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    sheepsleeeep

    主に表にあげられない文章 のつもりだったが普通に作品をあげている

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    sheepsleeeep

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    るつわんろろ モブ視点

    【修学旅行】 実りのある学生時代ではなかった。
     生来内気な性格で、定められた枠をはみ出す勇気も、胸を張るほどの自我もなく。周囲の主張に押し負けへらへら過ごすだけの日々だ。
     中学時代の交友の不和をきっかけに都内の高校へ進学を果たしたけれど、直面した現実、結論、僕はどこぞのヒーローにも物語の主人公にもなれやしない事実だけが重たくこの身にのし掛かった。
     秋から冬へ。見事に色付いたモミジやイチョウの葉が立ち並ぶ境内で、独り、爽籟に浸る。
     田舎に生まれ田舎で育った自分でも、二年東京で過ごせば知らぬ間に毒されているものらしい。都会にはない澄んだ空気が肺を駆け巡り、そして浸透していく度に、僕はまるで透明になっていくようだった。
     修学旅行で訪れた土地。誰も僕を知らない街。
     色鮮やかな紅葉だけが僕を慰めている。
    「おーい橋本! そろそろホテルに移動の時間だぞ……む?」
    「――あ、天馬くん。ごめんね、ちょっとこれだけ買ってもいいかな」
     静寂を劈く声。振り返れば、参道の端から鼻先を赤らめ、濃紺のブレザーを翻して現れた彼――天馬司の姿があった。彼は目が合うなり瞬いて、そろそろと僕の手元を覗き込む。
    「なんだそれは? ……御守りか?」
    「うん。ほら、僕ら来年は受験生だろ? 合格祈願の御守り買っておこうかなって……」
    「ふむ。……ではオレも何か買っておくとしよう! せっかく京都に来たのだからな!」
     そう言って、天馬は絵馬や御守りの並ぶスペースへ身を乗り出した。どれがいいかと真剣に悩む横顔を一瞥し、静かに、僕は僕の目的を果たす。
     本当は御守りなんてただの言い訳に過ぎなかったけれど、存外立派なものが手渡されたので、わずかばかり胸がすく感覚を覚える。
     天馬司――クラスメイトの彼は、一言でいえば大層な変わり者だった。
     この修学旅行においては共に班行動をしているものの、クラスメイトである以外に接点のない僕は彼をよく知らない。
     風の噂を聞く限り、どうやら役者を目指しているらしいが――それがどこまで本気なのか、はたまた冗談のたぐいであるのか。懇意ではない僕に知る由もないのだ。
     冬に向けて徐々に赤らむ広葉樹のように、なだらかに染まる後ろ髪を見つめる。芯の凍える冷たい風が、彼の髪の先を撫でていた。
    「いろいろあるな」
    「天馬くんなら、『大願成就』が良いんじゃない?」
    「何故だ?」
    「だって君、スターになるんだろ」
     冷やかしだった。
     今時、純粋に希望を抱いていられるほど、若者は未来に楽観的ではいられない。堅実に、建設的に、波風は立てず、平穏に無難に。それが大人になることだと言うのなら、僕はきっと、もう既に大人だった。
     だから、ふふふ、と微笑みを浮かべて冗談めかしたのだ。けれど天馬は一瞬驚いた顔をして、すぐに口角を上げ白い歯を見せたものだから、僕は一転、動揺した。
    「フッ、よく知っているな。その通り、オレはスターになる男! そしてそれは最早神に祈るまでもなく決定事項だ! 夢は自力で掴むものだからな、オレには不要だろう――」
    「ふうん」
    「ぬー……『家内安全』……。あとは……そうだな、すみません、『縁結び』も」
     え、と声が出そうになる。
    「……『縁結び』? 意外だな。君、好きな人がいるの?」
    「なんだ。何も、結ぶ縁はなんだって構わないだろう?」
    「んー……そう、かも?」
     僕が頷くと、天馬は寒さに赤らんだ頬をぎこちなく緩ませた。それが何故だか、僕には誤魔化しているように見えてしまった。
     それくらい、天馬と縁結びは、あまりにイメージから掛け離れたものだったのである。
     会計へと向かう彼の後ろ姿が物寂しく感じるのは、風に乗って舞う紅の葉のせいか。
     はたまた、違う理由があるとでもいうのだろうか。


    「ごめんね。せっかくの修学旅行なのに、僕なんかに付き合わせちゃって。先生に頼まれたんだろ。君は学級委員だから」
     市内バスに乗り込み席についた僕は、車窓から流れる見慣れぬ土地の景色を眺めながらそんなことを呟いた。
     旅はいい。同じ日本だというのに、まるで異国を訪れたかのような、そんな密やかな昂りが胸内で踊っている。
     だけど、その準備期間はひたすらに地獄だったように思う。
     早い話、天馬は僕の巻き添えだった。
     交友関係の少ない僕はあっという間に出来上がるグループからあぶれ、途方に暮れていたところに担任から天馬と班を組むよう言われたのだ。天馬もまだ班が決まっていないからと。
     この陽キャが、そんなわけあるか。
     おそらく孤立していた僕を気遣っての方便だろうと察したが、駄々を捏ねるほどの子供でもなかったので僕は大人しくそれに従った。不調和が良くない結果をもたらすことは、既に身に染みて理解していたのである。
     お前はそればかりだな、と隣の席で揺られながら、天馬は喉奥で笑った。
    「いいや、実に有意義な時間を過ごせたぞ!」
    「お世辞が上手いなあ」
    「お世辞などではないが……」
     それなら嫌味だ。
     天馬は顔が広い。学校行事なので班行動で、だなんて言われてはいるが、実際のところ現地に到着さえしてしまえばその先は個人の自由だ。
     彼だって、他にいくらでも一緒に『思い出作り』とやらをしたい相手はいるだろう。
     だから僕は、僕は僕で勝手に寺社めぐりをするから、君も好きにするといいと。およそそんなようなことを言ったのだ。善意七割くらいの気持ちだった。
     別に、律儀についてこなくてもよかったのに。そんな可愛げのない言葉は、今のところは胸中にしまって。
     僕は行儀悪く窓の桟に肘を掛け、広い空を見上げた。
     憎たらしいほどの秋晴れが、長閑な街並みを照らしている。きっと天馬の頭の中もこれぐらいの晴れ模様なのだろう。そう思えば、少し、愉快な気持ちにもなる。
    「君も真面目だね。他の子達はみんな、班行動なんて無視して好き勝手に出歩いてるのにさ。君もホラ、隣のクラスの……なんだっけ、変人ツーの方」
    「神代類のことか? いや、それだとオレが変人ワンの方だと認めるようで癪だな……」
    「そう、『神代類』、神代くんと一緒に思い出、作りたかっただろうに」
     当然、僕は神代のこともよく知らないが、彼は彼でこの学校では悪名高い。
     突如現れるプールの水柱、空から降り注ぐ飴の雨、爆発する校舎、徘徊するドローン。どれもこれも字面ばかりはフィクションのような、嘘みたいな事件であるのに、その主犯は大抵、神代類だ。
     そして類は友を呼ぶというのか、天馬は神代と特に馬が合うようだった。
     この学校で天馬が一番仲の良い人物は誰かと問われれば、九割九分九厘、教師も生徒も用務員のおじさんだって口を揃えて神代の名を挙げるに違いない。
     神代は今年この学校に転校してきたばかりのはずだけど――だから天馬と神代が『変人ワンツーフィニッシュ』だなんて呼ばれ出したのも今年からのことだけど――その仲の良さたるや、もう去年までの、神代と出会う前の天馬を思い出せないほどだ。
     天馬はスラックスの後ろポケットからスマホを取り出して、ホテルまでのルートを確認しながら、言葉を続けた。
    「何を言う。類とはこれから一緒に出掛ける機会はごまんとあるが、クラスメイトとの絆を深められるのは今だけだろう」
    「え〜……変なとこ現実的だなあ」
    「リアリストと呼んでくれ」
     意味一緒じゃん。
     なんとなく、天馬の言葉がむず痒く感じて、僕は口をもごつかせた。
    「でもさ、でも、修学旅行だよ。学校生活の一大イベントだよ――縁結びなんて買うくらいだ……君もほんとは」
    「橋本が、何を気負っているのかは知らないが」
     天馬がこちらを向いた気配がして、仕方なく、僕も外の景色から天馬へと視線を流した。
     そうして、目を奪われた。快晴の陽射しが屈折して、反射して、キラキラと天馬のキャラメル色が煌めいていたのだ。
     言葉を失う。
     喩えるなら、そうだ。とうの昔に不要なものと捨てたそれを、天馬が持っている。そんな気がして。羨望と嘲笑、そのどちらとも言い難い感情が、水面下の僕の心をざわめかせた。
    「将来の大スター天馬司と寺社めぐりだぞ? お前は嬉しくないのか?」
    「えっ?」
    「否! 皆まで言わなくてもいい。嬉しくないはずがないに決まっている! ハッハッハ! お前は幸運だ。オレがスターとして名を馳せたあかつきには、存分に周囲に自慢してくれ!」
    「……あは、なんだよそれ」
     荒唐無稽。そうとしか言いようがない。
     将来の夢がスターだと聞いた時だって、僕は半信半疑だったし、都会にはいろんな人がいるんだなあなんて、話半分にしか信じていなかったけれど。まさか、彼は本気でなろうと思っているのか。その、スターとやらに。
    (住む世界がちがうじゃん……)
     陽の光を浴びることが。スポットライトが当たることが。物語の主役であることが、天馬にとっては必然なのだ。
     それから天馬は饒舌に、我がワンダーなんちゃらのショーを是非観に来てくれだとか、宣伝めいたことを揚々と話しては、運転手に声の大きさを注意されていた。
     左から右へ流れる青い景色を見つめて口を閉ざす。
     少なくとも、わかったことがある。彼は僕にとってはあまりにも遠い存在だった。一体どんな人生を歩んできたら、そうも自信が育つのか、皆目見当すらつきやしない。
     しかしそうなると、ますますあの縁結びの御守りは天馬に不似合いなものに感じた。天馬でさえ神の加護を欲しがるほどに、脈がないのだろうか、その……縁を結びたい相手というのは。
     それも、ただのクラスメイトの僕には知る由ない話なのだが。
     

     ――意外にも、僕はその日の晩に真相を知ることとなる。


     就寝時間を迎え、僕も天馬も言葉なくベッドに入った頃。
     不意に、コンコン、と控えめなノックの音がして、僕は微睡みから唐突に意識が浮上した。
     夢か。あるいは、見回りの先生か。こんな夜更けに僕を訪ねるような友人はいなかったし、何より慣れない土地での移動に疲れ果てていた僕は一歩も動く気になれず、幻聴ということにして再び眠りに就こうとした。
     ……コンコン。
     けれども再度聞こえてきたノックの音に袖を引かれる。
     応対するか否か、寝ぼけた頭で天秤に掛けるうちに、隣のベッドで眠っていたはずの天馬が先に起き上がった。
     素足がぺたぺたと床を踏む音。コンコンコン。コン。ガチャ。何かの合図のようなノックの応酬が続いた後に、部屋のドアが開かれる。
    「……お前、よく先生に見つからなかったな」
    「フフ、先生方なら今頃飲み会で盛り上がっているよ」
     廊下の明かりが一瞬だけ室内に伸びてすぐに消えた。
     天馬の問いに答える声には聞き覚えがあって、瞬時に僕の脳内の天秤はこのまま寝たふりを続ける方へと傾く。
     賢明だったと思う。なんせ客人の正体は、あの神代類だったのだから。
     暗い室内に仄かな明かりが灯る。天馬がベッドのヘッドライトを点けたのだろう。僕は都合がいいと、明かりから逃げるように寝返りを打った。
    「こっちが司くんのベッドかい? 同室の子は……もう寝てるようだね」
    「疲れたんだろう。やたらオレに気を遣っていたからな……。なんか飲むか? といってもお茶くらいしかないが」
    「お構いなく」
     ぎし、とベッドが軋む音を最後に、それきり、部屋の中は嘘みたいな静寂に包まれた。
     僕は内心で驚いていた。
     いくら今が夜で、さほど親しくもないクラスメイトが眠っているからといえ、天馬と神代――変人ワンツーが揃ってここまで大人しくしているところを僕は見たことがなかったのだ。
     先入観かもしれないが、二人が揃えばもれなく教師の怒号が飛ぶ。それが今や神山高校の名物でもある。
     僕と、天馬と、それから神代。三人分の呼吸の音が続くばかりで、いよいよをもって息苦しさを感じ始めた頃。先に口火を切ったのは、神代だった。
    「楽しかった?」
     何の前触れもなく、主語のない問いかけ。それでも天馬は神代の意図するものがわかったようで、声に喜色を含ませて答えた。
    「楽しかったぞ。パワースポットを可能な限り巡ったから今なら無敵な気分だ!」
    「僕にとっては司くん自身がパワースポットみたいに見えるけどねぇ」
    「おい。どういう意味だ」
     神代はそれには答えず、代わりにひとしきり笑った後、ひと呼吸おいて
    「ほんとは……本当は、修学旅行になんて行く気はなかったんだ」
     と、なんてことのない風を装いながら、そう小さく吐露した。
    「行ったところで何も楽しいことはないし、それなら自室でショーの構想や舞台装置を作っている方がずっと有意義だろう?」
    「全く……。えむに感謝せねばな。あいつらへの土産はちゃんと買ったか?」
    「勿論だよ」
     今度ワンダーステージでみんなに渡すからね、君の分もあるよ、待て待て何故オレの分まで⁉︎ などとその後も会話は続いていたけれど、僕は僕で、一人、妙な焦燥を感じていた。気持ちがどこかへ置き去りになっていた。
     僕はこの時初めて――少し――ほんの少しだけ、神代の気持ちがわかるような気がしたのだ。
     神代類という男のことを、僕は天馬以上によく知らないが――客観的な話、この学校で一番彼と仲が良いのは誰かと聞かれれば、九割九分九厘、天馬司であるとみんな口を揃えて言うに違いなかった。
     ただひとつだけ、天馬と神代の違いを挙げるとするなら――神代はおそらく、『捨てた』側の人間だった。
     持つものを持ちながら、持たざるものを永遠に掴めない。隣の芝が青く見えてたまらない。そういう人間なのだ。
     そうに違いない。
     何故なら僕が、そうであるからだ。
     この筆舌しがたい感情は、多分に、親近感、というものだったのかもしれない。
     しかし僕のそんな心情は露知らずとして、二人の会話は淀みなく続く。僕はこの頃にはすっかり盗み聞きに夢中になってしまっていた。
     誰も知らない変わり者達の、凡庸な部分を探すのが、楽しくなってしまっていた。
     だからきっとバチが当たったのだろう。
    「本音を言えば、君と班行動がしたかったんだけどねぇ……」
    「お前は……。少しは自分のクラスに馴染む努力をしろ。いつもいつもこっちのクラスに来て……文化祭の時も体育祭の時もそうだ」
    「だって、司くんがいるからね」
    (――……)
     僕は思わずぎくりとした。
     恥ずかしげもなく答えた神代の声が、あまりに、そう、まるで蜜のように甘くて――それは、たとえどれだけ親密であろうとも友人に対して含ませる色ではなかったからだ。
     覗いてはいけないものを覗いてしまったような。無遠慮な好奇心を、僕はすぐに後悔した。
     手汗が滲む。ばくばくと逸る心臓をいなそうとすればするほどに、呼吸が乱れてしまう。
     彼らに起きていることがばれてしまうんじゃないか。恐れれば恐れるほど、僕の体は僕の意に反した。
     何も二人とも僕が同室であることは承知の上なのだから、別に起きたって構わないのだろうが――僕が、気まずいことこの上ない。
     影が揺れる。反射的に、息を潜めた。
    「類。オレは――」
    「……僕とは、これから何度でも出掛けてくれるんだろう?」
    「む、」
    「フフッ……言質をとったからね。それで充分さ。君との未来が約束されている――うん、これ以上に嬉しいことはないよ」
    「お前、やはりドローンで……」
     布の擦れる音がする。
     淡く室内を照らす明かりがゆらゆらと揺らめいて、壁に映った二人の影を踊らせるのを見守る。
     ベッドの軋む音。吐息。
     僕はゆっくり、ゆっくりと、視線をシーツに落とした。
    「――おい類。何寝る姿勢になっているんだ」
    「んん〜? フフフ、司くんもおいでよ。夢だったんだ、雑魚寝」
    「なんだその夢は。それに男二人は狭いだろう……。自分の部屋で寝てくれ」
    「……すやすや」
    「お前……わざとらしく寝たふりをするんじゃなーい! まったく……。今日だけだからな!」
    「……ふふっ、優しいねえ、司くん……」
     どうやら神代は今夜このままこの部屋で眠ることにしたらしい。ぱち、と部屋のライトが消えると共に、天馬も自分のベッドに潜り込む気配がした。
     暗くなったのをいいことに、そろりと両目を開ける。
     開けてはみたものの、後ろを振り返る勇気までは湧いてこなかった。見れば、一線を超えてしまう。僕と彼らの、『知らない』の垣根を、超えてしまうから。
     ――これは、懺悔の記憶だ。
    「……こら、抱きつくな……」
    「んふふ、でもこうするとあったかいよ……。司くん、いいにおい、だね……、………………」
    「…………はあ。人の気も知らないでこいつは」
     程なくして、眠りについたのだろう。神代の寝息に次いで、ぽつりと聞こえてきた声は、どこか拗ねているようでいて――どこまでも、慈愛に満ちていた。
    「……おやすみ、類。良い夢を」
     そんな彼らの逢瀬を盗み見てしまった――僕の、罪の告白である。

          * * *

     結局、僕が天馬と過ごしたのはあの三泊四日の修学旅行きりで、母校である神山高校を卒業した僕達は、互いにそれぞれの道を歩み――決別したきり、大人になった。
     いや、正確には一度だけ……僕が一方的に、彼に会いに行ったことがある。
    「――パパ! 見て!」
    「んー?」
     ばたばたと忙しないお転婆な足音を立てて、今年中学生になる娘がリビングへと侵入する。ちょうど原稿もキリのいいところまで書けていたこともあり、僕はすっかり冷めてしまった珈琲に口を付けながら振り返った。
    「これ! パパの卒業アルバム!」
    「ええ? 懐かしいなあ、なんでそんなものが……」
    「ふふっ、ママがおばあちゃんからもらったんだって!」
     ああ、先日の帰省の時か……。
     母はどうやら、あまり人付き合いの無い僕に愛する家族が出来たことに、僕が思っているよりもずっとはしゃいでいるようだ。
     娘は妻に似て、ツインテールが愛らしい、とても明るい子に育っている。
     名前は『実玖』。
     僕が妻にプロポーズをした遊園地の、スペシャルショーに登場していた――猫耳のバーチャルシンガーからもらった名前だ。
     実玖は上機嫌でアルバムを何枚か捲り、個人写真の中から僕を探し出してはけらけらと笑う。何が一体そんなに面白いのか……僕もアルバムを覗き込んで、ふと、目に入った写真に視線を奪われた。
    「……あ」
     秋から冬へ移り変わる時分の、見事に色付いた紅葉。
     空から撮ったのだろうか。俯瞰したアングルで、僕と天馬が並んで神社の参道を歩く姿が写っている。
     アルバムなんてわざわざ見ようとも思っていなかったから、こんな写真があるなんて気がつかなかった。プロのカメラマンが撮ったにしては些か構図が不安定だが、当時の生徒の持ち込み写真だろうか。……空から?
    「あっ、これもしかして天馬司⁉︎ すごーい、若〜い!」
    「はは……ほんと、懐かしいな……。パパ、天馬くんとは修学旅行で一緒の班だったんだよ」
     天馬司――かつてクラスメイトだった彼は、彼が描いていた夢を見事叶え、今や日本に留まらず、世界中に名を轟かせる大スターとなった。
     ソファーに娘と並んで腰掛けると、ちょうどいいタイミングで流しっぱなしのテレビに天馬が映る。どうやら来春公開予定の映画の主役に抜擢されたらしく、番宣を兼ねた特別番組で天馬のインタビューがあるようだ。
     司会役のお笑いタレントと談笑する姿と、卒業アルバムと。見比べながら、娘はくすくすと可笑しそうに笑った。
    「あは、でもこうやって見ると面影あるね。わたしは今のオトナ〜な天馬司の方が好きだけど……あっ」
     不意に目を輝かせ、どこか興奮した様子で実玖が僕の腕を勢いよく掴む。
    「てことは神代さんも⁉︎ 神代さんも写ってるの、ある⁉︎」
    「ん? 神代くん?」
     何故実玖が神代を知っているのだろう。
     たしかに彼は知る人ぞ知る舞台演出家となったと聞いているが、積極的に表舞台には立っておらず、天馬や、同じ神山高校出身の俳優・草薙寧々などに比べたら遥かに知名度は劣る。
     首を傾げる僕を見て、娘は呆れたように口をぱかりと開けた。
    「うそ、パパってば、同級生だったのに知らないの? 今めちゃくちゃ話題になってるのに、パソコンばっかでテレビ観てなさすぎじゃない? あ、ほら、ちょうど今映ってる! 見てパパ、てんつかの左手!」
    「左手だって?」
     顔を上げ、目を皿のようにして、テレビに映る天馬の手元をよく見つめる。男らしい無骨な手だが、シルバーリングが照明を反射してキラリと光った瞬間――僕は思わず息を呑んだ。
     ……左手の薬指、だ。
     結婚したのか、彼は。誰と、なんて、詮索するのは野暮かもしれないが、だが、…………。
    「――ああ、そうか」
     彼の縁は。しっかりと結ばれたのだ。
     己の道は己で切り拓くと言った彼のことだ。きっとこれはあの時の縁結びの力ではなく、彼自身の努力の証なのだろう。そうであるのだと、僕が信じたい。
    「……すごいな、ほんとに」
     ――『将来の大スター天馬司と寺社めぐりだぞ? お前は嬉しくないのか?』
     ――『オレがスターとして名を馳せたあかつきには、存分に周囲に自慢してくれ!』
    「……ふ、あははっ」
     やはり彼とは住む世界が違う。
     澄み渡る空の先、今どこにいるかもわからない君へ。
     僕からの祝福は届かないかもしれないが。
     あの日の僕の思い出は、今日も、いつまでも、色鮮やかな紅葉色だ。


     end.



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