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    aprilapple16

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    aprilapple16

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    バンドパロ。好きって色んな種類があるよねって話。
    ワンウィークので書き始めたはいいけれど、あれもこれもと詰め込んで書いてたら1週遅れの上終わらないし力尽きたのでいったん区切りでアップしておきます。後半もいつか書くつもり。

    #ヒカトキ
    #光时
    lightTime

    バンドパロ(前半)いつから好きになったのかなど考えるのが無駄なほど、それはもう当たり前のように好きになっていた。その声も、表情も、密かにかかえる孤独も、その存在ごと全て大切で守りたかった。
    愛と呼ばれる繋がりを恐がり遠ざける彼の、信頼という繋がりの拠り所でいたかった。
    けれど相棒として以上に膨らんでしまった自分のこの想いは、彼の忌避する愛そのものであり、拠り所を破壊するものでしかない。彼のその殻を叩く勇気もなければ、自分の想いをずっと秘めておく覚悟もできなかった。

    ──だから、陆光は程小时のそばから離れることにした。


    程小时の幼い頃の記憶の大半は喬家で占められている。
    程小时の両親もまた音楽をこよなく愛し、彼らの音楽も人々から愛されていた。それゆえ世界を飛びまわり家を留守にすることが多く、程小时はずっと寂しい思いをしていた。
    もちろん両親も我が子を愛し、都度手紙や土産や詩歌を送ってはいたが、そこから愛情を汲み取るには程小时はまだ幼い年齢だった。それゆえ程小时が受け取ったモノは”両親が自分よりも音楽をとった世界”であった。
    そうやってじわじわと覚えてしまったのは、愛とはひどく虚ろで、夢まぼろしのようなものであるということ。そして自分は愛されない側の存在であるということだった。
    「たぶん、父さんと母さんはオレより音楽の方が好きなんだ……」
    「そんなことないわよ。2人ともたくさん手紙やプレゼントを送ってくれるじゃない。」
    在りし日に喬苓に不安を吐露し、その度慰められたのも一度や二度ではない。
    そこにもたしかに愛情はあったはずなのに、一番欲しいものが手に入らないという事実は、幼子から目の前の既にあるものを隠すのには十分な現実だった。
    「でも、じゃあなんで会いに来てくれないんだよっ…オレは、ただ会いたいだけなのに……」
    「おじさんとおばさんだって、きっとトキに会いたがってるわ。手紙にもそう書いて……」
    「そんなことない!!きっと、2人ともオレといるより音楽の方が好きなんだ……っ。だからおくりものでごまかそうとして、……」
    幼い程小时にとって、それは受け入れ難い現実であり、目を背けて蓋をしたいことであった。だからこそ、そこから目を逸らすことができる喬苓の提案は都合よく耳触りがよかった。
    「……そんなに言うなら、あんたも音楽してみない?もしかしたらおじさんとおばさんの気持ちとか、何か分かるかも。」
    そうして喬苓に誘われるまま音楽を始めた程小时だったが、思いのほか夢中になることができた。
    楽しい曲をしている間は楽しい記憶に思いを馳せることができたし、辛い時も歌にのせれば色んな人が聴いて心を寄せあえる気がした。歌を歌えば自分の気持ちを発散させることが出来た。
    そうして思惑通り、抉られたままの傷に蓋をすることに成功した。

    基本的にメンバーを固定することはなく、2人はライブの度に違う人間を探してはスリーピースバンドとして活動してきた。幸い喬苓の両親が経営するライブハウス近辺ではそれなりに名も知られるようになり、メンバー探しにそこまで苦労は無かった。
    メンバーを固定しなかったのは、組んだ相手に問題があった訳でも仲違いをした訳でもない。ただただそういう距離感がお互いに心地よいというだけの話であったが、それははたして程小时の傷から滲む深い繋がりへの恐れによるものだったのか、陆光というピースと出逢うための2人の運命によるものだったのか。
    ついに訪れたその出会いも、文字に起こすと至極呆気ないものだった。たまたま次のライブの相談をしていたところにたまたまベースを持って教室に入ってきた陆光がいたという、よくある使い古された青春の1ページのようだった。
    声をかけてみたところ、良くはないけど悪くもない反応が返ってきたので少し強引に巻き込みスタジオに連れ込んだ。ここまで来たならものは試しとセッションをしてみた。ここまではいつもと何ら変わらなかった。
    ただひとつ違うことは、陆光とのセッションが今まででないほど楽しかったこと。
    アドリブを入れればそれに応えてくれるし、演奏すればするほど知らない世界を見せてくれる陆光とのセッションに、程小时は運命のようなものを感じてしまった。
    「人生で信頼できる相棒になんて、そうは巡り合えない」
    そうして正式にメンバーに誘い、気づけば3人はスリーピースバンドに落ち着いていた。
    そうしてまるで最初からそうであったかのように3人に収まり、いつのまにかいつもいるのが普通になっていた。
    ──陆光が程小时へ抱く親愛がいつの間にか情愛に変わっていたことを自覚するまでは。


    「おい、ひっつくな。暑苦しい。」
    「別にいいじゃん。こんなんいつもだろ?」
    そういっていつもと変わらず肌の触れ合う距離でじゃれついてくる程小时は、陆光の気持ちを知らない。
    陆光としてはこれ以上好きにならないよう、それとなく距離を保っていたかったが、何も知らない程小时にとってそんなことは知ったことではなかった。否、もしかすると彼は気づき始めていたのかもしれない。
    ある時からだんだんと、陆光の真意を確かめるかのように接触の頻度があがっていった。
    「ヒカル、最近なんか冷たいからさー。俺寂しいんだけどー。もっと構ってくれよ」
    「...犬かおまえは...」
    口ではなんとでも言えるし、表情筋だってどうとでもなる。だか、近づく度に早鐘を打つ鼓動や上がった体温は隠せない。それら悟られないように、程小时をぐっと手で押し返す。
    最初の頃はちぇー、だのなんだよーだの言っていたが、ここ最近は何も言わずにじーっとこちらの顔色を伺っている。
    できることならずっとそばにいるために隠し通したかったし、これ以上好きにならないよう無用な接近は避けたかった。だが、いくらそう願っても陆光自身でさえその心を自在にはできず、愛しさが日に日に募るのだった。

    「今日のライブも最高だったなーー!」
    満面の笑みを浮かべて、アルコールを片手に程小时はケラケラと笑う。いつも通りライブは盛り上がり、ご機嫌になって打ち上げを迎えた。
    「ちょっとトキ、明日も一限からなんだから気をつけなさいよね。遅刻したらもう次が無いって言われてたでしょ。」
    「へーきへーき。そうなったらこのまま三人で音楽の道に進むのもありかもなー」
    「卒業出来なかったバンドマンなんてかっこ悪くて売れないわよ」
    「俺たちなら大丈夫だって。だってこんなに楽しいんだし!ずっとこのまま一緒に過ごして、音楽やって、そうやって生きていきたいよなー」
    (ずっと、このまま…)
    程小时の何気ない一言が小さな棘のように陆光の心に刺さる。痛みに気づかないフリをして打ち上げを続けるのも、その打ち上げで酔いつぶれた程小时を家まで送るのもいい加減慣れた。つもりだった。

    うにゃうにゃと何かを言いながら酔いつぶれかけている程小时をベッドに転がして、念の為横向きに寝かせる。枕元にペットボトルの水を置いてやって、ここまですれば充分だろうと一息つく。
    「トキ、もう帰るぞ。」
    「んーーーー、おりゃーー!」
    「あ、おい、白痴っ!!」
    まだ意識があったらしい程小时に、思い切りベッドに引き倒された。そのまま背後から抱きしめられれば、程小时より力のない陆光に抜け出す術はなかった。
    (まずい)
    好いた相手と同じベッドに寝転がされ抱きつかれている。自分の気持ちを気づかれないようにしている陆光にとってはかなりの危機的状況である。
    「トキ、離せ。俺は帰る」
    「…やだ。」
    「は?」
    「最近、ヒカルなんか俺に隠してるだろ?なんか、近いのに遠く感じる」
    急に真面目なトーンになった口調は、ちゃんと答えるまで逃がさないと言っているようだった。
    やはり、隠し通すのは無理なのだろうか。この男のために隠そうとしたのに、当の本人がそれを暴こうとするとはなんとも皮肉だな。
    陆光は顔が見えないのをいいことに堂々と嘯いた。
    「別に。隠してることはない。だからいい加減離せ。明日遅刻したくないから俺はもう帰る。」
    しばらくはその真意を探るようにじっとしていた程小时も、これ以上は追求しても意味が無いと悟って陆光を解放した。
    「そんなに俺って信用ない?なんでも話せる仲だと思ってたのって、俺だけ?」
    そんなことはない。信用以上の感情を抱いている。心の中で呟く。
    「……なぁ、お前の心って、いまどこにあるんだ?…運命だと思ってるのは、俺だけ…?」
    既に上体を起こしていた陆光は、その呟きに思わず振り返る。
    この心も運命も、全て程小时に捧げても構わないというのに、届かない、届いてはいけない。抱える二律背反はやり場をなくし胸の内で暴れまわる。その衝動のまま、思わず仰向けに寝転がったままの程小时の腕を強く握りその顔を見下ろす。
    「いたっ。おい、ヒカル…?」
    「俺は、俺の心は、」
    握る手にこもる力がさらに強くなる
    「ヒカル、痛いって!」
    「…っ、す、すまない。」
    程小时の叫び声にも似た抗議は、陆光を正気に戻した。
    「ヒカル、お前、ほんと何隠してるんだよ?」
    「…だから、何も隠してない。悪いが俺はもう帰る。」
    そう言って早々に会話を切りあげ、逃げるように程小时の家を後にした。

    程小时がよく口にする言葉をひとり反芻しながら、重い足取りで家に向かう。
    (ずっと、このまま、一緒に)
    付随して思い出すのはひとつの記憶。
    「トキは何故バンドを始めたんだ?」
    いつだったか問うたそれは、陆光にとってそれは何気ない日常会話のとっかかりのつもりだった。しかしかえってきたのは予想外の答え。両親とのボタンの掛け違えや、その違和感を未だ引きずっていること。ここまで明け透けに話してくれることへの喜びの反面、心境はより複雑になった。
    そう、程小时の答えを聞いて陆光はわかった。理解してしまった。彼が愛と呼ばれる関係を好まないことも、それでも誰かと深い繋がりが欲しい人間の性にのせいで信頼というものにそれを求めていたことも、全て理解っていたのに。それでも、好きになってしまった。愛してしまった。
    すまない。
    心の中で幾度呟いたかしれない謝罪は、許しを乞いたい相手に届くこともなく、陆光の胸の内で棘のように刺さったまま澱んでいた。そうして心の内に溜まって濁って決壊しかけた結果が先ほどのざまである。
    これ以上、この滞留させることはできない。いつか爆発して程小时や喬苓のことを傷つけかねない、そんな時限爆弾を抱えて過ごすなど出来るわけがない。
    陆光の中では時限爆弾の時を止めるために程小时から離れるか、程小时の深層心理にノックして壊れないようにゆっくりとすくい上げるか、今までは二者択一だった。
    だが、気づけばもはや一択になっていた。程小时の心の奥底まで潜ってすくい上げたとて、今度は浮上するときの圧力でその繊細な心を壊しかねない。
    だが、そうならないように時間をかけられるほど、爆弾の残り時間も多くはなかった。こんな時、過去に戻ってやり直せるなら、そんな非現実的なことを思う自分を嗤いながら、家の扉を閉めた。

    朝の講堂では昨夜のことが無かったかのように振る舞う彼らだったが、程小时の腕にうっすら残る痣が陆光に忘れさせまいとしてくる。わかっているから最後の時間を楽しませてくれと虚ろに向かって懇願して、静かにその時を見据えた。
    ライブも終わったばかりでさすがに今日は練習は休むかということで、近場の飲食店でただただ喋るだけのいつもの放課後。
    ついに陆光は口火を切った。
    「二人にお願いしたいことがある。……バンドを、抜けさせて欲しい」
    沈黙が流れる。永遠にも思われた静寂を、カップの氷がカラン…と崩れて破る頃、ようやく程小时が問い返す。
    その顔にはただ純粋に混乱だけが満ちていた。
    「……は?……いま、なんて言った……?」
    意味も意図も図りかねると言った表情に、あまり何度も告げたくはない言葉を告げるしかない陆光は少し苦い顔をする。
    「だから、バンドを抜けたい。」
    「え…、冗談、だよな…?」
    信じられないものを見るような顔で問われれば、その言葉がただの聞き返しではないことは想像できた。が、ここまで来たら後戻りもできないとダメ押しの一言を添える。
    「もっと正しくいうと、少し、距離を置かせて欲しい」
    そう告げた時の程小时の顔を、陆光は一生忘れることはないだろう。そんな顔をさせたくなかった、けれどさせるしかなかった。これは自分が抱えていく罪と罰である。
    「どう、いう……?え?おい、本気、なのか…?」
    ゆっくり首を縦に振り目を背ける陆光に、程小时はただただ戸惑った。
    何故?いつから?昨日の夜のことが引き金なのか?やっぱり嫌われていた?何かしただろうか?なんで?
    絡まった思考を解くための一助を求めるが、首を振ったきり陆光は下を向いたまま動かない。距離を置きたいという意思だけを伝え、意図は伝えないつもりのようである。
    混乱する頭をどうにかする手がかりすら与えられず、あまりにも突然のことに怒りたいのか泣きたいのか自分の感情すらわからず、程小时はただただやり場にこまった心のままに陆光に掴みかかり責める。
    「なんでだよ……!おい、何とか言えよ……!!」
    「ちょっとトキ!暴力はダメ!……ヒカルも、納得できるように説明して」
    「…っ。すまない。理由は、言えな…ッ」
    陆光が言い終わるかどうかというタイミングで程小时の拳が陆光の頬に強く打ち込まれる。陆光は反撃することもなく、殴られた衝撃のまま傾いだ身体をそのままに、静かに痛みを享受している。
    これ以上喋ることはないとも取れるその態度に、程小时はこれ以上のコミュニケーションに意味が無いことを悟る。
    「……なんだよ、それ……」
    掴みかかっていた手を離し、力無くつぶやくその顔は、色をなくして今にも泣き出しそうだった。
    どうにも止まらない悲しさや絶望。そしてぶつける先すらなく、やり場の無くなった感情が溢れ何も考えられなくなりそうな直前。
    「…………悪い、帰る」
    一言だけ残して程小时はカバンも持たずに踵を返し逃げるように俯いたまま店から駆けでる。いつの間にか降り出していた雨が、走り去る足音をかき消した。
    「……あ、ちょっと、トキ!かばん!!……はぁ、もう。これがないと家に入れないじゃない……」
    程小时の勢いに飲まれていた喬苓もようやく我に返り、幼なじみの忘れ物に気づく。いま追いかけるべきは陆光の脱退理由ではなく程小时の方だと即座に判断して、喬苓は陆光に向き直る。
    「いい?ヒカル。私はすぐにトキを追いかける。でも、あなたがどうして離れたいって言い出したのかも、あなたの口からちゃんと聞きたい。まぁ何となく理由はわかるからあえてトキは呼ばないわ。だから明日、絶対ここに来て、ちゃんと説明して。そうしたら、力になれるかもしれないから。」
    ポンッと場の空気にそぐわぬ軽い音をスマートフォンが鳴らす。陆光がメッセージを確認しこくっと頷くのを確認して、喬苓は急いで店を後にした。

    喬苓が程小时に追いついたのは、彼の家の前でびしょ濡れになった程小时が項垂れている頃だった。
    「トキ、とりあえず今日はもうシャワーを浴びて休みなさい。一回寝て、頭と心を落ち着けなきゃ。」
    声をかけてはみるが一向に返事は返ってこない。とはいえこのままでいるわけにはいかないので、とりあえずドアを開けて強制的に中に押し込もうとする。
    だが幼い頃と異なりいまの喬苓の力ではそれは叶わない。さてどうしたものかと頭を捻り始めた頃にようやく程小时は反応を示した。
    「……リン、ごめん。ありがとな。」
    「謝ることないわ。気持ちは分かるもの。」
    「俺、ヒカルに嫌われるようなことしたのかな……、どこで、何を間違えたんだろ…っ、ヒゥ……また、……」
    ようやく吐き出せた破片たちは、しかして意味を持った言葉になることのないまま涙とともに零れていく。
    「、大好き、なのに……ッ、どんどん、俺からッ、…はなれて…っ」
    泣きじゃくる弟のような存在の隣に座りただ横にいることしか出来ない喬苓は、少しだけ陆光に嫉妬する。彼に比べて自分ができることの少なさをもどかしく感じながら、程小时が泣き止むまでずっとそばにいるのだった。

    翌日、トキから風邪をひいたからしばらく休むと連絡があった。うつしたくないから見舞いも不要という添えられた一言に一抹の不安を覚えながら、喬苓はメッセージだけは毎日送るというところで折り合いをつけることにした。
    そして1週間後、ようやく復帰して教室に現れた程小时の顔を見て喬苓は驚く。いったいどれだけの間泣いていたのだろうか。1週間近く休んでいたはずだが、その目の周りは依然として赤く腫れていた。
    だが1番気になったのはもっと別のことだった。
    「トキ、あんた、ちゃんと食べてる?」
    「え?あー…、たぶん?腹が減ったら食べてるから大丈夫だって」
    空元気だと分かる笑顔はいっそ痛々しく、前よりほんの少し浮き出た顔周りの骨がその痛々しさを助長させる。
    教室のずいぶん離れたところに座る陆光も、その様に衝撃を受けたように固まっていた。が、程小时と目が合うとすぐに目線を外し、苦虫を噛み潰したような顔を窓の外に向けた。
    程小时の異変はそれだけではなかった。分かったのは気晴らしにと喬苓と向かったスタジオで、適当な楽曲を弾こうとした時だった。
    「リン……どうしよ、、」
    焦ったように向けられた顔は、自分の身に何が起きてるか本人すら把握出来ず混乱のさなかであることを物語っていた。
    「俺、歌、うたえない……声が、でない……」
    嫌がる程小时を無理やり連れて行った病院でわかったのは、精神的なストレスが原因であるということ。
    程小时も喬苓も思い当たることはあった。つい先週の例の件である。
    「ついに音楽にまで嫌われちゃったのかな...」
    そう呟く程小时は、まるで幼い頃の姿そのままだった。当分は精神の休養に充てようということになり、あっけなくこれまでの日常は変わってしまい、世界から音が消えたようだった。

    それからひと月ほどの期間、喬苓にとっては胃の痛い時間であった。
    程小时は大学を休むことも増え、どれだけ休養をとっても徐々にやつれていく。かたや陆光は変わらず距離を置いたまま、それでも程小时のその様子を心配そうに眺めては苦々しい顔を他所に向ける。
    どうにかしたいが膠着状態の今では打てる手が思い当たらない。いつかどちらかに限界がくるだろうと予期していた喬苓の不安は的中してしまった。
    先に限界を迎えたのは程小时の方だった。朝日を受けて目を覚まし、怠い身体をベッドから起こして腰掛けたまま床に足を下ろす。
    いつもよりぼやけた視界に少しの違和感を覚えながら立ち上がろうとすると、なぜか視界に映る景色は重力に沿うようにぐっと下がった。あれ?と思ったのは一瞬で、そのまま視界は下がり続け遂には目の前に床が映り込んだ。
    あぁ、倒れたんだなと理解するのに時間はかからなかったが、クリアになっていく思考とは逆に身体から力が抜けていく。これはまずいと思って枕元にあったスマホになんとか手を伸ばし、履歴の1番上にあった喬苓に何とかスタンプをひとつ送ったところで視界は砂嵐に染まりはじめ、程小时はそのまま意識を手放した。

    次に目を覚ましたとき、目に映ったのは見知らぬ天井だった。暗がりの中に見える無機質な天井と、耳に届くピッピッという機械音に、病院にいるということを理解する。
    ふと、機械音に混じって人の話し声が聞こえる。耳馴染みの良い凛とした女性の声に、ぼんやりとしていた意識は段々と覚醒していく。声のするほうを確かめようと身体を起こしてみると、案外すんなりと上体を起こすことに成功した。そうして、どうやら離れたところで電話をしているらしいその声の主に呼びかける。
    「リン…?」
    「………っトキ!!……よかった…」
    誰かと通話中だったであろうスマホは躊躇無く耳から下ろされ、ベッドに寄るなり喬苓は空いている方の手で程小时の頭を撫でる。その感触に、昔もこうやって撫でてもらったことがあったなと懐かしく思う。
    いまでも彼女にとって、程小时は手のかかるかわいい弟のような存在らしい。
    「あんたほんと…どんだけ心配させるのよ…っ。ほんとうによかった…」
    随分心配させてしまったようで、撫でる手は僅かに震え、安堵した瞳のまわりはわずかに赤く腫れている。たしか連絡をしたのは朝起きてすぐで、外が真っ暗ということは少なくとも丸1日意識がなかったことになるな、などと冷静に観察していると、喬苓ははたと思い出したように通話に戻る。
    「あ、ごめん、突然。…………。うん、そう。トキが目を覚ました。……。え?これから?ちょっと待って、トキはまだ…」
    何かを言いかけた口は寄る辺をなくし、スマホからは通話終了を告げる音が響く。
    「うそ、切った…?もう、顔に似合わずほんと衝動的なんだから。」
    その評価に程小时の頭の中にひとりの男が浮かぶ。いまここで横になることになっていた原因をつくった張本人──陆光の姿が。
    様々なことが脳内を駆け巡り、それらは反射的に身体を強ばらせる。追い打ちをかけるように喬苓が告げる。
    「トキ、落ち着いて聞いて。……これから、ヒカルが来る。」
    「……っ…なん、で…いまさら」
    理由も告げずに離れていった相棒──否、元相棒を思い出す。あれだけ話したいと焦がれていたのに、話せばいよいよ最後を告げられる気がして、すぐそこにいるのに連絡すらできなかった。
    そんな相手がこれから来る。自分に会いに。一体なぜ……?心も体も弱った状態の程小时には、悪い想像しかできなかった。
    「どうしよう、リン、俺……ヒカルに、」
    さよならを告げられるかもしれない。
    現実になってしまいそうな気がして紡ぐことのできなかった言の葉達は、チクチクざらざらとした感触を残して喉の奥に消えたいった。
    「落ち着いて。わたしには、ヒカルがあんたを嫌ったなんて思えない。むしろ…」
    件の日の翌日、約束通り現れた陆光から全てを聞いた喬苓には、陆光がくる意味も何もかも分かってはいる。
    だがそれを程小时に伝えるのは自分の役目では無い。それを分かっているからこそ彼女はヒカルに連絡をとり、この絡まりあった糸を解くために奔走したのだった。
    「いい、トキ?あんたが考えていることを、1度でもヒカルから言われたことある?恐いのはわかるわ。でも、このままでいいの?」
    いまにも泣き出しそうな表情の迷子はクビを横に振る。
    「でしょ?だったら、ちゃんと理由を聞かなきゃ。ヒカルならきっと、答えてくれるから。だから、あんたも勇気だしなさい。……今度はちゃんと、聞ける相手がすぐそこにいるんだから。」
    喬苓が扉の方を見る。程小时がつられてそちらを見れば、見知ったシルエットが廊下の灯りを背に立っていた。ひと月話していないだけなのに、随分と久しぶりに思う。
    「わたしは席を外すから、あんたたち、ちゃんとお互い話しなさい」
    そういって去っていく喬苓と入れ替わるように陆光がベッドに近づく。
    陆光の顔を直視するには、程小时はまだ心の整理がついていなかった。距離が近づくにつれ自然と目線は陆光から外れ自身の手元、シーツを強く握る手に移る。視認して初めて気づいた、手が震えていることに。
    これから告げられるであろう最後通告を想像して心が沈む。すっとベッドの横に座る気配がする。それにすら体はビクっと震えて顔を背けてしまう。
    陆光もここまで程小时を傷つけることになるとは思っていなかったのだろう、発した声音には後悔と懺悔が痛烈に滲んでいた。
    「トキ、本当に、すまなかった。ちゃんと全部話すから、聞いて欲しい。もしかしたらまたお前を傷つけることになるかもしれないけど、伝えないという選択は、誤りだとわかったから……」
    陆光の言葉はしっかり届き、頭では意味も理解できる。けれどそれらは耳元で燻り続け、身体の中、心の臓まで届かない。
    耳の中に薄い膜が張って、まるで拒絶するかのようだった。もういっそ何も話さないで欲しい。そんな願いは叶うはずもなく、陆光の口は言葉を紡ぎ続ける。
    「俺が離れたいと思ったのは、」
    「やめろ!聞きたくないっ!」
    耐えきれず、衝動のまま陆光の口に手のひらを押し当て塞ぐ。
    突然のことに驚いた陆光の動きが止まったことを確認した程小时は、その手を口からそっと離し、しがみつくように震える手で陆光のシャツを握りしめる。
    「聞いたら、終わる気がして……ッ、俺は、これで終わりになんて、したくない……ッ。本当に、もう元に戻れる可能性は……ないのか?なぁ、ヒカル……?」
    悲痛な願いを口にする大切な存在(ひと)の震える手をそっと握る。その願いに応えたいけれど、それは陆光の望む形ではないことは明白だった。
    その願いを聞き入れればきっと次は自分が限界を迎え、今以上に程小时のことを傷つけかねない。
    陆光にとってそれは何よりも避けたいことで、考えれば考えるほどもう逃げてはいけないことを思い知らされていた。
    「トキ、頼むから、話を聞いてくれ。」
    教室で見たやつれた姿が焼き付いて離れない。
    自分のとった選択の誤りに気付かされ、幾度後悔で眠れぬ夜を過ごしたか。今度は間違えない。そう誓った陆光は、程小时の心にそっと触れるように、ゆっくりと目を見て語る。
    「もう、元には戻れない。それは、俺自身の問題だ。トキはなにも悪くない。」
    程小时は思う。嫌われたのであれば、それはきっと自分が悪いはずなのに、どこまでも優しいやつだなと。だが、続く言葉に違和感を覚える。
    「トキのせいじゃない。俺が、勝手に裏切ってしまった。だから、悪いのは俺だけだ。」
    「……?どういう、ことだよ…?ヒカルが悪いって…?よくわかんないけど、俺は許すから、何があったとしても、俺はお前の味方になるから……!」
    「そうじゃない…。すまない、そうじゃないんだ」
    「…ッ!じゃあ、なんなんだよ……ッ!!」
    「お前を、好きになってしまったから」
    息を飲む音がして、陆光を捉えて懇願し続ける瞳が揺らぐ。その意味が分からないほど程小时はもう幼くも野暮でもなかった。
    「え...?好きって……そういう……?」
    陆光が真っ直ぐに瞳を見つめて頷けば、程小时の頭の中から僅かにあった他の可能性は潰える。
    いつから?それがなんで裏切りに?好きの意味するところが理解できても、何故それで離れるという結論に至ったのかは理解できなかった。
    「なん、で...?じゃあ、ヒカルがそうしたいなら付き合うから…!っだから、俺から離れてかないで……お願いだから……っ…」
    自分が言っている意味を果たしてどこまで分かっているのだろうか。この想いを伝えるか思案していた頃に思い至った陆光の危惧は的中した。
    「そう言うと思ったから、伝えずに離れた。」
    「なんで...?なにがダメなんだよ!」
    「…じゃあ、トキは俺とキスできるか?……それ以上は?」
    その問いかけに程小时の言葉が詰まる。とにかくどこにも行かないで欲しくて衝動で返した言葉。その行動が意味するところの現実を突きつけられた。
    そう、これは子供のままごとではない。相手と同じ”好き”でないといずれ辛くなること。だが陆光の望むものは自分が蓋をしてきた感情である。
    それなのに勢いで、自分の欲望のためだけに深く考えずに返すことがいかに互いを傷つけることになるか。
    ふと視界が暗くなる。今にも唇が触れ合いそうな距離。陆光の真剣な眼差しに射抜かれる。親愛と情愛に変わってしまったこと、それが程小时を蝕むことを分かっているということを思い知らされる。
    射抜かれたまま固まっているとさらに顔が近づく。
    「...ッ!」
    思わず顔を逸らし陆光を押し退ける。
    素直に引いていく陆光に、最初から口付けをする意思はなかったようだ。つまりは程小时に自分自身と向き合わせるためにわざとギリギリまで攻めたということで、その効果は覿面だった。
    「あ、ちがっ...、ヒカルが嫌なんじゃなくて、...ッ」
    陆光のことは好いている。みっともなくそばにいて欲しいと本人に乞い願うくらいには大切だ。
    だが、この気持ちは陆光と一緒なんだろうか?陆光が望むように愛せるのだろうか?愛せなかったら?自分がされたように、今度は陆光に悲しい思いをさせることになるのだろうか?今まで考えないようにしていたことがとめどなく溢れ出す。
    考えれば考えるほどわからなくなり、やがてその混乱は透明な雫となって瞳から溢れ出した。
    「ごめ...俺、ちょっと、わかんなッ...ヒクッ......」
    涙の止まらない程小时の様子に、今この場でこれ以上その心の蓋を開けるのは忍びないと陆光はベッドから離れ立ち上がる。
    「せっかく信頼できる場所をみつけたのに、安心して居られる場所を作れたのに、それを壊してすまない。でも、そんなに俺のそばにいたいと思ってくれるなら、ちゃんと考えて欲しい。いつまでだって待ってる。それに、結論がどうなろうと受け入れるから。」
    この話は終わりとばかりに陆光は背を向ける。
    「まずは、元気になって欲しい。ゆっくり休め。考えるのは、その後でいい。」
    そう言って外の灯りが漏れ出る扉に向かっていく陆光の背に思わず手を伸ばす。しかしその手は空を掴むのみだった。
    入れ替わりで入ってきた喬苓は問う。
    「ちゃんと話せたみたいね。」
    「…うん。正直、まだちょっと混乱してるけど…」
    「すぐに理解するのは難しいでしょ。無理しなくていいんじゃない?」
    「うん。でも、とりあえず、嫌われて無いことはわかった。あと、俺に元気がないと悲しい顔をさせることも。…とりあえず、今はちゃんと元気になることを頑張ろうと思う。」
    「うん。それがいいと思うわ。」
    「うん。つーことで、まずなんか食べるもんない?少し落ち着いたら、腹減ってきた…」
    「ふふ。今回は特別に使われてあげるわ。感謝しなさい。…それで、早く元気になってね。」
    「あぁ、リンもほんとにありがとう。」
    そうして程小时は検査入院を経て、原因を問い詰められて当たり障りない範囲で話したあと医者に散々怒られ、無事に退院した。
    ゆっくり待つとは言ったがアプローチをしないとは言ってない、と堂々と宣う陆光が待っているとも知らずに…



    【後編へ】
    後編は開き直って無理のない範囲で遠慮なくアプローチかけるlgと、聞いてた話とちげーぞとぷんすかしながらちゃんと考えて答えを出すcxsの話になる予定…予定は未定…
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