「また振られちゃった」
居酒屋の端の席、すっかり出来上がった赤い顔でユージはビールをがぶ飲みしている。その向かいで恵とノバラは静かに枝豆を摘んでいる。
「女の子ってわかんねー」
「退屈そうな顔ってなんだよ」
「私を見てくれてないって、部屋に2人しかいなかったのにさ」
「最後なんて浮気してるーだよ。ワケ分かんないよ」
聞いてる?言われて二人は聞いていると答えた。
「お前がバカなのがよく伝わる話だったな」
「はぁ?」
「ほんと清々しいほどバカよね」
「はぁぁ?」
突然のバカ呼ばわりに怒り出すユージをスルーし「まあ、こっちの男もバカだけど」ノバラは自分の向かいに座るもう一人の同席者を見た。
「え?なんでゴジョー先輩も?もしかして先輩も振られたん?」
「……ちげーよ」
ノバラの視線の先、ユージの隣に座るゴジョーはバツが悪そうに目を逸らした。ユージは何のことか分からず頭にハテナを浮かべている。
「このままでいいんですか」
恵もゴジョーを睨む。
「こいつはバカだから、気付かないままそのうち変なのに捕まるのは目に見えてる。それでもあんたはいいのかよ」
「……」
黙り込むゴジョーに何かが切れたのか今にも殴りかかりそうなる恵にユージは慌ててオイ、と止めに入る。と同時にばしゃ、と水音が響いた。ノバラがゴジョーにビールの中身をぶちまけたのだ。
「クギサキ!?」驚くユージをノバラはキッと視線で制した。
「うっさい」
「すんませんッ」
圧倒され思わず謝ってしまうユージから悟の方に向き直り、ノバラは何か言おうとしたが、しかしやめ「じゃあねバカ共」と言うと店から出て行ってしまった。恵も席を立ち「こっちは任せろ後よろしく」とユージの肩を叩き帰って行った。残されたユージはぽかんと立ち尽くした。酔いは完全に冷めてしまっていた。
「あ……先輩、大丈夫?」
ゴジョーを見るとビールをかけられたままの姿勢で固まっていて、髪からはぽたぽたと雫が滴っている。
「先輩、俺のアパート近いから、行こ。拭かないと風邪ひくからさ…」そう言うと、ゴジョーはのろのろと立ち上がって、ユージの頭にぽんと手を乗せてありがとと呟いた。
帰り道、クギサキどーしたんだろうなと首を傾げるユージにゴジョーは「俺らが…俺がバカだからだろ」と答えた。
「先輩バカなの」
「なんかお前に言われると腹立つな。……なあユージ」
「何?」
「あとで、大事な話があんだけど」
だいじなはなし?と子どものように復唱するユージにゴジョーは苦笑した。
「お前ってほんと可愛…」
素直になろうと思った矢先、するりと言葉が零れそうになる。ゴジョーは吹き出した。
「先輩?」
突然笑い出したゴジョーにユージはそんな面白い話なのと聞いた。ゴジョーはまた笑った。
ユージの住むアパートが見えてきた。部屋は一階だ。ユージが駆け出して、玄関ドアを大きく開け先輩早くと手招きする。その仕草ひとつに愛しさが込み上げて、おうと応えた返事が上ずった。ユージは気付いていないようだった。こいつが鈍くて助かった。
(「鈍い」か)
ゴジョーは小さく笑んで、ユージの元へ歩き出した。