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    わび助平

    @donburatubuyaki

    基本NSFW背後注意/「秘密」鈴薪中心右薪無法地帯/「万聖街」尼林/大体らくがき/※万人向けでないものばかりですので、冒頭の説明をよく読み、内容について「大丈夫だ、問題ない」と徹底的にご了解いただいてからご覧になっていただいた方が安全です。どうぞよろしくお願いします。not for meだと感じたら見たことを忘れて早急に離脱推奨!!!!!!

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    わび助平

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    ツブさんのこちらのイラスト(https://twitter.com/tsubu132/status/1557381507194720256)を拝見し、鈴木が死後薪さんを見守ってるみたいですと感想をお送りしたところ、草葉の陰から薪さんを見守るイメージで描かれたものとお返事をいただき、そういう小話を書いてよろしいですか?とお聞きして承諾いただき作った鈴薪小説です。

    【鈴薪】「君の隣りで」誰かの元を去って、なおかつ共にいることはできるだろうか?

    ジャネット・ウィンターソン「灯台守の話」



    「君の隣りで」


     テーブルの上にグラスが二つ。一つは薪の前、もう一つは俺の前に置かれている。薪がこの家に引っ越してきた時、俺がプレゼントしたごつめのロックグラス。引っ越し祝いのつもりだったけど、考えたらこいつが好きなのはワインや日本酒だったから、俺がいない時にはほとんど使ってなかったかもしれない。
     俺が座っているのはいつもの窓側のソファだ。背もたれにいつだったか俺が忘れていったジャケットが綺麗にたたんでかけられている。向かいのソファには薪。フロアライトだけ点けられた部屋の中は薄暗く、あたたかな色の光が薪の髪やまつ毛に反射して、そこだけ小さく火が灯ったみたいだ。
     薪が持っているのは俺が好きなスコッチのボトル。
     おまえに勧めたこともあるけど「匂いが好きじゃない」ってにべもなく断られたっけ。でも俺がしつこく絡んで「つよし君、このスモーキーな香りと力強いアタック感こそ、大人の男の味だよ」ってからかうと、おまえは俺からグラスをひったくって中身を一気に空けた。それで、茫然としてる俺に「僕の嗜好に合わないだけで、飲めないわけじゃない」って顔色ひとつ変えずにやりと笑って見せた。
     おまえのそういうところも、好きだったっけ。

     薪はボトルを傾けると、まず俺の前に置かれたグラスへ、それから自分のグラスへとゆっくりと酒を注いだ。部屋が暗いせいで、グラスのなかの琥珀色が夜の海みたいに重たく揺れる。薪はグラスを持ち上げると鼻を近づけ、困ったように首を傾げた。
    「やっぱりこの匂い、好きになれないな。でも、おまえを思い出すから」
    薪がグラスを傾ける。うすく開いた薪の唇がアルコールで濡らされ、暗がりの中で妙になまめかしい光を放った。俺は思わず、唾を飲み込む。
    「鈴木、今日おまえの記憶を見た」
     そう、俺は去年の夏に死んだ。それからずっと、俺は薪の傍にいる。

     薪はグラスをテーブルに戻すと、左の手を強く握って口元に押し当てた。昔からの、何か考え事する時のおまえの癖。それから深く息を吐き出すと、俺のグラスを見つめながら薪は静かに語り出した。
    「僕はずっと恐れていたんだ。おまえが貝沼の脳を調査して、僕を殺したくなるような画を見たんじゃないかと…… 僕を殺しに来るおまえの幻まで見て……」
    あ、つよしくん。それ、俺です。
    去年の夏、上野や豊村や俺が死んで滝沢が入院になって、第九は薪一人になってしまった。第九の存続のために成果を挙げようと一人きりで調査に明け暮れる薪があまりにもつらそうだったから、せめて傍についててやろうとしたんだけど。薪に俺が見える時って、薪が肉体的にも精神的にも疲弊して参ってる時が多くて。そのせいか、薪には俺がスプラッタ映画の死体顔負けのやばい姿に見えちゃうみたいで。おまえが怖がって泣き出すもんだから、びっくりしたしショックだったっけ。
    「おまえは貝沼から僕を守ろうとしていたんだな。おまえの記憶を見るまでそれが理解できなかった僕は、おまえのことを信じ切れなかった僕は、とんでもない愚か者だ。すまない。鈴木、すまない……」
     薪はうつむき、そのまま黙り込んだ。
     俺だって。俺こそ、おまえに謝らなきゃいけない。おまえに銃を向けたりして、怖い思いをさせてすまなかった。俺を殺させて悪かった。寂しがりやのおまえをひとりぼっちにして悪かった。
     そうだ。俺があの夏、上司で親友でもある薪に相談もせずなんであんな無茶をしたか…… その動機はいたってシンプルだ。

    「好きだ、薪」

     そう、俺は薪が好きだ。だから、守りたかった。
     もうこの言葉を伝えることも触れることも出来なくなって、ようやく向き合えた正直な俺の気持ちだ。

     去年、おまえと一緒に彗星を見られなかった六月。おまえと雪子と俺の三人で仙台に行った七月。それから、ここで二人で乾杯したあの夜。仙台の第九管区本部が完成したらまた見に行こうって約束したあの時に、俺は自分のなかにあったおまえへの気持ちに気が付いた。
    だが、あの頃の俺にはそれを伝える勇気がなかった。自分の気持ちを認めて、自分を、周りを変える勇気がなかった。おまえにもっと触れたい、心も体もおまえとひとつにつながりたいって思う自分と、俺が薪にそんなこと考えるわけないって否定する自分がいて。親友としてのおまえと過ごす時間を壊すのが怖くて、おまえが知っていた「鈴木克洋」を壊すのが怖くて。どうしたらいいのかわからなくて、だから、知らないふりをした。
     でも、とにかくおまえの傍にいたくて。
     捜査のやり直しを命じられた時ですら、おまえと一緒に過ごす時間が増えたと内心喜んだ。おまえの傍にいたい、片時でも離れたくないって泣きごとを言うかわりに、いずれ俺とおまえは別々の管区に分けられて離れ離れになるんだって、二人で仕事に取り組める時間は今だけなんだっておまえに訴えた。
     気持ちは伝えられないけどせめておまえを守りたくて、おまえがこれ以上苦しまないようにと貝沼の脳を一人で見て、それで、あの八月を迎えた。
     俺が雪子にプロポーズできなかったのは、おまえのせいなんかじゃない。雪子がおまえを見る時の、特別な視線の意味を知ったからじゃない。滝沢が他の奴らに吹きこんだみたいに、結婚を望まれないおまえに俺が同情して遠慮したわけでもない。
     俺は薪が好きだった。ただ、それだけだ。
     もう俺の言葉が薪に届くことはない。それでも、俺は薪に気持ちを伝えている。あの八月十日以来、何度も、何度も。

     ふいに、さっきから黙り込んでいた薪がゆっくりと立ち上がった。そして俺が座る向かいのソファまで来ると、俺のすぐ隣に腰かけた(当然、俺の姿は見えていないはずだから、俺が長年使っていた場所を覚えていてよけたんだろう)そしてソファの背にかけていた俺のジャケットを手に取り、膝の上に広げる。
     俺のジャケットの内側には、なぜかジャケットとサイズが合わないひと回り小さなドレスシャツが、影のようにぴたりと収まっていた。
    そのシャツには見覚えがあった。確か、第九が稼働してしばらく経った頃だ。全国から集まった難事件を複数抱え、メンバー全員が疲弊していた。特におまえは捜査に全力を傾けるあまり、家に帰る体力すら失って室長室に泊まり込んでいた。せめてシャワーの後で新品のシャツを着るだけでも多少気分が違うだろうと思って、俺が薪のデスクにこっそり置いておいたのだ。あの時の薪のシャツが、今目の前で俺のジャケットの中に収まっている。
     一瞬、俺が薪を背後から抱き締めてるみたいに見えるなと思ったが、なんで俺のジャケットと薪のシャツが一緒になってるんだ? 謎を解くべく思案をめぐらせていると、口元に耳を寄せないと聞き取れないくらいの小さな声で、薪がぽそりとつぶやいた。

    「好きだ、鈴木」

     薪の言葉に、俺は頭が真っ白になった。

    「ずっと、おまえが好きだったんだ…… 鈴木」

     夢を見ているのかと思った。
     薪の大きな瞳に涙の膜が張り、暗がりのなかで熾火のように光が揺らぐ。それからすぐ、大粒の涙が光の筋となってこぼれ落ち、俺のジャケットに古い地図みたいな染みを作った。
    「鈴木、すずき……」
     薪は俺のジャケットをつかむと、堰を切ったように泣き出した。昼間部下たちの前では常に冷静で毅然としている顔が、嘘みたいにくしゃくしゃに歪んでいる。子どものように泣きじゃくる薪は、澤村の葬儀の夜に玄関に立ち尽くしていた小さな背中を思い出させた。
    その震える薄い肩を抱き寄せてやりたかった。冷たくなった小さな手を包み込んであたためてやりたかった。でも、薪が泣き疲れてそのままソファで眠るまで、俺はただ見守ることしかできなかった。せめて涙をぬぐえないかとその小さな寝顔に指を近づける。だが、空気みたいな俺の体は、薪に触れられないばかりか、その肌のぬくもりも息づかいも涙の冷たさも、何も感知してはくれなかった。眠る薪は翌朝目を覚ますまで、俺のジャケットを離さなかった。

     俺と薪がそれぞれ胸の奥にしまっていた秘密は同じ形をしていた。
     俺がおまえとつながりたいと思っていたように、おまえも俺を想ってくれていた。それならなぜ、誰よりも勇気があるおまえが俺に想いを打ち明けなかったか? 答えは簡単だ。俺があの夜、澤村が死んでひとりぼっちになったおまえに「家族にも恋人にも伴侶にもなれない」と伝えたからだ。だから薪は俺の言いつけを守ってずっと「親友」のままでいてくれた。自分の感情を押し殺して「親友」でい続け、俺に恋人ができたら祝福して、自分が邪魔にならないようにと配慮までしてくれた。薪を誰よりも苦しめていたのは、俺自身だった。
    「ごめん、薪。ごめんな」
     目の前にいる薪に聞こえないのをいいことに、俺はみっともないくらいに泣いた。

     薪に触れたい。
     薪が俺と同じ気持ちだったと知って、そんな渇望が俺のなかに芽生えた。おまえを抱き寄せて腕のなかに閉じ込めて、その唇に触れて、おまえの吐息ごと飲み込むようなキスがしたい。おまえの形をすみずみまで覚えられるように、体じゅうに触れておまえを確かめたい。
     それがもう叶わないならせめて、ほんの一言か二言でいい。薪と話がしたかった。

     そういえば昔、薪と見た映画で幽霊が見える少年と相談に乗るおっさんの話があった。あの子が確か、通常死人の声は生きている人間には聞こえないけど、眠っている時には届きやすいって言ってたっけ。それを思い出して以来、俺は就寝中の薪に話しかけるようになった。はじめは情熱的な愛の告白を日替わりで聞かせてやろうかとしたけど、恥ずかしくなってすぐに止めた。かわりに、薪と俺の思い出を話すことにした。

     薪と出会ったあの五月のこと、学業に励みながらも合間にあちこち薪を連れ回した大学時代のこと、教官たちにしごかれてお互い励まし合って日々を乗り越えた警大時代のこと、違う部署に配属されて直に会う頻度は減ったけどメッセージや電話で連絡を取りお互いの近況を知らせ合った頃のこと、第九でやっと一緒に働けるようになってからのこと、楽しかったことも悲しかったことも他愛無いことも全部、俺が思い出せるかぎり話せたらと思っている。

     そういえば、幽霊で生身の脳をもたない今の俺でも、記憶を失ったりするんだろうか。家族も、友達も、付き合った子たちのことも、薪とのたくさんの思い出も、薪や自分の名前さえも、煙が空にとけていくように、この記憶もやがて消えていってしまうのだろうか。
     でもそれなら、薪がいればいい。
     薪が俺にとってなによりも大切な存在で、俺はその傍にいる。ただそれだけを覚えてさえいられたら、俺はまだ俺でいられる。
    「ずっと一緒だ、薪」
     眠りについた薪の額に触れることのない口付けを落とす。
     せめておまえの夢のなかで、おまえと俺の思い出のどこかで、二人がまた出会えるようにと願いを込めて。



     そしてあの日から、三年したらまた行こうと薪が俺と約束したあの夜から、ちょうど三年後の七月六日。薪は約束通り、俺の記憶とともに完成した仙台の第九管区本部を訪れた。おそらく、死を覚悟して。



     なあ、薪。
     おまえは長生きしろよ。
     おまえ、ことあるごとにこっちに来ようとして、見てて相当危なっかしいぞ。俺だっておまえにまた会えるのを楽しみにしてる。でもな、急がなくていい。ゆっくりでいいんだ、薪。
     俺はおまえに生きてほしいんだ。
     でもそれは、両親の復讐のためでもない。澤村の罪を背負うのでもない。第九の捜査で奪われた数々の命のためでもない。誰かへの償いのためでも、誰かに託されたもののためでもない。おまえが自分のために選んで決めた生き方であってほしいんだ。
     そうして自分の人生を生きるおまえのその髪の色が少しずつ変わっていくのを、その顔にひとつひとつ皺が刻まれていくのを、でも変わらず、誰よりも勇敢で真っ直ぐなおまえを、俺はただ傍で見ていたいんだ。
     そしていつか俺とまた会う日には、人生が美しかったって笑ってほしい。
     それまで俺はここで待っているから。
     おまえの隣でずっと見ててやるから。




    【終わり】
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