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    Stjerne31

    @Stjerne31のポイピク垢。
    主にワンクッション必要そうな絵(エロとか)に使う予定。

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    Stjerne31

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    歌わない兄ちゃんが歌うようになるまでの話です。
    カプ無しドヴァ小説。アサとフラがメインですが、あの子の面影がすごい。仏ジャンのつもりはなく、重めの仏+ジャンだと書いた本人は主張しております。
    キャラソンとミュの記憶は一度消して頂いた上で読んでください。捏造設定が息をするようにしれっと現れるぞ!気をつけろ!

    ##どゔぁ

    マリアンヌは歌わない「祖国は歌がお好きなんですね」
    そう言ってくれたのは誰だったか。遠い遠い、誰も知らない自分と彼女だけの歴史きおく
    「そんなんじゃないよ。だって人間が歌うから、生き写しの俺も歌うだけさ」
    「そうなんですか?でも、私の目には祖国が楽しそうに歌をうたっているように見えました」
    そんなことを言われたから、そんな風に見える?と笑ったのだったっけ。
    所詮、自分たちは人の形をした紛い物だ。だけどそんな『俺』を、まるで一人の人間のように扱う娘に、体中にほんのり血潮が回っていくのを感じたのだ。彼女の存在が、己を己たらしめる。
    「祖国は私の知らない歌をたくさん知っておられるのですね。宮廷では、そのような歌が流行っているのですか?」
    「そうだね。王様はみんな華やかなものが好きだから。音楽もたくさん流れているよ」
    「まあ、素敵ですね。ねぇ、祖国。よろしければ私にも教えてくれませんか」
    そう言って微笑みかける顔がどんな風にだったかも朧げだが、陽だまりのような温かさだったのは確かに覚えていた。
    こんなこと口が裂けても言えないことだけれど、その彼女はのちの太陽王よりもずっとずっと眩しい乙女であった。
    「この戦争が終わったら、あなたが知っている素敵な歌を私の故郷の村に持ち帰りたいんです。私たちが生きる素晴らしい土地に伝わる、素晴らしい歌を。だめですか?」
    「……う、ううん。だめじゃない。だめじゃないよ」
    そう答えて、その時に歌ってやったものはなんという曲だったのだっけ?
    彼女の本当の声も、教えてやった歌も、好きだと言ってくれた歌い方も、全部全部忘れてしまった。
    彼女はその後教えてやった歌を故郷に持ち帰ることなく、自らの体を焦がして灰になった。
    己もまた、彼女との思い出も、あの日どんな風に歌っていたのかも、その記憶ごと焼いてしまった。
    しかしこれも、フランスが過ごした気が遠くなるほどの永い時間の断片でしかないのだった。



    「フランスさんは歌われないんですか」
    オブシディアンの瞳を持つ彼が、シルクのようなブルネットの髪をさらりと揺らして尋ねてきた。無表情ながらもこてんと小首をかしげる姿は愛らしく、自分よりもうんと歳上の同類くにとはとても思えなかった。そんな問いを受けたフランスといえば、チープな味のカクテルもどきを口につけていて思わずきょとんとしてしまった。
    二人がいる薄暗い個室は日本が誇るカラオケのパーティールームで、会議終わりに騒ぎたいやつらが頼みまくった脂っこい食事を摘みつつ大熱唱していた。流れるのは洋楽が大半だが、時折日本のアニメソングなんかも気まぐれに入れられる。日本は声真似が得意だから、アメリカあたりにたまに呼び出されて一緒に歌わされていた。フランスはそれを『ガキどもが騒いじゃって』と言わんばかりに遠目で見ながら、こういった場所特有の味の薄いアルコールを嗜んでいた。
    「意外?」
    「正直に言えば……こういう時には率先して歌われそうだなと思っていましたから」
    「あはは。まあ〜……たしかになぁ……」
    「最近フランス兄ちゃん歌わないよね」
    「イタリアくん」
    「ボナセーラ、二人とも!楽しんでる?」
    壁際で喋っていた二人に、ラテンの陽気な声が混ざった。二人が顔を上げれば、イタリアがニコニコと人好きのする笑みを浮かべながら近寄ってきて、フランスを真ん中にして座った。
    「イタリアくんは、フランスさんの歌を聴いたことがあるんですか?」
    「うん!まあ、かなり昔の話だけど……それこそローマじいちゃんがいた頃とか……?兄ちゃんって昔はよく歌ってたよね?」
    「イーターリータ?」
    「え、なに〜〜?この話だめぇ?」
    可愛い二人に挟まれて両手に花だと内心ほくそ笑んでいたフランスであったが、存外にイタリアが物覚えがよくて少し焦った。日本はこう見えて好奇心が旺盛だから、彼に関心を抱かれたら最後、うまく乗せられて口が軽くなってしまい、余計なことまで喋ってるしまいそうな気がする。それは嫌だった。フランスはまだ、世界のお兄さんでいたいのだ。
    「別に今だって歌わないわけじゃないよ。日曜日はたまーに歌ってるだろ?」
    「そりゃそうだけど、大勢の時じゃないと歌わないでしょ?兄ちゃん、すげー上手いのにほんと勿体無いよ」
    「待ってください、『すげー上手い』んですか……?」
    イタリアの素直な賞賛に、日本のオブシディアンの瞳が一瞬チカッと光った。これはまずい。表向きでもプライベートでもそこそこ長い付き合いになってきたから分かる。これは好奇心が煽られている時の表情だ。
    「うん!隣でよく聴いてると兄ちゃんの澄んだ歌声が、」
    「イタリア」
    「え?なんで?だめ?」
    「お兄さんを褒め称えたくなる気持ちは分かるけどな、隠し事があるぐらいがちょうどいいんだよ」
    「えー?そうなの?でも日本にも知ってもらいたいよ」
    フランスの言葉に、イタリアは目に見えてしょぼくれた。いつもは元気に飛び出しているくるんと飛び跳ねた毛先も、今はしおしおとしている。そんなふうにされると、遠い昔に置いてきてしまったような罪悪感すら思い出してしまう。今度ミサの時にまた隣で歌えばいいんだろ、とフランスは慰める。
    「あのフランスさん、私も……」
    「にほーーーーん!!!!!」
    日本が何かを言いかけた瞬間、耳をつんざくような大声が3人の元に届いた。マイクを通しているのに、さらにそこで大声を出しているのだから当たり前だ。
    「日本!!お前のために俺は歌うぞ!!!」
    そこには完全に出来上がったイギリスがいた。彼の足元にはこれでもかと言うほどビールが転がっているので、いつもの酒乱状態らしい。いつもの、と言いつつ最近はコンプライアンスも厳しくなっているため、ご無沙汰な気がする。泥酔のイギリスからマイクを奪われたのは、ビール瓶と一緒に転がっているプロイセンのようだった。お前はまたそんな役回りばっかりね、とフランスは苦笑する。
    「お前にこの歌を捧げる!聴いてくれ!!Mela!」
    まるでロッカーのように高らかに宣言したイギリスは、そのまま気持ちよさそうに歌い始めた。日本語の発音は少し甘くて、酔っているせいでいつも以上にピッチも外れているものの、相当練習した跡を感じる歌声だった。何より、日本に届いてほしいという気持ちに溢れていて、フランスは耐えきれなくなって吹き出した。それはイタリアも同じだった。
    「あっはっは、ほら日本!坊ちゃんご指名だぞ!」
    「最高!いいぞー!」
    実にタイムリーな選曲に、まだアルコールに自我を完全には奪われていない国たちが沸き出す。日本は小っ恥ずかしそうにしたが、フランスとイタリアに会釈をして去っていった。そしてイギリスの元に行って手拍子をして盛り上げる。
    フランスはそれをイタリアと共に遠目から眺めた。そして終ぞ、彼がマイクを握ることはなかった。しかし、基本的にどうしても「我先に」という主張が強くなりがちな同類たちがそんな事実に気づくこともなく、フランスが歌をうたわない事実は今宵も有耶無耶になっていったのだった。



    そんないつかの会議後の打ち上げの思い出も、それなりに記憶の端に追いやられるほどの日数がたった頃。そこそこ大きな会議がパリで開催されることになり、各国はフランスへと集まっていた。
    小休止の間、ドーヴァー海峡を挟む二人は互いの国益に関わる緊急の仕事が舞い込んでしまい、止むに止まれず共に行動をしていた。一仕事をエリゼ宮で終えた二人は、観光客の間を縫いながら遅めの昼食を探しつつ、シャンゼリゼの庭を歩いていた。
    「は〜すっかり遅くなっちゃった……お兄さん腹ペコで倒れそう。ちょっとスタンドで摘まんでかない?」
    「倒れられるのは迷惑だから付き合ってやってもいい。あ、あのバゲットサンド食いたい」
    「素直に腹減ったって言えよ。食う気満々じゃん」
    そんな会話をしながら二人は最寄りのスタンドに目をつけて、バゲットサンドとカフェオレ、あるいは紅茶を頼んで頬張った。
    観光地のど真ん中にあるこの庭はいつも人が多いが、今日はなんだか特に混んでいる気がする。地元住民の人の出も心なしが多い。
    「なんか人多くねぇか?」
    「たしかに。なんか今日あったかな……」
    手近なベンチを運良く見つけた二人は、ようやく落ち着けることを期待して座った。屋外とは言え、こうして二人きりで隣同士で食事をするなんていつぶりだろうか。昔はよくやっていたが、ここ数年はお互いを取り巻く環境が随分と変わってそんな機会も久しかった。会食の機会だけならドイツとの方がむしろ多い気がする。
    他愛もない話をしながら食事をしていた二人であったが、ベンチの前を揃いのTシャツを着た若い女性たちが歩いていくのを見たイギリスがぽつりと呟いた。
    「……もしかして音楽フェスじゃないか?」
    「あー……あー!そうだ!そういやなんかやるって近所のマダムが言ってたなぁ……孫が出演するとかなんとか」
    「へぇ、そりゃすごいな」
    イギリスはそう言って紅茶を静かに飲んだ。いつもの対フランス用の仏頂面だが、その表情には隠しきれない「興味」が見え隠れしていた。
    こう見えてイギリスは音楽好きだ。紳士然としているがパンクロックをこよなく愛しているし、その他のジャンルも皮肉を交えつつマメに追いかけるタイプだ。さらには鑑賞するだけではなく、プレーヤーとしても関心があるようで、実際ベースを始めとした弦楽器の腕前も──フランスは絶対に面と向かって言うつもりはないが──中々のものである。もっとも、同類たちは長生きな奴らが多いので、手慰みにそういった趣味を持つ者は多い。
    「次の会議まで3時間ぐらいあるし……ちょっと気晴らしに覗いてみようぜ」
    一口残ったバゲットサンドを口に放り込み、カフェオレを流し込んで食事を終えたところで、フランスはそう提案した。すると跳ねるように顔を上げたイギリスのペリドットの瞳と視線が合った。
    「……っ、べ、別に俺はお前んちのフェスなんて気になってなんかない」
    「あっそ、じゃあ一人でここで3時間待ってればぁ〜?」
    「いやなんでここで待つ前提なんだよ、ホテルに帰るっつーの……最後まで聞けっ」
    「やーだね!」
    フランスはそう言ってハンカチーフで手を拭き、颯爽と立ち上がって歩き始めた。似たようなTシャツを着ている者たちを追いかければ会場に辿り着けるはずだ。
    後ろからはブーブー言いながらもイギリスが早歩きで追いかけてきた。やはり気になるのではないか、この天邪鬼め。
    フランスの予想通り、同じTシャツを着ている者たちの背を追いかければ開けた場所にたどり着いた。会場は中々の人混みで、屋台なんかも出ていて盛況だ。どこからどう見ても仕事を抜け出したスーツ姿のフランスやイギリスは周りから浮いていた。
    「トリで絶対くるよね!」
    「な!超楽しみ!」
    二人の横を通り過ぎていくカップルが興奮したように話しながら、ステージの前へと駆け寄っていった。近くにいたスタッフからチラシを貰って見たところ、有名な歌手がくる予定らしい。フランスはあまりポップスに明るくはないが、覗き込んできたイギリスが「ほう」と呟いた以上恐らく平均以上の歌手なのだろう。言われてみれば名前は見たことがある気がする。
    「いい雰囲気だね。ちょっと楽しんでいこうかな」
    「……!し、仕方ないから付き合ってやる」
    「はいはいメルシーメルシー」
    フランスは賑やかな場所は好きだ。人の営みは心を慰めてくれるから好きだ。自分たちはいわば、その土地に生きる人間たちの合わせ鏡なのだ。だから、国を象る者たちには大なり小なり、皆そういった本能がある。
    次の会議まではまだまだ時間があるから、良い息抜きになりそうだ。イギリスだって口では何だかんだと言いつつ、雰囲気から嬉しそうなのが隠せていない。
    ステージの上では、出番を終えた歌手がいくつか何かを話して引っ込んだばかりだった。それと入れ替わりでMCが二人登壇してトークを始めた。
    通常、こういったライブではセットリストは終了後まで公開されないため、出演アーティストがどのような順番で出てくるかはその時にならなければ分からない。しかし二人の周りにいる者たちは口々に同じ名前のアーティストを呼んでおり、「まだ出ないのかな」と言うようなことを口々に話してばかりいた。
    「この人ってそんな有名なんだ」
    「お前ポップスに興味ないもんな。まあ最近ネットで流行ってるみたいだぞ。たまに若いのが喋ってんな」
    「へぇー。お前に流行りを教えられる日がくるとはね」
    「ハッ、遅れてんな、おっさん」
    「おっさんはお前もだろおっさん!」
    そんな軽口を叩きながら、二人でステージを覗き込む。まだ次のアーティストは出てきていないようだ。準備に時間がかかっているのだろうか。まあまだ5分ぐらいだ。それぐらいはあり得る範疇なのだろうか。屋外で行なわれるようなライブにあまり参加したことのないフランスにはよく分からなかった。
    「お前の知ってる人いる?」
    「んー……あぁ、こいつは歌詞がティーンの深夜のポストを読んでいるようで少々寒気がしないこともないが、メロディの趣味はいいぞ。もう出番終わったのか。少し残念だ」
    「それ褒めてんの?貶してんの?お兄さんは若者の深夜のポストって嫌いじゃないけどね。情熱的だよあれは」
    フランスは貰ったチラシをイギリスに見せた。イギリスはじっと見つめて、手入れされた短い爪でいくつかのアーティストを指差して説明してくる。そこまで大きな会場ではない分、とても著名なアーティストが揃っているというわけではないようだが、話を聞いている限り最近波が来ている若手の粒揃いという面子のようだ。
    「お兄さんが好きそうなのいる?」
    「お前の音楽の好みなんて知ったこっちゃないが……歌詞が好きそうなのはこのあたりか」
    「ふぅん。まあ気が向いたら聴いてあげてもいいかな」
    「何を偉そうに」
    「お兄さんのお眼鏡に叶うディーヴァはいるかな〜?」
    フランスはそう言いながら、指をさされたアーティストの名前をこっそ私用のスマホで検索した。気が向いたら聴いて、イギリスにセンスが悪いと嫌味をこってり言ってやるためだ。
    ひとしきり会話をして、また二人の間にしばしの沈黙が訪れる。周りは相変わらずざわざわとしていた。
    「ええっとここで少しお伝えすることが……ただいま機材トラブルにより……」
    そんな二人の沈黙を破るように、MCからアナウンスがされる。その内容に客たちからえぇ、という声が聞こえてくる。
    「オーララ、まだ時間かかりそうだね」
    「そうだな。前の出番の奴が捌けてから15分ほどか」
    顔を上げた二人はステージの方を見る。MCたちの後ろにはスタンドマイクだけがぽつねんと放置されて、なんだか少し寂しそうに見えた。
    それから、5分、10分と時間が経過していくが、次のアーティストが現れる気配がない。そうなると、流石に客たちもただ事ではないのではないかと口々に囁き始め、会場があまりよくないどよめきに包まれていく。
    「何か困ってることあるのかな……」
    フランスがそう呟く。どうしても気になってしまい、イベントスタッフに知り合いがいないか周りを見渡して見た。すると、慌ただしく話し込んでいたうちの一人と、遠目だがばっちり視線が合う。そのスタッフは一瞬驚いた顔をしたのち、もう一人のスタッフと何かを話し始めた。そのスタッフがスマホを取り出して電話をかけ始めたあたりで、フランスと目があったスタッフがこちらへと歩いてくるのが見えた。彼はフランスが住むアパルトマンの住人の一人で、出勤時によく会う顔馴染みだ。なんの仕事をしているかまで知らなかったが、こんなところで出くわすとは思っていなかった。
    「フランスさん!いらっしゃっていたんですか?」
    「よっ。なんか大変なことあったみたいだね?」
    「そ、そうなんです……実はですね、交通機関のストライキでトリのアーティストが最大で2時間ほど遅れる可能性があると……」
    「マジで?」
    フランスはそう言って、頭になるべく入れるようにしているストライキ予定表を思い出す。たしか、ここ数日は公共交通機関が軒並みストライキを始めており、交渉が上手くいかないで延長しているのではなかったか。ここ数日の移動手段は仕事先が用意したドライバーの送迎か徒歩しかなかったため失念していた。送迎になった理由は、そのストライキが原因であったというのに。
    「心ゆくまでフランスおまえんちだな」
    「ぐぬぬ……何も言い返せない……」
    イギリスの意地の悪そうな笑みにフランスはぎりりと奥歯を噛む。しかし実際、もはや名物と化しているためぐうの音も出ない。なにより当然の権利である。権利は行使されるべきなのだ。とはいえ、こう言った催事にどうしても影響が出てしまう。
    「アテはあるの?」
    「ピンチヒッターにも連絡を取ってはいるのですが、みなさん2〜30分はかかるようで……」
    「そりゃ厄介なことになったなぁ……」
    「あと一人、誰か歌ってくれればその後に繋げられそうなんですけどね……どうしてもあと一人が……そう一人……」
    顔馴染みのスタッフはそう言って沈んだ顔をした。しかしすぐにハッとした顔でフランスを見る。あまりにもキラキラとした目で見つめられたフランスは一瞬困惑した。
    「な、なに?」
    「フランスさん!そうだ、フランスさんがいるじゃないですか!!」
    「うん?ごめん、ちょっと話が見えないんだけど……」
    「歌ってくれませんか、フランスさん!」
    「は、はぁ〜〜〜!?」
    突然の突拍子もない提案に、フランスは取り繕うこともできずに情けない声で聞き返してしまう。
    「いやいやいや……!なんで俺?」
    「だってフランスさん、たまにミサに来て歌う時すごく上手じゃないですか!みんな噂してるんですよ!歌手並みだって!いや、そんじょそこらの歌手なんて超えてるって!!」
    「そんなわけないでしょ、いくらなんでも買い被りすぎ!それに、いくら俺が美しいからって、流石にこんなところで出てったら『誰?』って空気になるじゃん!」
    「大丈夫ですよ!フランスさんって、パリじゃ有名人じゃないですか!ヘタスタのフォロワーもたくさんいるし!このイベントは地元の人間の方が多いんです、むしろ盛り上がります!」
    お願いします!と大声で言われてせっつかれる。軽い騒ぎのようになっており、一部の客がチラチラとこちらを見始めた。そのうちヒソヒソと何やらを囁き始められて、肩身が狭い心地がする。肩身が狭いのなんて、生まれてこの方何回も経験してきたが、だからと言って慣れているわけではない。
    「で、でも、俺本当にポップスみたいな歌い方とか分からないし……ミサだって大勢で歌ってるから平気だけど、一人でなんてもう何百年も歌ってないよ!?」
    「そこをなんとかなりませんか……!!」
    藁をもすがる思いで、顔馴染みのスタッフに頭を下げられる。フランスは頼られるのが好きだ。自分がただの長生きなだけで普通の人間とさほど変わらないことを知っている分、助けてやれることがあるならば手を差し伸べてやりたいとも本当は思っている。だけど、歌に関しては少々思うところがある。ありすぎて、いつのまにか数世紀を跨いでしまっているのだ。
    フランスとスタッフの押し問答が続く。イギリスはそれをじっと見つめていた。しかしやがて飽きたのか、会場を見回したと思えば、くるりとフランスたちに背を向けてしまった。
    「あ、おい、イギリス……っ」
    フランスは引き留めようとする。あいつだったら、もしかしたらフランスの歌声にケチをつけて、このイベントスタッフを思い直させてくれるかもしれないと淡い期待を抱いてのことだった。
    しかしイギリスは近くにいた男に、Excuse-moiすまないとフランス語で声をかけた。
    「ミスター、少しいいだろうか。あぁ、言葉はフランス語で大丈夫か?」
    「えぇ。むしろ英語は苦手で……」
    「わかった。ここで出会ったばかりで悪いんだが、君が背負っているギターを少しの間貸してくれないか」
    「これですか?別に構わないけど……何に使うんです?」
    「野暮用だ。ステージを見ていれば分かる……勿論、盗って売ったりしないから安心してくれ」
    話しかけられた男はきょとんとした顔をしつつ、背負っていたギターをイギリスにケースごと渡した。心優しい青年に、イギリスはメルシーと言って受け取る。
    そしてフランスの方を振り返った。今度は普段通りの淀みのないクイーンズイングリッシュだ。
    「俺が伴奏する。お前が歌え」
    「………は??お前、俺たちの会話聞いてなかったわけ?俺、本当に歌えないんだってば!」
    「喉に問題が?」
    「いやそういうのじゃなくて……」
    「ちっ……君、10分、いや5分でいいから時間をくれないか?その間、MCには頑張ってトークしてもらいたい」
    「は、はい!」
    「ちょっと!何勝手に!てか舌打ちすんな!」
    イギリスは、フランスの隣にいるスタッフにそう言うと、彼は元気よく返事をしてステージの方へとかけていった。
    そしてそれと同時に、彼はフランスを会場の脇に無理やり引っ張っていった。いやいやと対抗してみたが、イギリスはこの細い体のどこに力があるのか分からないぐらい握力が強い。本気で握られると、フランスでは振り解けなかった。
    会場の隅に連れて行かれたところで、フランスとイギリスは向かい合う。イギリスはしばし沈黙ののち、口を開いた。
    「……お前、歌上手いだろ。少なくとも、オーストリアやイタリアあたりと比べたって勝るとも劣らないはずだ。俺は知ってる。国際的なイベントならともかく、地域規模なら勿体ぶらなくたっていいだろ」
    「………………お褒めに預かりどーも。でも誉めたって何も出ないよ」
    普段、皮肉屋のイギリスが、驚くほど簡単に賞賛の言葉を──しかもましてフランス相手にかけたことに、フランスは内心少し動揺した。イギリスは素直な言葉を口にはしないが、スイッチが入ればむしろ人を翻弄する話術を使いこなす。一体何のつもりだと、フランスはサファイアの入った目を細めた。
    「いつもなら頼んでもないのにでしゃばるクセに。何がお前をそうさせているんだ」
    「教えな〜い」
    「──あのな。俺は今、友人としてお前に尋ねている」
    「…………ッ、」
    居心地が悪くなったフランスは何とか軽口を叩こうと、頭をフル回転させていた。自慢のブロンドをくるくると指先で弄んで、飄々とした態度を演じる。しかし、爛々としたペリドットの瞳にじいっと見つめられると、今日はなんだか上手く取り繕えなかった。完全にイギリスに主導権を握られている。それが分かって、フランスの顔からは徐々に軽薄な笑みが消えていく。
    「……俺だって、よく分かんないよ。大勢だと歌える。でも、一人だと上手く歌えない」
    「…………」
    どこかで解放されたいと思っていたのか。
    一度話初めて終えば最後、フランスの口は勝手に喋り出してしまった。
    「どうしても、あの子のことを思い出しちゃって……感情がままならないの。想いが先行して、見えなくなる」
    フランス・・・・は歌が好き』──一種の人格形成とも取れるものを、あの時救国の乙女に与えられた。人間で言うならば、自我の芽生えだ。
    あの時代、今のような国民国家という意識は無い。フランス、という概念は一部の高貴な者たちの意識にしか無かったとも言える。しかし百年続いた戦争によって、それが次第に何でもない末端の人々へと浸透していった。その象徴こそが「あの子」だ。
    写し鏡の最たる象徴とも言える子によって、名前をつけてもらった自我。フランスにとって、それはある意味の祝福とも言えるものだった。
    「ほんと、自分でもワケ分かんない……めちゃくちゃになるんだよ……。一応、俺の中では終わったことなのに。歌おうとすると、必要以上に感情がこもっちゃう……こんなの、俺じゃないよ」
    フランスはそう言って、頭を抱えた。
    いくら彼女が特別な存在であったからと言っても、とある出会いがあり、フランスの中では一区切りついた話だった。そうだと言うのに、フランスは歌えないままでいた。
    「はは……あぁ……こんなこと、お前に言ったってどうにもならないのに……なんで言っちゃったんだろ。忘れてよ」
    しかし、心はそうもいかないらしい。情けない話だ。「世界のお兄さん」を嘯く自分が、こんな体たらくではいけない。すっと背筋を伸ばして、いつでも優雅に振る舞う──あの子が繋いでくれた数世紀先の輝く未来を体現するために。演じるために。そうでなくてはならないのだ。
    「一種のイップスか………」
    フランスの言葉を聞いたイギリスは顎に手を当てて、そうぽつりと呟いた。
    「今の話に疑問があるんだが……歌に感情がこもるのはそんなにいけないことか?届けたい相手、聞かせたい相手のことを想えば想うほど、それは当たり前のことじゃないのか」
    イギリスの言葉に、フランスは恐る恐る顔を上げた。彼は言葉を続ける。
    「それはそうだけど……!でも、いまさら、こんなぐちゃぐちゃのままで歌うなんて、ダサいじゃん!」
    フランスは胸の内が整理できぬまま、思わず大きな声でイギリスに言い返してしまう。しかしイギリスは一歩も引くことはない。当たり前だ。フランスを前にしたイギリスが引くことなど、いつだってあるはずがない。
    「ダサくない」
    真っ直ぐな声で、その言葉はフランスの胸を矢のように貫いた。どき、と心の柔いところをつかれて緊張感が増す。
    「お前の思い出の中にいる大切な彼女を、そんなちっぽけなプライドで汚すな。それだけはしちゃダメだ」
    そう言われて、カッと頬が熱くなった。当たり前のことをイギリスなんかに指摘された。悔しい、恥ずかしい、そんな気持ちで胸が満たされる。
    ──ただ、心のどこかで、本当はこんなふうに言葉をかけられるのを待っていた。
    「お前はそうやっていつも頭の中で悶々と考える癖があるな。実に、合理主義哲学が生まれた国らしい」
    イギリスはそう言って、は、と笑った。そしてケースからギターを取り出す。ストラップを細い体に通して、ネックを握り込む。
    「たまには考えるだけじゃなくて、後先考えずにやってみるのも悪くないぞ。まあ、思っていたより根深そうだからな。今回は無理にとは言わねぇけど」
    イギリスはそう言って、弦を弾いた。ぽろんと音がする。
    「仕方ないから、今日のところは俺が歌って──」
    「〜〜〜、だめ、俺が歌うッ」
    「あん?」
    イギリスが顔を上げた。フランスは思わず口をついて出た言葉に自分でも驚き、口を覆った。
    「ッ、おまえ、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって……!ムカついた!だから俺がやる。お前にめちゃくちゃムカついたから、俺がやる!」
    「…………ほう?」
    「…………それにもう、今を逃したら、二度と歌えなくなりそう。あの子が好きだって言ってくれた、俺の歌……そんなの嫌だし……」
    どちらかと言えば、後者の方が本音だった。もっとも、フランスが「フランス」である以上、前者だって本音のうちなのだが。
    「そうかよ」
    イギリスはそう言って、ニヤリと笑った。
    ──ああ、してやられた!見事にこいつの言葉に乗せられた!
    フランスは分かっていた。分かっていたが、今はこの好敵手の言葉に甘えたかった。誰かに煽られなければ、もっと言えばそれが他でもないイギリスでなければいけなかった。もしかしたら、フランスをフランスたらしめた要因でもある隣人が、何かしてくれるのではないかなんて、そんな淡い期待が心のどこかにあったのだ。
    「そうと決まれば時間もない、行くぞ」
    「俺に指図す、ん、な!」
    「さっきまでしけたツラしてたクセに、調子乗るな!」
    二人はそんな言い合いをしながら、走ってステージの方へ向かう。スーツ姿で片方はギターを持っていて。たかが助っ人なのに。地元規模のお祭りなのに。ほんと、何やってるんだろう。
    でも、全力でやらない方がダサいよな。多分、彼女もそう言うんだろう。
    「フランスさん!来てくれたんですね!」
    走ってステージの袖に行くと、先ほど頼み込んできていたスタッフがこちらへ近づいてきた。フランスがこの場所に来た意味がわかった彼は、満面の笑みを浮かべて二人を迎え入れた。
    「あと、それからあなたは……」
    「自己紹介しそびれてたな。イギリスだ」
    「い、イギリス………!?あの……!?」
    「フランス以外のヤツを見るのは初めてか。久しぶりに新鮮な反応だな。よろしく」
    イギリスはそう言って、フランスに向き直る。
    「で、何歌うんだよ」
    「え?あ……あー……考えてなかった、一瞬待って……」
    フランスはそう言って、頭を抱える。最近聴いた曲でいいなと思ったのは何だっただろうか。まさか聖歌なんて歌えるワケがないし。
    記憶を辿っていて、はたと思いつく。リリースは2020年よりも前だが、最近の曲に変わらない。北米発の曲だが、フランスでも賞を取っているし、イギリスでもシングルチャートにランクインした曲だから、きっと知名度もあるはずだ。
    フランスはおもむろに曲名を告げた。
    「あー……カナダんちの歌手のな……こうか?」
    イギリスはそう言って、即興でギターを弾いた。特徴的なイントロの再現に、フランスは内心で舌を巻きつつ、こくと頷いた。
    「意外な選曲だが、お前にしちゃいいんじゃないか」
    イギリスはそう言って頷いた。二人の視線が合う。それを合図にして、顔馴染みのスタッフがステージ袖のカーテンを捲り上げた。
    「──さて、トラブルがありましたが、ここでシークレットゲストによるサプライズ歌唱です!」
    MCがそう言って、袖に引っ込んできた。おいおい期待値を上げてくれるなよ、とフランスは冷や汗をかく。しかし、時間は二人を待ってはくれない。
    心の準備ができる前にイギリスが先にスタスタと出ていってしまい、フランスも遅れないように慌てて出ていった。
    えーいままよと飛び出すと、思っていた以上の人が集まっていたことがステージ上から見下ろしたことでようやく分かり、形だけの心臓がバクバクとうるさくなっていくのがわかる。
    それに、やはりというかなんというか。観客からは「え……?」という雰囲気も拭えていない。トリのアーティストを待っていたというのに、蓋を開けてみれば素性の分からないスーツのおっさんが二人出てきたのだから、そりゃそんな反応にもなる。
    「え?誰?」
    「フランスさんだよ!知らないの?」
    「あー、たまにヘタスタでおすすめに流れてくる……」
    「でも隣の人分かんないな……」
    「イギリスだろ。ニュースでたまに映り込んでる」
    「えーどっちも知らないよー」
    「てかなんでスーツ?サラリーマン?」
    そんなどよめきがフランスの耳に聞こえてきた。思わずイギリスの方を振り返ると、彼は素知らぬ顔で用意された椅子に座り、ギターの最終調整をしていた。こいつはこういう状況に強い。強がりと意地っ張りでのし上がり、ついに頂点に近づいた男なのだ。今更、これぐらいどうとでもないのだろう。その点、フランスはなんだかんだで人の目線が気になる。まあ気になるだけで、貫くことは貫くのだが。それはそれこれはこれだ。
    ギターをいじっていたイギリスが顔を上げて、フランスに対して目線を送ってきた。フランスは腹を括って、スタンドマイクに声を吹き込む。
    「ボンジュール、みなさんご機嫌いかがかな?楽しんでる?」
    フランスはそう言って、ニッコリ笑った。笑ったつもりである。
    「ちょっと今ね、トリの歌手が渋滞に巻き込まれてて遅れるみたいだから……俺が1曲だけ歌わせてもらうことになったよ」
    その言葉に会場がまたざわついた。動き出したものは止められない。フランスは震える喉を叱咤する。
    「自己紹介がまだだったね。俺はフランス、そう、君たちが今立っているこの場所、フランスだよ。後ろにいるのはイギリス。イングランドの方ね」
    フランスに紹介された彼は、胸に手を当てて軽く頭を下げた。
    「普段はあまりこういうことしないんだけどさ。今日は特別、ね?良かったら聴いていってよ」
    フランスはそう言って、ポケットに入れていたリボンを取り出して、自慢のブロンドを結った。そうすれば少しは気合も入るものである。
    「なんかフランスさん緊張してるな〜」
    「あんなの見たことないかも」
    そんなひそひそ声がフランスの耳に届く。それを無視して、ゆっくりと目を閉じた。するとそれと同時にイギリスが弦を弾く。曲の特徴的な前奏が弾かれると、ノリのいい客が嬉しそうにしたのを肌で感じる。
    カウントを静かに取り、フランスは歌い始めた。

    ──あの子が行くところについて行きたい
    ──俺の気持ちをあの子は知ってる

    出てきた歌声は自分でも笑えるほど弱々しい声だった。マイクを通しているとはいえ、これでは緊張しているのが丸わかりだ。
    あぁ、どうしよう、やっぱり俺また歌えないのかな?

    『祖国は歌が好きなんですね』

    記憶の残滓がフランスの瞼の裏で光り輝く。ちかちかと輝くそれは、確かに彼女に貰ったものだった。自分がこうなっている時、あの子ははたしてなんと声をかけてきていたのだろうか。
    あなたと生きたいと言ってくれた、彼女は一体、なんと。
    彼女なことを思い出すと、苦しい。だけど、苦しくなるほどに色んなものを貰った。それは確かに、自分の中に息づいていて、脈打っている。今この瞬間も、これからも。
    そんなふうに考えてみると、だんだんと己の喉が開いていくような感覚がした。

    ──もう考えるのはやめにして、打ち明けるべきかな
    ──打ち明けるべきなのかもね

    イギリスが奏でるギターが、サビにいくにつれクレッシェンドで盛り上がっていく。それとともに、フランスの中になにか熱いものが込み上げてくるような気がした。
    あの子は、消沈していたフランス陣営の心に再び火を灯して勝利へと導いた。
    あの子はいつもそうだった。そうやって、フランスのことを励ましてくれた。彼女がいたからこそ、繋がったものがあるとすら思っている。
    そんなあの子に、ただ聴いてほしいと思った。

    ──君は抑圧を取り払ってくれる
    ──べべ、もうなにも俺を押さえつけられない
    ──なにも俺を押さえつけられないんだよ

    やや早口の英語の詩を、フランスは柄にもなく情熱的に歌い上げた。普段「英語なんて喋らない」と主張していることもすっかり忘れて、歌詞に自分の感情を思い切りぶつける。力んでいる分、少し音程がぶれてしまうことがあるが、リズムには完璧に乗れている。今、自分は歌いたいように歌えている。
    ──楽しい。
    久しくこんな感情を抱くのを忘れていた。楽しいことはたくさん知っているけれど、そのどれとも違う。

    ──だって俺たち、もうおかしくなって、やりすぎてしまってもさ
    ──きっと大丈夫、きっと大丈夫だよ
    ──君が俺のそばにいて、暗闇で躓いてもさ
    ──きっと大丈夫、きっと大丈夫だよ

    すっかり汗が浮いて、前髪が張り付く。フランスはそれを思いっきりかき上げて、そしてスタンドマイクを抱えるように持った。
    Cメロに入ってイギリスのギターの音が小さくなり、フランスの歌声も強調される。強弱の取れたロマンチックな歌い方をするフランスの歌声に、誰もが唖然としていた。普段の軽薄で飄々としている彼しか知らない者ならば、その驚きもひとしおだろう。実際、最初に歌ってほしいと頼んできた知人はステージの袖で目を丸くしていた。
    しかしそんな人々に、フランスは目もくれなかった。最初に閉じていた瞼を今度はしっかりと開けて、前だけを見る。フランスに見えているのは、大切なあの子との思い出だけだった。
    もう、フランスを押さえつけるものなど何もなかった。
    フランス自身の高揚に呼応するかのように、イギリスのギターもラスサビに向かって再び盛り上がっていく。この音がまた気分を良くさせた。これが終わったら、少しぐらい素直に褒めてやってもいいかもしれない。

    ──なにも俺を押さえつけられないんだよ

    それは彼女に贈っていて、同時に自分を鼓舞するための言葉だった。

    ──君と一緒にいる時は、俺はとても自由でいられるんだ
    ──べべ、もうなにも俺を押さえつけられないよ

    フランスはスキャットを挟んで、最後のフレーズを歌い切った。
    こんなに全力で歌い切ったのは、冗談抜きで数世紀ぶりだ。そもそも全力で何かをするなんて、バタ足を進んで見せるような行為自体いつぶりなのか。
    息切れが止まらない。終わったと思ったら、緊張の糸が切れてしまって、膝が若干笑っている。
    みっともない。
    みっともなくて、こんな姿を晒しているのが恥ずかしいはずなのに──でも、どうしてこれほどまでに清々しいのだろう。まるでプロヴァンスの夏の青空のように爽やかな気分だ。
    会場からは割れんばかりの拍手や声援、指笛なんかも混じって聞こえてくる。惜しみない賞賛を受けたフランスはまるで花が咲くような笑みを浮かべて、ボウアンドスクレープをして見せた。それにまた喝采が沸き起こる。
    「聴いてくれてありがとうね。この後も楽しんで!」
    フランスはそう言って、イギリスを伴ってステージから捌けていった。袖にある階段を三段降りると、スタッフが駆け寄ってきた。
    「すごい歌声でした……!!」
    「ま、まあ、俺にかかればこんなもんだよ」
    「本当に、なんで今まで歌わなかったんですか!?」
    「……んー、秘密。まあ今日のところは俺より、こいつに感謝してやってよ」
    駆け寄ってきた顔馴染みのスタッフにそう言ったフランスは、後ろの方で突っ立っていたイギリスの背中をトンと押した。予想していなかったらしく、イギリスはよろけながらフランスの前に出る。
    「イギリスさんが説得してくださったんですよね?」
    「べ、別に説得って言うほどのことはやっちゃいないさ。こいつが恐ろしく煽り耐性がないだけだ。あのお方・・・・の甥っ子並みにな」
    「はー!?!?せっかく素直に褒めてやろうとおもってたのに!なんでそう言うこというかな!?」
    「ま、まあまあ………」
    シームレスに言い合いを始める二人に、顔馴染みのフランス人は困ったように笑って宥めようとした。いつものやつらの前ならこのままイギリスを張っ倒してやってもいいのだが、今日はここまでにしておいてやろうとフランスはそれ以上に突っかかりはしなかった。一応感謝はしているのだ、一応。
    そのあと、お礼をさせて欲しいと言ってくる顔馴染みに対して丁重に断りを入れ、二人は再び会場に戻った。ステージではすでにピンチヒッターでやってきた歌手が盛り上げていた。
    イギリスが借りていたギターも無事に返したところで、そろそろ次の予定が迫ってきたため二人は移動し始めた。
    まだ人が残っている公園を歩きながら、フランスは少し前を歩くイギリスに声をかける。
    「なぁ」
    「んだよ」
    「なんで、お前ここまでしてくれたの」
    フランスの問いに、イギリスはふと足を止めた。
    「たいしたことじゃない」
    半身を翻したイギリスの瞳が、真っ直ぐにフランスを映す。若葉のような爛々としたグリーンアイが、傾いた夕陽に照らされて宝石のように輝く。
    「お前の歌が二度と聴けなくなるのは、勿体無いと思っただけだ」
    続けて、お前のためじゃなく、俺のためだ!とお得意のツンデレをかましたかと思えば、さっさと大股で歩き始めた。それはもうツンデレなのか?ちょっと雑じゃない?と思わなくはないが、フランスには分かりかねる。もうおかしくなって、どうでも良くなって、思わず笑みがこぼれた。
    まだ二人がもっともっと幼かった頃、イギリスがギリギリ一人でよちよちと歩けるぐらいの時。フランスが島に渡った時に、小さなイギリスをふかふかのマントで包んでやって、子守唄を聴かせていたようなこともあった。もしかして、あいつはそれを覚えてくれているのだろうか。多分、もう教えてくれないのだろう。
    まあ、いいや。
    フランスは抑え切れない高揚を胸にしながら、イギリスの背を追いかけた。
    ──「お前が隣にいてくれてよかった」なんて、言わなくていいよね?ちょっとムカつくし。
    フランスは遠い昔に出会ったあの子に、そんなことを問いかけてみるのだった。










    おまけ:

    会議室に戻ると、会議にやってきていたメンバーがプロイセンを囲んで何かを覗き込んでいた。いつも一人楽しすぎる彼が人に囲まれているなんて珍しいこともあるものだ。そもそも、もう引退の身だと言うのにまたしれっと潜り込んできているのを誰かつっこんでほしい。まあ、まだ会議前だから許されているのだろう。
    しかしプロイセンを囲んでいたメンバーは、ドーヴァー海峡を挟む二人が入ってくるやいなや、全員が視線をこちらに向けてきた。
    「な、なによ」
    「フランス!!これ!!」
    「あ、おい、スペイン!!持っていくなよ!」
    プロイセンの端末を取り上げて、つかつかと歩いてきたのはスペインだった。彼は二人の前に端末を掲げる。フランスとイギリスはそれを覗き込んで、目を見開いた。
    そこには、自分たちが先ほどまでステージに上がっていた一連の様子が、動画となって再生されていた。
    「な、な、なにこれ!?!?」
    「いやこっちが聞きたいわ。お前、なんか知らんけどめっちゃバズっとんで」
    見覚えのない自分の映像を観せられたフランスは、スペインの手から端末を取り上げた。その様子にプロイセンから俺様の!という非難の声が上がるが、気にするものは誰もいない。
    そこにはヘタチューブのショート動画に上げられた歌う自分と、後ろでギターを弾くイギリスがくっきりと録られていた。汗を滲ませながらスタンドマイクを抱きしめるように情熱的に歌う自分がばっちり収められている。自分の歌を客観的に聴くことになるとは思っていなかったフランスは、顔が熱くなるのを感じた。
    「歌うんやったら言ってくれたってええやん〜!水臭いわ!俺、生で聴きたかったわぁ……お前最近全然歌わんようになってしもたし」
    スペインはそう言って、へにょんと眉を下げて見せた。人好きのする彼のそんな表情は、どことなく罪悪感を覚えさせられる。
    するとそこにイタリアも加わって、わいわいと騒ぎ始めた。
    「このフランス兄ちゃんすっごくいい歌声だね〜!それにイギリスも楽しそう!」
    「別に楽しいとかじゃねぇし」
    「嘘や〜!見てみぃや、ここ。お前ものすっごいニヤニヤしとる」
    「してねぇよ!うるせー!何度も10秒巻き戻ししてんじゃねぇ!」
    「でも分かるよぉ。兄ちゃん歌上手だから、伴奏してる方もきっと楽しいよね〜」
    ラテン国家の無意識の口撃が止まらない。老獪な部類に入る二人もこういった無垢さには返って弱く、押され気味になる。
    「しっかし何があったんだよ。お前歌うのあんまり好きじゃないんだと思ってたぜ。スペインやイタリアちゃんは聴いたことあったんだな」
    「同感だな。それに、これほどの腕前だったとは……」
    芋兄弟たちにもそう尋ねられて、フランスは肩をすくめた。いつもはそんなことがないくせに、なんだって今日に限ってこんなに構ってくるのだ。
    「別に何もないよ。たまたまフェスがあって、トラブルで困ってたからちょっと手を貸しただけ!な、イギリス」
    「ま、まあな」
    二人はそう言いながら、各々の名前が書かれたプレートが置かれた席につく。まもなく会議の時間だ。
    すると席に着いたフランスを追って、イタリアが駆け寄ってきた。
    「ねぇ、兄ちゃん。また歌ってくれる?」
    この青年だってたいてい長生きのはずなのに、全く擦れることのないヘーゼルナッツ色の目が、席に着いたフランスを見下ろした。フランスは一瞬逡巡したが、やがて問いかけてきた彼の頭をポンポンと撫でて言った。
    「……今度カラオケでも行くか」
    「ほんと?エッヴィーバ!」
    フランスの言葉にイタリアが大袈裟に喜んで見せた。


    本当に完
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