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    np_1406

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    np_1406

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    旅行の待機中に、はなまる太郎とワンドロすることになってサラサラっと書いたやつです。そのうちちゃんと清書してお出ししたりしたいですねぇ。
     
     ならくんから見た聖海夫婦のイメソンは「キミとボクのみちしるべ」かな。

    聖海+奈良くん ワンドロ 芹をつむ娘に惚れてしまった、ととある皇子から聞いたのが事の始まり。彼が愛を持って皆に接していることは確かだったが、一目惚れするような性分には見えなかったので少々意外だった。
     思えば、芹の娘はかなり変わった妃だったと思う。他の妃たちは、皆が皇女や有力豪族である蘇我氏の娘という身分であったが、その娘は宮の食事や饗宴を管轄する膳部かしわで氏の出であった。それゆえに芹をつんでいたのだが、そんな娘の姿を見守っていたくらいには皇子も変わっていた。
     身の回りの世話をする下々の者のことも、宮に立ち入ることさえ出来ない野山の民の生活でさえも、己の目で見て、耳で聞いて、己の道を判断する皇子であった。それゆえ民からの支持も厚く、まさに神仏の化身のようだと囁かれている。
     後に聖徳太子と崇められる彼はどこか人間離れした偶像でもあったが、その実 今を生きる人間としての葛藤をかかえていたことは身近な者たちが知っている。彼が生まれる前からこの地の人々と共に歩んできた己も、彼が人として何を喜び、何に苦しみ、どのように成長してきたのかよく知っている。しかしそんな私たちでさえ驚いた彼の一目惚れとやらは、確かに己の歴史の中で大きな軸となったようだった。それを実感したのは、かの皇子と娘が寄り添うようにして亡くなったおよそ百年後の話である。

     *

     私は大和やまとという。否、正しくは人々に大和と呼ばれているからこそ大和なのだと思う。人に接触出来ない産土神うぶすながみたちが、人と意思疎通をするために生み出した人ならざる者。そんな存在である私は、人間と変わらぬ姿で何百年と生きてきた。皆は私を産土の化身なのだと理解し、あたたかく受け入れてくれる。それゆえ私も人や自然を慈しみ、常にそこに有り続ける友人として、住む者・帰ってくる者を受け入れる居場所として、離れていく者を見送る故郷として、ここで平らかに全てを見守っている。


     しかしそんな私にも印象深い人というものは居るもので、平城ならと呼ばれ始めた頃に知り合った少年も、またその一人であった。
     初めは私のことに興味を示して色々と世間話をしていたのが始まり。それから私が見てきた昔話を語るようになって、彼はより一層の懐いてきた。己の知らぬ世界に憧れを抱く少年だったのだと思う。だからこそ、いつしか彼はこう言った。
    「私、海の外を見てみたいのです」
     どこか懐かしい響きをしていた。彼には既視感を覚えていたが、その理由に気づいたのはこの時だったと思う。皇太子の妃として華やかな耳飾りを身につけながらも、昔と変わらず腕いっぱいに芹の花を抱えて笑った娘がいた。彼女は隋へ使節を送った皇太子の横で、難波の船に思いを馳せながら目を輝かせていた。その時に同じ台詞を聞いたのだ。
    「もし、私が男に生まれていたのなら、きっと皇子さまと一緒に海の向こうを見に行ったわ! いつか海の外を見てみたいのです!」
     目の前の少年の瞳には、彼女と同じ光が宿っている。面影を重ねてみれば、ふわふわと春風に靡く髪も、長い睫毛に光が踊る垂れ気味の瞳も、白く柔らかな肌も、とてもよく似ていた。目の前の少年が生まれた阿倍の家は、かの娘が生まれた膳部の家と祖を同じくするので血が近いと言えば近いのかも知れない。しかしそれ以上に、未知の世界に期待を抱く眼があまりにそっくりで、転生とはかようなものを言うのだろうかと考えてしまった。


     それから十年ばかりが過ぎて、元服を済ませた阿倍の少年は若いながらも遣唐留学生に抜擢された。いつかより賢くなって帰ってくるのだという彼に、私は笑って言った。
    「安心して行っておいで。満足したら帰ってくればええ。俺はいつまでもここにおるからな」
     私の声に顔を綻ばせると、彼は安心したように手を振って船に乗り込んだ。その時の船は無事に全ての留学生たちを送り届けて帰ってきた。
     それから二十年、帰ってくるはずだった船の中に彼は居なかった。友人に聞けば、なんと向こうの国の皇帝に目をかけられ、官吏として仕えているとのこと。彼なら常人には出来ぬことをやってくれそうだと思っていたが、まさかここまでとは。ほんの少し風の中に寂しい香りが混じっていたが、それでも私は嬉しかった。彼が己の足で生きる場所を選んでいる。彼の生まれ故郷としてそれが何よりの幸せだった。

     それからまた二十年が経った。彼ももう五十は過ぎているだろう。これが最期の機会であったからか、彼は帰国を願い出て船に乗っていたようだった。しかし、帰ってきた三隻の船に彼の姿はなかった。残りの一隻にいたという彼。その船は嵐に拒まれ遠く安南の地に辿り着き、ついに難波の松を見ることは無かった。
     しかし戻ってきた彼の友人から、出航の前に彼が詠んだという和歌を伝え聞いた。

     ──天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも
     遥かに広がる空に浮かぶ白く淡い月。それは故郷の月と同じだろうか。

     ふと空を見上げれば、すっかり寺の塔が立ち並んだ都の奥──なだらかに黒をたたえる三笠の山に、ぽっかりと月が浮かんでいる。彼が見たかったのはこの月か。そういえば昔話をしたことがあった。海の向こうへ共に渡りたいものだと寄り添っていた皇子と妃が、難波へと続く大和川に映る月を眺めていた話。なんてことの無い日常の景色であったが、彼は不思議と食いついてきた。
    「何だか懐かしい。昔、伯父さまたちと一緒に見に行った斑鳩の地が思い浮かびました」
     大和川のほとりというのが斑鳩の地であったことは伝えていない。それでも彼が懐かしさを感じたのは、もしかしたらもしかするのかもしれない。
     共に海を渡る皇子は隣におらず、故郷の月を再び眺めることも出来なかった彼。そんな少年に想いを馳せながら、私はしばらく三笠の月を眺めていた。

     *

    「は〜、全くバームもよぉ言うで。チケットくらい取ってくれてもええやんな。何が不景気やこっちも不景気や」
     関西空港の国際線。広々としたロビーに響き渡るため息に私は苦笑した。隣でサイダーを飲み下している幼馴染は同じ類の存在だ。今では都道府県の化身などと呼ばれるのだろうか。行政区画がはっきりしてからというもの、随分と名を呼びやすくなった。大阪と呼ばれている彼とは今からイギリスに向かう予定で、バームなどと渾名をつけられているバーミンガムからのメールに悪態をついているところである。何が不満なのか問えば、少しは飛行機のチケット代を出してくれてもいいだろうという話だった。バーミンガムと大阪は気が合うらしいので、親しいからこその悪態でもあるのだろう。これはまた賑やかになりそうだと思いつつ、彼に断って飲み物を買いに行く。思ったより早く着きすぎてしまった。お茶の一本くらいは飲み干せるかもしれない。
     そんなことを考えて土産物店の横を通り過ぎた際、「あ!」と声をかけられた。そちらを見れば、見覚えのある顔が手を振っている。
    「奈良さん! こんな所でお会いするだなんて奇遇ですね! 旅行ですか?」
     キャッキャと椿色のロングスカートを揺らす彼女はいつにも増して頬が赤い。よほど楽しみな旅にでも行くのだろうかと隣を見れば、スラッとした背筋の男が付き添っている。
    「お〜、久しぶりやなぁ。そういや結婚したんやって? おめでとう」
    「ふふふ〜、ありがとうございます。奈良さんも式に呼びたかったんですけど、身内だけですることになりまして」
    「ええよええよ、そういう時期やったんやから」
    「うう〜呼びたかった。聖さんも私も奈良さんのこと大好きなんですよ。小さな頃からの友達ですもの」
     もだもだと鞄の紐を弄っている彼女は、阿部海月あべみづきと言うらしい。彼女が小学生だった頃に天平祭りで出会い、たまに顔を合わせるようになった。今は県内の高校で英語を教えているとか。
     そんな彼女の夫となったのは、同じく県内の高校にて化学を教えている上宮聖うえみやひじりという男性だった。彼は明日香村の出身で、今は海月と共に奈良市内で暮らしている。彼とは偶然再会したというより、向こうから逢いに来てくれたという方が正しいだろうか。聖は前世とやらの記憶があるらしく、己が厩戸皇子うまやどのみこであったのだと教えてくれた。凛と伸びた長身も、サラサラと風に靡く長髪も、誰もが見蕩れるような柔らかで清らかな顔立ちも、確かにかつての厩戸そのものだった。彼は時に聖として、時に厩戸として私と会話をしていたが、数年前にどちらのものとも言えぬ顔で伴侶を見つけたのだと教えてくれた。私は横にいた海月を見てなるほどと思った。
     またいつか同じ月を眺めようと船に乗り込んだ少年の魂は今度こそ奈良の地に帰り、厩戸と共に海を渡りたいと笑った妃の魂は再び生涯のパートナーに出逢えた。まるで御伽噺のようだが、信じてみる方が面白い。それに、きっとそのような不思議な巡り合わせは存在するのだ。千五百年生きてきてようやく分かってきた。たった百年弱の人間たちからすれば信じ難いかも知れぬが、そういうものである。ここまで歩いてきた己の道にあった全てが、踏みしめられ、また新たに芽生えながら、繋がっていくのである。

    「随分楽しそうやなぁ。二人で旅行なん?」
     言葉になど到底できない不思議な感情を心に巡らせながら私は笑った。二人は少しはにかむように顔を見合わせると、「ええ」と声を揃える。
    「これからヨーロッパなんです」
    「良いでしょう奈良さん! 聖さんとハネムーンですよ!」
     聖の腕に抱きついた海月が無邪気に笑う。ああ、きっと聖は、厩戸は、この笑顔に惚れたのだ。未知の世界への期待と己への希望に輝く少女のような微笑み。私は千四百年越しに夢を叶えた仲睦まじい夫婦を見遣り、いつものようにふわりと笑った。
    「気ぃつけて行っておいで。二人が満足して帰ってくるのを、俺はいつまでもここで待ってるからなぁ」


    ──了──

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