シャアシャリSS コロニー潜入任務中に大佐に変装用の眼鏡を選んでもらう大尉の話 宇宙での戦いの合間、ふたりに下された任務はとあるコロニーの偵察だった。ある程度軍人として手解きは受けているものの、シャアもシャリアも斥候としてプロではない。さすがに情報部隊へ依頼するべきではないかと進言しても、人手不足だとにべもなく断られてしまった。
「大尉、あの店に入ろうか」
コロニー内の都市部。レストランやブランドショップが立ち並ぶ大通りで、仮面の代わりにサングラスをかけたシャアは少し先に見える服飾店を指差す。
潜入して早々に任務を片付けた後、あとは息抜きだのなんだのと理由をつけられ、シャリアは街じゅうを連れ回されていた。潜入任務の命が下ったとき、渋る自分と違って彼が随分と乗り気だったのは、きっとこれが目的だったのだろう。
シャアに導かれるまま店の中に足を踏み入れる。二十代から三十代向けだろうか、店内には高級すぎず適度にカジュアルな洋服が並べられていた。若い隊員ならば喜んで見廻るのかもしれないが、生憎自分にはシャアと違ってファッションセンスが乏しく、何を見ればよいのかわからない。実際のところ、潜入時の服装も殆ど彼に選んでもらっていた。
「こちらだ、大尉」
きょろきょろと店内を見回す自分にシャアが示したのは眼鏡のコーナーだった。サングラスからアクセサリーとしての伊達眼鏡まで、種類も豊富に並べられている。
「眼鏡ですか?」
「あぁ。変装にも使えるから、ひとつくらい持っていてもいいだろう」
それは流石に方便ではないのか?と思ってしまうが、シャアは楽しそうにひとつひとつの品を見定めていた。
気になったものを手に取り、シャリアの顔と眼鏡を交互に見比べる。そうして彼が選んだのは、黒いフレームでレンズが大きめの眼鏡だった。
「ふむ、これが良いな」
おもむろに、シャアが隣に立つシャリアの少し伸びすぎた前髪を耳に掛ける。露わになった翡翠の双眸を覆うように、手にした眼鏡を着けられた。
「…ほら、よく似合っている」
眼鏡とサングラス越しでもわかるほどの優しい眼差しが向けられ、シャリアはどきりと心臓が跳ねる。一緒に店に入り、似合うものを選んでもらう――今の自分たちがまるで恋人同士のように見えて、思わず顔に熱が集まってしまうのがわかった。
シャアから顔を背け、商品棚に設置された鏡に視線を向ける。普段と雰囲気の変わった自分の顔は、少しだけ赤くなっていた。そんなシャリアを、彼は愛おしいというように眺めている。
「男前になったな、大尉」
「本当にそう思ってますか?」
照れ隠しで言葉を返す。別にニュータイプ同士の感応があったわけではないけれど、彼は少しバツが悪そうに苦笑を漏らした。
「やはり君には隠し事ができないな。本当は……可愛いと思っているよ」
「はあ…」
聞くんじゃなかった。どうせこういう答えが来るとはわかっていたけれど、言葉にされたことで、シャリアの心臓の鼓動はさらに速度を増していくのだった。
その後、シャアに買ってもらった眼鏡を身に着け、シャリアは彼と共に再び街に繰り出す。レンズに度は入っていないが、眼鏡を通してみる世界はなぜだか少しだけ違って見えた。
いや、違う。シャアが隣にいるから。味気のないコロニーの街でさえ、何かきらきらとして見えてしまうのかもしれない。
「大尉、行こう。次はカフェでスイーツでも」
まるで恋人のように手を握られる。シャリアが慌てて離そうと身を引くが、思いのほか強く握られていて逃げることができなかった。
「大佐、だめです。こんなところで、その……目立ってしまいますよ」
シャリアの責めるような視線に目もくれず、シャアはにこりと口角をあげた。
「ふっ、戸惑うから目立つものだ。堂々と自然体でいれば、案外誰も私たちのことなど見ていないさ」
そう言い放つと、シャアは握った手の指を絡ませ、顔を真っ赤にしたシャリアを連れて歩き出したのだった。