syrup「久しぶりだね」
「あ、アルベド。久しぶり」
「おう!お前も来たんだな、アルベド!」
朝のエンジェルズシェアの店内、蛍とパイモンがバーテン体験イベントの準備をしていると、軽やかなベルの音と共にアルベドが入店してきた。
「キミがここで仕事をしていると聞いてね。今大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。もう始めるところだから。
良かったら何か飲む?」
「うん。お茶をお願いできるかな?」
「分かった。どんなのが良い?」
「キミに任せするよ」
目の前のカウンター席に座るアルベドに頷くと、蛍は紅茶、ミルク、カラメルを混ぜて、カップに注いだ。ロマンティックオードと呼ばれる甘い紅茶だ。
普通のよりもミルクとカラメルを少し多めに入れて、より甘い仕上がりにしてみせる。
手慣れた様子に「流石だね、やはりキミは飲み込みが早い」と声をかけると、「慣れだよ」と照れくさそうにしながら蛍はアルベドの前にカップを差し出した。
「いただきます」
早速カップを手に取り、口をつける。
牛乳とカラメルの甘さと、紅茶の香りが優しく体をあたためていくのを感じた。
「うん、美味しい」
「良かった」
「そうだろー、蛍のドリンクはうまいだろ?まぁ…うますぎてあんまり失敗しないから飲めないんだけどな…。
…だから客のをこっそり飲むしか…」
「パイモン?」
「じじ、冗談だって!そんな怖い顔するなよ…」
軽く睨んで見せて、怯えた表情で後退るパイモンに溜息を吐いてから、再びアルベドに向き直る。
「甘いのが好きって聞いたから、こういうのが良いかなって思ったんだ」
「うん、確かに効率が良い。それにとても美味しいから、毎日でも飲みたいくらいだね」
「気に入ってもらえたなら良かった」
微笑む二人の間に入り、パイモンが強請る。
「なぁなぁ、オイラにも作ってくれよ〜!アルベドばっかりずるいぞー!」
「仕方ないなぁ」
蛍はまた材料を取り出して、ロマンティックオードを今度は多めに作ってパイモンに差し出した。こちらは普通の甘さのものだ。
「んん!やっぱりうまい!もう一杯くれよ!」
「もうすぐ人来ると思うし、駄目」
「まだいないじゃないかー!」
カランカラン。
「あ」
「いらっしゃいませ」
「来たみたいだね。残念だったね、パイモン」
来客に対し三者三様の反応で出迎えて、開店となった。
客の対応に向かう蛍を見届けながらパイモンは空のカップを持ちながら項垂れていたが、ふとアルベドのカップを見る。
「なんだ、アルベドのがまだ残ってるじゃないかー!飲みきれないならオイラが飲んでやってもいいぞ?」
期待に目を輝かせるパイモンに首を横に振り、「駄目だよ」と制する。
「これは彼女が僕に作ってくれたものだから。誰にもあげられないし、じっくり味わいたいんだ」
カウンターに戻ってきた蛍の耳にもそれらの会話が届いて、顔を赤らめてグラスを落としそうになったが、反射的に掴んで事なきを得た。
「ん?どうかしたか?」
「手が滑っただけ、なんでもない」
「そうか、失敗ならオイラが飲むからいいけど、絶対ドリンク落とすなよ!落としたら飲めないだろ!」
「どっちもしないから大丈夫」
「ほんとかー?」
「…ふふ」
まだ赤い蛍の顔を見ながら、アルベドは微笑んでいた。
「おーい、こっちに名冠くれー」
「私のジュースまだー?」
「ええと、少々お待ち下さい!」
一人、また一人と客は増えていき、すぐに店の中は満席となった。
イベントが始まったばかりとはいえ、蛍の腕は既にモンド中に広まっており、開店と聞くとすぐに人が集まるようになった。
「はい、パイモン名冠持っていって!」
「おう!あとジュースな!確か甘めって言ってたぞ!」
「うん!」
「うわ、やばい!店の外まで客並んでるぞ!早くしないと!」
「えええ!?」
あまりの大盛況ぶりに、パイモンもオーダーを手伝っても明らかに手が足りなさすぎる。
とにかく作らないと、と新しいカップを手にした瞬間、すぐ側から声をかけられる。
「手伝うよ」
「えっ、アルベド?」
ふと隣を見ると、グラスを手にしたアルベドが立っていた。「あの客にはグレーバーサンセット甘め、隣はアカツキの雫、向かいは北風の望みだったね」と注文も覚えている。
「レシピ見せてもらえれば、僕でも大丈夫だと思うんだ。どうかな?」
「…!ありがとう!」
ぱっと笑顔を見せる蛍に微笑み返すと、渡されたレシピを見て作り始める。分量きっちり注ぎ手早く混ぜて、グラスに注いだ。
「おお!アルベドも作るのか!運ぶのはオイラに任せろ!」
「大丈夫」
アルベドの周囲に花が咲き、その上にドリンクを乗せると客の方へゆっくりと飛んでいった。彼の元素スキルだ。
「おお!すごい便利だ!」
「そういう使い方もあるんだ…」
「たまにしか使わないけどね。さぁ、一緒に頑張ろうか」
「うん!」
意気込み、二人で一緒にドリンクを作り始めた。
客が帰ったのは日が沈み始めた時間だった。
帰ったというよりも、夜にはバーになるのでチャールズが帰るように呼びかけたからである。
後片付けをすると蛍達と入れ替わりで彼がカウンターへ入っていき、これから夜の営業の準備をするのだろう。
称賛と労いの言葉と、いつもより多い報酬を受け取ると、鹿狩りへと向かう。
「結局一日付き合ってもらっちゃったね」
「構わないよ、良い経験になった」
「楽しかった?」
「うん。キミの手伝いをするのは収穫があると改めて実感した」
「晩御飯奢るからね」
蛍は今日の手伝いのお礼に、鹿狩りで夕飯を奢ることにした。それのことだろうと揶揄うように言ってみるが、アルベドは首を横に振って、続ける。
「キミと一緒にいられるからだよ」
「…!」
「キミの作ったドリンクが飲めるし、キミの働く姿も見れて新鮮だった。
キミさえよければ今後も手伝わせてほしいな」
ぽかんとしたあと真っ赤になる蛍を見て、楽しそうに笑みを深める。その表情に抗議しようとしたが、「おい、お前ら、早くしろよー!オイラもいっぱい手伝って腹減ってんだからなー!」と先を行くパイモンに急かされ、「行こうか」と手を差し出されて、何も言えないまま無言で手を取るしかできなかった。
せめてもの抵抗に強く手を握ってみるが、彼は微笑みを崩さないまま、蛍の手を引いて歩き出した。
言葉の通り蛍がバーテンの仕事をすると、アルベドは手伝うようになった。
だが。
「先生ー!仕事溜まってますよー!」
「この仕事量どうすればいいんですか!?」
そのせいで今朝はスクロースとティマイオスに泣きつかれているアルベドを見て、流石に申し訳なく感じた。
(首席錬金術師だし…)
彼がいないとかなり困るだろうな、と想像に難くなかった。
「ふむ…出来ない量ではないと思うのだけれど…」
「それは先生が天才だからです!私達二人では先生の足元にも及びません!」
「それに緊急の仕事が入ってきたんですよ!流石に手に負えません!」
「そうなのかい?」
首を傾げるアルベドに嘆く二人を見て、思わず声をかけた。
「アルベド、私の方は大丈夫だから、戻った方がいいよ」
「そうか。キミがそう言うならそうしようかな」
あっさり頷くのに、スクロースとティマイオスは「はーっ」と安堵の溜息を大きく吐いた。
「でも、もし手が足りないようなら呼んでくれて」
「大丈夫!二人を助けてあげて!」
アルベドが言い終える前にその背を押した。きょとんとした顔をしてから「分かった」と頷き、騎士団へ向かう彼を見送る。
「良かった…どうなることかと思った…」
「先生は興味のあることを優先するから…」
その言葉に思わずスクロースを見たが、彼女は気付かずティマイオスと一緒にアルベドの後についていく。
「それなら、先生にお願いする時は旅人からも頼んでもらおうか?」
「そ、それは……良いかもしれないけど……」
「貴方も早く仕事終わらせて研究したいだろ?」
「うう……。
……ちょっと、検討、しようかな……」
二人の背中も無言で見送っていると、パイモンが光を放ちながら隣に現れて、「そろそろ時間だぞ」と声をかけた。
「あら?今日は一人なの?彼氏は?」
開店後、蛍を見た女性客がそう声をかけてきて、固まってしまった。
「…か、彼氏じゃない、です!」
高くなる鼓動を自覚しながら必死に否定すると、女性は「そうなの?」と目を丸くした。
「あんなにお似合いなのに?」
「…っ!?」
「貴方達を見ていていいなぁって思ったのよ。息ぴったりでお互いのことをよく理解しているんだと羨ましかったのに。
…いいなぁ…私も…貴方達みたいな風に…ディルック様と…」
「…………」
そんな風に見えていたんだ。
彼女の話の後半はどんどん声が小さくなっていきよく聞こえなかったが、羨ましいと言われて密かに高揚する自分がいた。
揶揄われて困ることも多いが、彼と一緒にいるのはとても心地良い。
働いている時もだが、戦闘の時もお互い邪魔することなく動けたのは、彼女の言うようにお互い理解し合っているからだろうか。
似た者同士で、理解者である、と。
この世界の者ではない蛍にとっても、彼にとっても、きっとお互いが。
……かけがえのない存在、なのだろうか。
まだ高鳴る胸に手を当てて、不意に思い付いた。
(…そうだ、夜、アルベドのところにドリンクを持っていこう)
彼が気に入っていた、甘いロマンティックオード。
仕事の手伝いと、いつも助けてくれるお礼に。
(また、喜んでくれるかな?)
彼の反応を想像して小さく笑みを浮かべていると、また扉が開いて客が増えてきた。
気持ちを切り替えて、仕事に集中しようと今度は気を引き締めた。
「………想定外だ」
騎士団、アルベドの研究室。
蛍は仕事が終わると騎士団へ入り、アルベドに会いたいと話すとここまで案内された。
中に入ってみるとアルベドは一人で片付けをしており、どうやら彼も仕事を終わらせていたらしい。
そんな彼に「お疲れ様」と声をかけてドリンクを差し出すと、彼は目を丸くしてぽつりと呟いた。
「キミが来たことも驚いたけれど、ドリンクも用意してくれていたとはね。有難く頂くよ」
彼は机の上を片付けると、差し出された紅茶を受け取り、口をつける。一口飲むと頷いて「やはり美味しいね」と笑みを浮かべた。
「気に入ってくれたみたいだから、また作ってみたんだ」
「ありがとう。でも、本当に驚いたな。同じことを考えているなんて」
「同じこと?」
首を傾げる蛍に、アルベドは小さな魔法瓶を取り出すと、彼女に差し出す。きょとんとした後、気付いたように蛍はアルベドの顔を見た。
「僕もキミの為に作ってみたんだ。キミといると得る物が多くて助かっているし、これを渡してキミがどんな反応するかを確かめたかったというのもあるけれど、まさか僕の方まで実験されるとはね」
その言い方に思わずくすりと笑ってしまった。どこか照れたような彼の表情に、魔法瓶を受け取りながら揶揄うように尋ねてみる。
「実験の結果、どうだった?」
空いた手を顎に当てて、「ふむ」と考える仕草をしてから、言葉を繋ぐ。
「想定外だけれど、決して失敗では無いかな。
……いや、成功と言えるだろう。キミの表情を見ていると、そう思える」
嬉しそうに笑う蛍の表情に、アルベドはそう断言した。
「どうかな、一緒に飲んでいかないかな?この後寄る所や泊まる場所が無ければ、僕としては泊まっていって欲しいのだけれど」
「えっ…」
「クレーも喜ぶし、勿論僕もね」
そう続けられて、そういえばクレーもここに住んでるんだっけ、クレーの部屋に泊まって欲しいということかな、と考えていると。
「キミと二人きりで夜を過ごしたいんだ」
続けられた言葉に魔法瓶を落としてしまった。
そんな蛍の反応に「…やっぱり成功だね」と微笑みながら魔法瓶を拾うと、真っ直ぐに彼女を見つめる。
悪戯を成功させたような、けれど熱を含んだ眼差しで。
「…良いかな?」
首を傾げて問われるのに、赤い顔を隠すように俯きながら、彼の側へと向かう。
アルベドの作ったミルク多めのスターリーナイトよりも優しくて甘い時間が、二人の間に流れていった。
数日後、「私の所で働く話、考えておいてくれたかしら?」「おいおい、あたしの所に来るに決まってるだろ。な、蛍?」と言い寄られている蛍の肩を抱き、
「悪いけれど、彼女は僕の助手になる予定だから」
と言い放つアルベドに真っ赤になって固まる蛍がいたが、それはまた別の話。