修行の前前前夜 あのシルエットを見てから、眠れなくなった。来るはずの生理も来ない。
頭もお腹も痛いし、とにかく不調。
「あんた、顔色悪いなあ」
俺がいるのになあ、と大般若長光が布団のなかで私を抱き締める。
この気持ちも、不調も、誰かのせいにしたくて、やめる。
口を開いたら、泣いてしまいそうだから。
***
彼女の不調が始まったのは、政府からお達しがあってからだ。
一週間後、あらたに極となる刀剣男士が現れる、とご丁寧にシルエット付きで。
「みんな、いつかは通る道だがなあ」
部屋を掃除しながら大般若長光がぼやくと、すでにその道を通った燭台切光忠が口を開いた。
「主も戸惑ってるんだよ。何度もシミュレーションしてたのに、やっぱり動揺してることに」
ちなみに彼女のシミュレート内容は以下の通り。
――虹色の背景で、金色のスロットになって、馬に乗っていれば先制攻撃を行う。
手紙の書き出しは「あんたへ」だろうか、「主殿へ」だろうか。
くだけた話し方もいいが、戦国大名などが送りあっていたような「~で、候」といった感じもありうるだろう。
帰還時は、遠征帰還の時のように「新しい服で帰ってきたよ」といったようなものかもしれないし、「主の元へただいま見参!」というものかもしれない。
……と、刀剣男士たちからすると、言ってることの半分は意味不明だが、彼女にとってはそうらしい。
ふと、大般若長光が庭に眼を向ける。虫の報せだったのか、主が、割と派手に転んでいた。
そばにいた、本日の近侍の秋田藤四郎が支えたのか一緒に崩れたのか、打撲したくらいで済んだようだが。
同じく、その光景を目撃していたらしい小竜景光が誰にいうともなく、つぶやく。
「仮に主に実力があったとして、いまそれを発揮できないのは誰のせいでもないさ」
なんだそれ、と大般若長光が問う。主が好きな歌の歌詞、と小竜景光が答える。
「それだけかのじょが、きみのことをとくべつにおもっているということだよ」
「そうか、大般若はあるじにあいされているんだな」
小豆長光や謙信景光も掃除の手を止めて、大般若長光に声をかける。
「そうそう、だからちょっとは困ってやりなよ、大般若長光」
困っているさ、と大般若長光は肩をすくめて見せた。