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    惚れ薬から始まるシカライシカ未完

    #シカライシカ

    惚れ薬シカライシカ 惚れ薬、なんて馬鹿げたものを何故飲まされたのかというと、それも本当に馬鹿げた話で、何やら俺に好かれたい女子というものがあり、俺の好きな梅昆布茶に薬を仕込んで渡してきて、警戒心ゼロの阿呆な俺は何の疑いも無くそれを飲み干したのだが、たまたまそこへ姿を表したのがライドウ先輩という人で、とにかくこの人は間が悪いというか運が悪いというか、決して性根が悪い人ではないにしても、そうやって何かのめぐり合わせが悪いところがたびたびある人であり、この日もつまり惚れ薬を飲まされた俺の目に真っ先に入ってきたのがライドウ先輩だった。
     俺に好かれたかったらしい女子、俺は名前も知らない彼女は何やらライドウ先輩に文句や悪態をついてその場を去り、まあ後々上層部から厳重注意を受けたらしいが、その文句や悪態からライドウ先輩は俺に何が起きたのかを察してくれた。もちろん、その前に俺がはっきりとこの人に、なんかよくわからねえけどアンタが好きです、と生まれて初めての最低な愛の告白をしたおかげでもある。
     ライドウ先輩はすぐに俺をシズネ先輩のところへ連れていき、そこへたどり着くまでの間にも、大丈夫、すぐ治る、永久に効く薬なんてのは無いから、大丈夫だからな、と俺を励まし続けてくれていたのだが、ライドウ先輩の方が冷や汗が凄かったし、俺はずっとライドウ先輩の顔を見つめながら、案外悪くない顔立ちをしているな、と思ったり、いい声だな、と思ったり、頭では冷静にライドウ先輩のことを見ていたが、胸は苦しかったし顔が熱くて嫌だった。ライドウ先輩の手に引かれた腕に、妙な緊張が走ったりもした。
     状況を伝えるとシズネ先輩は、明らかに笑いを堪えながら、この手の薬は下手に解毒剤を飲むと余計に悪化することがあるので、時間経過で効果が無くなるのを待つのが最も安全だ、のようなことを説明してくれた。
     どのくらい待てば良いのかというと、その辺のくのいちが作れる、または入手出来るような薬で、しかもお茶で誤魔化せる程度の代物なので、長くても1ヶ月程度だろうとのことだった。
     1ヶ月もこの、決して悪い人ではないが、なんというか、とらえどころのない、几帳面で厳格で、俺とは性格が真逆と言ってもいい、そもそも同性の、20歳近く年上の、このライドウ先輩のことを好きでいることになるのかと思うと、短いとは到底思えなかったのだが、しかしながら惚れ薬を飲ませてきた女子の当初の予定どおり俺が彼女を好きになっていたとしたら、それはそれで今よりもっとずっと面倒なことになっていたに違いないし、下手したら人生を丸ごと奪われていたかもしれないわけで、そう考えれば、この人のように事情を理解出来る大人に惚れていたのはまだマシな方だ、と俺は無理矢理に自分を納得させた。
     一応火影様にも報告しておこうということになって、絶対に面白がられるから嫌だったけれども、ライドウ先輩が手を引いてくれたので黙ってついていき、案の定笑いを堪える5代目の視線にどうにか耐えた。
     5代目はライドウ先輩に
    「こうなってしまっては仕方ない、優しくしてやれ」
    などと言った。その言葉に俺は顔に熱が集まるのを感じてまた嫌な気分だったし、それを見た5代目はさらに吹き出しそうになるのを抑えつつ、
    「変な意味じゃないぞ。一線は越えるな、あくまでも薬のせいなんだから」
    とわざとらしくライドウ先輩を睨みつけた。
     ライドウ先輩は呆れたように、
    「わかってます。シカマルに手を出したりなんかしたら、シカクさんとヨシノ先輩に消されますよ」
    とため息をついた。両親さえ良ければ手を出すのかよ、と俺は心の中でツッコミを入れざるを得なかった。

     報告を終えて一刻も早くその場を立ち去りたかったのに、ライドウ先輩の傍にいたい感情に抗えなかった。
     こんなわけのわからねえ状態、さっさと終わらせたい、とりあえず忘れて昼寝とかしたい、ひとりになってぼうっとしたい、という欲求が次々に浮かぶも、ライドウ先輩が好きだ、傍にいたい、という謎の欲求に押しつぶされた。
     とりあえず、とライドウ先輩は人通りの少ない場所へ移動して、古びたベンチに俺を座らせて、すぐ隣に自分も腰掛けた。その距離に今までだったら、妙に近ェけどいつものことだもんな、と思うだけだったはずなのに、今は妙に腰のあたりが落ち着かずそわそわして、俺は座り直すふりをして少しだけライドウ先輩から離れた。が、ライドウ先輩は気付かず、身体をこっちに向けて話し始めると同時に俺の膝に膝を触れさせてきたので、この人はこういうところがあるんだよな、と絶望しながらライドウ先輩の声を聞いた。
    「大変なことになったが、シズネが言っていた通り、長くても1ヶ月で効果が消えるってことだから、とにかく時間が過ぎるのを待つしかない」
     そんなことはわかってる、と苛ついた声が出そうになったが飲み込んだ。そもそも俺の不注意にこの人を巻き込んでしまったのだし、この人はタイミング以外何も悪くない。相変わらず顔が茹だったように熱くてぼうっとしてる俺から見ても、ライドウ先輩が1番戸惑い、混乱しているようだった。それをどうにか抑えて、落ち着いた声を出している。俺は何となく、その声が好きだと思った。
    「でもまあ、ほら、嫌ったり憎んだりするよりは、好きな方がいいだろ、嫌われる薬じゃなくて良かったと思う。俺もお前ともっと話してみたかったし、これを機にもうちょっとお互いを知ったらいいんじゃないかな、こうやってふたりで会ったりとか」
     ライドウ先輩が努めて明るい声でそんなことを言ったので、俺は茹だったまま考えたのだが、うまく頭が働かず、
    「付き合ってくれるってことっすか?」
    などと聞いてしまうと、ライドウ先輩は一瞬呆けたような顔をした後、真っ赤になって慌てて首を横にぶんぶんと振った。
    「ち、違う! 付き合うとかそういう、そこまでじゃなくて、年は離れてるけど友達みたいに色々話せたら俺は嬉しいと思ってて、でも多分、その薬の効果が切れたらシカマルは俺みたいなおっさんなんかとは話したくないだろ、だから、今のうちにちょっとでも仲良くなれたら、今後の任務とかでもやりやすくなるだろうし、」
     ライドウ先輩は真っ赤な顔のまま、明後日の方向を見ながらべらべらと喋った。俺と仲良くなりたいと思っていてくれたことは単純に嬉しかったが、確かにこの薬の効果が切れたら、この人とわざわざふたりで時間を作って会いたいと思うだろうか、というのは疑問だった。不思議なことに、俺の頭は妙に冷静だった。冷静に考えられるのに、感情は上手くコントロール出来ない。極めてめんどくさい事態だ。
    「俺、こういうふうに人を好きになったことが無いんで、どうしたらいいのかよくわかんないっすけど、」
     俺がぼそぼそと言うのを、ライドウ先輩は俺の顔をじっと見つめながら黙って聞いてくれたが、俺は顔を見られるのが嫌でずっとうつむいて喋った。
    「とにかく、なんか、アンタに会ってたい気がするし、ちょっとでもふたりで会う時間あると嬉しい‥‥かも」
     何でライドウ先輩相手にこんなことを言わなきゃならないのか、全く以て理不尽だ。
     この気持ちも、顔の熱さも、この言葉も、全部薬のせいなのに、恥ずかしくてたまらない。
    「薬のせいだってわかってるけど、なんか照れるな」
     そんなことを言いながらライドウ先輩はようやく俺から視線を外したので、逆に俺は茹だる顔を上げてライドウ先輩を見ることが出来た。ライドウ先輩は俺ほどではないが顔を赤らめて、あらぬ方向に視線を泳がせていた。
    「うん、そう、そうだな、とりあえずはそんな感じで、出来るだけ会って話そう」
     最後にライドウ先輩は俺を見てにっこりと微笑んだ。
     俺は、はい、とだけようやく言った。この程度のことで心臓がもぎ取られそうなぐらいに痛むなんて、この先の1ヶ月が不安でしかない。頭ではそう思い、深々と絶望のため息をつきたいのに、俺の胸からは、これからも会って話せることが嬉しい、という期待のため息が漏れただけだった。

     その日はそのまま帰ったが、帰路も帰宅後も、飯を食ってても風呂に入っててもベッドで横になっても、ずっとライドウ先輩のことが頭から離れず、会いたい、声を聞きたいという欲求が胸の内を暴れ回った。
     仕事が忙しいときなどは、考え事をしていて中々意識が落ちず眠れないという日が度々あったにせよ、誰かのことを考えていて眠れないなんて、完全にどうかしている。いや、薬のせいなのだから、間違いなくどうかはしている。それにしても、俺は誰かに恋をしたらこんな状態になるんだろうか? よりによってこの俺が? どうにもそれが信じられず、しかし実際に俺はライドウ先輩のことを考えていて眠れないのだった。頭では冷静に、馬鹿げている、と思っているのにだ。
     結局一睡も出来なかった俺は、寝るのを諦めて早朝に少しだけ散歩をして、いつもよりだいぶ早く出勤した。今日は内勤の予定だけだったので、多少寝不足でも何とかなるし、どこかで仮眠を取る余裕があるかもしれないのが救いだった、にも関わらず、俺は意味も無くその辺をぶらぶらと歩いたり、用も無く廊下を行ったり来たりしていた。そわそわして落ち着かなかった。そうしていると、昼前になってやっとライドウ先輩の姿を廊下の向こう側に見つけたので、ため息をついてその影を追った。
    「シカマル、‥‥‥‥、どうしたんだ、その顔」
     会えて嬉しい。よくわからないがそれはそう思った。本当に、よくわからないが、胸が暖かくて心地良かった。しかし、今の俺はこの人に会いたいがために一晩まるまる眠れなかったのだ。あらゆる欲求の中で睡眠欲が最も、格段に強い俺が、この人のせいで寝ていない。ライドウ先輩が悪いのではないと頭ではわかっていながら、俺はおそらくものすごくふてくされた顔で、不機嫌さを隠せずに言った。
    「アンタのこと考えてて、一睡も出来なかったっす」
     それを聞いたライドウ先輩はまた呆けた顔になった。その顔を何となく、かわいい、と思った。どうかしている。
     しかしすぐに、いかにも申し訳無さそうな、憐れんだ顔になると、
    「なんか、その、ごめんな」
    と言った。
     ライドウ先輩が謝ることじゃねえのに。ライドウ先輩が悪いんじゃねえのに。俺はさすがに俺の方が申し訳なくなり、
    「や‥‥会えて、嬉しい、っす」
    とたどたどしく言った。また顔が茹だってくるのを感じて不快だった。
     ライドウ先輩はそれを聞いて、あー‥‥と言葉にならない声をかすかに出した。薬のせいだと理解していても、20歳近く年下の男に言われているとしても、こういう言葉には耐性が無いらしく、照れているのをどうにか落ち着かせようとしているのが見え見えだった。
    「昼は? もう食ったか?」
     わざとらしく時計を見上げて、ライドウ先輩が言った。
    「え、あ、まだっす」
    「どっか食いに行かないか」
     また胸が熱くて少し痛かった。俺が頷くと、ライドウ先輩は安心したような顔で微笑んだ。
     並んで歩きながら、
    「何食いたい? シカマルは何が好きなんだ?」
     とライドウ先輩が機嫌良さそうに聞いてきたので、俺はとっさに、
    「ライドウ先輩が好きです」
    という最低の返しをしてしまった。ライドウ先輩がまた呆けて真っ赤な顔になったのを見て、慌てて
    「違うっす、好きって単語聞くとなんか、条件反射で言っちまうんです、薬のせいで」
    とすべての責任を薬に押し付けて弁解した。俺が恋をしたらこんなふうに寒い台詞を言うようになるとは思いたくなかった。
    「すいません、俺がこんなこと言うの、気持ち悪ィっすよね」
     我ながら、誰が聞いているかも知れない廊下で、所構わず寒い台詞を言い出す自分に薄気味悪さを感じて俯いた。ただでさえ、20歳近くも年の差のある同性同士なのに。
     でもライドウ先輩は、それを聞いてまたぽかんと呆けた顔になって、
    「お前に対して、気持ち悪いなんて思うわけ無い」
    と大真面目に言った。その言葉に胸が締め付けられて苦しくてつらくて嬉しくて、頭が混乱した。
    「薬のせいだってわかってるし‥‥でも、どんな状況でも、好かれることに対して嫌な気持ちになったりしないだろ。ただ、その、そういうの、言われ慣れてないから‥‥いや、大丈夫だ、気にしてないんだ、俺は。じゃあ、ほら、店見て決めようか」
     ライドウ先輩は視線と話題を逸らして、飯屋街の方向へ俺を促した。しかし、これだけ俺が好きだと言っているのに、こっちだ、と言って俺の背中に軽く触れてくるのだから、この人の無意識なボディタッチには警戒と覚悟をしなければならない、と俺は恐ろしく思った。


     ライドウ先輩、という人に対して、特別な感情を持ったことはなかった。
     何故先輩呼びし始めたのかも、何となくでしかなく、何となくよく関わる年上の忍びを先輩呼びしていたらライドウ先輩になっていたのであって、よく関わると言っても直接話したことはそんなに無く、大抵は複数人いる中にライドウ先輩もいて、何となく、大人な人だなあ、とか、真面目だなあ、とか、俺とは性格が逆だなあ、とかいう印象があるだけだった。
     ゲンマさん、この人は何故か先輩呼びしていないがそれも何となくだ、ゲンマさんと一緒にいるときのライドウ先輩は、いつもよりは感情が素直に出て表情豊かなのだが、俺が見てきたライドウ先輩というのは任務中が多く、いつも眉間にシワを寄せて真面目な顔をしていて、厳格さがにじみ出ていたし、話す内容も極めて厳格で真面目なものだった。
     だから俺の中では、悪い人ではない、頼れる大人の男、だけど俺とは性格が合わないし仲良くはなれねえだろうな、という漠然とした気持ちがあったし、それでいいと思っていた。
     惚れ薬によってこの人に惚れて、この人と過ごす時間が増えてから、少しずつ印象が変わっていった。
     まず、思っていたよりずっと子供っぽい、少年らしい一面があった。具体的に言うとでかい虫を捕まえたりその辺になっている木の実を好き好んで食べたりといった、本当にこの人30代か? という趣味があり、そういう自分の好きなものを見たときは目をキラキラさせて心底嬉しそうな笑顔になる。その顔を可愛いと思うたびに俺は頭ではげんなりするし、その顔が見たいがためにでかいカマキリを探し出し、見つけたらわざわざライドウ先輩に報告しに行き、ふたりで急いでその現場へ向かっては、忙しい仕事の合間を縫って自分は何をしているんだろう、と虚しく思うのだが、ライドウ先輩は毎回とても嬉しそうに俺に礼を言うので、俺はでかい虫がいないか毎日のように目を光らせることになった。
     虫や木の実だけでなく山菜やきのこ類についてもライドウ先輩は詳しかった。俺も山で過ごすことは多かった方なので普通よりは詳しいつもりだ。山菜料理は食卓によく出るし好きだけど、同年代にそれを言うと大抵、そんなもの食べないだの、じじくさいだの、肉の方がいいだのと返ってくる。でもライドウ先輩は、俺の発言に対しては何にでもそうなのだが決して否定せず、美味いよな、俺も好きだ、と言って、さらには別の食べ方や調理方法を教えてくれる。ライドウ先輩とちょっと山道を歩くと、道端に生えている様々なものについて、俺が知っている以上の効能やどれとどれを組み合わせるとこういう効果になるだとか、こうすると食べられるようになるだとか美味しいだとか、色々なことを教えてくれた。ライドウ先輩の話は大体が実際に食べて確かめた体験談であって、俺の知識は本から得たものが殆どだ。経験の差を実感すると共に、単にこの人は食べるのが好きなんだな、と理解したりもする。
     そして、年齢の割に色恋沙汰には非常に初心だった。俺より19歳も年上なのに、俺がほんの少し好意をあらわにすると、顔を赤くして慌てて話題を変えた。しかしそこに見える戸惑いには、19歳も年下の同性に好かれているにも関わらず、気持ち悪いだとか、迷惑だとかいうものは無く、単純に好意に対して照れているだけだった。
     これが逆の立場だったら、俺はライドウ先輩からの好意を素直に受け入れられるだろうかと考えると、どうも自分には無理かもしれないという気持ちしかなく、あるいは、他の忍びに惚れていたら、例えばゲンマさんとか、中忍の先輩達とか、アスマとか、チョウジとか、いのとか。いのだったら最悪だが、きっと大体の人間にはからかわれるし、周りに吹聴されたり、今後ずっと物笑いのネタにされるに違いない。異性なら異性で、同性よりずっと面倒なことになった可能性もある。俺からの好意を受け入れすぎて本格的に付き合うような人でも困る。チョウジだけはまともな対応をしてくれるだろうという気持ちはあるにせよ、それで気まずくなったりしたら1番嫌だ。
     色々考えてみた結果、ぼんやりと、惚れ薬によって惚れたのがライドウ先輩で良かった、と思った。気持ち悪がりもせず、迷惑がりもせず、これをいい機会として、お互いのことをもっと知ろうとしてくれて、プラスになるようにしてくれた。でかいいもむしが這っている姿を何時間でも眺めていられるような人ではあるが、この人で良かった、と思って俺はその横顔を何時間でも見つめていた。


     惚れ薬を飲んでから2週間が経った頃、すっかり習慣になった「でかい虫を見つけた」報告をライドウ先輩にしに行くと、ライドウ先輩は俺の知らない忍びと話し込んでいる最中だった。
     任務についての話ではなく、楽しそうに、おそらくプライベートな会話をしている様子だった。
     最近では俺にもそういう笑顔を見せてくれることはある。これから虫報告をしたらまた間違いなく同じような笑顔で心底嬉しそうに、本当か、見に行こう、と目を輝かせて言ってくれるはずだ。
     しかし俺はそのライドウ先輩が楽しそうに会話している相手がくのいちであること、割と美人であること、俺よりライドウ先輩に年齢が近く、言ってしまえば俺よりライドウ先輩の隣に相応しい女性であること、が、どうにも許せなかったらしい。らしい、というのは、頭で冷静に考えれば、俺のこの胸の中の激烈な怒りの理由は、多分、そういうことだ。バカバカしいことこの上ないが、自分は嫉妬しているということだ。バカバカしい。頭ではそう思う。
     なのに俺はすぐさまライドウ先輩に走り寄り、ふたりの会話が途切れるのも待たず、ライドウ先輩の方だけを見て、大きな声でその名前を呼んだ。ライドウ先輩はすぐに俺に気付いて、嬉しそうな顔をしてくれた。女性の方は驚いたような表情をしていたと思うが俺は全くそっちを見なかった。
    「あっちにまたでかい青虫がいたんです。見に行きませんか?」
     先輩が女性とふたりで並んで歩いて楽しそうに会話しているところに、あろうことか虫を見に行く誘いをかける自分。それがどれだけおかしなことか、失礼なことか、頭ではわかっている。なのに、胸の中の怒りがどうしても俺にそう行動させてしまう。恐ろしい。もしかして、あの惚れ薬は劇薬だったのではないか。今更ながら背中に汗が流れるのを感じた。
     しかし、
    「本当か! よし、見に行こう」
     ライドウ先輩は気にする風でもなく、じゃあまた、とその女性に一言声をかけると、俺が来た方へ足を向け、俺に笑いかけてくれた。女性の方はぽかんとした顔で、あ、はい、のような返事だけをした。俺は、向こうです、と指で方向を示し、小走りになるライドウ先輩についていった。
     林のそば、低木が集まっている地帯、でかい青虫はまだそこに居て、ひたすらに葉っぱを食べていた。ライドウ先輩は、これはアオスジアゲハだな、と嬉しそうにその様子を見ていたが、俺はその幼虫の種類よりも自分の先程の行動を冷静に思い返して落ち込むことに気を取られていた。
     あの女性にも失礼なことをしたし、妙な行動を取った自分がバカみたいだ、でも何よりも俺は、その行動によってライドウ先輩が気分を害したのではないか、俺に呆れたのではないか、嫌われたのではないかということが気にかかっていた。他はどうでも良かった。それに気付いて愕然とした。
    「どうしたんだ、シカマル」
     名前を呼ばれ、はっとして顔を上げると、ライドウ先輩は極めて呑気そうな顔で、
    「ほら、すごいぞ、ここの葉っぱ全部食べられちゃうな」
     とアオスジアゲハの幼虫の食欲に感心していた。なんて人だ。俺は呆れかけたが、胸の痛さが勝った。俯くと視界が滲んだ。
    「シカマル?」
     人を気遣うライドウ先輩の声。俺の好きな声だ。名前を呼ばれて嬉しいのに、顔を上げてライドウ先輩の目を見る気にはなれなかった。
    「さっきは、すいませんでした」
     俯いたまま、かすれた声でようやくそれだけ言った。ライドウ先輩は、しばらく黙ったあと、
    「さっきって?」
    と聞き返した。恐る恐る視線を上げると、大真面目に眉間にシワを寄せ、何ひとつわからないといった顔のライドウ先輩がいた。
    「さっき‥‥あの、女の人との話、邪魔しちまって」
     謝っているのに、俺は極めて不機嫌そうな声しか出せなかった。そんな自分が嫌だった。なのに、何も変えられなかった。
    「ああ‥‥別に、大した話はしてなかったから」
     何だそんなことか、という風にライドウ先輩はまたアオスジアゲハの幼虫に視線を戻し、眉間のシワも解除された。
    「でも、楽しそうだったじゃないすか」
     俺も仕方なく幼虫の食欲に関心があるふうを装おうと、葉っぱの上を見た。しかし焦点は合わなかった。
    「そうか、そう見えてたんだったら良かった」
     ライドウ先輩は、冷めた低い声で呟くように言った。初めて聴く声だった。背筋をぞわりと撫で上げられたような感覚がした。思わず視線を上げると、寂しそうな顔をしたライドウ先輩と目が合った。
    「俺な、お前と過ごすのが楽しくて、最近、他の人と話すのは少し退屈なんだ」
     そんなことを言って、寂しそうなまま笑う。俺の胸はどうしようもなく痛んだ。これまで感じたのとはまるで違う、胸の奥の奥まで貫かれたような痛みに俺は戸惑った。
    「俺、俺は、さっき、嫉妬したんですよ、あの人に」
     とっさに本心が出た。言ってしまった。惚れ薬のせいとはいえ、俺の恋心なんてものの、おそらく最も醜い部分を、初めての恋の相手に。いや、惚れ薬のせいなのだから、初恋にカウントしていいはずがない。俺の脳は冷静に葛藤した。
    「嫉妬?」
     ライドウ先輩は、その単語の意味すら知らないといった声で聞き返した。
    「だって、アンタは楽しそうだったし、あの女の人も楽しそうで、美人だった。俺よりずっとライドウ先輩に相応しい人だって思って、それで‥‥‥‥それが、すごく嫌だった」
     堰を切ったように、バカみたいな本音を続けた。バカみたいだ。それはわかっているのに。
    「そんなの、気にしてたのか」
     呆れたような、でも、どこか笑みと優しさを含んだ声だった。これも初めて聴く声だった。この声も好きだと思った。胸は相変わらず痛いままだった。何かが突き刺さって取れない。
    「だって俺は、惚れ薬のせいっすけど、アンタのこと好きなんすから、他の人と、しかも美人の女と一緒に、楽しそうにしてたら、嫉妬ぐらいしますよ。仕方ないじゃないすか」
     俺はまた不機嫌そうな、でも不安丸出しの、かすれて震えたか細い声で言い訳をした。醜い。情けない。ひどく不快だった。
    「俺なんかを好きだって言ってくれるのは、惚れ薬を飲まされちまった不運な奴だけだよ」
     そう言ってライドウ先輩は、ふふ、と笑って俺の頭を大きな手で優しく撫でた。一瞬のことだったのに、その一瞬で俺の背筋は、びく、と真っ直ぐになり、全身に電気か何かが走ったようだった。首から上が猛烈に熱くなり、脳がふわふわして、熱くて、煮詰まってどろどろになった。胸に突き刺さっていた何かが取れてそこから血液が一気に吹き出したみたいになって、あっという間に全身にも熱が拡がった。
    「そろそろ行こうか、まだ仕事途中だろ」
     そんな俺には気付かず、アオスジアゲハの幼虫の食事が終わった様子なのを見て、ライドウ先輩は来た方向へ俺を促して歩き始めた。俺もよろよろと覚束ない足を進めたが、途中で立ち止まった。
    「どうした?」
    「‥‥でも、」
     言わずに居られない。自分の醜い部分を曝け出してしまったのだから、言ってしまおう。俺は諦めて、感情に身を任せた。
    「アンタが誰かを好きになる可能性はあるじゃないすか」
    「‥‥う、ん?」
     俺が急に話の続きをし始めたので、ライドウ先輩はすぐにはついて来られてないようだったが無視した。
    「俺はそれも嫌なんです。アンタが、他の人と楽しそうにしてるのが。アンタが他の人を好きになるんじゃねえかって、俺以外の人と、そういう‥‥関係になるんじゃねえかって思うと、胸の中がものすごく痛くて、耐えられないんすよ、想像するだけで、絶対、嫌だ、って」
     声が震えて、視界がまた滲んで、頭痛がした。拳を握りしめたが何の助けにもならなかった。
     俺が喋るのをライドウ先輩は黙って聞いていたが、俺の目から何かが頬を伝って滑り落ち、どこかに当たって、ぽた、という音を立てると、息を呑んで一瞬身体を強張らせたのが、滲んだ視界の俺でもわかった。
    「シカマル」
     切羽詰まったような声。任務のときにはよく聴く声だが、心なしか憐れみが混じっているように感じた。
    「お前が心配するようなことは何も無いから‥‥約束するから」
     内心ではものすごく戸惑っているはずなのに、俺が迷惑をかけているはずなのに、努めて落ち着こうと、俺を落ち着かせようと、冷静に、言い聞かせるように、安心させようとしてくれている声だ。俺が最初に好きだと思った声だった。俺は、この声を好きだと思ったんだった。
    「‥‥約束?」
     瞬きをすると、ぽた、とまた音がした。視界を滲ませたままでライドウ先輩を見上げると、ライドウ先輩は大きな両手で俺の両頬を挟み込み、視界を滲ませるものを俺の目から拭って、俺の顔を真っ直ぐに自分の顔へ向けさせた。距離が近い。全身の血が煮えたぎったようになって、とりわけ顔が熱くて、また脳がどろどろになって、身体中から汗が吹き出すのを感じた。それをライドウ先輩に知られるのが嫌だと思ったのに、顔を手で挟まれているのだから叶わない。汗だくで、きっと情けない最低な顔をしている。こんな間近でそれを見られている。嫌だ。嫌われたくない。
    「お前が俺を好きだと思ってくれてる間は、他の誰とも、そういう関係にはならないと約束する」
     すぐそこにあるライドウ先輩の顔は大真面目ないつものライドウ先輩の顔だった。いつもの、大真面目な、誠実な声だ。俺は、この声も好きだと思った。対照的に、俺の声は震えていかにも間抜けだった。
    「ほんとに、誰とも、付き合ったりとか、しねえっすか」
    「しない」
    「一夜限りの関係とか、そういうのも無しっすよ」
    「しない。‥‥そもそも、付き合ってないのにそんなことしない」
     厳格なこの人のことだから、そうだろうとは思ったが、俺は声に出して言ってもらいたかった。その声で誓ってもらいたかった。
    「誰かを好きになったりもしないすか」
    「しない」
    「でも、好きになるのは止められないでしょ」
    「かもしれないけど、俺はもう何年も、そういうこととは縁が無いから‥‥お前だって、薬の効果が切れたら、俺にそんな心配は要らないってわかると思うぞ」
     ライドウ先輩は呆れたようにため息をついて、やっと俺の顔から手を離した。酷い顔を至近距離で見られているのが嫌だったからほっとしたはずなのに、もっと触られていたかったという未練が残った。
    「じゃあ‥‥とりあえず、信じるっす」
    「うん」
     どろどろになった脳がようやく機能し始めて、少しだけ冷静に考えられるようになった俺は、なんて面倒なことをライドウ先輩に言ってしまったのだろうと思い、胃のあたりが重苦しくなった。惚れ薬のせいで惚れておいて、誰かと付き合うな、好きになるな、なんて何様だ。5歳児の恋愛か。こんなこと全くバカげているし、ライドウ先輩にはそんな約束をしてくれる義務は無いはずだ。
     なのにライドウ先輩は、俺の頬に残った水気を親指の腹で優しく拭い取って、俺の頭をぽんぽんと軽く叩くと、にこ、と微笑んだ。
     何も心配しなくていい、と俺が好きな声で言ってくれているような笑みだった。
     
     だから俺は、その笑顔を、好きだ、と思ってしまった。



     惚れ薬を飲んでから4週間が経とうとしていた。
     シズネ先輩によれば、惚れ薬の効果はもう切れてもいい頃のはずだった。
     確かに、薬を飲んでしばらくの間にあった謎の強い感情は無くなっていた。日が経つにつれて、これが薬の効果なのだろうと自分でも冷静に見分けることが出来るようになった、あの理不尽で激烈な、焦がれや怒り、寂しさといったものが。
     それでも俺はまだ、自分で食べたことのない木の実がなっているのを見つけると必ずライドウ先輩を連れてきて味を確かめたり、でかい虫が飛んでいくのを見てその特徴を覚えて後でライドウ先輩に伝えたりといった奇行をやめられずにいた。
     ライドウ先輩は、この実は毒性があるから食べない方がいい、と言いつつ自分の口に入れたり、これは美味いけど裏に虫が付いてることが多いからよく確かめて食え、とその実を入念に調べてから俺に渡してくれて、自分が食べる分は何も見ずに口に入れたりしたし、こういう外見の虫がいたと報告すると、特徴をふたつみっつ伝えただけで名前を言い当てて詳細を教えてくれたりした。
     冷静に考えれば薬の効果はほとんど消えたのだと思えたが、俺にはその奇行を続ける理由が自分でもよくわからず、いや、わかっていてもわからないので、まだこれも薬のせいなのだと、あと数日も経てばこの気持ちもなくなるんじゃないかと、自分に言い聞かせてなるべく考えないように過ごすことにしていた。
     ライドウ先輩は俺が会いに行くとどこかほっとしたように、前にも増して嬉しそうににこにこして迎えてくれる。そのたびに俺の心臓は鷲掴みされてぎゅんと縮こまる。まるでその姿を見られた俺の方が嬉しいみたいに。そしてふたりで少しの時間を過ごして、その間俺の心臓はずっと落ち着かない音を出しているが、今までのような自分でも意味不明な不快に思う高鳴りではなく、身体が温かくて心地よくて、でもどこか地に足がついていないふわふわした感じがして、なのにそれが嫌いじゃなかった。いつまでもこの時間が続けばいいと思う程度に。
     ライドウ先輩も俺も自由な時間は限られているから、せいぜい数十分でその場を離れなくてはならなかった。別れるときのライドウ先輩は少し寂しそうに笑って俺を見送ってくれる。俺もなるべく笑顔で、じゃあまた、と足早に立ち去る。ライドウ先輩の姿が見えなくなると、また心臓がぎゅんと縮んで痛みを伴う。次はいつ会えるだろうかと、ライドウ先輩と自分のスケジュールを思い出しては口実を同時に考える。
     
     この1週間、俺はライドウ先輩に「好きだ」と言わなくなっていた。薬を飲んですぐの頃は事あるごとにその言葉が口から出てしまい、俺も不本意だったしライドウ先輩も明らかに動揺して言葉がおぼつかなくなったりした。今は自分できちんとコントロール出来るようになったのがわかる。だがそれは、「自制出来ている」のだということも自分でわかっていた。
     つまり、本心では言いたいのだ。言って、ライドウ先輩が照れる姿を観察していたい。そんな気持ちが湧き上がっていながらも、理性で歯止めをかけている。ばかりか、俺は俺の本音をライドウ先輩に打ち明けて受け入れてもらいたい、などとも思っている、のだろうか。理性で阻止しているこの気持ちは、この1週間で言わなくなった言葉は、惚れ薬の効果ではなく本音なのかもしれない。だからこそ、軽々に口に出せないのだ。
     その考えに至ると必ず俺の思考はぶつりと音を立てて打ち切られ、そんなわけない、意味がわからない、すべて薬のせいに決まってる、俺が誰かに、とりわけライドウ先輩に、そんな気持ちを抱いてしまうなんてありえない、と自分で自分にまくし立て、この話は終わりだ、と大きくため息を吐いて別のことを考える。今日の夕飯のことだとか、明日の任務のことだとか。なのに、数分も経つとまたぼんやりライドウ先輩のことを考え出してしまう。俺は1日に何度も何度も大きなため息を繰り返していた。
     
     さらに数日が立ち、ライドウ先輩がすぐそこの廊下にいると小耳に挟んだ俺は迷わずその場へと向かい、姿が見えるまでのわずかなに頭をフル回転させてライドウ先輩の好きそうな話題をいくつか準備したが、視界に飛び込んできたのは男女ふたりが仲睦まじく談笑する様子だったので、とっさに腹の底から大声でその人の名を呼んだ。呼んでしまった。
    「ライドウ先輩!」
     ふたりの男女はすぐに俺に気づき、ライドウ先輩はそれまでも楽しそうだったがより嬉しそうな笑顔で俺を迎えてくれた。この女の人より俺といる方が嬉しいとライドウ先輩は思ってくれている。そういうことにしたかった。
     女の人の方は少し驚いた顔をしたが、すぐに
    「かわいい後輩が来たみたいね」
    と微笑み、じゃあまた、と付け加えて去っていった。気を遣わせた。前より冷静に周りを見られるようになった俺は、また自己嫌悪で苦しくて恥ずかしかった。薬のせいだと思いたかったが、そうでないことは自分でよくわかっている。俺はただただ俺のわがままでライドウ先輩を呼んで、ふたりの仲を邪魔したのだ。
    「シカマル、どうしたんだそんなに急いで」
     険しい顔でほぼ全速力で向かってきた俺に、ライドウ先輩は嬉しそうな笑顔から不思議そうな顔に変わってしまった。さっき準備した話題を思い出そうとするのにうまく言葉が出ない。あー、えっと、その、と要領の得ないことをつぶやく俺の背をライドウ先輩が優しく叩いた。
    「今時間あるか? たいやき食いに行こう」
     
     ライドウ先輩はたいやきとお茶を買って、ひと気のないベンチへ連れていってくれた。俺の様子がおかしいと察したのか、当たり障りのない会話をしながら俺が何か切り出すのを待っててくれている。たいやきを半分食べ終えたところでようやく俺は、言わなければならないと気付いた。
    「ライドウ先輩」
    「ん」
     2匹目のたいやきをほとんど平らげてお茶を飲んでいるライドウ先輩の目をまともに見られず、うつむいたままで口を開く。
    「好き、です‥‥俺、まだ、アンタのことが‥‥」
     ライドウ先輩の動きが一瞬固まるのを感じる。空気に耐えられずたいやきを頬張るが、味がよくわからなかった。
    「そう、か」
     ゆっくりとお茶をすする音がする。落ち着いた声だが、焦り、困惑があった。俺は適当に咀嚼したたいやきを飲み込むと、意を決して顔を上げてライドウ先輩の目を見て、言った。
    「約束、覚えてますよね」
    「約束?」
     ライドウ先輩がきょとんとした顔をしているので半ば絶望的な気分になりながら、努めて冷静に話を続けた。
    「言ったじゃないですか、俺が‥‥アンタを好きでいるうちは、誰とも付き合ったりしねえって、好きにもならねえって」
    「ああ」
     こともなげに頷く。覚えていてくれてほっとしたが、ライドウ先輩は呆れたように、
    「もちろん覚えてる‥‥というか、だから、俺はもうずっとそういうことは無縁だ。心配する必要は何もないって言っただろ」
    と言って残りのたいやきをあっという間に食べ終わると、お茶を一口飲んでため息をつき、
    「それより、お前の薬の効果がまだ切れてないんなら、もう1度シズネに相談した方がいい。やっぱり解毒剤を処方してもらわないといけないのかも‥‥火影様にも診てもらわないと」
    などと言い出した。まったくもって気が進まない提案だ、何しろあれからシズネ先輩に会うたびににやにや笑われるし、5代目に関しても似たようなもので、任務の話の間は真面目ぶっているが俺と目が合うとたまに耐えきれず吹き出す始末。この数日でようやく収まりかけてきたのに、またぶり返すようなことはしたくない。それに、ふたりに話したところで意味がない。この気持ちは薬のせいではない‥‥気がする、のだから。
     認めたくない。が、認めないままではもっとめんどうだ。惚れ薬のせいにしていても何も変わらない。だったら、素直に打ち明けるのが最善策か。ライドウ先輩なら、この人なら笑わずに考えてくれる、はずだ。そうだろうか。薬による期限付きの告白ならともかく、19も年下の男から本気で好きだと言われたら、さすがのこの人も拒絶するんじゃないか。いや、本気とかじゃない。まだよくわからない。
     でも。俺がこのままうやむやにしていてはいけない明確な理由があるのだ。ライドウ先輩は俺が好きでいる間は他の人を好きにならない、と約束してくれた。だったら、俺はこの気持ちを伝えなきゃいけない。
     なんてめんどうな感情だろう。目眩を覚えながらも、早々にお茶を飲み干してシズネ先輩のところへ向かおうとするライドウ先輩に、俺は諦めのため息とともに声を上げた。
    「解毒剤とか、多分、無駄っす」
    「無駄?」
    「薬のせいじゃ、ねえから‥‥」
     ライドウ先輩はぽかんと口を開け、大きなクエスチョンマークを頭の上に浮かべている。この1ヶ月ちょっとで学んだのは、この人には遠回しな表現は通じないということだ。はっきり言わないと伝わらない。
    「最初は薬の影響だったっすけど、今は、何つーか‥‥ほんとに、好きになっちまった‥‥かも、って、思って‥‥」
     この期に及んで煮え切らない言い方になってしまう。だめだ。直球でいかねえと。わかってるが顔が熱くて頭がぐつぐつする。
     ちらっとライドウ先輩の顔を窺うと、さっきより大きな口でぽかんとしている。言ってしまえばまぬけな表情だが、それすら可愛く感じてしまう。俺の前で変にかっこつけないところが好きだ、と思い至ってしまう。
    「‥‥それは、だから、薬がまだちょっと影響してるんじゃないのか?」
     理解できないといった風のライドウ先輩を、どうすれば説得出来るのか。直球だ。頭で下手に考えて飾り付ける必要なんかない。大きく息を吸い込むと、俺は思いついたことをそのままライドウ先輩へ伝えた。
    「惚れ薬を飲んじまった俺を、笑ったり邪険にしたりしねえで、ちゃんとお互いのためになるように動いてくれたところがまず嬉しかったっす。アンタだって戸惑ってんのに、俺のことを気遣ってくれたのが」
    「それは‥‥そうするだろ、普通の大人なら」
    「そんで、任務のときはすげえ真面目で厳しいのに、普段はでかい虫見つけて喜んでんのが、意外で可愛い‥‥っつうか」
    「かわ、いい」
     ライドウ先輩は信じられないものを見る目で俺を見ている。俺が呪いの言葉でも口にしたかのようだ。
    「俺、ほんとは虫、あんま興味ないんすけど、」
     ふたりでよく虫を見たり俺も見つけてはライドウ先輩へ報告に行ったが、俺はライドウ先輩が喜ぶからそうしていただけだった。特別苦手でもないが執着もない。今更ではあるが今後のためを思えば今のうちに言わねばと、遠慮がちに打ち明けると、
    「うん、ごめんな、知ってた。お前が俺に合わせてくれてるだけだって。この歳だとそういうことに付き合ってくれる人なんかいないから嬉しかった。薬の効果が切れるまでだって思って甘えてたんだ‥‥ごめん」
    とライドウ先輩は大真面目に謝罪し、頭を下げてくる。じんと胸が熱くなる。
    「いや、俺はライドウ先輩が嬉しそうにしてるとこ見てたかったんで‥‥あー‥‥その、そういうとこも好きっす」
    「え?」
    「真面目っつか、素直っつうか‥‥19も年下にそんなあっさり謝ってくるとこが」
    「だって、俺が悪かっただろ」
     またぽかんとした顔になっているライドウ先輩に、俺の方も自然と頬が緩む。
    「別に悪くねえし‥‥そういうのを当たり前だと思ってるとこがかっこいいんすかね」
    「かっこいい‥‥」
     またもやライドウ先輩には呪いの言葉だったようだ。少し落ち着いてきた俺は、ライドウ先輩の反応を楽しむ余裕が出てきた。
    「あと、声がめちゃくちゃかっこいいと思ってます」
    「声?」
    「声がかっこいいっす」
    「声が‥‥?」
    「顔もかっこいいし、体格いいし、手もでかくてかっこいいし」
    「ん、ん‥‥!?」
    「かっこいいし、笑顔がかわいいっす」
    「か‥‥」
     ライドウ先輩は徐々に言葉を失い、顔が赤くなってきていた。その様子を可愛いと思った。頭の上のクエスチョンマークが出ては消えずに残って、どんどん増えている。可愛い。見ていたい。ずっと傍にいたい。
    「だから‥‥これからも、できるだけ会って話してえって俺は思ってんすけど」
    「それは構わないが‥‥やっぱり1度、火影様に診てもらった方がいいんじゃないか?」
     ライドウ先輩は赤い顔のまま、極めて心配そうな目で俺を見て、極めて深刻な声で言った。大真面目だ。本気で俺の頭がどうにかなってしまったと心配してくれている。俺だって自分で自分がおかしいと思う。思うが、目の前のこの人に魅力があるのは事実で、この人の素直なところも好きだから、俺だって正直にならなければ。
    「薬のせいじゃねえってなったら、やっぱ、迷惑っすか」
    「迷惑?」
    「俺がアンタを、本当に好きになったら」
     どうしてもライドウ先輩の目を見たまま聞けず、俺はうつむいた。この人のことを少しずつ理解してきた今、この質問は卑怯だ。でも本心だ。俺は正直に、俺なんかがこの人にこんな気持ちを抱いたら迷惑だろうと思っているので言った。でも。
    「お前に対して迷惑だなんて思うわけ無い」
     ライドウ先輩は大真面目なままはっきりと言った。
     この人はこう言うと思った。こう言ってくれると思った。前にも同じようなことを言ってくれたのだからわかっていた。卑怯な質問だった。誘導尋問だ。でも言ってほしかった。俺の大好きな声で。
     だから俺は顔を上げて、
    「じゃあ、好きでいていいですか」
     今度はライドウ先輩の目をまっすぐに見たままで言えた。
     ライドウ先輩は、う、と言葉を詰まらせると、一瞬うつむき、もう一度俺に向き直って、心底すまなそうな顔で言った。
    「それは、俺はいいけどお前が困るんじゃないのか」
    「困る、すか?」
    「10代の貴重な時間を俺なんかに使ってたら」
     冷静にライドウ先輩の立場から考えればそういうことになるのかもしれない。とはいえ、もう好きだと思ってしまったのだから、自覚してしまったのだから仕方ない。
    「ライドウ先輩はいいんすか」
     俺の中の問題はたったひとつ、ライドウ先輩がどう思うのかだった。俺のこの気持ちが薬による一時的なものでなくなっても、今まで通りの頻度で会いに行っても、さっきみたいに醜い嫉妬をしても、迷惑だと思われないか、嫌な気持ちにさせないか、それだけだった。
    「俺は別に、お前に好かれてる分には嬉しいだけだ」
     ライドウ先輩は事もなげにそう言う。その言葉に俺は再び耳が熱くなるのを感じた。
    「うれしい‥‥すか」
     思わず復唱してしまう。
    「そりゃあ‥‥嫌われるよりは断然いいだろ。俺みたいなのは元々煙たがられる方だし、特に若い子からは」
     子、という表現が気にかかり、俺は眉間に力が入るのがわかったが、ライドウ先輩は気づいていないように、
    「正直、おまえからも好かれはしないだろうと思ってた」
    などと言い出すので、俺はさらに眉根を寄せることになった。
    「えっ」
    「だって‥‥どう考えても、合わないだろ。性格が」
     大真面目に、正直に、まっすぐに言われて一瞬目眩がする。
    「そ、そりゃ、そうっすけど‥‥」
     自分でもそう考えていたはずなのに、ライドウ先輩から言われるとずしりと心臓に負荷がかかる。合わない、と思われていたんだ。自分だってそう思ってたのに。身勝手にも俺は落ち込んだ。
    「だから‥‥前にも言ったけど、俺はおまえともっと話してみたかったから、俺にとっては良い機会だったんだ、今回の薬のことは。でもおまえにとっては‥‥」
     ライドウ先輩はそこで言葉を切ると、口元を大きな手で押さえ、目を閉じて静かにため息をついた。
    「俺にとっては、何すか」
    「いや‥‥1ヶ月も俺に付き合わせて、それだけでも申し訳ないと思ってたのに」
     今度は両手で顔全体を覆ってしまって、盛大なため息をつくライドウ先輩を、俺は冷静に眺めて考えた。今言われたこと。
    「俺とは合わないと思ってたんじゃないんすか」
    「え?」
    「性格が合わないって思ってたのに、話してみたかったんすか、俺と」
     顔を覆うのをやめてライドウ先輩はまたぽかんとしたまま俺をまっすぐ見た。
    「まあ、性格が全然違うのは事実だろ。でも別にそれは、俺はゲンマやアオバとだって合ってるとは思ってないし」
     今度は俺のほうがぽかんとしてしまったようで、そんな俺を見てライドウ先輩は言葉を付け加えた。
    「人として合わないってことじゃない。何にせよ、お互いにお互いの知らないことがたくさんあったから、知るためには良い機会だった、と思ってる。少なくとも俺のほうは」
     ライドウ先輩は、あくまでも自分にとっては、というスタンスを曲げない。そういうところも、好きだ、と思った。
    「俺だって、アンタのこと知れて良かったって思ってます」
     俺が強めに言うと、ライドウ先輩は驚いたような顔で俺を見た。
    「俺、薬で惚れたのがライドウ先輩で良かったって思いました。他の人だったらもっと気まずくなったりしてただろうし、お互いの関係がより良くなるようにしようとしてくれたのが嬉しかったしありがたかった。まさかほんとに好きになるとは思ってなかったっすけど‥‥」
     言葉尻がどうしてもぼそぼそと小声になってしまうが、ライドウ先輩にはしっかり聞こえたらしいことは表情でわかった。
    「俺は‥‥おまえがまだ混乱してるんだと思う」
     ライドウ先輩は赤い顔のまままだそんなことを言う。俺が反論しようとするのを大きな手で制して、
    「でも、いいんだ、わかった。どっちにしろ、いい」
    ときっぱりとした声を出すと、俺の真正面から、これ以上なくまっすぐ俺を見据えた。自分の鼓動が紛れもなく高鳴るのを感じる。
    「おまえが俺に対して悪い感情を持ってないんだったらいい。今までみたいにふたりで話す時間を取っても構わないってことだろ。俺は嬉しいから」
     まっすぐで誠実で優しい声。俺の好きな声。その声の印象通りの優しい笑顔。俺の好きな笑顔だ。この笑顔を好きだと思ってしまったんだった。
    「俺は、ライドウ先輩が好きです」
    「ん、うん」
     熱に浮かされたように、いや、事実何かに浮かされながら、俺はライドウ先輩を見つめた。
    「今までどおり会いに来ていいんすか」
    「もちろん」
    「好きでいていいですか」
    「うん」
    「俺がアンタを好きでいるうちは、他の人と付き合ったりしないすか」
    「しない」
    「もし誰かを好きになったら」
     ライドウ先輩の目が少し大きく見開かれたのがわかる。俺はまっすぐに見たままで言った。
    「俺に教えてください。そしたら、ちゃんと諦めるんで」
     ライドウ先輩は一瞬口を開きかけ、躊躇い、何か考えた後で、再び口を開いた。
    「わかった」
     ライドウ先輩からの短い返答に満足した俺は、うなずいてようやく少し笑うことが出来た。
     これでいい、と思えた。これ以上ない。俺の望んでいることをライドウ先輩はすべて受け入れてくれた。
     俺の望みはこれが全部だと、このときの俺は本気で思っていた。
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