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    @8hacka9_wataru

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    DONEワタルが虎王にリコーダーの吹き方を教える話龍神池に、笛の音が響いていた。けれど、その旋律はあるところまで来ると、音が乱れて止まってしまう。笛…リコーダーを吹いていた主は、拭き口から口を離してため息をついた。
    「なんで、おんなじ所で間違えちゃうのかなぁ…」
    はあ、と、ワタルはため息をついた。

    今日の音楽の時間に、ワタルのクラスでリコーダーを吹いた。皆で一斉に合わせるも、なぜかワタルだけが、同じ所で間違えてしまい、その度に、演奏が止まってしまった。何度やっても同じで、ワタルはだんだん、どうしたら良いのか分からなくなってしまったのだ。
    (俊のヤツ…、皆の前であんな風に言わなくても良いのに…)
    ワタルは、その時の事を思い出して、唇を尖らせる。ワタルが何度もつかえた事で、俊が、「へたっぴ」だの、「何回間違えるんだよ」などと言ってきたのだ。そんな風に言われる事は日常茶飯事なのだが、クラスの皆や由美の前で言われたことが腹立たしくなり、危うく、取っ組み合いのケンカになりかけて、先生に怒られたのだった。
    その後もワタルは結局上手く吹けずに、授業は終わった。由美が「一緒に練習する?」と言葉をかけてくれたが、「大丈夫!」とワタルは、笑って言った。 4079

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    DONEワタルがうたた寝している虎王を見つける話。その日、帰り道に龍神山を登っていったワタルは、目を丸くした。
    龍神池のすぐ近くにある桜の木の根元に、虎王が倒れていた。慌ててワタルは、虎王へと駆け寄り……『倒れていた』のは誤りだと気付いた。
    虎王は、寝息を立てていた。木から落ちて、気を失っているという訳ではなさそうだった。近くに座り込んで顔を覗き込むと、何とも平和そうな顔だった。
    ワタルは、虎王を起こそうかと思ったが、あまりにも気持ち良さそうだったので、それは止めた。代わりに、自分の首に巻いたマフラーをほどいて、虎王の腹にかけてやった。今日は暖かな日とはいえ、まだ真冬なのだから、地面に寝転がったら体が冷えそうだと思ったのだ。
    虎王は、すぐに起き出す気配はなかった。ワタルは、しばらくしてから起こしてみようかと思い、虎王のすぐ側に、腰を下ろした。そういえば、今日の宿題は何だったっけ、と、柄にもなくワタルは、鞄の中から算数の教科書とノートを引っ張り出し、鉛筆片手に計算問題を始めた。尤も、それは長くは続かなかった。虎王の呑気な寝息を聞いているうち、やがてワタルも眠気を誘われ、木の幹に寄りかかり、そのまま眠ってしまった。
    そうして、どのくらい経 1332

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    DONEワタルが虎王に絆創膏を貼る話まずいものを見た、と、ワタルは思った。
    目を閉じて、耳を塞ぎ、顔を背けたい衝動に駆られる。
    それが、
    あと数分早ければ良かったのに……

    「……」

    ワタルは、苦いものでも食べたかのように眉をひそめ、通り過ぎようとした方を見る。見上げた先に、木の枝に掴まった子猫が、必死の声で鳴いていた。子猫のいる枝は細い。何かの理由でそこまで行ってしまい、降りる事も戻る事も出来なくなっているようだった。
    何故、今日この道を帰り道に選んでしまったのか……。
    ワタルは、深くため息をついた。
    背中の鞄を下ろし、木の根元に置いた。木の幹はそれなりに太く、ワタルくらいの体重なら、登れそうだった。激しい揺れで子猫がこれ以上怯えないよう、なるべくゆっくりと登っていく。半分まで来たところで、子猫がワタルに気づいたのか、さあっと毛を逆立てたのが分かった。明らかに警戒している。手を伸ばそうものなら、引っ掻かれるか、噛みつかれそうだった。放っておく選択肢はもちろんあった。
    ……が、

    「……、ホラ、おいで。怖くないから……」
    ワタルは、子猫のすぐそばまで登り、手を差し伸べた。シャーシャーという子猫の声が、ちょっと怖かった。 2904

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    DONE風邪ひいたワタルに虎王がみかんを持ってくる話ワタルが、熱を出した。
    学校からの帰り道、なんだかひどくだるいと思いながら、家へとたどり着いた。ぼうっとしているワタルの様子を見た母は、熱を測り、医者へと連れて行った。喉の痛みや鼻水などはなかったが、とにかく熱が高い。熱さましを飲んだものの、すぐに熱が下がるわけではなく、だるさも抜けなかった。額に氷嚢を乗せ、ワタルは薄暗い部屋の天井を、ぼんやりと眺めていた。
    (……だるい…)
    水を飲もうかと思ったが、そのために体を起こすのも、それを考えるのも、ひどく億劫だった。体が重くて、寝返りをうつのも困難だった。それでも、仰向けより横向きの方が、少しは呼吸が楽になるかもしれないと、ワタルは、どうにかベッドの壁際に、顔と体を向けた。
    息がしやすくなった気はするものの、体のだるさが軽減される訳ではなく、眠ろうとしても、眠れなかった。
    「……しんどい」
    ワタルが、ぽつりと呟いた時だった。
    「寝てるのか?ワタル」
    背後から聞き覚えのある声が聞こえて、ワタルは思わず跳ね起きて、振り返る。けれど、相手の姿を確認する前に力が抜け、ヘナヘナとうずくまってしまった。
    「大丈夫か?」
    ワタルの肩に、手が乗せられる。だ 2896

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    DONEワタルと虎王が豆まきの豆を食べる話ワタルは、包みを抱えて、龍神山の階段を登っていった。今日は自治会で子ども向けの節分の催しがあり、その時にワタルは、食べる用の豆をもらったのだ。歳の数だけ食べるといいと言われたが、持っている豆はワタルの歳以上に入っていた。どうしたものかと考えて、ふと思いついて、こうして龍神山へとやってきたのだ。
    いつもの近道を通って、龍神池へと出る。辺りはしんとしており、誰もいなかった。
    ワタルは、桜の木の下向かい、腰を下ろした。地面が少し冷たかった。
    来る確信はどこにもなかった。会えれば嬉しいが、会えなければ『そういうものだ』と思えばいい。そのくらいの気持ちの整理の仕方を、ワタルは覚えていた。

    やがて……

    「よう」

    頭上から声が聞こえて、ワタルは振り返って桜の木を見上げた。木の枝に紛れて、虎王の姿が見えた。ワタルは、虎王に笑いかけた。
    「やあ」
    「なにしてんだ?こんなところで」
    「虎王こそ、どうしたんだ?」
    「オレ様か?なんとなくワタルに会える気がして、歩いてきたんだ。そうしたらこの木を見つけて、登ってみたら、お前の姿が見えるんじゃないかって、そう思ったんだ。そうしたら、お前はすぐそこにいた」
    2021

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    DONEワタルと虎王が迷子の猫の居場所を探す話「困ったなぁ……」
    ワタルはその場に立ち尽くし、足元を見る。そこには、小さな灰色の子猫が、ぐるぐると喉を鳴らしながら、ワタルの足に体を擦り付けてくる。学校帰りにいつの間にか、この小さな灰色の子猫が、ワタルの後を付いて来た。可愛らしさにワタルの心は揺らいだが、戦部家では猫を飼うことが出来ないので、ワタルは心を鬼にして、その子猫を無視して進んだ。しかし、その決意もほんの数メートルしか保たなかった。ミィミィと後ろから聞こえる高い声に、ワタルは足を止めざるをえなかった。何故か子猫はワタルに懐き、甘えるように何度もワタルの足元を往復している。誘惑に勝てず、ワタルは、子猫を抱き上げた。柔らかく、軽く、ふわふわした子猫は、ワタルに抱き上げられると、ミィ、と、満足げに鳴いた。

    「……困ったなぁ」
    腕の中に子猫を収め、ワタルは再び、つぶやいた。

    ひとまずワタルは、パックの牛乳を近くの駄菓子屋で買った。子猫は、店の外で大人しく待っていた。ワタルが店から出てくると、また再び、ワタルに擦り寄ってくる。ワタルは苦笑して、もう一度子猫を抱き上げた。
    公園へと向かい、ベンチに座り、ワタルは自分のペンケースを取り 5087

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    DONE救世主の役割を終えた直後のワタルと俊のお話。6月位を想定。ラムネ

    喉が、かわいた。
    熱くて、あつくて、そのまま全部干上がってしまいそうなくらいに、
    のどが

    「ワタル!」

    耳元の大きな声に、ワタルは跳ね起きた。目を瞬かせると、担任の呆れ顔が目に入った。
    「お目覚めか?暑いのによく寝るな」
    「あ、はい…すみません…」
    周りから、クスクスと笑い声がして、ワタルは気まずそうに頭をかいた。
    「暑いのは分かる。先生だって皆だって暑い。もうすぐ夏休みだから、余計に気が緩むのは分かる。でもな、休みの前にやらなきゃいけないこともある。寝ている場合じゃないぞ」
    「……はい」
    「後で職員室に来なさい」
    う、と、ワタルは声を詰まらせて、気まずそうに頷いた。
    「はい……」
    担任が前に向き直り、由美が、大丈夫?と聞いてきた。ワタルは、声に出さずに頷いた。
    授業が再開されるも、ワタルの耳に内容はあまり入ってこなかった。

    授業がおわったのち、職員室に赴いたワタルは、少なからず緊張した。今週は何度も授業中に眠ってしまっている。怒られるのではと、自然、構えてしまう。けれど、実際に担任からかけられた言葉は、ワタルの体調を気遣う言葉だった。夜ちゃんと眠れているか、食事はきち 1973

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    DONEワタルと虎王が肉まんを食べているだけのお話です。理由も確信もなく、それは単純な思い付き、そして少しの予感と期待だった。薄曇りの空を教室の窓から眺めていたワタルは、今日の帰りに『そう』しようと思った。
    放課後、まっすぐ家には帰らず、コンビニへと寄った。学校帰りの寄り道はしてはいけない事になっているので、念のため、鞄は近くの茂みに隠した。小学生一人で買い物をすると、何か言われるかと少々緊張したが、幸い、何も言われなかった。目的のものを二つ買う。300円近い出費は少々痛手だったが、渡された袋は温かく、何となく、幸せな気持ちになった。
    その袋をコートの下に隠す様に抱え、鞄を背負って、急ぎ、龍神山へと向かった。

    龍神山には、少しだけモヤがかかっている。あまり見ない光景だったが、ワタルは段々、小さな予感が確信に変わって行く様な気がした。急ぐ事はないのだろうが、自然、駆け足で階段を登って行く。途中、茂みに入り、近道をする。モヤは濃くなる一方だったが、ワタルには不安はなかった。
    茂みを抜けた先には、龍神池があった。すっかりモヤで覆われていて、向こう側にある桜の木も、良く見えなくなっていた。
    そちらの方に、人影が見える。予感が当たり、ワタルの口元に 2297

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    MEMO虎王伝説に登場した、ある二人の話。星が煌めく夜空の元、月の光の様に静かな笛の音が響いている。美しい旋律はどこか物悲しく、それでいて、周囲の草木から小さな動物が踊り出してきそうな、そんな軽やかさを帯びている。
    まるで、吹いている人物の心情を、そのまま表したかのようだった。
    笛の吹き手は、月の光がさす森の中で、木の幹に座りながら、指を笛に滑らせていた。全ては、心の赴くままに。肩まで切り揃えられた真っ直ぐな黒髪が、夜風に揺れて、なびいている。着物を着たその横顔は、少年と青年の狭間にある事が見て取れた。
    その人物…彼は今、自分がどこにいるのか、よく分かっていない。彼はすでに、この世の者ではなかった。一度は魔に蝕まれ、その身ごと闇に溶けるかと思われたが、最期の最後で、救いの手が差し伸べられた。
    一人は、自らが全てを懸けて想い続けた人。そしてもう一人は……他ならぬ自分自身だった。
    正確に言えば、他にも、彼を救いに導いた要因はあった。彼は笛を吹きながら、そのきっかけをもたらした相手の事を考える。
    もはや、この世界に未練などないはずだった。なのに、心には思う事が一つあった。

    消えるはずだった運命を覆した『彼』。

    自らを縛る運命から 1744