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    新婚KA

    軽くドアノブを引くと、扉は記憶通りのゆるく軋んだ音を立てた。ぎ、ぱたん。
    実家を出て久しくなるけれど両親は俺の部屋をそのまま残してくれていて、帰るたびふるさとの旧友に再会したような気持ちになる。よく知りながらも懐かしい空間、遅れて部屋に入ってきた恋人、どちらも俺の大切なものだ。なのにそのふたつが結びつくことにはまだ慣れなくて、なんだか心のやわらかいところがくすぐったくなってしまう。
    さほど遠くない昔、初めて彼がこの部屋を訪れたとき、あいつはやけに目をきらきらさせて、堪えきれずにあちらこちらを眺め回していた。その姿はまるで初めて彼が俺の─大学時代の─寮を訪れたときのようで、でも俺は悪い気なんてしなかった。だってあいつはいま、俺の恋人なのだ。あの時とは違って。すこし恥ずかしいけれど悪い気なんてするものか。
    そんなことを考えていたらあいつは「寮の頃の先輩の部屋を思い出しますね」なんて言いながら、俺の雑多なフィギュアやポスターや高校時代の教科書なんかをあんまり愛おしそうに見つめるものだから、俺は自分が特別な人間なんじゃないかとしあわせな錯覚をおぼえてしまうのだ。おんなじ過去を思い返していたのさえも嬉しくなってしまうのは仕方ない、だって好きなんだから。
    不意にコングポップが顔を近づけてきて、はた、と俺は自分の置かれている状況を思い出す。新婚の、恋人と、ふたりきり。己の心臓がきゅっと跳ねて、喉がごくりと動くのを他人事のように感じた。
    「こら」
    ここ実家だぞ。小言の代わりに額にぺちんと指先を押しつければ、形の良い眉がへにゃりと下がる。俺がその子犬のような表情に弱いことを知っていて意図的に下げられることも多いその眉が、今は彼の気持ちを正直に表しているような気がするのはなぜだろう。
    「だって先輩、」
    恋人は困り顔のままささやいた。
    「朝からずっとキスしてないし、もう限界です」
    あ、そっか。
    鈍感な俺はようやく気づく。ここ、"俺の"実家だ。
    誰にでも愛想良くできて誰にでも好かれるこいつは、俺の家族に対してはことさらににこやかだ。新しく家族になる旦那としてはそれはそれは申し分なく、こちらが恐縮してしまうほどであった。そんな、誰に対しても完璧に振る舞える俺の恋人も、きっと緊張しているのだ。相手が俺の家族だから。気を張らずとも彼は十分スマートなのに、嫌われたくない一心で。
    申し訳ないな。
    二つの意味で申し訳ないと俺は思った。気を使わせてしまって、気づいてやれなくてごめん。そして、そんなお前をかわいいと思ってしまってごめん。
    だってそんなの、かわいすぎる。俺の年下の恋人、かわいすぎる。
    さっき不思議に思ったんだ。いつもなら甘い建前のひとつやふたつ述べながら求めてくるはずなのに、今日はそれがないことを。それほど彼は緊張しているし、そんな彼が安らぎとして求めるのは俺なのだ。そんなのかわいくないわけがない。
    今この家で、いや世界中どこでだって、こいつの緊張をほどいてやれるのは俺しかいないし。こいつがかわいすぎるのが悪いし。俺の家族を大切に思ってくれてるご褒美をあげないといけないし。俺は頭の中にいろんな言い訳を並べながらしょげた恋人に顔を寄せ、くちびるに触れるだけのキスをした。
    驚いて見開かれた目はすぐ嬉しそうに細められる。そんな様子をかわいいなあと見つめていると、す、と褐色の右手が顎に寄せられて、短く切られた爪の親指でくちびるをなぞられてから、もう一度キスをされる。ちゅ、ちゅ、と角度を変えてくちびるを合わせているうちに、いつのまにか彼の左手が俺の首に添えられていて、薬指のリングの冷たささえ愛おしく感じられた。どちらからともなく口を開き、ゆるく舌を絡ませる。
    ああ、俺、自分の部屋で恋人とこんなことしてる。甘さでぼうっとする頭の傍らでひそかに思う。この部屋で毎日を過ごしていた頃は想像もしていなかった未来。 そんな現在を俺は歩んでいる。コングポップと一緒に。

    「アイウン、コングポップくん」
    突然部屋にノックの音が響いて、俺たちは飛び上がった。
    「そろそろお茶にしましょう」
    母親の足音にも気づかなかったなんて。しばらくぽかんと目を合わせていた俺たちはどちらからともなく吹き出し、声を殺してくすくすと笑った。実家にいるとどこもかしこもこそばゆくてたまらない。
    俺は手で口をぬぐってから「今行くよ、母さん」と返事を投げたのち、名残惜しそうにドアへ向かう恋人がリラックスして過ごせるように、と愛おしい彼の頰にちいさなキスを贈ったのだった。
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