血に酔う血を見ると自然と口角が上がる。
仕方がない、仕事柄こういうものだろう。 よくわからないけど。
いつ頃だったか、その場に立つようになってから真っ赤な色と、喉をねじり絞って出したような唸り声と、硝煙の臭いに高揚感を覚えるようになった。
銃を持って構えることに躊躇も震えもなくなったのがいつだったかさえももう覚えていない。
最近のような気もするし、ずっと前のような気もする。
幸いなことに今日は血が飛んでこなかったのでんざわざ着替えて変える必要は無さそうだ。
多少の臭いはついてそうだけど、今はそんなことより、ちょっとしたこの気持ちのぶつけどころを探したい。
スマホを開いて、オンラインになっている相手を何人か吟味していると、ふいに自分の近くに人の気配を感じて即座に胸元にしまい込んでいた銃を掴み、その先に向ける。
僅か、5秒にも満たない出来事--。
「わぉ……」
その場の雰囲気にそぐわない抜けた声に聞き覚えがあったけれど、トリガーから指は離さずに体ごと向く。
そこには、両手をあげてひくひくと口角をあげるミスタの姿があった。
視線は銃口一点を見つめていたが、ルカが正面を向いたことでその視線が少しだけずれていく。
夜だからか、サングラスはしておらず、澄んだ珊瑚の海のような瞳とぶつかる。
綺麗とは裏腹にその瞳の視線に含まれる何かにすぐ気づいた。
わざとか、とそれだけでなんとなくわかった。
銃を下ろしてしまうと、息を少し吐く。
一瞬の緊張から昂ったいろんなものがほんの少しだけおさまったけれど、本当に僅かなものだ。
「ハハ……、ちょっと臭うなーと思って近くまで来たんだけど……あーあ、片付け今から?」
「……そうだけど」
「じゃあ仕事は終わりだ?」
その瞳が緩く細められると、彼がキツネみたいとよく言われることも納得する。
ちらっとビルの黒い影に隠れたナニカをルカ越しに少しだけ見て「うわぁ……」とだけ呟く。
ミスタも仕事柄なのかああいうものはそれなりに見なれてるだろう。
漏れた声は嫌悪とは恐らく真逆、ルカの抱いているそれととても近しいものに違いない。
身長が近いせいか、生唾を飲む音が聞こえた。
その少し上、顎を器用に掴むと、視線を自分に向けさせた。
さすがにそれには驚いたのか、ミスタの目が少しだけ大きくなった。
「終わりだよ。いく?」
「いく?違うだろ?ヤる?って聞いて?」
ハハッと息が顔にかかるような笑い声のあと、1回だけ唇が重なる。
離れる瞬間にペロリと舐めるのはミスタの癖で、早くの意味も含まれてる。
そのまま意地悪く体のラインを撫でる手にイラついてつかみあげる。
「イライラするからやめてよ」
「いっ……ハッ、どこがイライラしてんの?教えてよ?」
どこまでも挑発してくる姿勢を崩さないミスタの手首を背後で捻りあげると、さすがにギブアップの声が上がる。
「ルカ、ごめんって。サービスするから、行こう?」
手首を離すと、ミスタは本の数ミリ本心の申し訳なさを滲ませて謝り、すぐにルカの腕に絡みついた。
ルカも特に気にせず返事もせず、歩き始めた。
どうせ、通りに出れば黒塗りの迎えの車がある。
見られたところでそういう関係、とその場で風が囁くぐらいのものだ。
それにしても……ああ、イライラする--。
「覚えとけよ」
「へへ……期待してるよ」
色気が増した瞳をじろっと睨む。
たぶん今夜はひどい夜になる。