豊穣祭と呼ばれる日の一幕※シルビアさんもしくはにょビアさんでも可
雲一つない闇夜。天高く聳える月から降り注ぐは、美しくて淡く儚さすら覚える穏やかな光。今宵の催し物にピッタリな光景を背に、ソルティコの町は人々で賑わいを見せていた。
普段入ることが出来ない領主邸の庭や訓練所は特に賑わっており、観光に訪れた人々が楽しそうに眺めている。
その様子を領主邸の入り口付近で眺めていた男がいた。皺一つないスーツを纏い真っ黒なマントを羽織った長身で強面の人物。彼らを一通り見終わったあと視線を扉の方へと移し「まだかかりそうか……?」と呟く男の正体。それはーーーー。
「グレイグお待たせーーーー!!」
大国デルカダールが誇る英雄だった。彼は恋仲(だが将来的に妻にすると内心画作中)であるゴリアテこと誰もが知る超超スーパースターシルビアを待っていたようだ。
勢いよく開かれた扉から現れたバッチリ仮装済みのシルビアに男は思わず頬が緩んでしまう。が、彼女の後に続く穏やかな笑みを見せる(最恐)有能執事の姿を認識した瞬間、元の強面へと戻る……いや戻したのであった。
「ゴリアテ」
「じゃーーん♡見て!魔女コスしてみたの♡どう?似合ってるでしょ?」
彼女の背後で盛大な拍手を送る執事。彼の瞳には「似合ってないなんてまさか仰いませんよね?」と言う、とんでもない圧が込められていた。シルビアに気付かれないよう、男にだけ向けられているのは言うまでもない。
「あぁ、似合っている。似合わないなんてことは無いと断言出来るぞ」
執事から精神攻撃を仕掛けられた男は、内心鼻で笑う。ゴリアテが似合わない服なんぞ、この世に存在するわけがない……そうでしょう?セザール殿?
目を細め執事へと視線を返す。彼がどう受け取ったのかはわからないが、グレイグはそれ以上考えないようにすると決め、大輪の花を咲かせて幸せそうに笑う恋人へ瞳を動かした。
「うふふ♡嬉しいわ♡貴方も吸血鬼スタイル似合っていて素敵よん♡色合いも仕立てもぜーーんぶカ・ン・ペ・キ・だわぁ♡」
形の良い唇から紡がれる賞賛の言葉とほんのりと紅く染まった顔が、男の欲を掻き立てる。二人きりであれば秒で襲っていただろう。ナニをしようとしていたかは、各自の想像にお任せ致します。
そんなことは空の彼方にブン投げておくとして……。グレイグは彼女の衣装に対してキチンと言葉にして返す必要があるな、と感じたようだ。語彙力がシルビア程あるとは微塵も思っていないが、脳をフル回転させて絞り出した男の口から出たのは、
「珍しく派手さは抑えているが、生地は最高級の物を使っているのだろう。詳しく知らない俺でもそれくらいはわかる。体型に合わせ寸分の狂いもなく仕立てられた衣装が、ゴリアテの生まれ持った清廉かつ高潔さをより引き出している。セザール殿の腕、そして審美眼は流石と言えよう!彼が選んだ細かな装飾もお前の美しさを邪魔することなく一段と引き立てているのは言わずもがな!あぁ、周囲の奴らがお前の美貌に酔いしれ狂ってしまうのではないかと思うと怒りと嫉妬でこの身が焼き切れてしまいそうだ!!!!」
だった。語彙力あるじゃねーかよおっさん!!と言う某青年の突っ込みが遠くから聞こえる。かは不明だが、抑揚アリのノンブレストークを披露したグレイグは満足気に彼女を見る。
「うん、ありがとうグレイグ。褒めてくれてアタシとっても嬉しいわ。嬉しいけど……一回落ち着いて、深呼吸してほしいの。喉が痛くなっちゃうでしょう?ね?」
軽く引いているシルビアは引き攣りそうになる頬に手を当て上手く隠すことに成功。胸から腹部にかけて走る汗が衣装へ吸われ滲んでしまうのだが、そんなことに気にかける余裕はなかった。
「止めてくれるなゴリアテ。今日という日に便乗してお前に近付いてくる危険な輩がいないとは断言出来ないだろう!?ただでさえお前はロトゼタシアで知らぬ者はいないと言っても過言ではないスターなのだぞ!?美しさを説きそれに釣られた不届者を始末していく、まさに一石二鳥で無駄が無い行動だ!!」
しかし男は愛する者の言葉を耳に入れることをしなかった。むしろヒートアップの方向へとアクセルを踏ませてしまうことに。
「目の前にいる人が1番危険だと思うけどアタシ」
熱くなり過ぎている男がいるからなのか、はたまた執事が背後に控えていると言う安心感があるからなのか、冷静さを失わずに淡々と正論を突っ込む。
だが次の瞬間、男の口から事態を急変させる言葉が飛び出したのであった。
余談だが、複数の観光客や騎士達が野次馬根性よろしくだいぶ興奮した様子で観戦(?)していることを二人は全く気付いていない模様。気付け。
「何を言う!!将来妻になる者に虫が付かないように俺が睨みを効かせるのは当然だろうが!!」
「ちょっ……!!!!お、おバカ!!へ、変なこと言わないでちょうだい!!!!」
密室ならともかく、誰が聞いているかわからない(※ガッッッッツリ聞かれています)環境下における超特大の爆弾。それはシルビアの情緒を乱すには過剰な威力であった。
ほんのりから完全に真っ赤に染まった頬、涙で潤んだ瞳、恥ずかしいという感情を誤魔化そうとして両手をバタバタと動かす。
この場に勇者がいれば「うわっ!!可愛エ(だいーーーーーーぶ長めの自主規制)したい!!」とでも言っていたかもしれない。
「……ほぅ?どうしたゴリアテ?頬を紅く染めて。熱でもあるのか?」
先程よりも欲を掻き立てられてしまった男の心に、完全に火がついてしまった。主にソッチの方面で。
公衆の面前だと言うことは脳からすっかり消え去ってしまっているのだろう、熱に浮かされた頬を無骨な指が優しく撫でる。
離れた所で悲喜交々な悲鳴が飛び交うが、二人の世界に入ってしまった彼らの耳には入らない。
「い、いや、だって、ここ、外で……あ、あ……アタシ……う、あ……」
「なぁゴリアテ、その衣装の下はどうなっているのだ?」
「な、なにいって」
「……」
完全にパニックになってしまったシルビアの背後でパキパキと指を鳴らす音が生まれる。
二人はまだ気付いていない……悪魔も素足で逃げ出す鬼が誕生してしまったことを。豊穣祭から地獄の幕開けになるまで、あと三秒ーーーー。
◼️
「カミュ様!見て下さい!お二人共楽しそうですわ!」
「あーうん……。そうだな……。でも近付いたら巻き込まれ……おっさん共に悪いからここから見ような?」
「はい!」
「……わかってねーな……」
地獄絵図になる前の様子をこっそりと見ていた二人がいたようだが、彼らが巻き込まれてしまうかは……神のみぞ知る。
終
おまけ
「セザール!もうやめて!彼は悪気はなかったのよ……!……多分……」
「申し訳ありませんゴリアテ様。この獣は今この場で消して差し上げるのが世の為でございます」
「そ、それは流石にやりすぎよ!」
「ゴリアテ様……」
「確かに恥ずかしかったけど……嬉しいって気持ちは本物なの」
「ゴリアテ……!!愛してる!!何よりも!!今すぐ妻になれ!!一晩中抱かせてくれ!!」
「……今すぐ消しましょう」
「バカーーーー!!!!せっかく上手く纏まりそうだったのにーーーー!!!!」
おまけ終