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    apple_2_battler

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    創作

    奴隷管理人の男 その女主人は奴隷をよく買った。
     富裕層が奴隷を買うのは当たり前のことだ。社会的に抹消された者やさらわれた女子供が奴隷になるのも。そういう社会だった。そして男の仕事は、この屋敷の奴隷を管理することであった。どのような奴隷が何人いて、どう取り扱われているのかを彼はよく知っていた。
     彼女らはみな性奴隷である。女が女を、という点を除けば、これまた珍しくもないことだ。見た目の良い奴隷を買い、愛玩用に手元に置く。行為の程度に差はあれど、大抵の金持ちならやっていることだ。美少年を好んで買う男も少なからずいるのだから、それと比べれば数は少ないかもしれないが、女が同じことをしたとて奇異とまでは言えないだろう。しかし──それらのことを前提として考えた上でも、その女主人は明らかに異常だった。
     幼い子供ばかりを彼女は買った。背丈が自分の腰にも届かない、女子とすら呼ばないような幼児だけを彼女は選ぶ。何人も何人も買っては連れ帰り、その子ら全員を例外なく寝台に上がらせた。ある夜は一人。ある夜は三人。ある夜は二人。奴隷の中から好きに選び出し、小さな手を引いて自室へと消えてゆく。まだ物心もつかぬ子供らは、女主人の要求の通り肌を触れ合わせ、口づけをして、股を開くことが道理だと覚えて、取り返しのつかない歪みを育んでゆく。そうして数年を自由に弄んだ後、まだなお胸も膨らまぬ少女たちを、育ちすぎたと言って売るのだ。
     奴隷の扱いなどそんなものである。分かった上でこの仕事を選んだ。承知しているつもりではあったが、それでも子供ばかりを取り扱うのはやはり心痛むものがあった。しかし他所にはもっと直接的に惨い仕打ちを受ける奴隷もいるし、ずさんな扱いのせいで死んでゆく奴隷も数え切れぬ程いる。それと比べればある程度はましなのだろう。そう考えるようにしながら、男はこの仕事を続けていた。

     しかしその日その夜だけは、彼は我慢がならなかった。
    「見ていられません」
     思わず声を上げた男の眼前で、新入りの奴隷が女主人に手を引かれている。その日売りに出されていた他のどの奴隷よりも幼く、傍目に見て愛らしく、そしてそれだけ高値が付いていた。彼女はそれを迷わず落札し、手ずから風呂に入れ好みの通りに見た目を整えて、これまで多くの幼児たちが上がった寝台へいよいよ連れてゆこうとしているところだった。透けた布地の卑猥な下着を身にまとって、幼子は不安そうにしていた。
    男は目の前の光景に耐えられなかった。突如沸き起こった正義感のようなものが、彼を駆り立てていた。
    「ほう」
     眉一つ動かさず、女主人が短く答えた。
    「おかしな事を言うものだ。私が奴隷を使わなければお前の仕事はないというのに」
    「奴隷は……子供でなくてもよいはずです」
    「何を今更」
     今更。本当に今更のことだ。いつも通りの光景である。しかしながら、その新しい奴隷が今しも連れてゆかれようとしているのを目にし、その先を想像した瞬間、男はどうしてか女主人を引き留めずにはいられなかったのだった。
    「聞こうじゃないか。なぜそんな事を言う?」
     言葉がうまく続かなかった。女主人が高圧的だったからではない。彼女の言葉はごく静かで、そこに詰問の色は全く無かった。その淡々とした問いに返事ができないのは、筋の通った答えを持っていないからだった。女主人がその子を連れていくのを止めなければという衝動に駆られて、引き止めて、その先は?
    「私がどうすれば満足だ? これを直ちに自由にしてやればよいのかな? それとも全ての奴隷をか? あるいは、家族のように慈しみ愛でてやることをご所望かな」
     答えを持たぬ彼であったが、彼女の言葉が求めるものではない事は分かっていた。むしろ全てが的外れだった。まるで、男の望みがそれではない事を完璧に理解しているかのように。
     困惑の内に男は自問する。自分はどうしたいのだ? この正義感じみた感情は何がために沸き起こった? 主人に盾突くことすら辞さない、自分をそこまで突き動かした衝動は何故こうも唐突に弾けたのか。まるで分からない。とにかく許しがたいという気持ちに突如満たされたのだ。
     逡巡する男の代わりに──女主人が答えを告げた。
    「欲しいんだろう?」
    「……は」
    「これが」
     薄衣に包まれた小さな肩を抱き寄せながら、女主人は笑う。
    「違うか?」
     男は目をしばたかせた。言葉の意味が理解されるまでに数秒必要だった。
     自分は奴隷を求めた。だから女主人を引き留めようとした。それが……この衝動の原因だというのか。そんなことがあってよいのか。そんなはずはなかった。ないのだ。
    「……そのような話は、しておりません」
    「違うかと聞いている」
     目を背けることができなかった。
    「普段ならそう感情的になるような質じゃないだろう? 奴隷に肩入れするような男が今までこんな所にいるはずもないのだしな。ところが、これにだけはどういうわけか我慢がならないと言う。──他に理由があるなら教えてほしいものだ」
    「そんな……そんなことは」
     さ迷った視線が、奴隷の目を捉えた。何も理解できぬ小さな生き物は、不穏な空気がただ恐ろしいのか、女主人の服の裾を握りしめていた。か細く非力な幼子が、おびえた目をして、そして卑猥な下着を身に着けてそこに立っている。
     目を見開いて凝視した。頭が真っ白になり、鼓動は激しく脈打っていた。
     女主人がせせら笑う。諭すように。
    「自分に嘘はつくものじゃないよ」
     男は何も言えなかった。
    女主人はゆっくりと続ける。
    「くれてやろうか」
     息を飲んだ。凍りついたまま、目線だけをなんとか上げた。彼女の目はこちらではなく、縋り付く幼子を見ていた。
    「数年もすればどうせこれも終わりさ……。その時が来たらお前にやろう。どこかへ回す代わりにな」
    「……わ、悪い冗談は」
     ようやく絞り出した男の声は震えていた。
    「──止してください」
    「冗談なものか。望みとあらば正式に資産譲渡の文面でもしたためてやろう」
    「そういうことでは……」
    「はは。声にえらく覇気がないな」
     目をわずかに細めた笑みがこちらを向いた。それは一切の悪意を含まず、ゆえにただ男の青さを面白がるものであった。
    「もう下がれ。あまり私の楽しみの邪魔をしてくれるな」
     それ以上返す言葉を持たず、男はうなだれて退いた。女主人は男の前を行き過ぎ、その隣を頼りない足取りで奴隷がついてゆく。
    「ああ、話は初めに戻るが──」
     去り際に振り返って、彼女は口を開く。
    「誰が何と言おうと、私はこれをやめないよ。なぜなら私がそうしたいからさ」
     また元通りの淡白な口調に戻って彼女は告げた。そしてそのまま小さな手を捕えて、寝室への廊下を歩いていった。

     翌日、女主人は何事も無かったように平然としていた。同じように朝を迎え、昼を過ごし、そして夜になれば幼い奴隷を自室へと連れてゆく。情婦のような衣装に身を包んだ、無垢だったはずの子供たちを。男は人間の欲望を目の当たりにするのが恐ろしくなった。穢れた性根がおぞましかった。しかし背を向ける勇気も無く、その後も変わらず仕事を続けていた。
     あの奴隷の子供を、逃がそうと思えばできるはずだ。その後自分がどのような処罰を受けることになるか分からないが、逃がすという事の可否だけを考えるならば間違いなくできたはずだった。夜以外は奴隷の管理は任されているのだから、女主人のいない間にでも外へ連れ出してしまえただろう。あの時の衝動が何かのきっかけでもう一度沸き起こったなら、きっと後先を考えずそうしていたに違いなかったのだ。しかしそうはならなかった。あの感情が再び起こることはなかったし、そもそも逃がしたいとは思えないのだった。男は未だ、あの問いに対する答えを出せずにいた。
     自分は奴隷を──彼女を、自由にしたいわけではないのだ。
    ならどうしたい?
     彼女をどうするべきなのだ。
     彼女をここから連れ出し、手を引いて、どこかへ
     彼女を、
     彼女に
     何を
     どう

     男はそこで考えるのをやめる。決まって女主人の顔と声が脳裏をよぎった。
    『自分に嘘はつくものじゃないよ』

     一週間が過ぎ、一か月が過ぎ、半年が過ぎ、瞬く間に一年が経った。一年の間、男の心は変わらなかった。答えとなる何かを見つけたいような気がしていたが、同時に目を背けたいような気もしていた。思考の淀みに留まっている間にも月日は流れ続け、それがいよいよ四年に及んだ頃。
     ある日の夕暮れに、彼は女主人から呼び出しを受けた。
     ソファに腰かけた女主人と、その隣に佇む一人の奴隷。他ならぬあの娘だった。
    あの時男の感情をあれ程動かしたにも関わらず、結局は今まで他の奴隷と何ら変わらぬ日々を送ったその娘は、今では少女と呼ぶのに相応しい姿になっていた。下着姿ではなく、まっとうな衣服を着せられていた。
    「もう随分と育ったな。惜しいものだ」
     口では惜しいと言いながら、娘を見やる眼差しには何の感情も籠っていない。
    「頃合いだよ。約束通りお前にくれてやろう」
     あの時あの場で停滞していた時が再び動き出したように、全ては四年前から今へと引き継がれていた。
    「私……私は、わたしは……」
     否定する、それだけのことが男にはできなかった。あの時と同じように。
    「要らないか? ならそれでも構わない」
     穏やかな言葉の真綿が男の首を柔らかく締めてゆく。
    「もしも要らないというのなら、これの手を引かずにそのまま部屋を去るといい。お前は何も咎められないし、今日を迎えたのと全く同じように明日を迎えることができる。残ったこれは他と同じくどこぞへ回すか、放り出すか……まぁ、取り立てて考えるほどのことでもないさ。何も変わらないよ」
     頭が重く冷たく、思考が鈍磨していった。開いた口から何を発するべきなのか分からない。そうして男が凍りついている間、少女もあの時と同じようにしていた。何も理解できぬまま──幼児の頃から飼われていた彼女に、二人の発話を理解する学はない──不穏な空気をただ恐れている。男が視線を向けると目を伏せてうつむいた。肩につく長さの柔らかい髪が揺れる。震えていた。表情は硬く、蒼白で、今にも卒倒しそうに見えた。
     いかにも無力な佇まいだった。男の心は無性にかき乱された。
     女主人は男の答えを待っている。
     
    やがて──
     二人分の人影が部屋を出た。


    「今日の務めもよろしく頼むよ」
     その翌日もまた、女主人は何事も無かったかのように平然としていた。
     かのように、と言うより、彼女にとっては本当に何事でもないのだろう。所有物でなくなった奴隷がその後どうなろうと、自分の使用人の一人が、どこで誰をどうしようと、全くの他人事だ。
    「後で新しいのを探しに行く。諸々の準備をしておいてくれ」
    「はい」
     男も平然と、いつもと全く同じ様子で返事をした。
    奴隷部屋から一人が消え、次の幼子がやってくる。しばらくしてその娘も部屋からいなくなり、また新たに幼い、幼すぎる少女が連れてこられる。
     全てがいつもの通りであった。


     熟れる前の果実を貪る気持ちのよさを、男は思い出していた。
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