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    8hacka9_MEW

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    ワタルが虎王に絆創膏を貼る話

    まずいものを見た、と、ワタルは思った。
    目を閉じて、耳を塞ぎ、顔を背けたい衝動に駆られる。
    それが、
    あと数分早ければ良かったのに……

    「……」

    ワタルは、苦いものでも食べたかのように眉をひそめ、通り過ぎようとした方を見る。見上げた先に、木の枝に掴まった子猫が、必死の声で鳴いていた。子猫のいる枝は細い。何かの理由でそこまで行ってしまい、降りる事も戻る事も出来なくなっているようだった。
    何故、今日この道を帰り道に選んでしまったのか……。
    ワタルは、深くため息をついた。
    背中の鞄を下ろし、木の根元に置いた。木の幹はそれなりに太く、ワタルくらいの体重なら、登れそうだった。激しい揺れで子猫がこれ以上怯えないよう、なるべくゆっくりと登っていく。半分まで来たところで、子猫がワタルに気づいたのか、さあっと毛を逆立てたのが分かった。明らかに警戒している。手を伸ばそうものなら、引っ掻かれるか、噛みつかれそうだった。放っておく選択肢はもちろんあった。
    ……が、

    「……、ホラ、おいで。怖くないから……」
    ワタルは、子猫のすぐそばまで登り、手を差し伸べた。シャーシャーという子猫の声が、ちょっと怖かった。
    どうしたものかと、ワタルは迷った。これ以上子猫が後退すると、枝が折れてしまいそうだった。小さな子猫では、それなりの高さのあるここから落ちて、上手く着地出来るとは思えなかった。近付く事も離れる事も出来ず、ワタルが木の上で困ってしまった時だった。
    急に子猫が、枝を蹴ってそのままワタルの方へと飛びかかった。
    「うわぁあ?!」
    子猫はワタルの頭を蹴飛ばし、その勢いでワタルの後方へと去ってしまった。一方のワタルは、子猫に頭を蹴られた衝撃でバランスを崩し、足を滑らせてしまった。枝から手が離れ、背中から落下してしまう。
    (落ちる!)
    地面への衝撃を想像して、咄嗟にワタルは固く目を閉じた。
    そして…

    「うわぁ!」
    「ぐえっ!」
    (ん?…ぐえっ、て…)
    自分の上げていない声と、地面にしては柔らかい背中の感触に、ワタルは目を瞬かせた。間を置かず、ワタルの下からうめき声が聞こえた。
    「…いってえ……」
    「え…、えぇえ?!」
    ワタルは、自分が下敷きにしている相手を見て、仰天した。対する相手は、体を半分起こしてワタルを睨んでいる。
    「おい…、重いぞ!ワタル!さっさとどけっ!」
    「と…虎王?!なんで…っ」
    「いいからどけって!苦しいだろ!」
    「あ、ご、ごめんっ!」
    ワタルは慌てて、虎王の上から立ち上がった。虎王は余程の衝撃だったのか、体を起こすも、その場で座り込んで、自分の腹をさすっている。
    「ふう…、中身が出るかと思ったぜ…」
    「ごめん、虎王…。でも、なんでここに……?」
    ワタルは、虎王の側に片膝をついて座る。虎王は、まだ少し顔をしかめながらワタルを見た。

    「ギャーギャー騒がしい鳴き声が聞こえるから、何事かと思ってきてみたら、お前が木に登ってるのが見えて…。そしたら…、なんなんだ、お前は。猫に蹴られて、その上落っこちるんだからな。全く、間抜けもいいところだぜ」
    「うん…、助けてくれたんだ?ごめんね、ありがとう」
    ワタルが笑って言うと、虎王は少し照れ臭そうに目を逸らした。ふと、ワタルは、虎王が腹にやっている手に目が止まった。
    「あっ、虎王…、手…」
    「手?」
    「すりむけてるよ」
    ワタルが指差す先の、虎王の手の甲は、少し赤くなって血が滲んでいた。ワタルを受け止めて地面に倒れた際、弾みで傷をつけてしまったのだろう。
    「なんだ、こんなもん。舐めたら治る」
    「ダメだよ。バイキンが入っちゃうよ」
    ちょっと待ってて、と言いながら、ワタルは鞄を開け、透明の下敷きを取り出した。二枚重ねてある作りになっており、間に物が挟める様になっていた。そこからワタルは、絆創膏を取り出した。青地に、ワタルの好きなヒーローの絵が描いてある。虎王の傷にペタリと貼ってやると、虎王は目を丸くした。
    「なんだ?これ」
    「絆創膏だよ。知らないっけ?」
    「バンソーコーくらい知ってる!けど、これはなんなんだ?人の絵が描いてあるぞ?」
    「そういうやつなんだよ。今、ボクのクラスで、こういうのを見せあったり、交換したりするのが流行ってるんだ」
    見る?と、ワタルは他の絆創膏も取り出した。クラスで交換した物が、何種類か入っている。大抵は、ワタルと似たようなヒーロー物が多かった。虎王は興味深そうに眺めていたが、ふと、一つの絆創膏を指さした。
    「ワタル、これはなんだ?この、二人の人間ぽいヤツ」
    「え?ああ、これは…」
    虎王が指したのは、青い髪とピンクの髪をした、双子のキャラクターの絵が描かれているものだった。
    「これは、双子の男の子と女の子だよ。これをくれた子が、このキャラクターが好きなんだって」
    「……ふーん…」
    虎王が、その絆創膏を凝視している。どう見ても、物欲しそうな視線だった。ワタルは、困ってしまった。これは由美に頼んで交換してもらったものなので、いくら虎王でも、渡すわけにはいかなかった。
    「…これが欲しいの?」
    ワタルは、おずおずと聞いてみた。
    「え?ああ、いや……。ただ……。ヒミコが、こういうの好きかもな、と思って」
    「…ヒミコが?」
    「ああ、アイツがつけてるリボンと、なんか、色が似てるだろ?」
    虎王は、髪がピンク色の、女の子の方を指さして笑った。……大切な相手を想っている笑顔だった。ワタルの胸が、きゅうっと、締め付けられる。
    少し迷った後にワタルは、その絆創膏を、虎王に差し出した。
    「はい」
    「えっ、……いいのか?」
    目を丸くする虎王に、ワタルは頷いた。
    「ヒミコにあげたいんだろ?」
    ワタルが言うと、虎王が、ぱぁっと笑顔になった。眩しさに、ワタルは目を細めそうになった。
    「ありがとうな、ワタル!」
    嬉しげに言って、虎王はワタルから絆創膏を受け取り、立ち上がった。
    「じゃあ、オレ様は行くな!」
    「え?もう?」
    「ああ、早くヒミコに、これを貼ってやりたいんだ」
    「…そっか…」
    それはアクセサリーとは違うんだけどな、と、ワタルは内心思いつつ、立ち上がった。虎王は、ワタルに絆創膏の貼った手を示した。
    「コイツも、見せてやりたいんだ。ワタルが貼ってくれたってな!ヒミコのヤツ、きっとうらやましがるぞ!」
    「そ……そうかな…」
    「きっとそうさ!ありがとうな!ワタル!」
    虎王は笑ってそういうと、ワタルが止める間も無く、あっという間に走り去ってしまった。一体どこをどう戻るつもりなのか、ワタルには検討もつかなかった。けれど、来る時も『なんとなく』たどり着いた様子だった。帰る時もきっと『なんとなく』たどり着くのだろう。
    「それにしても…一体何しに来たんだか……」
    助けてもらったとはいえ、ワタルは、虎王がすぐに帰ってしまったことが、少し不満だった。もう少し居てくれても…と、思わなくもなかった。
    それでも、虎王が持ち帰った絆創膏を、ヒミコに見せて貼る光景を思い浮かべ、微笑ましさに、ワタルは小さく声を立てて笑った。
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