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    8hacka9_MEW

    @8hacka9_wataru

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    ワタルが虎王にリコーダーの吹き方を教える話

    龍神池に、笛の音が響いていた。けれど、その旋律はあるところまで来ると、音が乱れて止まってしまう。笛…リコーダーを吹いていた主は、拭き口から口を離してため息をついた。
    「なんで、おんなじ所で間違えちゃうのかなぁ…」
    はあ、と、ワタルはため息をついた。

    今日の音楽の時間に、ワタルのクラスでリコーダーを吹いた。皆で一斉に合わせるも、なぜかワタルだけが、同じ所で間違えてしまい、その度に、演奏が止まってしまった。何度やっても同じで、ワタルはだんだん、どうしたら良いのか分からなくなってしまったのだ。
    (俊のヤツ…、皆の前であんな風に言わなくても良いのに…)
    ワタルは、その時の事を思い出して、唇を尖らせる。ワタルが何度もつかえた事で、俊が、「へたっぴ」だの、「何回間違えるんだよ」などと言ってきたのだ。そんな風に言われる事は日常茶飯事なのだが、クラスの皆や由美の前で言われたことが腹立たしくなり、危うく、取っ組み合いのケンカになりかけて、先生に怒られたのだった。
    その後もワタルは結局上手く吹けずに、授業は終わった。由美が「一緒に練習する?」と言葉をかけてくれたが、「大丈夫!」とワタルは、笑って言った。素直に申し出を受けても良かったはずだったが、その時は気恥ずかしさが働いてしまった。気まずさを抱えながら、ワタルは一人、龍神池へと来たのだった。

    練習しようと思っていたわけではなかったが、気付けばワタルはリコーダーを取り出して、吹き始めていた。難しい曲ではないし、何度も楽譜を確認しているのに、同じ場所で変な力がかかっているように、指が動かなくなってしまうのだった。
    何度やっても結果は同じで、ワタルは、なぜ自分がこんな事をしているのかも、分からなくなってきた。

    「あーあ……、やんなっちゃうなぁ…、もう……」
    「何がだ?」
    「?!」

    急に隣から聞こえてきた声に、ワタルはびくりと体を震わせ、そちらを見て……唖然とした。
    「と、虎王っ?!何で?いつからそこに……?!」
    ワタルの隣に、さっきまでいなかった虎王が、腰に手をやって立っていた。慌てているワタルに、虎王は片眉を上げる。
    「何か聞こえたから、そっちの方に歩いて行ったら、森を抜けた先にお前がいたんだ。声をかけようとしたら、お前が先に振り向いたんだけどな」
    「……そう、なんだ……」
    驚きすぎて、まだワタルの心臓はドキドキしていた。
    「そんなことより、それはなんだ?ワタル」
    動揺しているワタルを他所に、虎王はワタルが握っているリコーダーを指さした。
    「え?ああ、これ?リコーダーっていう楽器だよ」
    「さっき聞こえてたのは、この音か?」
    「うん、多分そう……」
    散々間違えていた曲を聞かれたのかと思い、ワタルの言葉の歯切れが悪くなる。一方の虎王は、目を輝かせてワタルに手を差し出した。
    「オレ様もやる!」
    「え?……虎王、吹けるの?」
    「ワタルが出来るんだ。オレ様が出来ないわけがないだろう!」
    虎王は、満面の笑みで言った。確かにリコーダーは、小学生でも吹けるくらいだから、音を出すのはそう難しくない楽器に違いはなかった。ただ……
    (……直接口をつけるものだから、余り人と貸し借りしない方が良いって、先生に言われているんだけどな……)
    そうは思うものの、期待の満ちた虎王の眼に逆らえるはずもなかった。ワタルはトレーナーの袖口で拭き口を拭き、虎王にリコーダーを差し出した。
    「壊さないでね」
    「壊すもんか」
    虎王は嬉しげに言って、さっそく、リコーダーを吹いた。もっとも、ただ息を吹き続けているだけなので、音は出るものの、曲にはなっていない。やがて虎王は、顔をしかめた。
    「ワタル!壊れているぞ、これ!ワタルが吹いていたみたいな音が出ないじゃないか!」
    不機嫌そうに言う虎王に、思わずワタルは笑った。
    「ただ吹くだけじゃダメなんだってば。リコーダーに空いている穴を塞ぐやり方で、音が変わるんだよ」
    「なんだ、早く言え」
    「聞かずに始めたのはそっちだろ」
    不服そうな虎王に、ワタルは苦笑する。
    「それで?どこをどう塞ぐんだ?」
    「え?ええっとね…、…じゃあまず、空いている穴を全部押さえてみて」
    「?こうか?」
    「うん…、ちょっと見せて」
    ワタルは、虎王のリコーダーを持つ手を覗き込んだ。
    「ああ…、こっちのね、後ろの方にも穴があるんだ。これを、左手の親指で塞いで」
    「こっちにも穴があるのか?見えなくて不便だな」
    「慣れたら見なくても分かるよ。あと、下の方にある穴は、小さいのが二つ並んで空いているのがあるんだけど、それも全部塞いでみて」
    「こうか?」
    「そうそう…、それで、一度吹いてみて」
    虎王はワタルの言われるまま、リコーダーを吹いた。澄んだ一音が、リコーダーから響いた。
    「これが『ド』だよ」
    「ド?」
    「そうそう。それでさ、今度は、右手の小指で塞いでいる、一番下の穴を離して吹いてみて」
    「おう」
    虎王がワタルの言う通り、指を離して吹くと、先ほどよりも少し高い一音がした。
    「これが『レ』だよ」
    「レ?」
    「そう、それでね、次が……」

    そうやって、ワタルは一音ずつ、虎王に吹き方を教えていった。吹ける音が増えるたび、徐々に虎王の眼が輝きだし、嬉しげな顔をする。ワタルはそんな虎王を見て、かつての自分を思い出した。
    まだ小学校一年生くらいの頃、学校の発表会で上級生の演奏が行われた時、ワタルの眼には、リコーダーを吹いている上級生の姿がとても格好良く見え、強く印象に残った。澄んだ音色は耳にも心にも響き、進級すれば自分も吹けると知って、その日が待ち遠しかった。
    ようやくリコーダーを手にして、吹き方や指の使い方を覚え、出せる音や吹ける曲が増えていくのが、嬉しくて仕様がなかった。
    きっと、今の虎王は、その時の自分と同じだろうと思った。
    『音を出せることが嬉しい』
    そんな気持ちは、いつに間にかどこかに置いてきてしまったのだと、ワタルは気付く。
    本当は、その気持ちさえあれば、良かったはずだったのに。
    虎王の、楽しげに吹く様子を見ていると、ワタルの中に、吹く事を楽しんでいた時の気持ちが戻ってきて、何だか嬉しくなった。

    ワタルの教えを受けて、虎王は七つの音を一人で出せるようにまでなった。
    「すごいよ、虎王。覚えるの早いな!」
    「へへっ、まあな!」
    ワタルの言葉に、虎王は得意げに笑った。
    「それで?ワタルがさっき吹いていた曲は、どうやってやるんだ?」
    「え?それも覚える気?」
    「当たり前だ。ワタルが出来る事なら、オレ様だってやるさ」
    虎王は自信満々だった。教えても構わないのだが、たった今音の出し方を覚えた相手に、曲を一から教えるのは、並大抵のことではなかった。
    「うーん…、虎王は、楽譜って読める?」
    「ガクフってなんだ?」
    「……だよねえ」
    「ガクフがないとダメなのか?」
    「それを見た方が、覚えやすいかなあって思うけど……」
    「なんだ、いらないだろ、そんなもの」
    「え?そう?」
    「ワタルがもう一度吹けばいいんだ!」
    「ええ?!なんでそうなるの?」
    戸惑うワタルに、虎王がリコーダーを差し出した。
    「お前が吹く様子を見て、オレ様はそれを真似する。そうすれば、簡単だろ?」
    「簡単…、まあ、そうだけど……」
    それが出来れば一番かもしれないが、口で言うほど簡単なことではないはずだった。けれど虎王の眼は、完全にその気で、期待に満ちていた。そんな眼に逆らいようもなく、ワタルは虎王からリコーダーを受け取った。
    「間違えちゃうかもしれないけど……」
    ワタルが、拭き口を袖口で拭きながら言った。また同じ所でつっかえるかもしれないと思い、人前で吹くのが、少し不安だったのだ。
    「?間違えたならやり直せばいいだろ?」
    虎王が、ごく当たり前の様に言った。その言葉にワタルは……
    なんだか心が、軽くなった様な気がした。
    「うん、……そうだね」
    「そうさ」
    ワタルが虎王に笑いかけると、虎王も笑顔で答えた。それが……、なんだか嬉しかった。
    ワタルは、リコーダーを構えた。
    「じゃあ、吹くよ」
    「ああ」
    そうして、ワタルは音を奏で始めた。

    間違えてもいい。
    何だったら、少しくらい楽譜と違っても構わない。
    今、この曲は、隣にいる『トモダチ』のためのものだった。
    だから、
    その『トモダチ』が、聞いていて楽しくなる様に吹こう…と、ワタルはそう思いながら、指を動かし続けた。

    そうしていると、息がさっきよりもずっと続く様な気がした。
    間違いを恐れて強張っていた指が、楽に動く様に思えた。
    気持ちはとても軽やかで、ただ、自分の奏でる旋律に身を任せていればいいと感じた。

    自由な気持ちで吹いたワタルの音色は、一度も途絶えることなく、最後まで伸びやかなままだった。
    ワタルは、曲を吹き終わり、ふうっと息を吐いた。なんだか、とても、いい気分だった。

    「すごいな、ワタル!」

    明るい『トモダチ』の賛辞に目を見張り、ワタルは思わずそちらを見た。

    けれども、たった今までいたはずの虎王の姿は、どこにもなかった。
    慌てて辺りを見渡すも、足音ひとつしない。
    帰ってしまったのだと思い、ワタルの胸に寂しさが押し寄せる。

    けれど……

    (……今日、授業で上手く吹けなかったから、ボクはここに来て、虎王に会えたんだ。それに……)

    “すごいな、ワタル!”

    虎王の、心からの言葉が耳に響く。きっと、明るい笑顔で言ってくれたのだろう。ワタルには、その顔が思い浮かぶ様だった。
    虎王のくれた言葉は、先生や、クラスの皆に褒められるよりも、ずっとずっと嬉しい、何よりの言葉だった。

    ワタルは、もう一度リコーダーに口をつけ、さっきの曲を吹き始めた。

    虹の向こうの創界山に届く様に。
    そこにいる『トモダチ』が、この曲を覚えていられる様に。

    日が傾きかけた空の下の龍神山に、ワタルの奏でる澄んだ旋律が、静かに軽やかに響き続けた。
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