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    キャリコ

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    キャリコ

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    ブライテスト・ダークネス②-2

    「お疲れーーー!!」
    「打ち上げだーーー!」
     誕生日でもないのに、クラッカーがポンポンと慣らされる。棘の部屋に集まり、料理をところせましと並べて、あらかた腹が膨れたらウノを始めた。棘の事情で「ウノ」ではなく「しゃけ」と呼んだほうがいいかもしれない。残り一枚になるとおにぎりの具を叫ぶ。
    「あ!パンダ言い忘れ!」
    「ーーー!!」
     残り1枚の宣言忘れを真希に指摘され、パンダが頭をかかえる。うずくまって呻きながら山から1枚とり、手札に加えた。他の3人はあがって、真希とパンダの一騎打ちだ。
    「何色だ?さっきフォーカードで黄色にしてたよなぁ!?」
    「ああ、そうだよ最後は黄色だよ…だから黄色に替えろよパンダ」
    「くそ、どっちだ…」
     にらみ合う二人。しんとした中で五条だけポッキーをつまんでいる。
    「考えたって仕方ねぇな、赤だ」
    「ふっ」
     真希が不敵な笑みを浮かべ、最後の一枚を場に置こうとし…パンダは悔しそうに手を握りしめた。と思ったら、真希は手札を引っ込めて山から一枚とる。
    「…なんだよ!」
    「あははは!」
     してやったりとお腹を抱えて笑う真希が、今とった手札の裏を見ると――目を見開いて、ニヤッと口を歪ませて笑う。
    「…奇跡だ!色違いの赤、2!しゃけ!!」
    バン、と赤と黄色の2を場に叩きつけると、ガッツポーズをした。
    「くそーーー!!」
    「っしゃ!!」
    「でも真希がまだビリなのは変わんねぇからな」
    「うっせ」
     10回戦でビリ回数が多いと罰ゲームなのだった。次だ次、といってシャッフルして真希は札を配り出す。自分の前に投げられる札を集めながら、憂太は「楽しいなぁ」としみじみと思う。全部配り終わって顔を上げた真希がぎょっとした。
    「憂太、おまえ」
    「え?」
     真希に顔を凝視させて、何かついているのかと思って頬に手をやると、濡れた感触。ぽろり、と涙を流していた。棘が心配そうに身体をペタペタと触り、怪我がないか確かめ始める。「どうしたん?」と聞くパンダに、「た、楽しくて…」と憂太は返した。
    「学校辞めたくないよぉ…」
     一度口に出してしまえば、堰を切ったようにとめどなくあふれ出す。
    「そっか、里香ちゃんが解呪されたら…」とパンダが呟く。
    棘が憂太の頭をひしと抱いている。真希はおろおろと手を伸ばしかけたが、キッと手を握りしめて悟の方を向いた。
    「おい悟!なんとかしろ」
    「大丈夫だよな?俺なんて人間じゃないのに学生してるし」
    「呪力ゼロでも入れるんだからいけるよな?」
    「サトル~なんとか言えよ」
    「ちょ、ちょっと、まって」
     悟は口を押さえてドアから外にするりと出た。「おい、待てよ!」と真希が追いかけようとすると、ドアノブを外から押さえられたらしい。ガチャガチャとドアノブを回してもびくともしない。少し待つと、ドアの外側から弱弱しい声が聞こえてくる。鼻声だった。
    「先生に任せてください。なんとかするから」
    「ほんとだろうな」
    「こんぶ」
    「悟も完全に泣いてて草」

    ***

    「あんなん反則でしょ」
     五条はティッシュで鼻をかみながら寮の外に出る。周りに民家の無い高専の敷地では、星がよく見える。12月のこの時間は東の空にオリオンが浮かぶ。
    「――先生!」
     呼ぶ声に振り返る。黒い寝巻を着ていた乙骨は、建物の暗がりから走って出てくる時に、青い瞳だけ先に浮かび上がってくるようで、その後丸っこい頭と、細い体躯が見えてきた。
    「心配しなくても大丈夫だよ、憂太」
    「いえ、してません…ただ、ちゃんとお願いをしなきゃと思ったんです」
     走ったからか、緊張からか、乙骨の頬は紅潮していた。息を一度大きく吸って、吐く。握りしめた拳は震えているように見えた。
    「僕に呪術を教えてください。…絶対に、強くなります」
     煌めく瞳が五条を見据える。あの日…初めて出会った日から、まだ半年も経っていないなんて信じられない。かつて暗い目で見上げてきた彼とは別人のようだった。こみあげてくる感情に、五条は抗うことをしなかった。
     五条に抱きしめられて、乙骨は目を見開く。少し体重を乗せられて右足を1歩後ろに下げた。上を見上げると、艶めいた唇が近い。どきりと心臓が高鳴ったが、その後はどんどんと穏やかになっていく。人の体温が心地いい。
     前に抱きしめられたときは、建物から落ちても無事だったことに驚いて、その後、失敗した、と混乱して涙が出てきて、それでもこの人が頭を撫で続けてくれたことだけは覚えている。安心して、その腕の中で眠るように意識を落としてしまったのだった。乙骨は一瞬迷って、自分も五条の背中に手を回した。すると、五条の腕にいっそう力が込められる。五条の肩越しに、満天の星空が見える。息ができなくなるくらいなのが、嬉しかった。しばらくそうした後、身体を少し離すと、五条と至近距離で目があう。まつ毛に縁取られた瞳が瞬いて、星が落ちてきた、と乙骨は思った。目を奪われる。こんなに長く人と目を合わせるのは、初めてだった。他になんにも見えなくなる。
    「辛いよ?」
    「なんでも出来ます。先生のそばなら」
     上から落とされる五条の言葉に、乙骨は反射的に答えた。本当にそう思ったのだ。この腕の中にかえって来れるなら、僕はなんだってできる。
    「……」
     俯きながら、五条は、は、とため息を逃がした。聞いたか?傑。たぶん俺間違ってなかったよ。そういうことでいいよね、憂太?

    ***

    「大丈夫ですか、乙骨くん?」
     ある任務から別の任務へ移動する車の中。伊地知は後部座席にいる乙骨に話しかける。黒い服を着ている彼の姿を見るのは、まだ慣れない。一度4級に落ちた彼は、任務ごとに急成長をみせ、2か月たった今では1級まで昇り詰めていた。当然単独任務も増える。
     呪術師の車内での過ごし方は、疲れて寝ているか、プライベートの時間としてスマホを見ているか、人との会話を求めて補助監督と話しているかのいずれかだ。特に今日のように任務をはしごする場合は、移動時間が貴重な休憩時間でもある。窓の外を見るわけでもなく、ただ眼を開けて座っているだけの乙骨が心配になって、声をかけたのだった。
    「大丈夫ですよ。先生から、反転術式をオートで回す方法を教えてもらって…すごいんです、全然疲れない」
    「それでも、最近のスケジュールじゃろくに睡眠時間もとれないでしょう」
    「寝なくても平気なんです」
     ――そんな人間いるもんか。伊地知は返事をせずにただ眉根を寄せた。
     伊地知は乙骨が反転術式を使えることを知る少ない人間である。スケジュールを調整する都合上知らされることになった。五条も同じように反転術式を使って無茶なスケジュールをこなしているが、もともと呪術師歴が長い彼とは違って、乙骨は高専に来てから1年も経っていないのである。
    「それでも、精神的な疲れはあるでしょうから、できるだけ寝てくださいよ。お願いします。五条さんだって1日のうちで少しは寝てるでしょう」
    「でも、そんな調子じゃいつまで経っても先生に追いつけないじゃないですか」
     乙骨がぽつりと呟いた言葉に伊地知はぞっとした。「今の」五条悟を見て、誰も思わないし、想像すらできないであろうことを、この子は。
     伊地知はため息をついて、押し黙った。11年前、五条悟に並ぼうとした男がどうなったかを、伊地知は知っている。

    ***

    「いくぞ?」
    「うん。いつでも」
     竹刀を構える真希、その前に自然体で佇む乙骨。真希が構えるのを確認すると、乙骨はゆっくりと目を閉じた。無防備な彼に向かって、真希は容赦なく、竹刀を振り下ろす。刃先は乙骨に届くことなく、かといって弾かれるような感覚もなく。見えないクッションに吸収されるように動きを止めた。
    「すげぇな、悟と同じじゃん…」
     乙骨が目を開けると、今まで宙で止まっていた竹刀が乙骨の頭にコツリと当たった。「あいたっ」乙骨はその箇所をさすりながらも、明るい表情を見せた。
    「できた…!」
    「これでコピー完了って感じ?」と、傍で見ていたパンダが言う。
    「そうなる、かな…。でも、目を瞑って集中してないととても無理だよ。術式がとても複雑なんだ。どうやってやってるのか、想像もつかないや…」
    「でもすごいじゃん!今回けっこう長いこと頑張ってたもんな~」
    「これで悟の寝首かけるな!がんばれ」
    「え!?しないよそんなこと!」

     五条に早く報告したかったのだが、任務の都合で数日姿を見なかった。乙骨が彼の姿を最初に見たのは、職員室の椅子でうたた寝をしている姿だった。廊下を歩いていると、予定ではまだ出張しているはずの五条の呪力を感じて、乙骨は職員室の扉を開けたのだった。久しぶりに見る彼の姿をみて、どきりとする。
     眠っているように見える。寝ているときでも無限は自動で張っているのは知っていた。だからこそ試したくなったのだ。息を殺して、そろりと彼に近づく。古びた床はすこし力を入れるだけで軋むのだが、それでも音を立てないような身のこなし方を乙骨は既に知っている。
     もし傍から見ているものがいたならば、乙骨の心臓がこれ以上ないほど大きく鼓動を打っているのに気が付いた人間はいないだろう。それほど彼は無表情で、それを行うことができた。眼前に投げ出されているのは、陶器のような肌だ。濡れたような唇の表面から眼を離さずに、乙骨は五条の頬に手を添える。かすかな寝息すら聞こえるほど、距離が近い。
    「……~~~~~~っ!!!」
     指が肌の表面にかすかに触れた瞬間、五条は起きだして後ろに飛びのいた。弾かれた椅子がガタン!と盛大な音を立てて床に倒される。五条は思わず戦闘態勢をとったが、目の前にいるのが自分の生徒だと知覚した瞬間、手の印を解いた。きょとん、と気の抜けた表情を見せる。
    「憂太?今の、君が触ったの?」
     過集中状態にあった憂太はまだ戻ってきていないようだったが、五条の呼びかけにゆっくり目を開くと、ぱっと顔を赤らめた。
    「は、はい…!実践ではとても使えないですけど、無限、コピーできたみたいです…!先生のバリアに蒼を近づけると、相殺できるんですね…!」
    「すごいじゃん!憂太!」
    「わっ!!」
    「さすが僕の生徒!!」
     五条は乙骨を抱き寄せると、頬を染める彼の頭をわしわしと撫でた。触れられた瞬間、一瞬だけ感じた恐怖に、蓋をするようにして。

     異常事態とも評される特級の肩書。それが再び乙骨に冠せられるようになったのは、この無限の模倣によるところが大きかった。不完全とはいえ無限を解ける可能性を手駒にしようと、上層部は躍起になることとなる。

    ***

     特級術師から割り振られる仕事がある。通常、任務に呪術師を割り当てるときは、「4級術師は祓えるか」、「4級で駄目そうなら3級ではどうだ」、という考え方で、下の方から振られる。しかし、呪詛師を「執行」する仕事は、呪詛師のレベルに関わらず、特級から割り当てられ、もし特級のスケジュールが埋まっていたら1級へ、と仕事が振られる。
     人間を相手にするのは、呪霊とは訳が違う。対呪霊の場合はほぼ呪術師側のふいうちで戦闘が始まるが、人間は迎え打つ。誘いこまれている可能性だってある。もし呪術師の術式を把握され、対策を打たれた状態で不利に戦闘を始めた場合、1ランクや2ランクの差が覆される可能性がある。ゆえに呪術界は呪詛師に対して、対策など無意味な力量をぶつけるのだ。

     「五条先生と任務、久しぶりです」「そうだね、2級以上になると単独任務ばっかだもんね」と会話しながら現場に向かったのも束の間、「あれがターゲットだよ」と指さした先の存在に乙骨は驚愕する。「先生、僕には、…人間に見えます」「人間だよ。でも、並みの呪霊より非術師を殺してる」
     指をさされて気配を感じたのか、その呪詛師が振り返る。顔に大きな傷を持つ中年の男だった。五条と乙骨の姿を認めるなり、躊躇なく攻撃を飛ばしてくる。足がすくんで動けない乙骨を庇うように五条の手が伸びて、その攻撃をはじいた。ひ、と息を詰める乙骨にむかって、五条はにやりと笑みを作る。
    「ほらね? 手加減無用。…次は助けないから」

     力量は、当たり前であるが圧倒的であった。威嚇攻撃で巧みに人目のつかない路地裏まで追い詰め、戦闘不能状態にするのに5分もかかっただろうか。ろくに手をだせないでいる乙骨に五条は気づいていたのだと思う。だからさいごのトドメは残しておいた。
    「最後に言い残すことはある?」
    「…早く殺せ」
    「だって。憂太」
    「…ぅ……」
    「できるよね?」
     刀を握る手が震えてしまう。息をするのを忘れてしまって、苦しくなって吸った瞬間に喉から、けく、と音がした。どくどくと異様に高鳴る心臓に酸素の量が足らず、視界がぼんやりする。くら、とめまいがした瞬間、五条の手が乙骨の肩に置かれて、乙骨はっとした。
     ――先生に嫌われたくない。

     初めて裂いた肉の感触は、呪霊を祓うよりずっと手ごたえが無かった。その後先生から頭を撫でられたことに、歓喜を覚えてしまうくらいには。
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