電車内の彼らについて 電車内はそこそこの混み具合。金曜の夜ともなれば酔っ払いであふれる。酔っ払いを避けるようにして社内の壁に寄りかかっていた。
人通りの多い駅でひと組の男女乗ってきて、お姉さんが私の隣に寄りかかる。私の隣のお姉さんは、なかなか酔っているようだった。
「でね、それでね、アンデルセン……」
言動がふわふわしている。けれど暴れるわけでもなく、声も控えめだからまだ見ていられるけれど。
「まったく……君はどうせここでの発言の七割は記憶に残さないんだろう。居酒屋に付き合ってくれる男の一人や二人見繕ったらどうだ?」
彼女の目の前には高身長の男性がいる。目の前の酔っ払いの彼女を嗜めているあたり、こっちの人はシラフらしい。
(恋人、じゃないんだ?)
お姉さんの方は明らかにお兄さんを好きなのが見てとれる。一方、お兄さんの方はといえば、なんともつれない感じ。
「こないだマシュと一緒にご飯行った時にね……」
お姉さんは楽しそうにお兄さんに話題を振りながら、足元がおぼつかなくなっている。壁に寄りかかっているのにどこか不安定に体を揺らしている。だんだん私の方に近づいてくるのだ。
(うーん、どうしようかな……)
どんどんこちらに寄ってくるお姉さんを避けるのに、壁際から離れようか。……あぁでも壁際の方が楽なんだけどなぁ。
迷っているうちに、ふらつくお姉さんの肩をお兄さんが片手で支えるのが視界に入る。
それでつい、お兄さんの方を見てしまった。
仕方ないなぁ、みたいな顔。手のかかる妹を見ているような顔にも見える。
けれど私の視線に気がつき、彼と目が合った瞬間にそれは違うと気がついた。
私に軽く会釈して、まだふらつくお姉さんをさりげなく私の方から離すように誘導する彼の顔はまさしく。
(あっこれ、恋人がご迷惑をおかけしました、の顔だ)
甲斐甲斐しくお姉さんを支えるお兄さんは、もう私のことなんて目に入っていないらしい。
また酔っ払ったお姉さんの話を聞くのに集中している。
私はとうもう胸焼けしそうな隣の男女から目を逸らし、イヤホンを引っ掛ける。
お姉さんは明日になったらこのことを覚えているんだろうか?
お兄さん、興味なさげに見えて甘やかし放題ですよ!