君がもしもいなくなったら、私は。 夜も深くなる時間。私は布団に寝転がって、本を読んでいた。
「ん~……眠い」
隣で欠伸をし、眠たげにしている私の妻――朝火は先ほどまでいじっていたスマホの電源を落とし、寝る準備を進めていた。
だが朝火は寝る時に必ず私の腕に絡み、抱き寄せて眠る。本を読む側としては読みづらい体制になるので、正直あまりしないでほしいというのが本心だ。
「朝火、読みづらいのだが?」
「いいじゃないですかー。私のこと重くないんでしょう?」
にこにこと笑いながら、私を見つめている。
「それは、そうだが」
じゃあいいじゃないですか、といってさらにすり寄ってくる。別にいいといえばいいのだが、最近そうされると私の心は穏やかではなくなる。
彼女を妻として迎えるにあたり、覚悟はしてきた。互いの寿命も、人と違うことも何もかも。彼女の見た目がこれから変わっていくことも、全て。
今はこうして隣にいるが、いつかは、あるいは数十年後。私の隣にいなくなるであろうと思っている。もしかしたら不幸な事故もあるかもしれないが、考えたくはないものだ。
もしも、朝火がいなくなったら。私はその後どう生きていくのだろうか。時計人形という存在が言うのも可笑しな話ではある。だが、愛する者が先立たれていくのは確実の話。
「……私は、どう耐えればいいのだろうか」
「え?」
うっかり心の声を漏らしてしまった。普段の私ではそう漏らすことはない。これも彼女と共にいるせいというのだろうか。
そういえば、彼女と出会ってから心境の変化はあった。今までだと、エーラ様の命に忠実で戦闘で傷つくことすら厭わなかった。むしろ戦場で散っても構わないと思うくらいには。
だが今はどうだろうか。もしも自分が戦場で散るとなれば、朝火が悲しむ。それに私が傷ついて帰ると彼女は泣いて出迎えることもある。そうなると、益々傷ついて帰るのはよくないと思い始めてしまう。
私は彼女と出会い、様々なことを経て、今まで知らなかった感情を少しずつ芽生えるようになった。それは良いことなのかはいまだにわからない。けれど、朝火からしたらそれは『良いこと』だと言われた。
「なんでもない、ただの独り言だ」
「じゃあ、なんでそんな悲しそうな目なんですか?」
朝火の手が私の頬に触れる。まるで泣いている子どもをあやしているように。
「そんなことは――あるかも……しれない、か……」
感情でさえコントロールできなくなっているのか、己はと自分を自分で叱る。だがそんな弱い部分をわずかに出てしまうのは、彼女の前だからかもしれない。
エーラ様や他の時計人形の前では決して出す事のない感情。朝火の前だとこうして零れるように見せてしまう。
「私は、恐れている。この先のことを、未来を」
「どうして?」
内に秘めていた言葉を出すのに、勇気がいる。今は彼女の顔を見て答えられる自信もない。横に寝ている朝火を抱き寄せる。そうすれば彼女の顔を見る事なく吐き出すことができるだろう。
「君は人だ。私は時計人形だ。わかっていたことではあるが、どうあがいても君は先に死ぬことだろう」
「まあ、そうですね?」
「君がいなくなった先のことを考えると、私はどう生きていくのかが、わからない」
ふむふむと聞きながら、朝火は私の頭を軽く撫でる。
「そんなの承知で私と結婚したんじゃないんですか?」
「それは、そうなのだが……」
返す言葉もない。いつの間に私はこんなにも弱くなってしまったのか。戦いでは負けることもなかったこの私が今、人の女性に言い負かされている始末だ。
「大丈夫ですよ。九楼さんなら、大丈夫。たとえ私がいなくなっても、お空の上で九楼さんの惨めな一人暮らしを見守りますし」
「朝火」
「ああ、言い過ぎました。でもこのくらい言っておかないと、貴方はただ落ち込んで潰れてしまいそうだから」
この私が落ち込んでいるのか、と思うとそうかもしれない。そうか、これが落ち込んでいるということかと改めて感情を認識する。
「その代わり、私が生きている間はいっぱいいっぱい愛してくださいね?そうじゃないと死んだ後に祟ります」
「……善処する」
朝火は私に抱き着きながら、胸元に頭をすり寄せる。人ではなく、まるで動物のようなものだ。時折、彼女は愛玩動物か何かと思うがそれを言ったら大変怒られてしまったので、心の中で思うだけにしている。
「……幸せというものは、未だによくわからない。だが――」
共にこうして日々いられるのは、悪くないと思っている。互いに喧嘩をすることもあれば、笑い合ったり、協力し合えるのも夫婦が成すものだろうかと思っている。
「今は、こうしているのが良いと思える」
彼女の額に口づけを落とす。朝火は奇妙な悲鳴のようなものを吐き出していたが、いつものことだ。
私は、彼女と出会って――