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    ヒイロシュージ

    らくがきを描く人のさらにラフな絵がおかれる場所
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    ヒイロシュージ

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    2018年末に刊行されたヴィラム・オルゲンのアンソロジー「戦場のカフェテリア」に寄稿させて頂いたものです。
    ドルキマス2直前のヴィラムが過去から今までに想いを馳せながら独白するお話です。何から何まで捏造しかないのでご注意ください。当時ドルキマス3までしか出ていなかったので多少設定に齟齬があります。ご了承ください。
    ヴィラム・オルゲンはいいぞ。

    #黒ウィズ
    blackWiz

    【黒ウィズ】【ドルキマス】Reminiszenz その男の追憶「オルゲン!いいかな」
     空軍城塞に停泊していた戦艦内で照明の配線確認を行っていた俺は、不意に上官からそう尋ねられた。
     別に上官に声をかけられるのは特段珍しいことではない。むしろ俺の上官は、どちらかというと機会を見ては話しかけてくるタイプの人間だった。俺は自分自身を人付き合いが良い方だとは思っていないが、不思議なことに彼が話しかけてくるのは嫌いではなかった。
     男の名はブルーノ・シャルルリエ。ドルキマス空軍第三艦隊副司令官の彼こそが、俺の直属の上官だった。驚く程良く通る声の持ち主で、どんな過酷な戦場からも生還することから「不死身のシャルルリエ」という二つ名もついている。第三艦隊はドルキマス人だけでなく素性が怪しい奴や問題児が集まる「ならずものの外人部隊」ということもあってか(先に断っておくが俺はあくまで整備兵として第三艦隊に配属されたのであってこの限りではない)、大体の連中は彼をブルーノさんと気さくに呼んでいる。俺も公の場では閣下と呼んでいるが、そうでないときは「さん」付けをしていた。酒癖が悪いのが玉に瑕で…これ以上はよしておいたほうがいいだろう。
     とにかく、俺はその時もてっきり彼が次回の出撃の話とか雑談とか、いつも通りの話をしてくるものだと思っていた。
    「何でしょう」俺は作業の手を止め、ブルーノさんに視線を向けた。
     彼は澄んだ空色の瞳をさらに輝かせながら、俺に言った。
    「お願いがあるんだが―夕方娘の面倒を見てほしい」

     意味が分からなかった。
     そして俺もうかつだった。理解が追い付かないあまりうっかり発してしまった俺の力の抜けた「はあ」を肯定と受け取ったブルーノさんは、「よし!ありがとう!」とその良く通る声を響き渡らせたのち、そのままバタバタと立ち去ってしまった。
     彼の大声を聞きつけ、たちまちわらわらと艦内の連中が集まってくる。
    「何言われたんだお前」その中の一人が怪訝そうに尋ねた。そんな目で俺を見るな。俺とて理解が追い付いていないのだ。
     とりあえず、この厄介な野次馬共を解散させねばならなかった。「どうせ突然の思い付きか冗談だよ」俺は手をひらひら振りながら言った。「俺がお嬢さんの面倒なんて見に行くわけないだろ。はい持ち場に戻った戻った!」
    「お嬢…?」野次馬各位は引き続き俺に疑いの目を向けてきたが、それ以上得られる情報がないと分かって徐々に散会していった。余計な騒ぎに時間を取られてしまった。騒動の遅れを取り戻すべく、俺は再び配線の海へ顔を突っ込んだ。

     夕刻。
     俺はブルーノさん宅のソファに座っていた。
     膝に彼の娘を乗せて。
    「びー」彼女は俺のシャツを引っ張りながら見上げて言った。どうやらこの「びー」というのは俺のことらしい。初対面にして俺の名前を断片だけでも覚えたようだ。あるいは全部覚えてはいるもののうまく発音できないのか。話すのはまだ難しいようだがこちらの言うことはほぼ理解できているらしく―いやそんなことはどうでも良いのであって。
    「びー」再び声をかけてくるその小さな生き物に、俺はへいへいと適当にうなずきを返しながら視線を向ける。くりくりした明るい緑の瞳に桃色の髪。おそらくブルーノさんが結ったであろう二つ結びは右のほうが明らかに量が多く、左より下向きでかなり不格好になっている。その二房を見ているうちに、彼が慣れぬ手つきで一生懸命彼女の髪を結んでいる姿を想像してしまう。「よーしクラリア」彼はそう言うと目分量で適当に彼女の髪を大雑把につかみ、これまた大雑把に髪を束ね―
     もう見ていられん。ここで俺の中で僅かに残っていた「お人よし」精神に軍配があがった。ふうと深呼吸をして、彼女の両の髪ひもを外す。
    「う?」少女はきょとんとした表情で俺を見る。ぐずる様子は見せない。これはチャンスだ。俺は確信した。
    「まあちょっと待ってなって」そう言う俺の表情はかなりにやついていただろう。「今から俺が髪の毛を結びなおすからな。じっとしてるんだぞ」独り言というのはあんたもやったことがあるだろうが、人間には誰が聞いていると言う訳でなくとも喋らずにはいられない時があるらしい。しょうもない知見を得てしまった…などと頭の片隅で思いながら、彼女の桃色の髪に手をかけた。
     …なんて言うと俺がこの後ちゃんと結ぶことができたという話に繋がると考えてもらえるのが普通だろうが、俺も小さい子供の髪を結うのは初めてである。泣き出しこそしなかったものの(奇跡だ)すぐにあっちこっちへ頭を動かすので大変苦労した。仕上がりも上手くいったとは言い難かったが、それでも彼女が父にやってもらった分よりは余程きれいにまとまっている、と俺は思った。少なくともちゃんと髪の毛を頭の真ん中で均等に分けて且つ房の高さを見比べながら結ったのだから当然だろう。
    「…次は櫛を持ってくるか」なんて俺が大真面目に呟いていると、玄関でバタバタと誰かが入ってくる音が聞こえてきた。
    「ただいま…おおお!」ブルーノさんは娘(多分俺のことは見えていなかったと思う)の姿を認めるなり、あのよく通る声で感嘆をあげた。俺の膝の上でうつらうつらしていた小さな生き物も、その声を聞き素早く足元へ滑り落ちてそのままトコトコと声の主の元へ向かっていった。
    「いい子にしてたみたいだな、クラリア」少女を片手で担ぎあげながら彼は満面の笑みを浮かべて言う。軍で見せる笑顔と同じようでいて明らかに異なるそれは、見ている側の人間を思わず笑いたくなる魅力を持っていた。俺もつられて微笑みながら、自分に頼まれた案件が果たされたことに今更気付きブルーノさんに声をかけた。
    「俺がちゃんと面倒見ましたのでね」
    「おおそうだった!」案の定彼も俺のことを忘れていたようだった。にしても相変わらずでかい声だ。
    「助かったよオルゲン。どうしても今日は連れていけず、助っ人も都合が合わなくてね」
    「お安い御用ですよ」なんて言うとじゃあこれからも頼むよ、という流れになりそうだったので一瞬悩んだが、やはりここは言っておくことにする。日頃から彼にお世話になっているという事実と―娘の世話にまんざらでもなくなっている自分がいた事実を否定するわけにはいかなかった。
    「そういえば」ひとつひっかかっていることがあった。「今までは誰にお嬢のお守りを頼んでたんですか?」シャルルリエ家はかつてれっきとした貴族だったはずだ。今は落ちぶれているとはいえ(失礼
    な表現をお許し頂きたい)子守を雇う金くらいはあっただろう。
     ブルーノさんはちょっと困ったように笑いながら言った。
    「ああ。それは…クラリアが彼にやたら懐いていてね」彼?と俺が首をかしげていると、先ほどブルーノさんが入ってきたドアが再びゆっくり開いた。
     そこで俺は度し難いものを目にした。
    「ブルーノ、荷物を少しは持っていけ」目元まで伸びた烏のように真っ黒な髪と重そうなモノクル。俺やブルーノさんよりも背が低くて歳も一番若い、されどもこの中で最も階級が高い男。
     ディートリヒ・ベルク。
     俺の上官の上官がそこにいた。
     大量に食料が詰め込まれた紙袋を持って。
    「でぃーと!おじ、ちゃま!」彼の姿を見た少女が嬉しそうな声を上げる。
     まさか俺の前に彼女の面倒を見ていたのは…彼だったのか?
    「クラリア」ディートリヒは両腕に食料を抱えたまま視線だけを彼女に向け―あろうことか口角をつり上げて彼はこう続けた。「今日も厄介になる」
    「う!」たった一文字だが、その返事が「もちろん!」の意味を含むことは明らかだった。
     ブルーノさんの大きな声が彼女の明るい返事に続く。
    「さあ、晩飯にしようか!」

     そんなこんなでその後ブルーノさんの所で夕食をご馳走になったわけだが…まあ何を食べたかとかその味とかは全く覚えていない。それほどあの日の俺にもたらされた情報量は多かったのだ。これを読んでいるあんたからのご理解も頂けるだろう。しかもあのディートリヒ・ベルクも一緒ときた。完全にキャパオーバーである。
     そして案の定とでもいうべきか、あの日以来ブルーノさんから子守の依頼がぼちぼち出るようになった。その度に俺は彼の家へ赴き、年端もいかぬ少女の面倒を見ることになっていた。
     あの勢いがあった一度目はともかく、やろうと思えば二度目以降の依頼を断ることはできただろう。
     だが俺はそうはしなかった。上官の娘の面倒を見て、彼の家で(たまに彼の上官―俺の上官の上官も一緒に)夕食を食べる奇妙な日々を選んだ。整備兵と上司の娘の子守役を行ったり来たりする生活を、存外俺は愛していたのだと思う。
     そしてその生活は、彼が死ぬまで続いた。



     そこは空軍病院のベッドだった。
    「…生きてる」俺は反射的にそう呟いていた。
     そうだ、俺は生きているのが奇跡だ。俺の頭はひどく混乱していたが、一縷の理性はひたすらその奇跡を意識に訴えかけてきた。
     とりあえず現状を把握せねば。ベッドから上体を起こそうとし― そこで初めて自分の身体が以前と変わっていることに気づいた。
     そこにあるはずの左腕が、肩からごっそりとなくなっていた。
     俺が自らの身体の異変を認めたと同時に、気を失うまでの記憶が濁流のように俺の意識を覆い尽くした。
     ディートリヒ・ベルクとの通信。火の海と化した管制室。血まみれになりながら俺に微笑みかけるあの人。俺に何か言おうとしたのか、彼は口を開いて―そこからが思い出せない。彼の最後の表情と爆炎が、ただひたすらに俺の精神を揺さぶってくる。
     俺の意識が戻ったことを聞きつけた医者と見知った同僚―たしかあの日は別の船に乗り合わせていた奴だ―が駆け込んできた。まだ寝ていなさいとのたまう医者をはねのけ、入ってきた同僚の襟を右腕でわし掴みにしながら俺は問うた。
     「ブルーノさんは」俺の声は自分でもわかるほど震えていた。「あの人はどこにいるんだ」
     彼は重い口を開く。
     その口から出た答えは、俺が認めたくない事実そのものだった。
    「ブルーノさんは…シャルルリエ提督は、亡くなられた」



     第三艦隊の次期総司令官が決定するまで、かなりの時間を要した。
     俺はその間ずっと入院していたので詳しいことは分からないが、やはり第三艦隊の連中と本部でかなりもめていたようだ。先も言った通り有能と判断されれば人種や生い立ちに関係なく登用されてきた「ならず者の外人部隊」の集まりをまとめ上げられる大器など、そうは存在しない。
     故に。
     最終的に彼の娘―クラリアを次期総司令官とすることで決着したという話を聞いたときは、確かにそれが最も双方の納得がいく形だと認めざるを得ないのも事実だった。
     クラリアを推薦したのはあのディートリヒだった。これほどまでに奇抜で、効率的で、そして冷酷な策を下せる人間はドルキマス、いやこの空に彼をおいて他にいなかった。
     それでもベッドでこの知らせを聞かされた俺が真っ先に想像したのは、軍人たちに囲まれ怯えた表情で第三艦総司令官の椅子に座る彼女と、それを見つめるディートリヒの姿だった。少女の怯えた眼は「助けて」と訴えているのに、彼女が幼少から慕っていた男は、自らが手を差し伸べれば救われるであろうその少女をずっと無言で見つめているだけだ。
     もちろんこれは俺の妄想に過ぎない。だが頭では分かっていても、その幻影はまるでこの目で見たものであるかのように俺の意識に居座り、常に俺を苛み続けた。

     退院と同時に俺は退役した。
     理由は二つある。一つは左腕を失った今の状態では整備兵として復帰することも難しかったということ。
     そしてもう一つ。ようやっと口がきけるようになった頃から面倒を見てきたあの少女に会いたくなかったということ。
     そんな言い方があるか、と思われても仕方ない。今の俺もそう思うが、あの時の俺には自分のことが精一杯で、ましてや他人を慮る心の余裕などどこにもなかった。
     また出会ってしまえば、いずれ別れることになる。
     俺は、大切な人をもう一度失うことが何よりも恐ろしかったのだ。



     かくして左腕を失い軍を去った訳だが、それでもこの戦争まみれの世界で生きる人間としては、俺はかなり幸運な方だと思っている。
     今こうして動かせている左腕もその一つだ。
     戦争が絶えない世界というのもあるのだろうが、この大陸では義体の産業もそこそこ発達している。俺は船の整備が専門なので詳しくは割愛するが、ちょうど俺が左腕を失った頃に大きな技術の革新があったらしい。義体を接続してから日常生活が送れるまでのレベルに持っていくまで今まで五年程度かかっていたものが、一年程度でできるようになったというのだ。アーレントだったか―そんな名前の技術者が開発したらしい。大した技術革新だと聞いているから長年の苦労があったのだろう。アイスラー少将のような高齢、もと
    い渋い男性を想像しながら、俺はその名前しか知らない技術者に感謝の意を捧げたものだった。
     軍からすぐに技師の紹介を受けられたこともあり、俺は退役後一年足らずで第二の左腕を接続し、それをなんとか使いこなせる段階まで持ち込むことができた。無論、どれほど技術が進んだと言っても、義体を身体に慣らす訓練は過酷で筆舌に尽くしがたい痛みを伴うものだった。施設での訓練はさることながら、施設を出てからも定期的な調整に行かなければならないし、自分でも毎日異常がないか確認する必要がある。左腕が義手になったことに伴う手間は一生ついて回るが、今もこうして四肢を思い通りに動かせる俺は幸運だと言えるだろう。
     そして、当初自暴自棄に近い形で軍を辞めた俺も、その頃には比較的冷静な思考を取れるようになっていた。と思う。俺の所在をどうやって聞きつけたのか、左腕が馴染んできた頃には第三艦隊に残った知り合いがしばしば俺宛に電信を送ってくることがあった。彼女の名前を出しては「やはり戻ってきてほしい。俺から口利きはする」とそれなりの待遇付きで言われることもあった。
     だが俺はそれら全てを断った。
     これだけ俺の独り言を聞いているあんたはもうお分かりだろう。
     失った左腕の代わりを得ても、失った心はそう簡単には埋まらない。
     俺は結局、彼女の元へ戻る勇気を持つことができなかった。

     そして現在。
     俺は国境警備兵として、ドルキマス軍を迎え撃とうとしている。
     言わずもがな国境警備兵もドルキマス軍の管轄だが、ある事情によって今ドルキマス軍は真っ二つに分かれている。
     ディートリヒ・ベルク―今は元帥だ―率いるドルキマス空軍は、突如現王グスタフ・ハイリヒベルクに反旗を翻したのだ。その中には第三艦隊 ―つまりクラリア・シャルルリエとその部下も含まれている。
     間違いなく第三艦隊は先陣を切って出てくるだろう。
     よもや恩人の忘れ形見と干戈を交えることになろうとは。
     これは一番向き合わなければならなかった存在から目を逸らし続けてきたツケなのだろうか―などと考えていると、横から男に声をかけられた。
    「なんて顔してんだ、アンタ」
     フェリクス・シェーファー。俺と同じく此度の国境防衛のため雇われた傭兵たちの隊長にして、今回の俺たちの頭だ。青年になりたてと思わせる程に若いが、その立ち居振る舞い一つひとつが幾度も戦地を潜り抜けてきた戦人としての経験を十分に感じさせる。別の言い方をすれば―その貫禄はあまりにも不釣り合いだった。
     この世界は、彼のように不釣り合いな強さを持つ若者が多い。
     あの場にいる彼女もそうなのだろうか。
     俺が何も言わず考え事をしていることを怪訝に思ったのだろう。シェーファーが続けて何か言おうとしたので、とっさに俺は言葉を繕って返す。
    「なんてことはない、今自分が置かれてる状況を嘆いてただけですよ」そこから先は言葉がすらすら出てきた。「ベルク元帥率いるドルキマス軍主力艦隊を相手に、お貴族どもが逃げるまでの時間稼ぎをやれとはね」
     幸い彼もそれ以上俺の態度に言及して来ることはなく、視線を空に戻した。俺も貧乏クジだなどと言葉を続けながら、目の前の軍艦十隻を見つめる。
     今から国境警備兵として、あの国逆を討つ。
     シェーファーから各自配置に就くよう指示が下された。傭兵や兵士たちが散開し、彼と俺を含む数人のみがブリッジに残される。
    「どうか見ていてください」
     もうこの世にいない人に向けられた俺の言葉は、誰の耳にも入ることなくドルキマスの空へ溶けていった。
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