◆ 狡い価値 ◆――――――
ある年の四月。
ジャシン教にとって誕生などめでたくもないだろうがちょうど良い言い訳だと思い気紛れに欲しいものを聞いた。
すると飛段は目を輝かせて《お前!》とこちらを指さした。
一瞬、そんなもので良いのか…と衣の上から腕の繋ぎ目に触れる。
異形の体が欲しいなんでおかしな男だ。
願いを叶えてやろうかと思いながらも却下する。
口約束で相棒のものになったとして何かが変わるとも思えなかったが云いふらされては迷惑だ。
他に何か、と尋ねてみてもそれ以外は要らないと云う。
飛段にとっては特別でも何でもないらしい4月2日は自分達には似つかわしくないプレゼントの話だけで終わった。
丸一日。
任務の事にも賞金首の事にも触れずただ話していたことが嬉しかったのかその夜の飛段はとても満足そうに笑っていた。
それから四か月後。
角都はいつも通りのため息と共に眉を寄せていた。
15日まではまだ日があったが、誕生日(何か特別な日らしい事)を知って何かしたくなった相棒が《どうせ欲しいものは金だろうから俺をやる》とおかしな事を云いだした。
誰も居ないとはいえ林道のど真ん中で唐突に。
「要らん」
「何で?」
ジャシンの加護を受けた特別な体だと得意げに胸を張る。
だからこそだ、と言いそうになって角都はまた息を吐く。
すでに魂の大半が得体の知れない神のもの。
そんな男を手に入れたとて到底支配しきれないのに、と瞬間的にそこまで考えてうんざりした。
(コイツを独占したいだと?馬鹿な)
「信条はどうした。生を受けた日を祝おうとするな」
「別にいつでも良いんだけど丁度言い訳になんだろ」
ただ嬉しい事がしたいのだと飛段。
お前が嬉しいだけだろうと睨む角都。
「……もう行くぞ。賞金首が近い」
「俺はなっ…!」
わざとらしく取り出されたビンゴブックを指さして飛段は大声をだす。
「そんなのよりずっと高ェんだぞっ」
だから何だと角都は冷めた目をした。
「知らねぇだろ!お前から俺になんかしたいなんてねぇもんなっ!でも、フツーの体で出来ねぇ事をしたいヤツはいっぱい居るんだぞ」
この馬鹿は一体何の話を始めたのか。
「そいつらはそんなモンに載らねぇ。一文の価値もねぇクソみてぇな奴らが無駄に持て余した金を下らねぇ娯楽に回す」
「…何を相手に何で張り合っているんだ、お前は」
「アイツらはお前が一枚一枚丁寧に数えてる金をただの紙切れみてぇに使うんだ」
呆れ顔の角都に頬を膨らませて思いつく限りの言葉をぶつける。
「そんなモンより俺の方が金になる!」
それは林を突き抜けるような怒鳴り声だった。
なのにそんなにコレが大事かとそんなにコレが《嬉しい》のかとビンゴブックを奪い取る。
空いた手を見つめた角都はやはりため息を吐いた。
しかしそれは面倒だとか呆れだとかといった雰囲気ではない。
仕方ないという風でもなく飛段は困惑する。
ただ僅かな怒気は感じ取れたのでこれ以上勢いで余計な事を言わないようにと自ら両手で口を塞いだ。
「その《クソみてぇな奴ら》にお前を売って帰りを待つぐらいなら」
(待ってくれるのか)
飛段は口を塞いだまま、目をぱちくりさせる。
僅かに嬉しくなったのもつかの間。
「賞金首を殺る方が余程建設的で効率が良い」
「やっぱりソッチのが良いんじゃねぇかっ!」
ぶすくれる飛段に今度は呆れ果てる角都。
眉を吊り上げる飛段にくるりと背を向け静かに答える。
「俺は《俺のモノ》を《クソ》と共有するつもりはないし、《紙切れみてぇ》に投げられたものを拾う趣味もない。それがいくらになろうともだ。馬鹿め」
そのまま彼を振り返らずに歩き出した。
折角追い詰めた賞金首が逃げてしまう。
馬鹿な男はぽかんとその背を見つめている。
つまり。
必要とあれば使用し、半分以上組織のものになってしまう金よりも価値がある、と?
都合よく解釈して良いのだろうか。
怒気を孕んだ言葉の意味を理解する間も角都はどんどん遠ざかっていく。
「要らねぇって言っといてそれはズルくねぇ!?」
弾かれたように飛段は走り出した。
「お前さっ!ホントは俺のこと大好きだろ!」
背に飛び込んでくる勢いの男に黙って回し蹴りを食らわせる。
木に叩きつけられた飛段は嬉しそうだった。
「行くぞ、狙いはすぐそこだ」
「その金で宿いこーぜ!宿っ!優しく抱いてやるよ」
「やめろ。気持ち悪い」
「………この前みたいにだらだら喋ってるだけでもいいし」
不満そうに唇を尖らせる男はまるで子供だ。
「――――――気が向いたらな」
それを横目に甘やかそうとする自分も大概だなと角都はため息をついた。
―――――――――――― 終 ――――――