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    8hacka9_MEW

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    虎王伝説に登場した、ある二人の話。

    星が煌めく夜空の元、月の光の様に静かな笛の音が響いている。美しい旋律はどこか物悲しく、それでいて、周囲の草木から小さな動物が踊り出してきそうな、そんな軽やかさを帯びている。
    まるで、吹いている人物の心情を、そのまま表したかのようだった。
    笛の吹き手は、月の光がさす森の中で、木の幹に座りながら、指を笛に滑らせていた。全ては、心の赴くままに。肩まで切り揃えられた真っ直ぐな黒髪が、夜風に揺れて、なびいている。着物を着たその横顔は、少年と青年の狭間にある事が見て取れた。
    その人物…彼は今、自分がどこにいるのか、よく分かっていない。彼はすでに、この世の者ではなかった。一度は魔に蝕まれ、その身ごと闇に溶けるかと思われたが、最期の最後で、救いの手が差し伸べられた。
    一人は、自らが全てを懸けて想い続けた人。そしてもう一人は……他ならぬ自分自身だった。
    正確に言えば、他にも、彼を救いに導いた要因はあった。彼は笛を吹きながら、そのきっかけをもたらした相手の事を考える。
    もはや、この世界に未練などないはずだった。なのに、心には思う事が一つあった。

    消えるはずだった運命を覆した『彼』。

    自らを縛る運命から解放されたはずの『彼』はしかし、今また、別の運命に囚われている。だが、その表現は正しくない。今彼が運命の渦中にいる事は予定調和で、『彼』が存在を望んだときに、必ず背負うと決まっていた事だった。
    あのまま、消えた方が良かったのか、それとも存在し続けている方が良いのか、どちらが『彼』の本当の望みなのか、遠く離れた彼には推し量れなかった……が。

    (やはり……少しばかりは、手を貸しても良かろうな……)

    小さく笑い、一度、今まで吹いていた旋律を止めた。そうして再び、先ほどとは異なる笛の音を鳴らし始める。今度の調べは、夜風の様に澄んで、どこまでも遠くまで響く、伸びやかな旋律だった。今、彼の心に浮かぶ相手に、その想いを届けるかの様に……。

    やがて草木が揺れ、一人の人物が姿を表した。長い黒髪は、流れる水の様に美しく、大きな黒い瞳には夜空を写したかの様に、星のような光を宿していた。ほっそりとした顔立ちと、白い肌。そこに際立つように、頬や唇が薄紅色をしている。まるで、月夜の光を浴びた花が、人に化身したかの様な、ひっそりとした美しさだった。
    彼が、笛の音を止めると、その人物……彼女は、ふわりと笑った。美しい顔立ちが、驚くほどに幼く、可愛らしくなる。
    「こちらにいらしたのですね」
    「ああ、探させてしまったか?」
    鈴が鳴る様な声に、彼は落ち着いた声音で優しく話しかける。彼女は、そっと首を振った。
    「すぐに分かりましたわ。あなたの笛の音は、どこにいても聞こえますもの……」
    「そうか……」

    彼は、彼女に手を差し出した。彼女が近付き、自らの手を差し伸べる。その手を取ると、そっと引き、自分の隣に座る様、促した。彼女はそれに従い、彼の隣に静かに腰を下ろした。
    「先ほどの笛は、どなたに吹いていらしたのですか……?」
    彼女が、微笑んで聞いた。彼は、少しばかり苦笑する。
    「お前のためではなかったな。妬いたか?」
    「まあっ、またそんな意地悪を言って……」
    彼女が、拗ねた様に頬を膨らませる。そんな子どもじみた仕草は、未だ彼女が少女である事を思い出させた。だが、彼女はこれ以上歳を取る事はない。彼と同様、彼女ももう、この世の者ではなかった。その原因を作ったのが自分だと思うと、彼の胸が痛む。けれど、それを顔にも口にも出さなかった。彼女が、それを後悔してはいない…と、そう言うのが、分かっていたからだった。

    「これから……今、笛を吹いていた相手の元へ、向かおうと思う。共に、来てくれるか?」
    彼の……黒髪の奥にある、澄んだ青い瞳が、彼女の姿を写す。彼女は、そっと、頷いた。
    「あなたの行くところなら、どこへでも……」
    「そうか……、では、行こうか」
    彼は立ち上がり、彼女もまた彼の手を借りて立ち上がった。夜風が、二人の黒髪を揺らす。やがて二人の姿は、その場から見えなくなった。
    風にさらわれたか、月の光に溶けたのか……。
    夜空には先ほどと変わらず、瞬く星と月が、静かにひっそりと、輝くばかりだった。
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