(しまったタイトル考えてなかった大学時代鈴薪です)明かりを落とした部屋の中は、窓から差し込む月明かりにひっそりと照らされていた。月の光が隣で眠る薪の栗色の髪の上で、小さな王冠のような天使の輪のような、そんなちらちらと輝く銀色の輪を描く。その光景は、子どもの頃読んだ本に出てきた海の底で眠る宝物を思い出させた。
ここは薪の家の客間。並べて敷いた布団に俺と薪がほぼ同時にもぐりこんでもう二時間は経つ。しかし、今夜もなかなか薪に眠りが訪れない。無理もない。
薪は幼い頃に両親を失った。その傷さえまだ十分に癒えていないというのに、その孤独で小さな背中にはさらに十年間一緒に暮らした養父の裏切りと死と彼が隠していた目をそむけたくなるような真実が追加でのしかかった。俺と出会って間もない頃でさえ両親を失う悪夢にうなされていた薪は、澤村を失ってさらに不安定になった。そして澤村の死後一年近く経つ今でも薪の状態は落ち着かず、不眠や情動不安定をはじめさまざまな不調に悩まされている。
でも薪はそれを周りに訴え、助けを求めようとしない。澤村の葬儀の後には、俺に涙も心の内も見せてくれた薪だが、あの夜以降俺に弱音を吐いてくることはなかった。俺はそんな薪を支えたかった。薪が一人で背負っているものの重さを、それでも真っ直ぐ生きようとする薪の強さを、俺は理解していると伝えたかった。お前はもっと俺を頼っていいんだって伝えたかった。
でも言えずに、俺はただ薪の傍にいた。
今夜も眠りに見放されたその背中に、迷った末に声をかけた。
「どうした?」
俺が起きていると想定していなかったのだろうか。俺の声に、薄い肩がおおげさなほどにびくつく。
「眠れない?」
返事はないがさっきより明らかに早くなった呼吸が、薪が眠っていないことを証明していた。
「こっち、来いよ」
手を伸ばし、その小さな頭のてっぺんを掌で包み込む。
「ほら」
しかし、強情な薪がなお気付かないふりをしてだんまりを決め込むので、俺はわざとらしくひどくゆっくりした動きで、薪の髪をなで回した。俺の手が薪の頭の上を何周かした頃、ようやく覚悟を決めたのかあきらめたのか、薪が深呼吸をひとつした。そしてもそもそと動き出し、並べて敷いた俺の布団の中にもぐりこんでくる。俺は薪が入りやすいように薄掛けを上げて迎え入れた。
小さな薪は、俺の布団に入ってきてもはみ出ることなくきれいに中に収まった。俺はふいに、子どもの頃拾った子猫を思い出した。その小さく脆い命を、親に見つからないようベッドの中に隠して一緒に眠ったことを思い出した。俺は薪を怖がらせないように、ほっそりした体にそっと腕を回し、薄い背中をゆっくりとさすった。それまで緊張と不安からか固くこわばっていた薪の体は、やがて安堵したのか俺の手の動きに沿うように柔らかくなった。そして早く浅く不規則だったその呼吸は徐々に落ち着き、静かで規則的な寝息に変わった。
薪の眠りを確認した後も俺は寝付けず、間近にあるその穏やかな寝顔を眺め続けた。誰にも弱みを見せない薪が、今俺の腕の中で安心した顔で眠っていることがたまらなく嬉しかった。誰にも見せたくない宝物を秘密の場所に隠してこっそり眺める子どものような、そんな、ちょっと後ろめたくくすぐったいような喜びが、俺の胸の内に芽生えた。
〈おわり〉