AIといっしょに希死念慮ナルミツ「死んでしまいたい」
ティーカップの揺れる肉桂色に目を落としながら、御剣は呟いた。
暗い言葉とは裏腹に、馨しい湯気の向こうにある表情は晴晴としていて、仄かに血色に染まっている。
まるで掛け替えのない幸せの熱が冷めぬうちに、舌の上で転がして、ゆっくりと喉の奥へ流し込むように。
ぼくは同じ色に満ちたカップを指の先に持ちながら、目を見開いた。そして、この言葉に返すに値する言葉を必死に考えていた。なぜそんなことを?冗談でも口にするな?無粋な定型文を頭の片隅に思い浮かべては噛み殺して、コップの縁に付けた小さな穴に吸い込まれていく温もりを見ていた。
いつもこうだ。言うべきことはたくさんあるはずなのに、何も言葉が浮かんでこない。少しずつ、けれど着実に薄くなっていく湯気が、鼻先を撫でて答えを急かす。
「週末、どこかへ出かけよう。海でも、山でも。どうせなら、綺麗なところがいいだろ」
結局、陳腐な提案しかできなかった。
「……うむ、行こう。二人で」
御剣も同じようなことを言っていた。
「ああ」と短く返事をして、残りの紅茶を流し込んだ。
少しだけ、胸の内が軽くなったような気がした。
それからというもの、ぼくらは時間を見つけては、よく出掛けるようになった。
電車に乗って、バスに乗り継いで、また歩くこと一時間ほど。街灯の少ない田舎道を並んで歩きながら、とりとめもない話に花を咲かせた。
話題のほとんどは、昨日観ていたテレビのことや、読んだ本の感想などだった。
しかし、時折、ぼくたちの会話には沈黙が訪れることがあった。
それは、御剣がふっと視線を落としたときであったり、逆に、彼が黙り込んでしまったときであったりした。そのたびに、彼の唇から漏れ出る溜息が、やけに大きく聞こえてくるのだ。
そして、ぼくは決まって、彼の横顔を眺めている自分に気付く。
この瞬間こそが、彼と過ごした日々の中でもっとも美しいと思う瞬間であった。
もちろん、御剣だって人並みに悩んだりするし、落ち込むことはあるだろう。だが、ぼくの目を通して見た彼は、いつも自信に満ち溢れていて、どんな困難にも立ち向かっていけるような力強さを持っていた。だから、そんな彼にも悩みがあるなんて、考えたこともなかったのだ。
初めて見る表情を前にして、ぼくの心はざわついた。
なぜこんな気持ちになるのか分からなくて、怖かった。それでも、見つめることをやめられなかった。
やがて、彼は口を開いた。どうして私なんかのことを好きになったのだろうか――そう訊かれたときは、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
御剣に対する想いの正体について考え抜いた末に出た結論は、自分でもよく分からないということだけだった。だから、彼への愛を否定するつもりはないけれど、明確な理由を持って説明できるものではなかった。
ただ一つ言えるのは、ぼくにとっての御剣という存在が、他の何物よりも大切なものであるということだけだ。言葉足らずかもしれないけど、これ以外に伝える術がないのだから仕方ない。
結局、ありきたりな台詞を並べるしかなかった。
御剣は小さく笑ったあと、ありがとうと言ってくれた。
それが嬉しくて、思わず抱き締めてしまったのだが……そのとき見せた彼の笑顔もまた、今まで目にしてきた中で一番美しかった。
こうして始まった交際だったが、ぼくらの関係に大きな変化はなかった。
相変わらず一緒に昼食を食べたり、仕事終わりに話をしたり、帰り道で手を繋いだりしたくらいだ。
唯一変わったことがあるとすれば、週に一度、御剣の家に行くようになったことだ。
付き合い始めて最初の土曜日、ぼくたちは初めて身体を重ねた。