に少しばかりエーテルを取り込んでしまったようでな」

    ゼノスは「美味かったぞ」と悠然と嗤う。まるで曾祖父がエーテルを見透かすことを知っているかのように、その美貌を昏い愉悦に輝かせる。
    エメトセルクの中で燻り続けていた何かが燃え上がる。魔導城全体が一瞬軋む音を立てるほどの膨大なエーテルを放出し、目の前の人の形を持った「何か」を威圧し、その顔に真紅の紋章を表出させた。

    「……お前には、この男の魂は渡すものか」

    唸るように宣戦布告を口にする。無尽蔵のエーテルによる威圧すら涼しい顔で受け流したゼノスに見せつけるように冒険者の右腕を掴むと、「これが出来るものならやってみせろ」と彼と一方的かつ強引なエーテル交感を行う。
    冒険者の傷付いた魂に己のエーテルを絡みつかせ、罅の合間を繋ぎ合わせるように闇のエーテルを浸食させる。エメトセルクのエーテルが染み込んでいくにつれて、さながらシャーレアンの賢人位の証の刺青のように冒険者の首筋に赤い花弁のような、或いはエメトセルクの所有印といえる刻印が浮かび上がる。
    魂そのものに刻まれたハイデリンの加護を強引に上書きしていく衝撃と激痛に冒険者が意識を強引に引き戻されて叩き起こされるも、胸を押さえ付ける掌に妨害されて起き上がることすら許されない。間近で放たれ続けている極大のエーテルで呼吸するだけで胸が余計に苦しくなり、助けを求めるように瞼を上げてゼノスの気配がする方向を見上げた。

    「ゼノス……一体……?」

    預かり知らぬ内に己を巡って睨み合いが起きている事など知る由もなく、今の自分の命を握る男に手を伸ばす。ゼノスはその手を取ると「何も心配するな」と己の金糸に触れさせた。
    状況が全く読めないまま、冒険者は自分を挟んで今の「飼い主」と対峙している壮年を見上げる。魔導城にいる以上は帝国関係者で、更にゼノスと対等に接しているという事は彼の血縁者なのだろうか。
    だが、なぜ見ず知らずの自分を巡って言い争っているようなのかが理解出来ない。自分に関係のないことで争っているのなら是非とも他所でやってくれと言いたいが、とてもではないが口出し出来るような空気ではなかった。
    壮年の表情はそれほどまでに怒りに歪んでいて、自分の右腕を掴む掌は微かに振るえていた。
    ふと部屋全体を、城そのものを包んでいたエーテルによる重圧が解除される。冒険者が意識を取り戻した事に気付いた壮年は、コインを裏返したかのように怒りの表情を隠して微笑みを浮かべたが、その昏い金の瞳は全く笑っていなかった。

    「名前程度は知っておいて貰おうか、偉大なる英雄殿。
    私は初代ガレマール帝国皇帝ソル・ゾス・ガルヴァス…そしてアシエン・エメトセルク。お前の飼い主の曾祖父だ」
    「アシエン……!!」

    冒険者はベッドに肘をついて身体を無理に起こそうとするが、長時間無理に後ろへ捻られていた肩が痛み、更にエメトセルクとゼノスの掌に抑えつけられるようにして柔らかなベッドに再び背中を戻される。
    その瞳の中に残る忌まわしき光の加護を視て、まずはこの光を払ってしまわねばと淡々と彼の処遇を今後の霊災の計画の中に織り込んでいく。

    いずれ完全に光を払って、彼の全てを己の闇で囚えれば、この魂を今後目の前で喪わずに済むかもしれない。

    そんな仄暗い感情の糸が、1万2千年に渡り紡がれた計画の端に食い込んでいく。
    目の前で大切なものを喪うのは、ヒュトロダエウスとラハブレアで終わりにしたかった。
    都合のいい事に、彼にご執心な曾孫とは求める結果こそ違えど「その時が来るまでは彼を手元に捕らえ続ける」という取る手段は一致している。
    ヴァリスは適当に言いくるめ続ければいい。エリディブスにも計画の仔細とそれが齎す結果を提示すればなんとでもなる。
    「あの愛おしい魂とエーテルの欠片の器がこの手に収まるならば」という狂おしい感情が、際限なく計画の正当化のための理由を紡いでいく。

    「逃げるなよ。お前の道はもう途切れている」

    逃げれば、忽ちドマとアラミゴに再び戦火が燃え盛るということを重々承知している冒険者は悔しげに表情を歪めた。
    どの道、彼に逃げ場はない。万一逃げ出したとしても、魂に食い込ませたエメトセルクの闇のエーテルが居場所を捉える上に、彼のエーテルの供給がなければ彼は罅が入った魂の形を維持することが困難になっている。
    それを知った時、ゼノスと冒険者はどのような顔をするかを思い浮かべながら、エメトセルクは彼の在りし日の真名を心のなかで呼びながら、昏い微笑みを浮かべた。
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